何度も季節は巡り
あれから何度も季節は巡り、八年という月日が流れた。
十五歳になったレティシアも学院に通うために、ヴァルトアール帝国に帰国することとなった。
ただ、九月にあった入学式には間に合うように帰ってくることができず、レティシアは三月から始まる新学期に合わせた。
ヴァルトアール帝国に戻ったレティシアは、初めにフリューネ領を目指し、エディットの墓へと向かい、初めてエディットの墓前で死に目に会えなかったことを謝った。そして真実を突き止めることを、エディットに誓ってからステラを紹介した。
久しぶりに領地戻ったレティシアだったが、学院に行かなければならないことを考えると、そんなにのんびりすることもできずに、慌ただしく帝都へと向かわなければならなかった。
昔のレティシアを知っているメイドたちは、レティシアが笑顔で帰ってきたことにホッと胸をなで下ろし、みんなが笑ってレティシアを送り出した。
本当は、レティシアが領地を離れた後のことも、エディットとの思い出や彼女の人柄のことも、フリューネ家で働く人たちはレティシアに話したかった。だけど、話し出したら自分たちは泣いてしまう……そうなれば、レティシアはフリューネ領を安心して離れないと思ったから、彼らはグッとその気持ちを堪えた。
帝都にあるタウンハウスを初めて訪れたレティシアは、幼い頃に過ごしていたフリューネ領の邸宅よりも小さいと正直なところ思ったが、それでも騎士寮や訓練所があることを考えれば充分に広い土地だった。
タウンハウスに着いたレティシアは建物の中を見て回ったりすることもせず、すぐさまパトリックと書斎へと向かうと、アルノエ、ロレシオ、ニルヴィスを呼びだし、パトリックがまとめていた、書類に目を通して三人が来るのを待っていた。
山積みにされている書類が半分ほど減り、パトリックはレティシアの処理の速さと的確さに驚いた。
パトリックが出したお茶を飲みながらレティシアが資料を読んでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえ懐かしい面々が部屋へと入ってくる。
「失礼します」
ロレシオが礼儀正しく一礼をしてからそう言うと、ニルヴィスとアルノエも頭を下げた。だけど、ニルヴィスは昔と同じように、無邪気に笑いながら手を振った。
「やっほ〜レティシアちゃん久しぶりぃ〜」
「ニルヴィス! おまえと言うやつは!」
「良いじゃんか〜! 八年ぶりのレティシアちゃんだよ? 二人だってこの日を楽しみにしてたはずなのに、堅苦しいのはなしにしようよ〜」
三人はまだ何かを話していたけど、レティシアは止めることもせずに、たまに頬を緩ませて静かになるのを待った。
「レティシア様、帰ってきて早々に騒がしくてすみません」
「気にしていないわ。ただ……少しだけ懐かしいと思ったのよ」
頭を下げて謝ったロレシオだったが、レティシアは資料から視線を外さずにそう答える。
「一応、帰ってくる前に報告はあったけど、その後に何か変わったことはあった?」
「はい。レティシア様が帰ってくると報告を受けた後、ダニエル様がこちらを訪ねてきています。鼠が居ないか調べた方がいいと思いますが、どうしますか?」
「鼠については任せるわ。他に何かあるかしら?」
「んじゃボクから〜。ルカ様がレティシア様に会いたいそうなので、時間を作ってあげてほしいんだよね〜」
「それは大丈夫ね、この後ルカがここに来るはずだから」
「それなら大丈夫だね〜なぁんだ、心配して損した」
ニルヴィスが不貞腐れたように頭の後ろで手を組んでそう言うと、レティシアは懐かしく思い小さく笑った。
「ノエからは何かある?」
「オレからは、特にありません。ただ、無事に帰ってきてくれて良かったと思っております」
優しく微笑んでアルノエはそう言うと、レティシアは資料から目を離して三人を見てニッコリと笑った。
「ありがとう。三人とも下がっていいわ。あ、それと後でスキア隊を紹介してちょうだい」
「かしこまりました」
ロレシオはそう言うと、三人は一例をして執務室を出ていく。そして、三人と入れ替わるように、最後に会った時より大人になったルカが執務室の中に入ってきた。
すっかり身長も伸びて、子どもらしさが無くなったルカは魅惑的に見えた。
「久しぶりだな」
「えぇ、久しぶりね」
ルカは部屋へと入ってくると、まっすぐにレティシアの方へと向かい、机に寄りかかった。
「相変わらずかと思ったけど、帰ってきてそうそうに仕事か」
「そうね。ジョルジュとパトリックが逃がしてくれなかったのよ」
困ったようにレティシアが笑うと、ルカは横目でチラッとパトリックを見た。
「そっか、それは災難だったな。これ、頼まれてたやつ」
ルカはレティシアの方に手を差し出すと、その手には青と緑の宝石が付いたピアスが乗っていた。
レティシアはそれを手に取ると、胸の辺りで大切そうにギュッとにぎりしめた。
「ルカ……ありがとう」
「いや。遅くなって悪かった」
ルカがレティシアに渡したのは、エディットが生きていた頃にレティシアが付与を施し、片方をエディットに渡したピアスを一つにした物だった。
ルカはヴァルトアール帝国に戻ったあと、レティシアに頼まれてエディットが持っていたピアスを探したが、なかなか見つけることができず、レティシアは諦めていた。
だけどルカは諦めずに探し続けて、そのピアスを見つけると、レティシアが持っていたピアスも一緒に加工して、二つを一つにした。
「ううん。もう、見つからないと思っていたわ……見つけてくれてありがとう……。そうだわ、これをつけたいのだけど、ルカにお願いできるかしら?」
「あぁ、いいよ」
ルカはそう言うと、レティシアの左耳に優しく触れる。
「いま、つけてるピアスを外すのか?」
「いいえ。新しく穴を開けてもらえるかしら?」
「少しだけ痛むぞ」
ルカは空間魔法から消毒用のアルコールを取り出すと、レティシアの耳を軽く拭いた。それから、レティシアの耳には針で刺したような痛みがして、その後にジンジンと熱を持った痛みがした。
「これでいいな。定期的に消毒するか、回復魔法をかけておけよ」
鏡を渡してルカがそう言うと、レティシアは鏡に映った耳を見て満足気に笑う。
「えぇ、ありがとう。これでいつでもお母様と一緒だわ」
「学院へは、ここから通うんだろ? レティシアが学院を卒業するまでは、俺もオプスブル家のタウンハウスに居るから、何かあったらすぐに呼んでくれ」
「そうなの? 私はルカもここに住むのだと思って、ルカの部屋を用意させてしまったわ」
驚いた様子で口を押えてレティシアがそう言うと、ルカは少しだけ困ったように笑った。
「婚約もしてないのに、一緒に住んだら婚約者だと思われるだろ? レティシアはそれでもいいのか?」
「そうね……。そうなったらルカが困るわよね。ライアンも一緒にここにきたから、そこまで考えていなかったわ」
眉間にシワを寄せてレティシアがそう言い始めると、ルカは深くため息をついた。
「あのさ、俺は別に困らないんだけど? レティシアがいいなら俺はここに住みたい。その方がちゃんと守れるし、安心もできる」
「ルカが困らないなら、部屋を用意したからそこを使ってもらえるかしら? 私は帝都のことはよくわからないし、ライアンもルカがいた方がいいって言っていたの」
「わかった。家に一度戻って荷物をまとめてからこっちに来るよ」
ルカはそう言うと、ドアの方へと向かって歩き出した。
「レティシア、おかえり」
部屋を出る時にルカは振り返ってレティシアに優しく微笑んでそう言うと、レティシアは嬉しそうに微笑んだ。
「ルカ、ただいま」
レティシアはルカが帰ると、机の上にあった残りの書類に追われ、夕食も食堂まで行かずに執務室ですませた。
書類の山を終わらせたレティシアは、パトリックにタウンハウスの中を案内させた。
建物の作り自体は邸宅と似ているが、部屋数はタウンハウスの方が少なく、部屋も邸宅と比べると狭く感じた。
こちらにも書庫があることを聞くと、レティシアはパトリックに書庫まで案内をさせ、書庫につくと中を見て回る。
フリューネ家は大切なもの程、安全だと思う金庫ではなく書庫にしまう。なぜなら、書庫が一番安全な場所だからだ。
この書庫にも魔法陣が描かれており、レティシアは魔法陣を見つけると少しだけ手を加えて魔力を流した。
すると魔法陣の中から一つの箱が現れ、レティシアはその箱を開けて中に入っている封筒を取り出すと、祖父母が書いたと思われる手紙と別の紙が箱の中に入っていた。
レティシアは祖父母が書いたと思われる手紙を読むと、皇帝であるロッシュディが昔レティシアに言っていたことの意味がわかり、手紙と一緒に入っていた紙を見て思わず「そういう事だったのね」っとレティシアの口から言葉がこぼれた。
(これは、まだ閉まっておいた方がいいわね)
レティシアは手紙と紙を封筒の中に入れてから箱の中に戻すと、箱はまた魔法陣の中へと消えていく。
それからレティシアは立ち上がって、パトリックに部屋に戻っていいと告げると、自分の部屋へと戻っていく。
(お爺様とロッシュディ皇帝陛下はきっとお父様の本性を、わかっていたのかもしれないわね)
レティシアはそう思うと、少しだけ憂鬱な気持ちになった。
なぜなら、レティシアの父であるダニエルに育てられた異母姉妹が、これからレティシアが通う学院に居るからだ。
それに彼女が同じ学年であることも考えて、レティシアはさらに憂鬱な気持ちになった。
(何事もなければ良いのだけど……)
自室に戻ると、レティシアのベッドのそばに天蓋カーテンがある小さなベッドが置かれ、中を軽く覗き込むとステラが丸くなって寝ていた。
レティシアがステラを優しく撫でていると、ミルキーブラウンの髪を奇麗にお団子にまとめ、クリっとしたダークブラウンの瞳でレティシアを見ていた女性が声をかけた。
「レティシア様、お疲れさまです。湯の方は準備できておりますので、ごゆっくりされてはいかがでしょうか?」
彼女はエルガドラ王国にレティシアが残って一年がたった頃に、ルカが送ったレティシアの侍女である。
「そうね。今日は疲れたからお願いをしてもいいかしら?」
「かしこまりました」
「悪いわね。リン、いつもありがとう」
レティシアはお風呂に向かうと洋服を脱いでいき、リンと呼ばれた侍女はレティシアから洋服を受け取ると、シワにならないようにたたんだ。
レティシアが浴槽に入ると、リンは丁寧にレティシアの髪をとかしていく。
「そういえば、メイはどうしたの?」
「メイはスキア隊の方に合流しました。何かメイに用事がありましたか?」
「ううん。部屋にいなかったから、気になっただけよ」
「そうですか。後でメイに顔を見せるように言っておきますね」
「えぇ、たまには顔を見せてって言っておいて」
「双子のワタシとメイを見分けられるのは、レティシア様とルカ様だけですので、きっとレティシア様がそう言っていたと聞いたら妹も喜びます。でも、専属侍女は姉のワタシで良かったのですか?」
「メイだと私を甘やかしすぎるから、これからのことを考えたら、冷静な判断ができるリンの方がいいと思ったの」
「ありがとうございます。ですが、ワタシもメイもレティシア様のことを溺愛しているのは同じなので、できるだけ冷静な判断ができるように心がけますね」
「えぇ、お願いね」
(この双子……私のことになると、冷静さを忘れるんだったわ。リンは普段から冷静な判断ができるから忘れていたわね……。何事もなければいいのだけど)
レティシアはそう思うと、また深い溜め息をついた。




