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アイデスの憂鬱  作者: 森住千紘
Hundred flowers : 3  〜 花咲く命、ある限り 〜
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 Attack on artemis : it’s a small world

 蝉の音と共に吹き抜ける風は生ぬるく、湿気はないにせよ体感は夏そのもの。過ごし易いかと言われればそれは違う。


 建物のシルエットから覗く空は今もまだ澄んでいる。

 だが、藍の視界には雷雲蠢く乙女の姿が映り込んでいる。


 試合のリザルトは申し分ない結果。今の現状、これからの課題、と欲しいものは大方得られた、実に有意義な時間。そこそこの満足感を胸に、用意されていた仕出し弁当に舌鼓を打ちつつ、藍は何となしにこの先の構想を思い浮かべていた。

 そんなお昼休憩の最中。


「ちょっと、良いですか?」額に冷却シートを貼った撫子がふらりとやって来て、申し訳なさそうに言う。

 藍の目は撫子の額に向く。

 野手に比べ、捕手は防具の所為で熱が篭り易い。微々たる差ではあるのだろうが、差は差。この日の気温は高く、要らぬと言われようが心配はする。


「どした? もしかして体調悪い?」

「あ、そういうのではないです」撫子は振った手の平を握る。「次も頑張りますよ。……と」


 何か言いたげな撫子に藍は首を傾げ、何だろうと横目を向けた。


「じゃあ何か心配事?」同じ席で食事を取っていた梓が尋ねる。「言い難い事なら場所変える?」


 藍達の座には二年生が複数人いる。

 聞かれたく無い話と考えた梓の提案に、撫子は大袈裟に首を振った。


「いや、寧ろいて貰った方が……」

「あ、そう」梓はそう言って、一度藍に目を向けてから撫子を促した。「まあ、座りなよ。と、言っても地べただけど」

「それではお言葉に甘えて」撫子は一度咳払いをしてから大きく深呼吸をした。


 何か大事な事なのかな、と藍は内心身構える。

 撫子の表情があからさまに曇る。

 雷雲蠢くが如きそれに、藍は何となく撫子の意図を理解する。

 落ちるな、これ、と藍が思うと同時に、撫子は勢いよく膝を折り地面に足をつけると、両手を前について睨み上げる様に顔を突き出した。


「な、何だよう」まるで予想していなかったとばかりに、文郁は撫子の勢いに呑まれて身を引き、助けを求める様に周囲に首を向けた。「私、何かしたっけ?」

「したっけ、って言うのなら首振りの回数とか、立ち振る舞いとか色々ありますよ。でもまあ、前者に関しては、私自身が拙いって自覚ありますから、そこは汲めない私が悪いです」


 いや、それは私でも無理、と藍は思う。

 思い立ったが吉日、を地で行く文郁を汲むのは、山の天気と相対するのと同程度の慣れが必要。

 撫子はまだ文郁とのコミュニケーションの時間が少ないので、そこは仕方のない事だろう。


「しこはよくやってると思うけど?」藍は助け舟を出す。

「ありがたい言葉ですけど、私はまだまだです」撫子は藍に向けた苦笑を引っ込め、文郁を見遣る。「なので、至らない部分はありつつも、何とか必死で文郁さんについていく訳ですが、流石に選択肢にない事をされると無理!」


 撫子は突き出していた身体を緩りと戻し、溜め息と共に肩を落とす。


「最後の球何なんです? いきなり、とれよ、じゃないですってば。私がやらかしたらどうするんですか。さっきも言いましたけど、私下手ですよ?」

「それ、声張って言う事?」呆れ気味に梓が言う。


 撫子はきり、と梓に顔を向ける。


「アズサちゃん」撫子は口元に人差し指をつける。

「あ、はい……」梓は素直に頷く。

「あのですね、文郁さん」撫子は改めて文郁を見遣る。「ある程度練習している事なら何とか喰らい付いていきますよ。でも、文郁さんの咄嗟の思い付きには、まだ全部が全部対応出来ませんから。ホント、ああいうのやめて下さい。練習試合だから、まあ許せる範囲ですけど、公式戦だったらって考えると……」


 撫子は大袈裟に自身の身体をさする。


「しこなら出来るよ」文郁は悪怯れずに言った。「出来ると思うからやった。出来ないと思ったらやらないもん。当たり前じゃあん」


 この場にいた全員が頭を抱える。

 そう、こういう娘なのだ、と藍は改めて文郁の感性を思い知る。


「言った私が間違ってる? 間違ってるよね」ぽつりと撫子が言葉を漏らす。

「しこは間違ってないから」藍は撫子の肩に手を置いた。「アレが明後日を飛んでるだけだから」 

「失礼な」文郁が口を尖らせる。「ちゃんと抑えられたろ? しかも構えた所にドンピシャ」

「結果云々の話じゃなくて、突発でやるなって事でしょ」溜め息混じりに梓が言う。

「アズはそう言うけどさ、あの場面アズだったらどうした? 打てた?」

「いや、まあ」梓は頬を掻いた。「躊躇はする、かな」

「だろう」文郁は嬉々とした顔を浮かべた。「時には欺くのも必要だって」

「いや、だからさ」梓は言う。「それは解るし、策としては良いと思う、けど、やるなら味方まで欺く必要はないじゃん。それしか残ってない位まで追い込まれているなら、まあ仕方ないけど、そういう場面って訳でもなかったろう」

「そりゃあ、まあ、そうだナ」文郁は跳ね上がって膝を折り、何故か地面につけた両手の親指と人差し指で三角を作りつつ慇懃に頭を垂れた。「すまん、しこ。これからはちゃんと話し合ってやろうな」

「……まあ、それで良いです。信用ならないけど」

「ひでえ」撫子を指差しながら文郁は、きししし、と笑った。


 文郁の感性は飛んでいるが、自己中が派生させる我が儘という訳ではない。

 彼女を汲むには鍛錬が必要だが、本人は他者を汲むのに長けている。

 こういう所は、鳴海大葉山の我が儘プリンセスと似ている、と藍は思う。


 人と違う”何か”を持つ者は総じて同じ様な境地に辿り着くものなのだろうか、そんな事を藍は考える。実例が二人しかいないのだから信憑性は乏しいが、到底自分には辿り着けない場所である事は確かなのだろう。とは言え、役割の違いという事を自覚している所為か、羨ましさが微塵もないのが救いではある。

 大勢いればクソ面倒臭いが、一人二人程度なら、ちょっとした清涼剤、強めのミント系と思えなくもない。


「なあ、アオ」先程の慇懃さは既に忘却の彼方、だらしなく地べたに寝転がったまま文郁が言った。「次、先発させてよ」

「まあ、それが一番しっくり来る形だし、勘を取り戻してもらわないといけないし、そうなるんじゃない?」


 文郁は跳ね起きると両手の平を握る。


「ようっし!」そう言って文郁は藍達の座から少し離れた場所に座り直す。両脚を広げ緩りと身体を前に倒してゆく。

「と言っても、病み上がりは無理すんなよ? 目安は四回ってトコか。あとは私とアズサで乗り切る」

「ええぇ。やだよう、やだよう。最後まで投げるんだい」文郁は胸の前で両手を握り上体を左右に捻る。


 その姿に梓が白い目を向ける。


「……それは駄々を捏ねているの? それともストレッチ?」

「駄々風ストレッチ、初夏の捻りを添えて」

「初夏の捻りって何だよ」梓が吹き出した。「捻りは季節ものじゃあないだろうに」


 そこかよ、というツッコミは藍の胸の内に。


 先の葉山との練習試合以降、梓は少しずつ自分と向き合っている。

 ぎこちなさは否めないが、それでも以前に比べれば随分と壁は薄くなっている。蓄積された負の感情で形成されたそれは、そう易々と解けてはくれない。

 だが、きっかけは成された。

 文郁の飛んだ感性もまた梓の背を押している。

 周りを眺めてもそうそういない乙女なのだ。自分だけが特殊、という思いを打ち破るには絶好の相手。だから、あとは見守るだけ、と藍は思う。

 二人のやり取りを親目線で眺めていると、藍の視界の端には寄って来る人影。


 薄い灰色をベースとしたユニフォームではなく、白黒のコントラストが映えるお洒落な制服姿。

 既に二試合をこなした洛陽外大の乙女達は、早々にこの場を後にするらしい。おそらく自校に戻って反省会の後、見つかったの課題に勤しむのだろう。

 夏が間近に迫った今、無駄に出来る時間は一秒たりとも無い。


 規律正しくグラウンドを後にする乙女達の中、数人が藍達の元に足を向けた。

 相手を認識しつつも、彼我の微妙な距離感は対応に困る。

 砕けて手を振ってみてはどうだろうか、と少しばかり文郁的な事を藍は思う。


「お疲れ様です」


 白×黒の制服に身を包み、帽子の跡を感じさせないやや外跳ね気味のショートカット。

 柔らかな目元には覚えがある。洛陽外大の主将、たちばな希望のぞみその人。

 既に立ち上がっていた藍は皆を見回し、両手の平を重ねて頭を下げる。


「お疲れ様です」


 藍の言葉に続けて、他の皆も居住まいを正しそれぞれが声と共に頭を下げる。

 橘は柔らかな目元をやや下げ、笑みを浮かべる。


「洛陽外大の橘です。創部二年とは思えない練度でした。私達にとっても大収穫の一日、為になりました。どうも有難う」そう言って左手を差し出した。


 藍もまたその手を取りつつ、イントネーションが関西のそれに新鮮さを感じつつ返す。


「いえ、寧ろこちらこそ、しっかり相手してもらえて嬉しかったです。中々強豪校とは練習試合組めないですから」

「まあ、有名所は大方スケジュール決まってますからね」橘は僅かに苦笑した。「でも、野球を嗜む者として名の有無なんて関係ないですよ。裾野を広げる為にも女子全体のレヴェルが上がった方が良いし、色々な所とやって交流を持った方が楽しいでしょう?」

「ええ、その通りだと私も思います」藍は頷く。


 先を見据えつつ、全体を見渡す広い視野。

 しっかりした人だなあ、というのが第一印象。

 狭い様でいて世界は広い。かつての掃き溜めの様な世界もあれば、橘の様な広い目を持った人もいる。


「有坂さん、でしたね」橘は笑みを絶やさない。「不躾な質問になりますけど、ご出身はどこですか?」


 生まれ育った土地をきいているのではないだろうな、と藍は思う。

 少しだけ躊躇しつつも答えた。


「ええと、神奈川の相模原です」

「ああ、なるほど。だから……」橘は得心がいったのか大きく頷いた。「不思議だった、と言ったら失礼になりますけど、納得出来ました。もしかして、遊撃手や中堅手の方も?」

「遊撃手はそうですけど、中堅手はまた別です」

「聖陵、鳴海大と有名所もありますし、やはり神奈川は相模原だけではなく、他の下のカテゴリもレヴェルが高いんですね」橘は微かに苦笑う。「OGに相模原の人がいて聞き及んではいましたけど、育成の巧さは今も変わらず、って事なんですね。嫌になるわあ」


 橘の相模原に対する評価に関しては否定したい所ではあるが、それを言っても仕方がないと藍は蓋をする。結果から見れば橘の意見は正しいのだし、あの時代があったからこそ、藍も昴も今ここにいる。

 前言撤回かな、と藍は思う。

 否、撤回と言うよりは訂正。世界が広いのではなく、狭いながらも色々な人がいる、と言う事なのだろう。


「ちょっと、ノゾミさん」橘の後ろに控えていた細身の乙女が、彼女の袖を引く。

「あ、ああ、そうやったね」橘は少し砕けた言い方をして、改めて藍に向き直った。「あの、有坂さん。実は、この子が少し話をしたいと言い出して、こうして来た次第で」

「はあ」藍は曖昧に頷く。誰だっけ、というのが藍の正直な気持ち。「それで、お話というのは?」


 藍は橘の横に佇む乙女に水を向ける。

 少し日焼けした丸顔に丸い目をしたショートボブの乙女は、目線を藍から外し辺りを彷徨わせる。つられて藍もそれを追う。止まった目線の先。


「あの人何なんです?」

「フミカ、失礼やないの」橘が咎める。


 あらあ、偶然、と藍は思う。

 フミカと呼ばれた丸顔の乙女に先にもフミカがいる。

 藍はやや不安気な気持ちを抱きつつも、こちらのフミカを手招いた。

 満面の笑顔。


「ご指名ありがとうございます、フミカでっす」妙なポーズを取りつつ文郁は言い切る。


 藍は内心額に手をやり天を仰ぐ。

 ちら、と横目で洛陽外大の乙女を窺えば、彼女達は顔を引き攣らせ笑いを堪えている様子。


「ゲ、ゲームの時もそうでしたけど、随分陽気な方なんですね」橘は迸りそうになる勢いを何とか堪えて言葉にした。

「すみません」藍には謝るしか術はない。「悪気はないんですけど、ちょっと頭の中がアレなんで。多分夏の所為です」

「んなわきゃないでしょう」文郁は胸に手を添える。「私は私、夏の所為ではありません。有り得ません。だって私は私……」


 藍は文郁の頬を掴んだ。


「お前少し黙ろうか。話が全然進まねえ」


 小芝居じみたやり取りに堪えきれなかったのだろう、洛陽外大の乙女達は盛大に吹き出した。

 ああ、もうどうにでもなれ、という気持ちに藍はなる。

 文郁に悪気は無いし、彼女達も笑っている。険悪にはならないだろう。

 笑いが収まると、橘は少し照れた表情を浮かべ小さく咳払いをした。


「すみません。少し取り乱しました」そう言って小さく頭を下げた。

「いえ、こちらこそすみません」藍は大業に頭を下げた。

「アオは何で謝るかな。皆楽しい、これ良い事じゃん?」悪怯れもせず文郁は言う。


 咎める言葉を探す藍よりも先に橘が口を開いた。


「確かにその通りです。試合中とは言え、私達も楽しませて貰えましたし」

「……そう言って貰えるとこちらとしては安堵しますけど、中には不真面目と取る人もいる訳で」

「でも、ああいう陽気さは女子ならではだとも思いますよ。安打や得点時にベンチから皆で飛び出すのに近いかと」

「でも限度ってあるじゃ無いですか」

「まあ、それはそうですけど、おそらく他のチームでも私達と同じ様なリアクション取ると思いますよ? 経験上」

「はあ」藍は曖昧に答えるしかない。そもそも他をあまり知らない。常軌を逸しているという自覚もある、故に恐れもする。

「まあ、それはさて置き」橘は洛陽外大のフミカを促した。


 丸顔の乙女は、ずいっと前に出ると人差し指を突き出した。


「あんた、何なん? 最後の最後であんなん投げる?」

「こら、フミカ!」橘はフミカの伸ばした腕を掴む。


 こら、なんて言葉久しぶりに聞いたなあ、なんて事を思いつつ、藍は洛陽外大のフミカを眺め、朧げながらも彼女を思い出した。


 最終回の最後の打者。

 翻弄された、とは言わないが、言葉を選ばないで言うのなら、文郁の手の平で転がされた乙女。

 打ち気を読まれ、緩急と内外の出し入れで迷わせた挙句、焦れた所にとんでもないスローボール。

 カーブでも何でもないただの遅球。ある意味緩急の最果て。

 それが”ある”事を知らなければ咄嗟には反応出来ないだろう。

 梓の言う様に策の一つではある。

 だから、文郁としては、卑怯とは言うまいな、とか言いそうだが、個人的には、卑怯だろ、と藍は思う。


「まさか……」文郁はフミカの言葉を受けて口元を上げる。「卑怯とは言うまいな」 


 言ったよコイツ、と藍は内心頭を抱える。


「お前、少しは言葉を選べ。何で突っかかる様な事を言う」

「アオは何でそんなにあたふたしてんのさ」あっけらかんとした顔で文郁は言った。周りを見回し続ける。「誰もそんな事思ってないだろ?」

「あの、有坂さん?」


 洛陽外大のフミカに呼ばれて、藍は取り繕い振り向く。


「あ、はい」

「別に文句を言いに来た訳やないんです。どちらかと言うと、感心が近いかなあ。私もね、ピッチャやるんですけど、まあ、あの場面であんなん投げれませんし、まず、選択肢に出て来ませんて」洛陽外大のフミカこと、佐藤さとう史華ふみかは微かに苦笑した。「だから、おんなじピッチャとして、中身どうなってんのやろ、と思おて」

「ああ、そういう……」


 昴の心配癖が感染ったかな、なんて事を藍は思う。

 とは言え、自分は主将という立場。起こり得る可能性を考えていただけ。

 それは悪い事ではないと思うし、今回は偶々裏目に出ただけ、と藍は思う事にした。そうなれば、自分は引くだけ、と二人を促す。心のキャッチボールが変化球の投げっぱなしにならない事を祈りつつ。

 いくら文郁と言えども、この場面でスローボールは投げないだろう。


「アオイちゃん」


 袖を引かれ、今度はなあに、と藍は振り向く。

 昴の重ためのショートボブの下の大きな瞳が横に流れる。


「晴明社の人来てるよ?」


 昴に促された方に藍は目を向ける。

 懐かしさに微かに頬が綻ぶ。

 藍の今回の強行軍の決断を押した至極個人的な理由。

 洛陽外大の様に試合後の時間で、と思っていた所、先方から赴いてくれるとは。


「何かな、試合時間の変更?」昴が尋ねる。

「さあ」藍は曖昧に答えつつ言う。「折角だし、スバルもおいで」


 昴を従え、件の乙女の元へ。


 薄いクリーム色の生地に、濃紺の学校名のロゴ。

 男子は大阪を代表する強豪であるから、メディアでもよく目にするユニフォーム。それと同じデザインの物を彼女も纏っている。


 後ろで一つ結びにした天然茶髪に、やや頬に赤みがさす小さな丸顔に不釣り合いなほどの鋭い一重。瞼が直線じみている所為か、あどけない顔立ちにも拘らず邪悪な印象。

 変わってない、と藍は思う。


「どうしました? 時間の変更か何かですか?」藍は淡々と言う。

「熊ノ森さんのアップにグラウンド使って貰ってとのお達しが出たもんで」関西の学校にありながらも、彼女の口調は関東圏のそれ。その口元が曲がった。

 藍もまた口元を曲げる。

 付き従う昴を置いてきぼりにして、二人は破顔し手の平を合わせた。

 ぱちん、と乾いた音が鳴る。


「いやあ、ホントにびっくりしたよぉ。アオちゃん、一から作ったんでしょ、このチーム」

「ここまで大変だと思わなかったけどね」


 袖を引かれ、藍は顔を傾ける。


「どちらさん?」昴は藍の耳元で小声で尋ねる。

「ああ」藍は昴の背を押し前に出した。「知ってるでしょ、水木昴」

「ミズ、キ……? ああ、相模原の化け物遊撃手かぁ」

「え? え?」


 戸惑う昴の背に手を置き、藍は空いた方の手を目の前の乙女に向ける。


「湘南レイディアンスの小山内小鳩ちゃん。かの鳴海大葉山の第六天魔王の相方だった人」藍はちら、と昴に向けた目を細める。「つうか、あんた何度か対戦してるでしょうが」

「ええっと……?」首を傾げていた昴は、不意に背を伸ばし手の平を打った。「エグいインコースの人!」

「いや、あれはミドリが……」小山内小鳩は苦笑しながら頬を掻いた。「私は別にこだわりなんてないのよ。ただキャッチャを信頼してるだけで」

「小鳩ちゃんは基本丸投げだしね」藍は笑う。

「それさあ」小鳩は肩を竦める。「ここだと、すごい怒られるんだよね。互いの意思疎通が出来てない証だぁ、とか言ってさ。こっちが納得してたらよくない? ヘボキャッチと組んでる訳じゃないんだしさ」

「強豪校あるあるじゃん。そういう悩みってちょっと羨ましいよ、ね?」藍は昴に同意を求める。

「まあ、ウチは寄せ集めだし、悩むよりやらんと、だからね」昴は大きく頷く。

「いやまあさ、楽しそうで何よりだよ。確かに相模原って強かったけど、楽しそうではなかったよね」


 藍は昴と目を合わせ苦笑した。


「まあ、そこが根本だよね。新たにチームを作ろうとした事の。だから、今は楽しい」藍はしみじみと笑みを浮かべる。「で、小鳩ちゃんは? 今楽しい?」

「そりゃ勿論。自分で選んだ事だからね、モチベも十分、小さい事除けば環境も文句なし」小鳩は手の平を握った。

「ああ、そうそう。こないだ葉山と練習試合してさ、ミドリに会って来た。アレとは連絡取ってる?」

「偶ぁにね。そう、だからまあ、知ってたよ。アオちゃんの事」

「そう」藍は頷く。「でも良かった。アレはアレで寂しがりだからね。会った時もさ、私の計画台無しにしやがって、とか絡まれたし。しかも更衣室に突るとか」

「碧らしいね」そう言って小鳩は浮かべた笑みを引いた。「きっとさ、碧の計画は確約された楽しさがある。けど、それって”easyモード”だよね。ぬるま湯って訳じゃないんだろうけど、与えられるだけの環境で自分はどれだけ進化出来るのかなって考えたらさ……」


 藍は安堵じみた溜め息を吐く。


「そういうのはさ、本人に言ってやりなよ。アイツその話した時さ、すごい寂しそうな顔したのよ。あの我が儘プリンセスが憂いてるなんて結構な大事じゃない。本人に自覚はないんだとしてもね」

「だよねえ」小鳩は肩を落とす。「何となく負い目に感じちゃってるんだろうね、私。だから言い出し難くてさ。でも、そうだな、うん。夏終わったら話すか」

「まあ、その前に当たるとより話しやすいんじゃない?」藍は言う。「やっぱりアイツはアイツ。何だかんだでレギュラ取ったらしいし、当たれば勝負出来るじゃん」

「私が出てれば、じゃない?」

「何を言うかな」藍は笑う。「まったく、名前を猛禽の類に変えた方が良いんじゃないの。平和の象徴どころか、邪悪の象徴じゃない、小鳩ちゃんって」

「アオちゃん、失礼だね」小鳩も笑う。

「いざマウンドに立てば情も欠片もあったもんではないのを知ってるもん。さっきの昴の言葉もそう。いくら捕手が要求したとてノリノリで投げないでしょ、普通は。その強気、指導陣が見逃す訳ない。噂は届いてるよ」


 藍は改めて小鳩を眺める。

 いまだ幼さの残るあどけない顔立ちの裏に潜むは、傲慢なまでの強気。

 正直、夏のヤマが違って良かったと思う自分もいる。

 小山内小鳩のえげつなさを知っているから。

 当たるとしたら、もう少しこちらの練度を上げてから。

 おそらく今のままでは歯が立たない。


「昨年の晴明社史上稀に見る一年生エースの躍進。その当人が強豪相手に投げない訳はないでしょ?」

「……ウチと組めるのは伊達じゃないって事か」小鳩は肩を竦めた。「アオちゃん達がいて、監督さんは名将の息子さんだもんね。情報は集めてるか」

「そういう事。せっかく理想を実現出来る環境を作れたんだ。とことんまでやるよ」

「まあ、そうだよね。じゃなきゃ選択しないもんね」小鳩は顔を上げ左右の口角を上げる。昔からやる独特の笑い方。「じゃ、まずはアオちゃん達からだ。どうせ大会に入ればデータは取られるんだし、今回は全力でいかせて貰う」

「ちょ、ちょい待ち」藍は手の平を立てる。「小鳩ちゃん洛陽戦で投げたんじゃないの?」

「いやあ、洛陽は同じヤマだし投げさせて貰えなかったのよ。つう訳で体力値は最大なんだな、これが」


 誤算、と藍は思う。

 薮を突いたら邪神を召喚してしまったらしい。

 とは言え、可能性としては考慮はしていたのでダメージはそれ程でもないし、プラスに考えるのなら小鳩を相手に今の自分達を測れるのだ。まあ、有用かと改める。


「そういう事なら、お手柔らかに」藍は手の平を差し出した。


 小鳩もまたそれを握り返し、破顔。


「土を舐めたとしても怒らないでね?」


 ああ、こういう事を言う娘だったなあ、と藍は思う。

 気分が昂るととびきりの笑顔と共に傲慢じみた言葉が溢れる。悪意はないのだろうけれど、知らない者からすれば嫌な気持ちになるだろう。

 だが、それが事実である事を彼女はグラウンドで示せてしまう。


 遠い地まで来て、再び合間見える事になるとは。

 やはり自分が思う程世界は広くないのだろうな、と思う藍だった。

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