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アイデスの憂鬱  作者: 森住千紘
Proof of buds : 1
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 Are we sinners? 〜 私達は罪人か? 〜

「ほんとごめんなさい」

 私は誠心誠意頭を下げた。何なら土下座すら厭わない覚悟。



「やめてよう」

「そうそう。さっきの演説かっこよかったぜ? アンち」

 前髪ぱっつんショートボブの糸目の乙女と、黒髪を後ろで一つに纏めた切長一重の細身の乙女が、気にすんなと笑っている。



 自己紹介の勢いのままランニングになだれ込み、戻ってくるなり皆がそれぞれボールを使ったアップに移行、そんな中、私は二人を引き留め謝罪した。皆を煽った私の演説により、自己紹介のタイミングを逃してしまった二人。折角の自己紹介の場を微妙な物にした責任。けれど、二人は私の謝罪に笑顔を返してくれた。



「あはは……」私は苦笑い。すぐに切り替え、切り返す。「って、何で私のあだ名を知っている」


 私は切長の乙女、三上美弥みかみみやに詰め寄った。


「あれ、聞いてない?」美弥はちらりとアップに勤しむ場に目を向けた。「まあ、あいつはそういうヤツか」

 溜息混じりに頬を掻く。


「あいつ?」

「ああ、私、綾、香坂のはとこなの。だから、アンちの事は結構前から聞いてたのよ。でさ、高校一緒だって言うじゃない。奇妙な縁だねえ、なんて思ってたんだよね」 

「私もアンちって呼んでいい?」


 前髪ぱっつんの片桐志津かたぎりしずがきいてきた。


「良いよ良いよ、好きにして」苦笑混じりに返してから、何食わぬ顔で柔軟を続ける綾に目を向ける。

 あのやろう。もう少し話してくれても良いのでは、と思う。



 それ等を含め、香坂綾が浦和翔葉ではなく葉山にいる理由。

 それは両親の離婚が発端。大人の事情については解らないけれど、綾自身には選択の自由があったらしい。父について行くか、母について行くか。

 そこで綾は一つの決断をした。

 それはどちらにも着いて行かない、という斜め上の選択。あの日、昨年の秋に私の家に来た時に言っていた言葉が彼女の本心、そして願いだった。

 彼女の出した結論は、父でもなく、母でもなく、田舎暮らしだった。齢十五にして彼女は、無機質に囲まれる環境を嫌い、忙しなく追われる生活を厭う。学生である以上、その拘束は仕方がないとしても、環境はだけはせめて緩やかな時間が流れる地を、という彼女の選択。

 あの秋の日家に来た本当の理由、それは父方の祖父母の家での生活の下準備のついで、というのが真相だったらしい。


 あの日私は明日香と道を違えた。同じ時間、綾と環もまた道を違えていた。環が家に泊まらず綾についていったのは、その話を聞く為だったらしい。サプライズと称し、高校に入学するまで語らなかったのは、まあ、環らしいと言えば環らしいけれど。

 にしても、だ。知っておけばコミュニケーションが潤滑になるであろう情報は開示しろと言ってやりたい。言わないけれど。まあ、それが彼女の個性で、綾らしいと言えば綾らしい。

 私は、あの二人には翻弄されてばかりだ。



「じゃ、私らもあっちに加わるね」そう言って、美弥と志津の二人はアップに混じって行った。



 さて。

 二、三年生側の提案によって、最後に両チーム交代でグラウンド全体を使ったノックの許可が降りた事が笹川によって知らされた。 

 まあ、当然だろう。

 初顔合わせで、内野連携の実践もない状態での試合なんて、まあ、あり得ない。というか、試合にならない。そういう些細な所にも引っ掛かりを覚えてしまう。フェアじゃない。

 けれど、最低限、本当に最低限の確認は出来る。

 戦える下地はある、と思う。あとはそれをどう活かすかそこに尽きる。


 仮ブルペンとした左翼線の外側で、私と綾、笹川と藤野のペアで固まった。ざっくりとした戦略会議。正直な所、遊撃手ショート二塁手セカンド中堅手センターも交えたかったのだけれど、未だ人選を決断出来ないでいた。


 中堅手は佐倉薫で良い。

 問題は二塁手だ。私の記憶通りであるならば一葉の守備に問題はない。無いのだけれど、初顔合わせでコンビを組むとなると、やはり連携という面で不安がある。皆が同じ条件というのなら良いのだけれど、二遊間でコンビを組んでいた者がいる以上、連携面ではそちらに分がある。



「ノックをしてみないと解らないけど、二遊間は元々コンビを組んでいた二人の方が良さそうだね」隣で笹川の球を受ける藤野が言った。

「と、なると、金田一を外野ですかね」

「ううん、金田をサード、四ノ宮を外野ってのもありか。いやあ、ノックしてみないと解らないね」

「ですね」私は受けた球を返しながら続ける。「で、良いんですか? ウチらが先発で」

「うん」藤野は頷く。「ユキは投手が本職だけど、私は外野手が本職だし。それに、ユキはちょっとね……」


 隣の球筋に目をやる。

 事前に聞いていた様に、球は速い。けれど、フォームがどこかぎこちなかった。


「怪我、ですか?」

「ううん、まあ」藤野は小さく頷いた。「どちらかと言えば、心の、かな。バッピにされたのが思いの外ショックだったみたい」



 競争社会だ。上手い人が上に行くのは当たり前。けれど、ここでは、そこに公平性が欠如している。

 笹川にしてもそうだ。フォームを崩しているけれど、球自体は悪くないと思う。おそらく、

コントロールを気にしすぎて、彼女本来の形が崩れているだけだ。そして、そうさせてしまったのは……。

 笹川、藤野の両先輩に諭された様に、私の主張は皆の意思を纏める事には成功したけれど、根本的な解決には通じていない。

 負ければ、監督代行の方針に隷属が確定。けれど、勝ってもそこから逃れられるという訳ではない。妙がそれらしき方向に持ってはいったものの、大屋が確約した訳ではない。

 ダメだ。

 私は頭を振り思考に蓋をする。今は目の前の事に集中すべきだ。今は、勝つ事こそが目的と宣う、監督代行の言葉が真実である事を信じるしかない。


 相変わらず、綾の球は私の構えた所に寸分の狂いなく収まってくれる。

 あの秋の日以降、綾の球を受けるのは初めてだ。僅かに球質が変わっている様にも感じる。私達はまだ成長段階だ。半年もあれば見違える様に変わる事なんてざらにある。



「アンち」綾がグラブを振った。

「何?」球を返しながらきいた。

「ちょっと強く投げて良い?」

「良いよ」


 特に変化は見られないフォームから、力強い球が来る。秋より確実に速い。

 けれど。

 綾は首を傾げている。


「どうしたの?」

 口を結びながらこちらに来るので、私もまた彼女に寄った。


「やっぱ、力任せに投げると思い通り行かない」

「そう? ゾーンには入ってたけど」

「いや、ゾーンに入れば良いってもんじゃないでしょ。ここぞの場面で真ん中行きましたじゃダメだ」

「まあ、そだね。じゃあさ、初球だったり、見せ球ってのはどう」

「それなら、まあ」一旦頷いてから、綾は伏し目がちに続けた。「あのさ、今日、というかこれからの話なんだけど」

「うん」

「アンちはどういうリードするつもり?」

「そりゃあ、もちろん打たせないリードするよ。香坂のコントロールがあれば全然出来るし」 

「それなんだけどさ」綾は言い難そうに目を伏せる。「出来れば、三球で片付けたい」

「はあ」

「基本三球勝負、遊び球とか様子見は嫌」

「いやいやいや、遊び球は兎も角、様子見は必要でしょ」

「や、だからさ、様子見であっても、カウント稼いでって話」

「……」今度は私が口を結ぶ番の様だ。「一応きくね。何で?」

「え?」意外そうな顔を綾はした。「何でって、無駄球投げたくない。疲れるじゃん」



 頭を抱えたくなった。

 いや、それが出来るのなら、そうしたいよ。

 いや待て。出来るのか。香坂綾のコントロールがあれば。

 物は考えようだ。

 綾のスタイルは打たせて取るピッチング。

 ならば、速い段階で手を出させるリードにすれば良い。彼女のコントロールがあれば、待球の意味はあまりない。けれど、打たせたいというこちらの意図が相手にバレると、その先は読み合いになる。

 データのない序盤は通じるけれど、慣れてきた後半戦、そこの戦い方が肝か。



「まあ、解った。けど、目が慣れてきた後半はその通りには行かないと思う。香坂には決め球がないの解ってるよね」

「決め球なんていらないでしょ。だって打ち取れるんだから」

「お前、どこからそんな自信湧いてくんのさ」


 見かけによらず、大胆な奴だと思う。少し呆れてしまう。こんな奴だったっけと心の箪笥を引っ掻き回す。


「何言ってんの?」死んだ魚の様な目が、訳が解らないと主張する。「打ち取るのはアンちじゃん。私はアンちのサインに従って投げるだけ」

「お、おま……」


 いや、信頼してくれるのは嬉しいよ。

 けれど。

 丸投げかよ。いや、まあ投手は投げるのが仕事だけれども。


「よろしく頼むよ、新しい相棒」綾はニヤリと笑って仮マウンドに戻って行った。



 この時になって初めて環の苦労が身に染みた。

 あいつすげえなあ、という感想が頭を巡る。



「投手ってめんどくさいよね」藤野が言った。「妙に繊細でプライドが高い。私はさ、今泉監督に捕手勧められてやったけどさ、外野手の方が良いやって思ったよ。でもまあ、その点、あんたはラッキーだったよね。組んだ相手が中沢だったんだから」


 藤野にはそう見えていたのか。

 確かに明日香との関係が本格的に悪化したのは藤野達が引退する間際。知らないのも無理はない。


「いやあ、色々あったんだけどねえ。でもまあ、捕手ってのはそういうもんじゃないのかなって」

「やっぱ、あんたは捕手向きの性格してるわ」藤野は笑う。「投手は球をコントロールする。捕手は投手をコントロールする。なんてね」

「あはは……」



 それで、コントロール出来れば苦労はないんですけどね、と心の中でツッコんでおく。

 確かに藤野の観点からすれば、私は恵まれているのかもしれない。今の所、そこまで面倒な投手に当たっていない。

 おそらく綾に関しても慣れていないだけ。

 彼女の性分の理解が深まれば、面倒臭さは感じないだろう。相手を立てるのは、まあ、得意な方だと思う。



「ああ、そろそろ」藤野はちらりとグラウンドに目を向けた。

 二、三年生グループが内野から引き上げて行くのが目に映った。

 手慣らしのシートノックと、その後のフリーで、最終判断。短時間で決めるには中々厳しいけれど、私達自身の一歩を踏み出さなければ、私達は囚われの身だ。


 私達が私達である事を証明しなければならない。

 私達は自ら考え動く選手であって、データ上の駒ではない。隷属する事を是とする乙女はここにはいない。

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