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アイデスの憂鬱  作者: 森住千紘
Hundred flowers : 3  〜 花咲く命、ある限り 〜
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 Tradition inherited  〜 連綿と続く 〜

 住めば都、とはよく言ったものだ。


 たとえ、そこが地獄であろうとも、住んでみればアラ不思議。

 快適とは言えないけれど、思いの外悪くは無い。

 

 当初はどうなるものかと先を危ぶんだ査定期間も、駆け抜け振り返ってみれば、いつの間にかそんな感覚に染まっている。

 勿論、これまでとは比べ物にならない疲労感は確かにあった。

 けれど、査定終盤辺りになるとそれにも慣れ、非日常はいつの間にか日常に。

 人の持つ順応性というヤツは中々に素晴らしい。 


 個人差はあるのだろうけれど、私としては、駆け抜けた感動や達成感、もしくは漸く終わったという安堵を味わうよりも、夏が目の前に迫っている事を現実として実感した事の方が大きかった。

 タイミングの妙、というヤツなのだろう。

 査定期間の最中に発表された夏大の組み合わせを目の当たりにすれば、いやでもそれは意識に入り込む。本当にもう目の前にそれはある。


 内に沸る熱とは裏腹に、臍曲がりな梅雨が雲を集めている。

 査定期間は概ね晴れが続いてくれたけれど、終盤辺りから天候は崩れ、ここ数日に至っては連日の雨天。

 薄く開けた窓から、雨音と生々しい緑の匂いが部屋に流れ込む。


「日本の夏ってこんなだったっけ?」夏目湊が持参した扇子で額を扇ぎながら文句を垂れる。「ねっとりした感じ、慣れないなあ」

「大丈夫だって」私は乾いた笑いを零しつつ返す。「生粋の日本育ちでも、慣れたなんて声は聞かねえよ」

「……つけてぇ。エェアァコォン、つけてぇ」


 呪詛じみた声がして、背後から私の頬が挟まれる。

 生ぬるい手。

 不快指数は急上昇。


「ああ、もう」私は首を振り、その手を振り解く。直ぐに振り向き鋭い目を向けてやる。「この後室内練あるんすから、身体冷やすなって事でしょう? そもそも私にそんな権限ないすから」

「って、言うけどさあ」結城碧が口を尖らせ、机に突っ伏した。「このままじゃ溶けるって」

「溶けてるのはミドリちゃんの頭の中でしょ? 暑いのは皆一緒なんだから、ダル絡みしないでくださいよう」


 活動前の僅かな隙間、私達は小講堂に集められていた。

 春先のオリエンテーションが行われた階段状の多目的ホール。


 査定期間が終わり、昨日のオフを経て開けたこの日、泣こうが喚こうが、これまでの地獄行脚の結果が発表されるミーティング。

 女子野球部三十人強が一堂に会し、その時を待っている。


 定刻を少し過ぎ、講堂内に漂う緊張感が僅かながら緩んだその時、部屋の扉は開け放たれ、今泉理香が分厚いファイルを抱えてやって来た。

 彼女の背後には、従者の如く谷教諭と沼上教諭が付き従う。


 理香曰くの、教壇に立つ為の戦闘服、と称された黒いパンツスーツに身を包み、普段は流している髪も、緩いお団子に纏めている。

 壇上に上がりファイルを置くと、ちら、と前列に目を向けた。


 それを合図と受け取り、主将の坂巻橙子が声を上げ、皆が一斉に席を立つ。彼女の言葉と共に、礼、着席、と恙無くこなす。

 理香は小さく頷き、今一度自分に向かう顔を流し見て微かに口元を上げた。


「じゃあ、早速発表」理香は淡々と言って、後ろに控える両教諭に目配せした。


 二人は手にしたプリントの束を端から回してゆく。

 それを見た者からは、様々な感情を内包した声にならない音が漏れる。

 私もまた、手にしたA4サイズのプリントに目を落とし、はて、と思う。

 と、同時に訳が解らずとも逸る気持ちが目を動かさせる。


 そこにあるのは並んだ名前と数字。

 自分の名前を見つけ、その隣にある赤丸で囲まれた”94”という数字を目にした時、理香が声を発した。


「もうある程度察してると思うけど、名前の横にある数字が査定結果ね。内訳や、細かい数値に関しては順次面談するから、その時に」理香はそこまで言って、一旦言葉を切る。今一度皆を見回してから続ける。「んで、数字が赤丸で囲まれてる人が、夏のメンバね」


 部屋にどよめきが舞い起こる。


 そりゃあ、そうだろうよ、と思う。

 普通は背番号順に名前を呼んで一喜一憂な流れだと思う。それがプリント一枚、しかもそこに記された記号で終わりとなれば、声も上がろう。


「ああもう、うるせえなあ」理香が頭を掻きながらぼやいた。

「リカちゃん、逆ギレかよ」笑いを噛み殺した様な声が背後からした。 


 理香が何度か両手の平を打つ。


「おおい、一旦静まれって、ちゃんと説明するから」場が静まるのを待ってから、理香は続ける。「もしかしたら、背番号と共に名前を呼ぶ儀式を求めてるヤツもいるんだろうけどさ、面倒くさいじゃんか」

「ええぇ……」


 ”ちゃんと”とは一体、とおそらく皆が同じ事を思ったのだろう、若干の呆れが混じった声が方々から漏れ出る。


「ああ、待て待て」理香は眉間を揉みつつ手の平を立てた。

「今泉先生」背後から沼上教諭が苦笑しつつ言う。「色々端折り過ぎ。これじゃあ流石に生徒達が可哀想でしょ」


 確かに、と理香は肩を竦めた後、微かに居住まいを正すと口を開いた。


「正直、選ぶのに苦労したよ」壇上で理香は肩を竦める。「どうしても飛び出るヤツってのはいるんだけど、それ以外の皆もそれぞれ光る物を持ってる。面談や野球ノートで示した各々が持つヴィジョンも照らし合わせて選ぶとなると、思いの外難航した。何とか形にはしたけど、監督業ってしんどいな、って印象」

「ええぇ……」


 再び呆れの混じった声。


「ええとね」少し掠れた野太い声で、谷教諭が補足した。「皆葉山を選んで来てる訳だから、最低限のスキルは持ってる。僕の目から見てもそこまでの差は無いって印象。今泉先生は本当に悩んでいたよ。口は悪いけど、皆の事しっかり考えて、どうすれば皆が納得出来る結果に……」


 不意に視界に入ったのだろう、両手で顔を覆う理香を捉え谷教諭は言葉に詰まった。


「あ、ごめん。これ、言わなくていいヤツだったか」


 理香は顔を上げると、目を瞑りわざとらしく咳払いをした。


「リカちゃんのあれ、演技だな」背後から碧が呟く。「でも、しんどいってのは本心だろうなあ」


 碧の推測は的を射ていた様で、理香は平然と先を続ける。


「んとな、谷先生が言った様に、そこまで差がないってのは本当。だからこそ悩んだんだけど、どうしても枠は決めなくちゃならない訳で、最終的にはチームへの貢献度で選ばせて貰った。納得のいかない者は後で個別に私の所に来て。しっかり説明するから」


 一度言葉を切って理香は、皆の顔を流し見た。

 自分の発言が、皆にどう映ったのかを確認しているのだろう。

 小さく頷き、先を続ける。


「皆の間に然程差は無いって言ったけど、選ばれた者にはそれなりの理由があって、それぞれしっかり役割がある。何だかんだ言ってもファーストチョイスはあるからな。という訳でそれの発表」


 理香が言わんとする所。それ即ち、これこそが所謂普通のメンバ発表なのだろう。

 初めからそれをやれ、と思わないでもない。

 儀式を求めている乙女もいるだろうに。

 とは言え、監督直々の結果発表なので、否が応にも場内の空気が引き締まる。


「先ず現状のファーストチョイスから」理香は一度自身に向けられる顔を眺めてから、ファイルを捲り目を落とす。「投手、上条翔子。捕手、荻野美羽。一塁手、宮森遥。二塁手、小澤結衣。三塁手、塩原菜月」


 ここで、微かに騒めき。

 塩原は大屋政権以前も、もう少しでレギュラに手が届くといった立ち位置だったらしく、ここに来ての初めてのファーストチョイス。

 良くも悪くも、意外性という意味での騒めきなのだろう。

 反応は予め予想していたのか、理香はそれが治まるのを待ってから続けた。


「遊撃手、千家知沙。左翼手、多嶋美奈子。中堅手、坂巻橙子。右翼手、新川佳奈……」


 そこで声が上がった。


「なんで?」前列の右端にいた大島が立ち上がる。

「何?」理香の目が一瞬で鋭くなる。「納得のいかない者は後で私の所へ、と言ったけど?」 

「……いえ、はい」


 つい声を上げてしまったものの、正当性がない事は大島本人も理解しているのだろう、一言謝罪を口にして大人しく席に収まった。

 まあ、彼女の言わんとする所も解らなくは無い。

 前今泉政権時から右翼手のレギュラは彼女だった。

 査定期間でも調子が悪いだとか、ミスがあったという訳でもないのだ。

 何故、と納得いかない、が彼女にそうさせてしまうのも理解は出来る。


 けれど、と私は思う。

 確かに大島もレギュラを張るに値する選手だとは思う。

 守備率は良いし打撃も積極的。

 ただ、新川もまたそれと同じ位の成績を残している。

 広い目で見れば、どちらが出てもそれなりに結果は出せるのだろう。だから、視点が自分なのか、チームとしてなのかが選別の基準だったんだろうな、と私は勝手に想像する。


「続ける」理香はそう言って再びファイルに目を落とした。「次、指名打者。ああ、一応言っておくけど、夏は投手を打席には立たせないつもりだから、投手陣はそこ頭に入れといて。で、指名打者、結城碧。DHに関しては調子次第で誰でも入る可能性がある事も追加しておく。まあ、ファーストチョイスとは言ったけど、固定という訳じゃない。誰にでも調子の波はあるから。流石に見てらんない状況になったら代えるよ、勝ちたいもん」


 理香は一息吐いて区切りとし、改めて手元のファイルのページを捲る。


「次、セカンドチョイス。捕手、結城碧。一塁手、伊園妙。二塁手、金田一葉。三塁手、四ノ宮杏樹。遊撃手、槙野日向。左翼手、神崎律。中堅手、真鍋紗夜。右翼手、大島芙美」


 数名の一年生選出に微かなどよめきが起こるも、理香は気にせず先を続ける。


「次、投手陣。夏の起用としては、ある程度の継投を視野に入れてる。他の皆にも言える事だけど、常に出番が回って来ると思って準備しておく事。投手、笹川雪。園川みき。夏目湊。青山圭。香坂綾。続いて、DH兼外野手兼第四捕手で藤野紫穂。第三捕手、代走要員として斑目琥珀。DH兼ブルペン捕手、関谷みなみ。さっきも言ったけど、あくまで役割は暫定。その都度イレギュラはあるから、それも頭に入れておく。複数のポジ出来るヤツは本職以外も手を抜かないように。以上」


 結果は既に出ていた。

 けれど、こうして名を呼ばれる事でそれに実感が伴ってゆく。

 どういう形であれ確定してしまえばそれが現実。

 喜ぶ者がいる傍で、悲しみに暮れる者もいる。

 理香はこの日初めて憂いを帯びた表情を見せた。


「……それと、持田。この後、監督室に寄って貰える?」


 二列目の左端に目が向きそうになるのを皆が懸命に堪えている、そんな風に後部に座る私の目には映る。


 ここは実力ありきの弱肉強食の世界。

 それは予め解っていた筈だ。

 だから、三年生でただ一人、夏のメンバから漏れた持田葉子もまたそれを呑み込み首肯した。

 けれど、やはり声は出なかった。


 自分がこれまでやって来た事の結果、自己責任だ、と好意的な納得が出来る者はどれ位いるのだろう。

 頭では解っているけれど、心はそれを否定したい、そんな風に思う人が大半なのではないか、と私は思う。


 とは言え、同情された方が居心地が悪いのも事実。

 それが解っているからなのか、感傷が滲み出る前に理香が話の矛先を変えた。


「あと背番号だけど、これまでの伝統に従って好きに決めて良いから。決め方は任せるよ」理香は、伝統の部分を強調してファイルを閉じた。「ああ、後ね、背番号自体はメンバに漏れたヤツにもあげるから。じゃないと、試合用のユニフォームないもんな」


 そう言って、理香はファイルを抱えた。


「室練は定刻通りにやるから、それまでにさくっと決めて、提出してな」理香はちら、と最前列に目を流した。持田に小さく頷いてから、目線は坂巻へ。「じゃあ、あとは主将、よろしく」


 理香の言葉を受け、再び坂巻が号令を掛け一旦場を締めた。

 着席と同時に部屋に活気が溢れ、言葉が飛び交い始める。

 それを横目で見つつ、彼女は二人の従者に目配せして、踵を返した。


 一人、持田が緩りと立ち上がり、彼女達の後を追う。

 言葉を出しながらも、皆の目線が彼女に注がれているのが容易に解った。

 特に三年生はこれまで共有して来た時間がある、思う事はそれなりにあるのだろう。

 四人がホールから姿を消すと、今度は坂巻が壇上に上がり皆を鎮めた。


「時間があまりないから、迅速に決めましょう」


 鳴海大葉山の試合用ユニフォームは貸与制だ。

 個々で背番号を縫い付ける事はなく、ユニフォーム自体に刺繍されている。つまり、試合用を着る事イクォール背番号も付いて来る。

 メンバ漏れしようが、公式戦で練習着というのは少しアレなので、自ずと彼女達にも背番号が割り振られる。

 理香の言った、”ない”の内訳はこういう理由からだ。


「一つ」坂巻が指を立てた。「大屋先生の件もあったから一年生は知らないと思うから伝えておきます。さっき監督が伝統と言ったけど、基本ウチは背番号に関しては個々人が自由に好きな数字を選べます。けれど、例外が二つ。まあ、これが伝統なんだけど、ウチはエースが14番、そしてチームの要となる選手が1番をつけます。エースに関しては、先程監督がファーストチョイスとして発表されたので、上条で良い。で、後者なのだけれど、これは毎年投票で決めています。なので、今から先程頂いた私のプリントを回しますので、この人だ、と思う人に正の字を記してください。それを決めてから他の人の選択に移ります。学年順に選んでいく形になるので、その学年内で順番を決めるなり何なりして下さい」


 坂巻はそう言って壇上から降りると、きびきびとした足取りで最前列の右端に手にしたプリントを置いた。


「では、学年毎に集まって……」坂巻は壇上の上部にある時計に目を遣る。「今から十分後に三年生の選択を開始します」


 坂巻が手の平を打つ音を合図に皆が席を立つ。

 ここら辺はさすがは上級生、連帯感がある。

 私達一年生は半ば呆気に取られつつ、残り物が追いやられた様に後部に放置される。


 こういう時にイニシアティブを取れる者がいると、集団としては楽なのだけれど、我が儘、基、個性的な集まりである私達の学年では中々に難儀する。

 予想はしていたけれど。


「時間ないからさ。もう査定の点数で良くない?」金田一葉が机に背を預け軽く言い切る。


 査定期間中のランチタイムでちょこっと話題に上がったのだけれど、こういう時物怖じしない性格は有利に働く。


「異議なあし」早速、湊が同意した。

「……いやさ、お前らみたいな得点高いヤツに言われても、どこか納得いかねえんだが」妙が返す。

「あくまで順番だってば」一葉が言う。「別に被らなければ問題なくない? 正直私は何番でも良いし。タエさんは希望あるの?」

「そりゃあ、5番だろ」

「だろ、って言われても」一葉は苦笑する。「普通ファーストって3番取らない?」

「何言っちゃってくれてんの、ファーストって言うか強打者は5番付けるだろ? だから、やっぱ私には……」

「ああ、うん」一葉は言葉途中の妙の肩に手を置いた。「大丈夫、5番がタエさんの元に来ることは無いから」

「……だよなあ」解っていたのか、妙もまたしみじみと頷いた。

「まあ、私等一年は空いた番号取るしか無いだろうから、順番なんて適当でいいじゃんね」


 ここでムキになるのも違うと皆が思ったのだろう、済し崩し的に一葉案の採用が決まった。

 決まったのだが。

 ぽん、私の肩に誰かが触れた。

 反射的に振り返る。そこにあるのは何故か光が反射して見える縁無しの眼鏡。


「何でお前の方が点数高いんだ?」青山圭は椅子に座る私を見下ろす。

「……お前さ、それが不毛って解って言ってんだろ? 何だよ、嫌がらせ?」

「まあ、そう」

「おい」私は圭に白い目を向けてやる。「文句があるなら、私じゃなくて理香さんに言えよう。そもそもさ、私と青山じゃ査定基準違うんじゃねえの?」

「それはそうだが、なんか納得いかない」

「ただの八つ当たりじゃねえか。そもそも張り合う意味が解んねえよ」私は肩を竦め手の平を上げる。「張り合うより協力じゃねえの? 投手と捕手なんだしさ」


 圭は舌打ちする。


「斑目のクセにまともな事を……」

「……お前は何がしたいんだよ」


 私が再び溜息を吐くと、湊が嬉々とした表情を浮かべて割って入る。


「青山は構って欲しいんだって。対人スキル限りなくゼロだから、こういうやり方しか出来ねえのよ。不器用にも程があるってなあ」


 湊に畜生を見る様な目を向けて、圭はぷいっと顔を逸らす。

 図星かよ。

 それにしても解り易いな、なんて事を思う。と、同時に。


「ほらさ、いつだったかさ」湊は私が口を開く前に続ける。「アンちに友達いねえって言われたじゃんか。それがなんか引っ掛かってんだよ、きっと」


 俯き気味に圭が湊との距離を詰めた。彼女の右手が湊の頬を掴む。


「お前、そろそろ黙れ」

「ふぁい」


 湊から手を離し、舌打ちと共に背を向け離れる圭を見つつ、またまた図星かよ、と私は思う。

 内心、少し面白いヤツだなあ、なんて感想を浮かべつつ、湊に言う。


「器用ってのは認めるけど、お前も対人スキルそんなに高くねえだろ。私も人の事言えないけどさ」

「ってえ、あいつ左利きだろ。何で右の握力こんなに強えのよ」一人、離れた席で頬杖をつく圭を見遣り湊は頬をさする。「まあ、そうだなあ、アンち程は空気読まないな。つうかさ……」


 湊は私に向けていた目を流し、再び圭を見た。


「青山って、多分今までずっと一人だったのは何となく解るだろ? ま、あんだけ技術高くて、ストイックだから浮くのは仕方ない。そんなあいつは、ここに来て初めて自分に喧嘩を売って来るヤツに出会った。多分あいつの中でそれは凄い出来事だったんだよ。これまではある意味王様だった訳だしさ。で、そんなヤツに自分の心中的確に言い当てられた。あいつの変な所だとは思うんだけど、まあ、ほら、私らは野球が一番じゃんか、だからスキルとかそこらへんも含まれてるんだろうけど、あいつ、アンちに興味抱いたんだろうよ、好意的なヤツをさ」

「……言葉にされると、ちょっと気持ち悪いなあ」

「だからさ」湊は私の肩を叩く。「私はあいつをイジるし、喧嘩相手になる。だからアンちも同じ立ち位置で相手してやりなよ。そういう相手、あいつには必要だと思うよ。今までは一人だったかもしれない。けど、ここは皆が同じ目線で肩を並べられる場所なんだから」


 私はまじまじと湊を眺めた。


「……お前って何なの? 偶に的確すぎる事言うよな」

「まあ、これまでのキャリアでしょう」湊は笑う。「文化が違う場所で暮らした経験の賜物ってな。初めは言葉も不自由だからさ。察する能力は研がれる訳よ。っと……」


 不意に湊が振り向き、ああ、と頷いた。

 どうやら坂巻のプリントが回って来た様だった。

 受け取ると、直ぐに目を落とす。


「ふうん、まあ、考えるまでも無いけどなあ」そう言って湊は一緒に回って来たボールペンで正の字の一本足した。「ほい」


 頷いて受け取り、プリントに目を落とす。

 ざっと目を流すと、坂巻と新川に数票が入っているのを除けば、全て女帝に集まっている。

 まあ予想通り、と言うかこれしか無いだろうと思う。

 好き嫌い云々は個々人あるのだろうけれど、要、というのならグラウンド内外問わず立ち振る舞いからして彼女だろう。

 少々底意地の悪い部分があるとは言え、存在感は群を抜いている。

 私もまた正の字を足して、少し離れた場所に佇む圭の前にプリントを置いた。踵を返しつつ圭に言う。


「利き手じゃなかろうとも物理はあかんよ?」

「あんなのは物理には入らない」


 圭はそう言うと、私にプリントを押し付ける。

 内心悪い笑みが零れる。


「自分で渡せよ」そう言って片目を瞑って見せる。「コミュニケーションの第一歩じゃねえか」


 微かに口元を歪め渋々私を追い抜く圭を見ながら、本当に気にしているんだなあ、と思う。

 と同時に、入学当初では考えられなかった彼女の行動に僅かな感心。

 出会ってから大して時間は経ってはいない。

 けれど、変化というのならそれは皆にある。圭もまたその一人であり、私も、他の皆も常に変化し続けている。湊の言う様に、圭のそれはきっと良い事なのだろう。


 だから。

 変わる事で輝く事もあるのだろう。

 私はそれを知っている。

 違える事もまた変化。

 あの日道を違えた私達は今では別々の輝きを内包している。それは同じ道では決してあり得なかった輝き。


 夏を想う。

 おそらくはまだ叶わないだろうし、今がその時ではないとも理解はしている。

 ただ、目標への第一歩はなんとか踏み出せた。きっとこの道はそこに続いている。


 逸る気持ちを抑えつつも、思い馳せてしまう私だった。

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