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アイデスの憂鬱  作者: 森住千紘
Sprouting of qualities : 2 〜 資質の萌芽 〜
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 If you do it, it will be repeated 〜 因果応報 〜

「へえ、ボール球もねえ」


 打席での一連の流れを説明すると、碧は僅かに感心した様な声を上げた。


「余程のボール球でない限り当てて来るって事?」打席とグラウンドの様子に注視しつつ理香が口を挟む。既にこの回の先頭打者の関谷みなみには指示が出ている。「こっちとしては良いのか悪いのか解らないな」

「まあ、振り回すだけなら問題ないでしょ」碧は言う。「振り回すだけならね」

「積極的に手を出した結果の二割六分ってんなら、まあそうだな」理香は頷く。


 みなみから得た情報の裏付けの様なもの。情報と現実の擦り合わせ。

一応の納得出来る着地点は見えたのだけれども、全面的にそれを受け入れられるかと問われれば、素直に首を振れない。

それがこの時点での私の現状だった。


「だとしてもですよ。夏目も言ってましたけど、なんか不気味なんすよねえ」私は左翼手で佇む乙女に目を向けた。「橙子さんの打球を捕った事もありますし」

「あれはほぼ博打だろ」碧が言う。「向こうにもデータがあるんだから、トウコさんの傾向だって把握してる筈。基本はインコース狙い、流した場合でもラインぎりぎりの打球はほぼない、って解ってたから、っていう理由付けは出来る。実際の結果が現実なんだ、まずはそれに基づいて過程を考えるべきだよ。何故、って思う事があるとしても、必ず何処かに種はあるんだし」

「あんまり一人に気を取られるなよ? 視野狭窄は判断を鈍らせるから」


 理香はちろりと横目を私に向けて口元を上げた。


「そうすね、解りました」


 私の態度に納得していない何かを感じたのか、碧が苦笑する。


「そんなに気になる?」

「あ、いや別に、そこまで……」

「気になってんじゃん」碧は一度笑うと笑みを引っ込めた。「で、何がそんなに気になるのさ」

「……掴めないんすよね、彼女の全体像が」私はぽつぽつと語る。「印象的な話なんすけど、意図が読めないっていうか、そうする事の意味が解らない。挙動は不自然なんすけど、結果としてはまあ出てる。そのチグハグさが不気味で、そのうち致命的な何かを……」


 音。

 反射程に言葉を止めて打球の行方を追う。

 掬い上げた様な微妙な打球はセカンドベース後方にぽとりと落ちた。

 ベンチ内に歓声が湧き、皆が口々にファーストを駆け抜けた乙女に賞賛を贈る。


「あらあ、初ヒットが関谷とは」碧は含みのある笑みを浮かべる。「んで?」

「だから、意図が解らないとそのうち何か起こりそうで……」

「ふうん」碧はそう言うも、興味なさげにグラウンドを見ていた。僅かに間を置いて言葉を紡ぐ。「別に何か起こっても良いじゃん」

「何言ってるんすか」


 私が喰らい付くと、碧はいつになく真面目な表情をを私に向けた。

 徐に突き出した右手の中指を弾く。

 彼女のそれが私の額を直撃する。


「痛え」額を抑えつつ、碧に目を向ける。「何?」

「お前さ」碧の感情の乏しい細めた目が私を射抜く。「パーフェクトでも狙ってんの? もしそうなら流石にそれは傲慢だろ。確かにお前はうちにいるだけの資格はあるよ。けど、だからと言って、実力以上の事に手を出しても仕方ねえだろ」

「別に私は……」

「いいか、コハク」碧の伸ばした手が、今度は私の両頬を抑える。

「あにふんです」間の抜けた声が抑えられた口から漏れる。

「別に、あのレフトが打とうがなんだろうが別に構わねえの。仮にあいつがすごい打者だとしても、一人じゃ何も出来ない。あいつの前にランナー溜めなきゃ問題ない。そんな事も忘れちまったのかよ」

「ほれ、視野狭くなってんじゃん」理香が笑う。「せっかくの晴れ舞台だろ? あんまり気負わなくていいよ。取られたって取り返せるんだから、あんまり気にすんな」


 そう言って理香は顎をしゃくった。


「リカちゃんの言う通りだよ。ったく、お前って変な所で完璧主義の気があるよな」言いながら碧はアームレガースを私に寄越す。「ほれ、ネクスト。関谷は結果出したぞ? 次はそっちでも結果出せよ」

「……はい」


 碧から受け取ったレガースを身につけ、自分のバットを探す。メットを被りネクストサークルに腰を埋める。

 八番の多嶋の打席が終わるまでに、自分自身を整理しなければならない。

 碧に言われた通りなのはそう。一応の納得は出来る。

 けれど、本当にそれで良いのか、という思いが私の中に靄を作っている。

 だから、心は晴れきってはいない。

 背伸びしていると言われれば、おそらくそう映るのだろうけれど、それでも浮かんでしまった懸念を放置する事は出来なかった。


 要は心配性なのだろう。

 不透明なのが嫌なのだ。結果だけを考えるのなら、碧の言う通り、智代子の前にランナーを溜めなければ良い。彼女一人が塁に出たとて、後続を断てば得点にはならない。

 敬遠を勝ちへの布石と見るか逃げと見るか、に似ていると思った。勝ちを最優先に捉えるなら、敬遠もまた策の一部。けれど、それで勝っても完勝とは言い難い。


 ああ、と思う。

 そうか、私は完勝したいのだ。


 策略で持って相手を落とすのもまた兵法ではあるけれど、一騎討ちで勝つ方が好ましい。搦め手ではなく大手、正面から衝突して勝ちたいのだ。仮にそれで負けても、それは自分の力が至らなかった、と思えるから。次への活力にもなろう。


 勝てば官軍、おそらくチーム的にはそれを求めているし、自分もまたチームの一員なので、そうすべきなのだろう。

 だから、これは私の我が儘だ。

 そう考えれば、心の靄は晴れる。

 力で捩じ伏せるやり方を指揮官が指示しないのは、私にその力がないから。仮にあれば、先程の様な説得はされなかったのだろうし。


 スッキリしたとは言い難い。

 けれど、納得は出来た。となれば、私は自分の役目と、周りからの期待に応えるべく動かなければならない。

 自分でも思う、まったく難儀な性格だ。


 脳内の自己会議を終わらせ現実に帰って来る。

 多嶋の打席はまだ終わっていない。

 カウントは1-1、理香の指示は強攻。兼ねてからのレギュラの一振りに任せるといったもの。

 相手の奇策の所為で、一巡目までは情報収集に重きを置いていたのだけれど、ある意味で空気を読まないみなみの一振りが僅かに状況を変えている。

 ランナーが出ているのだ、ここで様子見に徹するのは些か勿体無い、という訳だ。


 多嶋の結果次第で、私の打席も方針が変わって来る。

 さて、どう出る、という思いと同時に、相手投手の分析に本腰を入れる。


 会議の最中でも、挙動は確認していた。ネクストから見る景色は、ベンチからのそれとは違いより生々しい。得られる情報もまた多くなる。

 印象は当初より上方修正する必要がありそうだ。

 間近で見ると、やはり良い球を持っている。回転数の多い素敵な直球。湊と圭を足して二つに割った感じだろうか。それを軸に、直球系の変化球で引っ掛けさせる。

 予想は概ね当たっている、とこれまでの結果が示している。

 攻略の鍵は見極めだな、と私は結論付けた。


 ランナの数にも左右されるけれど、私に課される使命はおそらく繋ぐ事。

 使命をこなすのは必須、それに加えより情報を掠め取ってみせる。

 やってやりましょう、と自信のメンタルを鼓舞してみる。あとは実際見てからだ。


 近場で眺めて改めて思う。

 成る程、バッテリィの意図は明確だ。サイン交換は迅速、投球テンポも速い。こちらに考える時間を与えない。判断を焦らせ、二択を強制する訳だ。しかもその答えはどちらも似た様なもの、ほぼ博打の様相を為している。


 相手を焦らすのは私も使う手段ではあるけれど、やはりあちらのバッテリィの方がポテンシャル的に向いている。

 投手の力を引き出すのが捕手の役目。常桜の捕手もまた出来る乙女なのだろう。


 ちら、と多嶋がベンチに横目を向けた。

 ボールが先行し、カウントは1-3となっている。

 待球か、攻勢か。理香の判断は攻勢の一択。

 多嶋は小さく頷き、勝負に入る。

 おそらく理香の判断は、ある程度情報が集まったのでもう良い、なのだろう。

 まあ、チャンスはチャンスなのだ、ふいにする阿呆もいまいて。

 多嶋のバットが転がった。

 アームレガースに手を掛けつつ一塁に向かう。

 私は転がったバットを拾い、受け取りに来た上条に渡した。


「ここらがあの投手の限界なんだろね。まあ、頑張れ、ラメちゃん」


 上条はそう言って私の尻を叩き、返答も聞かずにベンチに戻って行った。


 あの投手の限界?


 それはどう言う意味だ。

 まったく最後の最後で私の思考に新たな謎を落としていくとは。

 とは言え、それは意地悪ではなく、上条の、エースの優しさから出たヒントなのだろう。

 ならば、それを有り難く受け取って、私は私のもう一つの戦場に赴く。

 ボックスの手前で足を揃えて、小さく頭を下げる。


「お願いします」


 手の平を翳し、踏み入れたその足で少しだけ荒れた地面を慣らす。

 整え、バットを掲げて背伸びをした。

 私には大したルーティンはない。

 背を伸ばす程度小さなそれ。

 そのままバットを左肩の上に掲げ、静かに腰を落とした。


 理香の指示はまさかの強攻、ただそれだけ。

 細かい指示は一切無く、裁量は打者次第。

 うわあ、試されてんなあ、と私は思う。

 ただ、チャンスはチャンス、ここで一本出れば個人的にもチーム的にも満足な結果となる。

 緊張は大してないけれど、打順は一番が多かった所為か、中々に慣れないシチュエーションではある。とは言え、先程も碧に言われた通り、為すべき事を為すだけ、自分の能力以上の高望みをしてはいけない。

 自分に出来る事をするだけだ。


 さて勝負、とその前に。

 投手の佇まい、そして横目で捕手の動向を窺う。

 マウンドの乙女に表面上の変化は無い。捕手もまた感情の漏出という愚行は犯さないだろう。ここまで来ているチームなのだ、そこらは徹底している。

 ただ、とある仮説は頭に浮かんでいた。 


 これまで早打ちをしてきた訳ではない、情報収集の為投手にはある程度は投げさせている。

 その中で四球はなかった。

 ある程度制球があると判断出来る結果ではあったけれど、ここに来て、もしや、と思うのだ。

 ランナを背負うのが苦手な投手は存在する訳で。


 と、まあ憶測は憶測なので、それを考慮しつつ粘ってみようと私は決める。

 グラウンドに目を向ければ、内野は二重殺狙い兼一、三塁手はバント警戒といった無難な所。

 まあ、無理も無い。

 私の体躯を見ればそう大きな打球は無いと思うだろうし。後はコースによっての守備位置の移動なのだけれど、今の所それは無い筈。


 状況は頭に入れた。さあ、勝負。

 投手がセットに入り、目だけでランナーを牽制、モーションへ入った。

 ほぼ摺り足のクイックは中々に精度が高い、良いモーション。

 そこからアウトコースに球が来た。

 余裕の見送りでワンボール。

 球種はただのストレート。

 様子見としては妥当。次はおそらく変化球。

 私なら同じコースで今度はゾーンに入れる。

 右腕が出て球が弾かれる。

 お、予想通り、と思うけれど、今度は低過ぎる。

 再び見送り、ツーボール。


 上条の言う限界とは、まさかこの投手のストライクを入れる限界って事か。

 ランナ背負うと途端に入れ難くなるとか。

 まあ、心持ちなんて人それぞれ、そんな事もあるだろう。

 追い込まれ気味なのはバッテリィの方。

 今はファーストストライクが欲しい筈。

 ならば、次は保険を掛けてゾーンに入れて来ると予想。

 カウントには余裕がある、一旦彼女の変化球を注視してみよう、と思い至る。

 投手がモーションに入り、腕を振るう。

 なんとも打ち頃の球がベルト高、やや外寄りに来た。

 打つタイミングで踏み込み、バットは出さない。


「ストライック!」


 審判の威勢の良い声が轟く。

 成る程、これは打ち損じるな、と思う。

 見た目はストレートのそれ。

 けれど、そのタイミングで手を出すとボール半個分程度芯からずれる、お手本の様なカットボール。

 良い球持ってんじゃん、と私は口元を上げ、投手、佐伯みのりに目線をやる。

 彼女もまた、ロジンパックを弄びながら小さな笑みを返して来た。

 その笑みに何処か安堵の様な物を感じ、私は自分がやらかした事を悟った。

 彼女は少し上がっていたのだろう。

 そこに私が肯定じみた笑みを投げたものだから、元いた位置に戻って来てしまった。


 三塁側のベンチにいる碧や女帝の位置からは、左のバッターボックスにいる私の表情は丸見え。

 完全なお小言案件だ。

 と、まあ、それは後で受けるとして、今は勝負の真っ只中、そちらに集中する。


 カウントは2-1。バッティングカウントではある。

 息を吹き返したであろう、みのりからすれば、打ち取るチャンスとも捉えられる。

 けれど、そんな事は私も承知しているし、打ちに行こうとすれば、引っ掛けてしまう球なのは事実。

 ただ、カットするという前提で考えるのなら、それは然程難しくはない。

 加えて、制球に自信があるタイプでは無いとすると、彼女はかなり私と相性の良い投手なのかもしれない。

 ただまあ、だからと言って安打にする確信がある訳では無いのだけれど。


 相手バッテリィの選んだ次球は、一つ前とほぼ同じコースのツーシームだった。

 こちらの方が変化が微々たるもので、元々カットしようとしていたので、難なくそれを遂行出来た。

 まあ、狙うならツーシームの方がヒットになる確率はあるかな、と思う。


 さてさて、これで私も追い込まれた。

 ここに来て気付いた。微々たる差ではあるけれど、制球重視、詰まる所ゾーンに入れた球には置きにいってる感がある事に。

 上条の言う限界はやはりコレの事だと確信する。

 ならば、ゾーンに来た球には保険が掛かっている。

 ただのストレートでは冒険が過ぎる。

 あとはカットかツーシームの二択。

 結局最後は博打かよ、と半笑いが出そうになる。

 ただ、おそらくはカットだろう。ツーシームは打ち損じるには少し変化が足りないと思う。

 理由付けは整った。

 さて勝負。

 足場を踏み締め、今一度腰を落とす。

 クイックから腕が出た。

 軌道はゾーンに入っている。

 けれど。

 鈍い音を間近で感じる。

 なんとか喰らい付けた、と打球の行方を見遣る。

 ボールは三塁ベンチ前に転がっている。

 私は先程とは違う意味で口元をあげ、みのりを、そして捕手を盗み見る。

 カット前提だから良いものの、完全に振り遅れた。

 ここに来て、球速を上げるかよ。

 更に一段速い球を持っていた様だ。

 今来た球はカット。なのでおそらく全球種でそれがある。

 確かに、球速の違いと左右の変化で揺さぶれば、打ち損じは多く出る。

 緩急という程の差はなくとも、微々たる差で誤認させる。また別の配球の仕方だ。


 いやあ、勉強になるなあ、なんて事を思いつつ一旦私は足場を慣らす。

 相手のペースで進めればおそらく呑まれる。一旦切るのが吉。

 審判、捕手に小さく頭を下げ、再びバットを掲げる。

 選択肢は増えたけれど、まだ喰らい付ける。


 次球は中速のカットボール。ゾーンに入っていたのでカットで逃げる。

 カットは出来るけれど、追い込まれているのは完全に私の方だった。

 まずい、打開策が見当たらない。三振はないとは思う。けれど、狙い球を絞れない。ほぼ全ての球種が同じ速度で来る上に、適度に球が散らばっているのもまた、それに拍車を掛けている。

 かといって、フォアボール狙いというのも何か癪。

 出来れば打って出たい。となるとヤマを張るしかない。

 博打は嫌いだけれど、致し方なし。

 勝算があるのは直球、もしくはツーシームなのだけれど、狙うのはカットボール。

 おそらくこれがみのりの決め球だ、きっと何処かで投げて来る。

 そして、それが先程の様にやや真ん中目に甘く入れば言う事はない。


 みのりは一度ランナーを見てから始動する。

 クイックモーションから、速い球が弾かれ、アウトハイへ。

 少しだけタイミングをずらし手を出した。


 再び鈍い音がして打球はファールゾーンに飛んでいった。

 読み負けた、ここでストレートかよ、と内心恨み言を呟いてみる。

 ああ、手玉に取られてんなあ、と思う。

 

 後になって思えば、周りから何を思われようが一旦切るべきだったのだ。

 みのりが直ぐにセットに入ったので釣られて構えてしまった。

 これまで見たままのクイックモーション。

 合わせてタイミングを取り、私もまた始動。

 軌道を頭に描き、カットボールに張ったヤマは継続。

 リリース直後、全ての想像がぶち壊された。

 みのりの放った球は、緩やかな弧を描き、アウトローに沈んでゆく。

 吊られて出したバットは、私から離れつつ沈んでゆくボールを捉える事は出来なかった。


「バッターアウト!」


 振り抜いたバットを戻し、驚愕の目でマウンドを見遣る。

 涼しい顔でグラブを叩いた細い目の乙女は伸ばした右手をしっかりと握った。


「これでおあいこ、だってさ」


 不意に後ろから声がした。

 慌てて振り向くと、マスク姿のまま捕手が顎をしゃくる。

 そちらに目を向けると同時に声が届く。


「ナイスピッチ!」


 左翼手の乙女が大袈裟な素振りで投手を指差し、その目線は私に向いていた。


 成る程、そういう事か。

 自分がされた事、そっくりそのままお返しって事か。

 やっぱり一筋縄ではいかねえじゃねえか、と内心で悪態を吐く。

 ノーデータとは言え、見事にやり返された悔しさを抱きつつもお小言が待っているベンチに戻る。

 バットを片付け、メットを取っていると、やはり数人が近づいて来る気配。


「ラメちゃん、ドンマイ。まあ、あれは仕方ないわな」

「緩い球があると解ったのは収穫ね」

「まあ、私だったら打ってるけどな」


 上条と荻野、そして碧が続けて口を動かした。


「……すいません」私は素直に頭を下げる。

「別に構いやしないさ、ああいう球があるのも解ったし」理香がグラウンドに目を向けたまま言う。「それにさ、ミドリはああ言うけど、初見でのアレは無理だろ」

「いや、私は打つね、打てるね」碧はそう言いつつ、私の肩に手を触れた。「まあ、次は打てるさ。解ったろ? あの投手の弱点が」

「弱点?」私は聞き返す。


 思う事はある。

 けれど、碧がどう考えていたのかを聞きたかった。


「解ってるくせにさ」碧は笑う。「じゃあ、答え合わせな」


 碧は目線をグラウンドに向けた。そしてマウンドを見つめながら続ける。


「あの投手、流石に逆球連発って程ノーコンじゃ無いけど、リョウみたいな出し入れは出来ない。確かに変化球の精度は良いのかも知れない。けど、ウチは見極め出来るから、対して苦じゃないのさ。これまで打ち損じてたのは、どの程度か見極める為。まあ、中には思いっきりやらかした方もいるけどね」

「あら、それは私の事かしら」荻野が嬉しそうに碧の肩に手を乗せる。

「べ、別に誰とも言ってないですって」

「おかしいわね、私は思い切り打たされたのだけれど」

「ミウさん、中々にエグい言い方っすよ、それ」碧が苦笑を浮かべ、私に顔を向け直した。「相手はウチを打たせて取るつもり、その為の配球をしてるだろ?。だから打開策なんて簡単さ。相手のペースに付き合わなきゃ良いだけだ。力のある打者はゴリ押せば良いし、コハクがしたみたいにカットで逃げるのもまた一つの手だ。心理面での有利性と言うなら、確実にウチに分がある訳だし、プレッシャを与え続けていれば、先にボロを出すのはあっちだ」


 そう言って碧は笑いながら顎をしゃくった。


「ほれ、あっちにしてみれば、最悪のバッタがボックスにいるじゃんか」


 打順は一巡し、左のバッタボックスに佇むのはこの日二打席目の千家千沙。

 彼女は言うなれば私の上位互換。

 碧の言が正しく、そしてチームとして共有しているのであれば、彼女が口火を切るのだろう。

 御誂え向きのグラウンド。流れは変わり始めている、と私は思う。

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