Disappearance of residue, cruel ending. I 〜 消えゆく残滓の為の序曲 〜
「また雑になってんじゃねえか」
私は溜息なぞとうに通り越して、白い目だけを湊に向ける。
その湊は少しだけ首を傾け、背負ったランナーを一瞥した。
「あれは、リッちゃんが一枚上手だっただけじゃね?」
「いや、おめーだろ」私は即答し、ちらりと二塁を見た。塁上で三年生の神崎律がしてやったり、と拳を握っている。小さな溜息未満の息が漏れ、諭す言葉を湊に向ける。「ランナーが誰だろうと、牽制を蔑ろにしてちゃ走られる。しつこくやれとは言わないけど、せめてランナーにプレッシャを与えろよ」
「だからさ、そこはアンちが……」
似非他力本願主義に対し、両手を広げ自嘲と共に現実を投げ返す。
「見りゃ解るだろ、私にだって出来る事と出来ない事があんだよ」
白熱した様に見える私達の言い合いの背後で、呆れ混じりにそれを見つめる冷静な目。
「いつもこうなん?」
水木昴の問いかけに対し、金田一葉は肩を竦めて見せた。
「まあ、高柳の癇癪位には良くある事かな」小さな吐息の後、一葉は少しだけ羞恥心を滲ませ苦笑する。
「そりゃあ、普通だ」昴がパフっと吹き出した。おそらくは身内ネタ。それで僅かの間盛り上がるも、自身の役目とばかり仲裁に入る。「あのさ、めっちゃ見られてるけど、良いの?」
「え?」
私と湊の声は重なり、二人同時に昴の目線を追い、共に口を結んで慌てて首を逸らす。
私達というよりは縁のある者達にとっての、という言葉が頭につくのだけれど、昼休憩の後の合同練習の一幕のメインイベント。碧の思惑が見え隠れする両校の選抜メンバによる鳴海大葉山の主力を相手にした実戦練習。
荻野率いる主力からすれば打撃練習と名を打った、ただの虐殺。
こちらからすれば守備練習、あちらからすれば打撃練習。
打たれて初めて世界は廻る、故に私達バッテリィ組はそれなりの制限が課されている。
なので、打たれるのが当たり前の世界の中、タイムを取った時点で白い目は避けられない。
「ミウさんめっちゃ微笑んでるよ」湊がさっと女帝から目を逸らし囁いた。
私も同様、無言で頷き、先程の要件を今一度繰り返す。
早々に切り上げなければ、いつ雷槍が降らんとも限らない。体としてのアウトカウントとランナ・二塁での守備連携の再確認を済ませ蜘蛛の子を散らす。
駆け足で定位置に戻り、依然として微笑みを湛える女帝に感謝の意を述べた。
「何だかお茶会の様な雰囲気だったのだけれど?」笑みを崩さずに荻野は言った。
「ソンナコトナイデスヨ?」
「そう」荻野はゆっくりと頷き、左バッターボックスに足を踏み入れた。少し首を傾け、口元を曲げる。「随分と余裕がある様に見えるのは私の見間違いかしらね」
「滅相もない」私は即答する。「ランナー背負った時の雑さが気になったもので。実際走られましたし。折角のこういう機会、すぐに修正をと思ったまででして……」
「その割にはお茶会じみてたわね。まあ、それは良いけれど、雑なプレイという事は、つまるところ集中出来ていない、という事ではなくて?」
「いやあ、返す言葉もありません」私は肩を竦める。
「まあ、練習への臨み方は個人の自由。その先がどうなるか、もう解っているでしょう?」
「はい」軽口から一転、腹からの返事。
練習だろうが試合だろうが、己がそれにどの様な精神状態で臨むか、それは個人に委ねられる。
向き合い方は人それぞれで良い。ただし、結果が伴わなければ、この場所にいる資格は無い。
和気藹々と取り組むのは良い。けれど馴れ合いが過ぎれば妥協が生まれる。
この場合の妥協は甘えに他ならない、緩んでんじゃねえよ、荻野はそう言いたいのだろう。
この場所には自由がある。
自由というのは、全ての責任を自分自身で背負わなければならないという、言葉の響き程甘美なモノでは決してない。自分で考え行動し、その結果を人の所為にする事が出来ない環境。
言われたままに行動した、という免罪符はなく、自発がなければ、その他大勢として埋もれてゆくだけ。
シンプルな弱肉強食の世界。
望むべく世界。
漸く、私達はその潔い世界に辿り着いた。
だから、今目の前で繰り広げられるイベントじみた練習であっても、気を抜ける理由など何処にもない。むしろ絶好のアピールの場に他ならない。
凛とした雰囲気を纏い、女帝はバットを掲げる。
一打席目は直球のみ、という制約の下、私達が何が出来るのかを考える。
気持ち良く打ちたいのなら、マシンでも、バッピにでも欲しいモノを要求すれば良い。けれど、今ここにあるのは互いに枷を嵌めて殴り合う真剣勝負。簡単に打たせるなんて選択は私には無い。
とは言え、制約は中々に厄介ではあった。
四番目として登場した荻野より以前、抑えられた試しは無い。
全てヒットゾーンに落とされ、試合と言うなら、既に二失点。おまけに神崎には湊の怠慢を利用され完璧に盗まれる始末。
見所というか、私が見たいだけなのだけれど、旧相模原コンビの連携も、頭を超えてしまえば幾ら彼女達とは言え、どうする事も出来やしない。
多少こちらに分があるとするならば、それは湊がサイドハンドであり、良い直球を持っている事。だから相手が誰であれやれる事は一つなのだ。左右高低ゾーン目一杯を使い、且つ僅かな速度差を利用し目を眩ますのみ。
闇雲に投げても打たれるだけ。強豪と呼ばれる場所の主力とはそういう存在なのだ。
だから、どんなに私の思い通りの球が来たとて、打たれる物は打たれる。
同じ捕手という事で、小さな軽口程度なら交わせる位には近付いた女帝との距離。それは互いを知るという事に繋がり、それ故に私の思考は彼女にとって以前よりも読み易くなっている。まあ、直球縛りに対しては、読みも何もあったものではないのだけれど。
初球に投じたアウトローを無理やり右打ちしてライト前へ持ってゆく。
神崎は三塁で留まり、ランナ・一塁三塁。
セカンドに戻るボールを見ながら、私は少し意外に思う。
荻野程のミート力があるのなら、敢えて右打ちせずに逆らわず流せば良いものを。
まあ、女帝には女帝の考えがある、何かしらの意図があったのだろうと、私は一旦思考を切り替える。
続くのは、主将の坂巻。大屋体制時、左利きの長身故に一塁手を担っていたのだけれど、今は晴れて己の真の戦場、中堅手に舞い戻っている。それが彼女のモチベーションに影響しているのだろう、ここ最近の成績は好調をキープし続けている。飛ばす力がある分、どちらかといえばミート型の女帝よりも今は厄介な打者かもしれない。
いつかの紅白戦の様に、坂巻は礼儀正しく頭を下げて左のバッターボックスに入る。そして当時と同じ様に私に語り掛けた。
「あれを打てちゃうのがミウなんだ」
「はあ」いまいち坂巻の意図が読めずに私は曖昧な返し方でお茶を濁す。
「本当はさ、際どい所狙うって話だったんだ」坂巻は苦笑じみた笑みを浮かべる。「私らもさ、見たいのさ、相模原のプレイをね」
「それは私も同意っすね、っと、私が言って良い事じゃ無いんすけど」
坂巻は私に笑みを投げかけ足場を慣らす。バットを右手で一回し、するりと腰を落として投手を見遣る。
「さて、情報は与えた」目だけを私に傾け坂巻は言う。「私を打ち取れるかな?」
坂巻の言葉を真実とすると、どうやら彼女達の意図は安打ではなく連携視察に重きを置いているらしい。とは言え、単純にヒットゾーンに落とす、ではなく守備側からすれば厳しいであろう場所へピンポイントで狙う。これはこれで、バットコントロールの練習にもなるのだろう。
常に目的を持って練習に臨み、投じた一石で複数の結果を得る。まさに効率の二文字、目的意識の高さが垣間見られる瞬間である。
と、勝手に解釈した私だったが、”力 is パワー”の前にはなす術もなく、普通なら届くかもしれない際どい所であろうと、打球の速さがそれを上回れば外野に抜ける。
良過ぎた坂巻の打球は一、二塁間を突き抜けライト前へ。
三塁ランナの神崎がスタートしているのは横目に入っている。打球の速さ故、一点を守るか、失点を呑み込みアウト一つ貰うかという、ホーム、ファーストの二択。
右翼手に入ったのは熊ノ森の二年生。試合で目にした感じでは突出した強肩ではなかった筈。蓄積されたデータが答えを出す。
私の判断は、ファーストアウトに軍配が上がる。けれど、そこは坂巻、恵まれた体躯が成すスプリントは、ぎりぎりでファーストを駆け抜けた。
仕方ないのはそう。ほぼ初対面のメンバが混じっている中で、主力相手に直球縛り。
そりゃあ簡単にはアウト貰えんよ、高難易度にも程がある、と思わず笑ってしまう程だ。実際笑っていた訳ではないのだけれど、漏れ出た感情を本日の相棒はこれ見よがしに掬い取る。
「お、アンち楽しそう」
「んなわけあるか」
ホームカバーに来ていた湊と軽口の叩き合い。私は転がったマスクを拾いながら、グラウンドを見遣る。二塁の荻野、一塁の坂巻、両者ともしたり顔でこちらを見ていた。
「やっぱ直球のみってキツくね?」湊が言う。
「そりゃあねえ、相手が相手だし、と、まあ、これで抑えられた方が不安だろ」
「違いないな。でもさあ、やられっぱなしは悔しくね?」湊が悪そうな笑みを浮かべる。「カットとか混ぜちゃう?」
「お前のカットはまだ使いもんにならないだろうに。それにさ、ズルはダメだろズルは。不意打ちで勝って嬉しいか?」
「それはそうだけどさ」
「私らが勝手に盛り上がってるだけで、本来は打撃練のカテゴリなんだからさ」
「ううん」湊はどこか納得いかないのか小さく唸った。「とは言え、今日私打たれ過ぎじゃね、とも思うんだよなあ」
「それに関しては悪かったよ、半分以上は私の責任だ。でも、今日は試合含めて制約多い上に、相手も強かった」
「まあなあ、確かに良い選手多いよなあ」湊は少し首を傾け、二塁に目を向ける。「同い年なんだよなあ、あのショート」
「うん」私は頷き、素直な感想を伝える。「男子と違って予選とかないからまだ良いけど、同じ地区にいて欲しくないよなあ。いや、同じ地区の方が良いのか。交流あれば色々得る物あるだろうし」
「寧ろ同じチームだったらって考えると、夢は膨らむけどなあ」
「それは言っちゃあいけねえ事だ」夢物語に終止符を打ってから、私は口元を上げながら湊の尻を叩き、プレイ再開を促す。「やれる事少ない中でやるんだ、今は制球練習だと思えよ。一つ一つ丁寧にな」
「解ってるって」湊はチャーミングな八重歯を覗かせ、マウンドに戻ってゆく。
湊を嗜めたものの、そんな夢を見ない訳でもない。
同学年の遊撃手、か、と改めて私は思う。
水木昴だけではなく二塁手の有坂藍を含め、片瀬熊ノ森の二遊間は私の知り得るチームより頭半個分は飛び抜けている。
お手本に出来るだけの練度の高さに加え、それらを支える個人の技。投手からしたらどんなに心強いだろう。少しだけ羨ましいよ、コノヤロウ、なんて事すら思ってしまう。
一方、自チームに関しては同学年の遊撃手は中々に悩みの種だ。
候補は二人。けれど現状はどちらも一長一短。個人的な事にはなるけれど、その一人と私は今絶賛対立中。不毛な事この上なく、日々、野球しようよの言葉が脳裏に漂っている。
未だに残る色眼鏡の撤廃を目論んだ碧の策略ではあったけれど、雲行きは怪しい。
主力のセンスの前に旧相模原コンビには見せ場という見せ場は未だ訪れておらず、杉原に対し切った啖呵も、有坂の拒否により宙ぶらりんの状態だ。
とは言え練習はまだ始まったばかり、永遠に続く虐殺なんてある訳が無い、と私は少しだけ楽観的に考え、不安じみたそれを彼方に追いやる。
「あいつら、目的解ってんのかねえ」
投げ掛けられた言葉。
そこに目を向けると、口笛でも吹きそうな面持ちで上条祥子が肩に乗せたバットを弄んでいた。
「目的っすか?」半ばそれを理解しつつも私は尋ねる。
「ったくさあ、捕らせなきゃならないってのに、打ち抜いてどうすんのさ」上条はニヤリと笑う。「ねえ、ラメちゃん?」
「それ、私に言います?」
「カットとかツーシーム使えば一発なのにさ」
「……それ前提から破綻してますって」
上条は背を丸めくつくつと笑った。
直ぐに顔を上げ、グラウンドを一瞥する。聞き取れない程度の呟きと同時にボックスに入り足場を慣らす。屈んだ様な低い体勢で伸ばした左手に持ったバットを立てた後、伸び上がって背を逸らす。今まで見た事のない仕草。
「私が手本を見せてやろう。その代わり……」ちら、と顔を傾け片目を瞑った。「外角でヨロシク」
後ろ暗い取引じゃねえか、と思わないでもない。
一瞬呑もうかとも考えたのだけれど、おそらく為にはならないだろうと判断し首を振った。
「ズルはダメですって」
「そう? でも選択肢なんて内外位だろうに」
また、この人は身も蓋もない事を、と私は内心苦笑する。仕方ないかと諦観。
「まあ、どこかでは投げると思うんで、それ待ってて下さいよ」
「いつも通りじゃないか」上条はそう言って笑った。
上条の笑みが引いたのを見計らって、湊にサインを送る。これは私からのサプライズプレゼントだ。他の選手を差し置いて投手の彼女が六番目に入っているのは打撃も優秀な証。ならば、有言実行して下さいよ、という私の意思表示の側面もあっての初球アウトロー。
湊が足元を慣らすのに紛らせ、プレートの踏み位置を三塁側にずらした。
角度を付けた直球が少し浮きつつ外角へ。
上条は直ぐに反応しバットを出した。
逆らわずスイング。
金属音と共に打球は地面を叩き、やや勢いが削がれぼてぼてとセカンドに転がる。
削がれた打球の勢いと一塁ランナの坂巻のスピードが、ぎりぎりの状況を作り出した。
私の判断はファーストアウトに傾いている。
それを伝えるべく言葉が飛び出た。出たのだけれど。
捕球すべく前方に飛び出た一葉に私の言葉は届いていたのだろう。
けれど、彼女はそれを呑みはしなかった。
彼我の距離を読み込み右足を踏み出すのと打球を掬うべくグラブが出たのは同時。
「カネやん!」
ベースカバーに入った昴の声。
それに呼応する様に、一葉は右足を軸に半身をひねり、打球を納めたグラブを振った。
グラブトスにしては少々長い距離にあるのにも拘らず、ボールは昴の構えた位置に正確に届く。
昴は昴で、そこに来るのを確信していたのか、捕球、握り、スロー、と流れる様な動きでボールをファーストに届ける。
魅せるプレイ全振りではあったけれど、結果としては二重殺。
私が判断した様に、打球と坂巻のスピードからすれば、ダブルはかなり怪しかった。
仮に一葉が右手で投げていたなら、おそらくはセーフの判定。
リスクを考えたのなら、無茶という判断が妥当。
にも拘らず、二遊間のとった選択は見事にアウト二つを獲得した。
「すっげ」湊が小躍りでもしそうな足取りで、二人の元へ駆け寄ってゆく。
私も混ざりたい、とは思ったのだけれど、三塁にランナーがいる以上身動きは出来ないのは自明。致し方なし。二遊間に賛辞を送り、親指、小指を立てて、全く意味の無いアウトカウントのお知らせをするに留まる。
一年弱の空白があるにせよ、二人の間の信頼感が垣間見えた一連の流れ。
なるほど、これが相模原の地力か、と少し異質の感嘆に身を委ね一時の夢幻に私は浸った。
以降、直球縛りでは打ち損じは少なく、目を見張るプレイは出なかったのだけれど、一巡した後、変化球が解禁されると様相はガラリと変わった。
打たせて取るリードを主体にしたのもあるのだけれど、二遊間、主に昴の持つポテンシャルをまざまざと見せつけられた。勿論、それに平然とついてゆく一葉のアピールの場でもあった。
ただ、どうしても、相対的に昴の影に隠れてしまいがちの印象。
それ程、水木昴という遊撃手は群を抜いていた。
——あれ、知沙と変わらなくない?
これは碧の言葉だ。
彼女曰くの世代ナンバーワンのプレイヤと同等の評価。それを我が儘プリンセスの口から出させるだけのプレイを昴はやってのけた。
打球判断は速く捕球技術に隙はない。
敏捷性と瞬発力が織りなす守備範囲は普通のそれを凌駕する。
単一で見るなら、ある意味手本にならないプレイヤ。
世の中にはバケモノがいるという事を解っていながらも、現実として目の当たりにするとなると、人は心底の溜息を吐くものだ。私がそうだった様に。
二巡目が終わり私達の出番は終幕を迎えた。ベンチに引き上げるや否や、昴はウチの上級生に囲まれ、まさに借りてきた猫状態になっていた。
それを横目で見つつ、私は満足げな旧友に語りかける。
「幸せそうじゃない、金田一」
「まあねえ」一葉は笑みを湛えたまま頷く。「スバルとなら、ワンテンポの遅れが許されない緊張感味わえるから」
「それは良かったじゃんか。でもさ……」
「ああ」一葉は私の意を察して両手の平を合わせた。「ごめん、琥珀ちゃん」
「いや、結果出したんだし謝らなくても良いよ。きっと金田一の事だから、勝算あったんでしょ?」
先のスーパープレイ時の指示の無視についてだ。
人によっては良い気分はしないだろう。けれど、私は一葉の判断なら構いやしない、と思う程度には彼女を信頼している。
なので、それ自体を責める気はなかった。結果も出ているし。ただ、うやむやにはしたくなかっただけだ。
「いや、少し浮かれ過ぎてたかも」一葉は肩を竦めた。「普段はさ、中々理想的なプレイまで辿り着けないから、少し舞い上がっちったね。だから、ごめん。今後はこういうのしないから」
そう言った一葉には一抹の寂寥感が感じられる。
彼女にも払拭しきれていない思いがあって、それが絶対に叶わない願いの類であると理解しているからかもしれない。私の勝手な解釈なので気付いていない振りをするのが礼儀、なんて事を考えて、軽口に変えた。
「別に構いやしないよ。けど、らしくないでかい事言うじゃん」私は声の音量を下げ周囲を気遣う。「暗にウチでは出来ないって聞こえるよ」
一葉もまた、その意を汲んで声のトーンを落とす。
「正直、知沙さんだけだからね、ここだとさ。でもその知沙さんとは中々に組み難いじゃん、色々な目があってさ」一葉は肩を竦める。「結衣さんのセカンドは信頼あるし、自分がナンバーツーとも思わないけど、選ばれる人なら、私の思う最低限をこなして貰わないと納得出来なくない?」
「まあ、ね」私は頷く。「水木とのプレイを見た後だと、金田一の言葉は信憑性があるし、だからこそ、皆がそうあるべきだとも思うよ。結局それがチームとしての強さに繋がる訳だし」
「だよねえ」一葉は同意の首肯。「目標なんて夢物語では何の意味もない。手を伸ばしてもちょっと届かない位の現実的な方が良いのにさ、何で皆解んないのかねえ」
一葉は少し寂しげに笑った。
大きすぎる目標は漠然としすぎていて遠過ぎる。
どんなに遠い場所であろうとも、初めの一歩がなければ何も始まらない。だから今の自分を見つめ、その上で届きそうな目標からこなしていく方が地力の底上げになり、最終的には果ての目標への一番の近道になるのだと私も思う。
にも拘らず、この場所には自分が見えていない者が一定数いる。足を引っ張るであろうそれは、チームにとっての悪影響に他ならない。
未来を考える私達、囲まれる昴に向けられる昏い目線に先に気付いたのは一葉だった。
「認める事が出来るのなら素直に教えを請えば良い。卑小なプライドが邪魔をして、それが出来ない人間はこの先上にはいけないよね」一葉にしては珍しく醒めた冷たい目を向ける。「あの人達みたいにさ」
碧が標的に上げた一団の何人かが昏い目をして佇んでいる。
彼女の振った賽は既に目を出している。現実で貫かれる前に、自ら気付く事が出来るのなら、痛みは少なくて済むのに、と私は思う。
けれど、それは直ぐそこまで迫っていた。




