Various breaks and new beginnings II 〜 懐旧と今 〜
「イヤよ」
木陰にレジャーシートを広げ、ピクニックよろしくホイルに包まれているおにぎりを片手に、有坂藍は即答した。シートの片隅には小綺麗な弁当箱が置いてある。同席者が席を外した時を見計らっての碧の突撃に対する彼女の答えは、迅速且つシンプルだった。
「は?」まさか断られるとは思っていなかったのか、珍しく碧は気の抜けた音を出す。直ぐに取り繕い弁明に奔走する。「こんな機会そうないよ? お前だってチサと組むのは糧になるじゃん。それにさ、ウチの主軸相手だぞ? 夏の事考えたら良い経験にもなるだろ」
前半はまあ良いけれど、後半部分は何かと問題発言ではないのかな、と彼女達の後方で成り行きを眺める私はそんな事を思う。
「まあ確かに、魅力的なお話だけどね」おにぎりを一口。口元についた米粒を指で口に押し込み、有坂は小首を傾げる。改めて碧の提案とおにぎりを咀嚼し飲み込む。けれど出た答え変わらなかった。「やっぱりイヤよ」
「何でさ」碧は腰に手を置き、横座りで落ち着く有坂を見下ろす。
「不毛じゃない」
「……チサと同じ事を」グヌヌ、と言い出さんばかりに碧は眉根を寄せる。それでも説得は続けられる。「十分なメリットもあるだろ?」
「だから魅力的なお話って言ったじゃない。でもイヤよ」
「だから何でさ。私を納得させるだけの理由を聞かなきゃ引き下がらないかんな」
まあ何とも強引な、と碧の日常じみた光景に、普段通り私は目を細める。
「相変わらず、あんたは我が儘なお姫様ね」有坂は溜息混じりに首を振る。周囲を確認し、碧に近付けと指で呼ぶ。内密の話をする様に耳元で囁いた。「それを望んでいる私もいる。だからこそ、それを選んでしまったら今を否定してしまう様な気がする。きっと今の仲間を裏切ってる様な気持ちになる。だからイヤ」
僅かな間、碧は中腰の状態で有坂を見つめていた。あからさまに肩を落とし呟く。
「そうかよ」ゆっくりと腰を上げ、頭の後ろで手を組んだ。「まあ、不毛ってのは不毛だし、仕方ないか」
身を翻し有坂に背を向ける。私を促しその場から去ろうとする碧の背に有坂の言葉が追い付く。
「例え夢だとしても、中々に良い提案だったわ」
「はっ。そういう台詞は受け入れた上で言えよ」
碧は組んだ手を解き、顔の横で右手を軽く振った。さよならの合図。碧の横顔は少しだけ寂しそうに私には見えた。
時折彼女はこんな表情を浮かべる。
だからこそ、普段の傍若無人な態度がブラフでは、と疑ってしまうのだけれども。横目で表情を窺いつつそんな事を思っていると、会話を終わらせた筈の有坂が碧を呼び止めた。聞くや否や、碧のアンニュイじみた表情が綻んだ。
なんか前言撤回したい気分、そんな思いに駆られながらも、再び始まった二人の会話に耳を傾ける。
「何?」綻んだ表情を無理やり押し込み、仕方ないなあ、という仮面を被り碧は振り向く。
再び有坂は指で碧を呼ぶ。周囲に目を向け二度目の密談。
「あんたの提案、少し違う形ではあるけど乗っても良いわ」
碧はニヤリと口元を上げる。
「話、聞こうか」そう言って有坂の前に腰を下ろす。
「そんなにがっつかれても困るんだけど……」有坂は苦笑しつつ続ける。「私が出ない事には変わり無い。けど、小娘達は出してあげて欲しい」
「うん?」暫し咀嚼し、碧は理解した。「なるほどね。一葉絡みの一件か」
「まあ、ね。これに関してはこっちの我が儘だから、無理に、とは言えないんだけど」
「ふうん」碧は口元を上げる。
碧の事だから、交換条件でお前も出ろ、と言い出すのではとないかと邪推した私だったけれど、それはやはり邪推で、彼女の出した答えは純粋なものだった。
「良いよ。掛け合ってやるよ」
「ありがと」有坂は微笑む。目を遠くに向けながら呟く様に言う。「いつか、あんたの提案が実現すれば良いよね」
「まあね」碧は即答する。「どのみち小鳩がいないんじゃ今やっても仕方なしだかんな」
「お互い自由になった時、タイミングが合えば良いわね」
「そゆことだな」
じゃ、と言って碧は立ち上がる。あとは言葉を交わす事もなくその場を離れた。私は碧に付き従い、次の交渉相手の元に向かう。
その道すがら我が儘プリンセスの背に投げかける。至極真っ当な疑問を。
「んな、勝手な事して良いんですか?」
「あん?」碧は顔だけこちらに向け、片頬を上げる。「細けえこたぁ良ぃんだよ」
再び前を向き歩みを進める。
今度は振り返りもせずに言葉を紡ぐ。ワントーン低い声音。真面目な時の彼女の音色。
「解決しなきゃいけない問題は、ウチらだけじゃ無いからな」
碧の言う”ウチら”というのは、おそらく二年生の事。千家を交えて杉原に提示した事を、そのまま私達にも適用しようという心算なのだろう。
試合中に勃発した私の周囲に蔓延る問題は未だ着地点があやふやで宙ぶらりんなのだ。良い機会とばかりに地に叩き落とすつもりなのだろう。
ズレるだけの素養があった歯車は、ほんの僅かな一押しで噛み合わなくなった。悪意のある一押しが齎した現実はチームの未来を翳らせている。
今一度白日の下に全てを晒し修正を施さなければ、望む結果など到底手にする事は出来ない。
夏は目の前まで来ていて、リーグ戦もまだ試合は残っている。凋落という言葉は思いの外私達の肩に触れる所まで来ている。
碧の背を追いながら、私は目線を上に向けた。少しづつ雲が青空に入り込んで来ている。夕刻には一雨来るかもしれない。崩れゆく天候を悪い予兆と捉える事も出来るけれど、なにもネガティブなものだけに限定する必要はない。時に曇天は癒しを与え、雨は全てを綺麗に洗い流してくれもする。だからいっその事、とそんな妄想をしている私に、碧の独り言の様な呟きが届く。
「ったく、余計な事しやがって」碧の声音は恨みがましい。「ただでさえ、時間が少ないってのに」
独り言なのか、私に言っているのかは定かではない。
けれど私は勝手に自分に向けられた言葉だと解釈し返答した。ただそれは割と明後日の方向に向かっていたのだけれど。
「意外ですね。ミドリちゃんがこう、なんていうか、バランサーみたいな事するってのが」
「……お前、喧嘩売ってんの?」首を傾け、碧は目を細めた。
私は大袈裟に手を振り、それを否定する。
「まさか。意外な一面見れて、ますますソンケー、みたいな感じですかね」
「の、割には”尊敬”の部分が棒読みだが?」じろりとした目を閉じ碧は頬を緩めた。「お前が思っている様な善行じゃないよ。ゴウリテキなハンダンってヤツ。私は私の目的の為にしてるだけ。……つうか、お前私の事何だと思ってんだよ」
「え?」言葉の選別よりも先に口が勝手に動いた。「ジコチュー」
「なるほど。良く解った、なら、お前の中の私らしく……」
「いや、今のは言葉を間違えたと言うか……えへへ」愛想笑いで誤魔化し別件をねじ込む。これも碧と時間を共にして身に付いた躱し方だ。「所で、ミドリちゃんの目的ってなんです? そう言えば聞いた事なかったですよね」
「まあね。言ってないもん」碧は即答する。
「あ、もしかして聞いちゃいけない感じですか」
「いや、別に。なんつうか、改めて話す様な事じゃないから」
そう言った碧と目線がぶつかる。無言のやり取り。どうやら私からは聞きたい意思が滲み出ていた様で、渋々碧は口を開いた。
「簡単に言えば、お前と同じ。袂を分ける事になった奴と戦いたい。その為には勝ち上がらなくちゃいけないから」
「ああ……」
思いの外、感想を言葉に出来なかった。
まさかこの我が儘プリンセスの心の内が私と瓜二つだったとは。嬉しいとは少し違うけれど、また一歩距離は近付いた感じがした。同志といったら良いのだろうか、見ている方向が同じ、故に共に歩めるとでも言うべきか。
だから、厳密には嬉しいではなく、感動に近い。
「何だよ、別におかしかねえだろ、お前だって同じなんだからさ」
「ええ、ですね。ちょっとびっくりしただけです。ちょっと特殊じゃないですか、私達の動機って。だから、こんな偶然あるものかって」
「常に一緒にいられる訳じゃないかんな。一人一人目的も目標も違うから、時には別れ道に立たされる事もある」そう言う碧はやはりどことなく寂しそうな表情。けれど、それを無理矢理な笑みに変え言葉を続ける。「でも、いつか道は交わる物さ。今は違えていようとも、違えているからこそ出来る事もあるから」
「おお、ミドリちゃんらしくない真っ当な意見」
私は心の内を悟られない様に碧を茶化す。
そんな私を見透かしたかの様に碧は軽くいなして見せる。
「まあ、たまには私もこういう事を言うんだ」私と肩を並べて歩きながら、碧は遠い目をした。「こうして野球続けていればいつかは交わる。今しか出来ない事をする為にも、内戦なんてくだらない事、とっとと終わらせた方が良いに決まってる」
感傷的な思いに一旦蓋をして、碧は普段の不敵な表情を浮かべた。戦に臨む顔。とは言え、向かう先は倒すべき相手ではないのだけれど。
王の両脇には従者が侍り。
そんな想像をしていた私ではあったのだけれど、この日の女帝は一人で優雅に時を過ごしていた。熊ノ森の女王有坂藍よろしく自前のシートに腰を落とし、横に置いたパステルカラーの弁当箱に紙パックのお茶と、普段の印象とは少し離れているアイテムを侍らせながらも、醸し出す雰囲気は女帝のそれ。先の試合が記されたスコアブックに落としていた目がふわりと浮いた。
「あら、捕手談義でもするのかしら?」自分の前に立った私達に荻野は優雅に微笑んだ。
「お疲れ様です。ちょっとお願いが」
「イヤよ」口元の笑みを手で隠しながら荻野は即答する。
「まだ何も言ってないんすけどねえ」碧は溜息混じりの苦笑。
「貴女のお願いなんて碌なものじゃないもの」笑いを堪えながら荻野は碧を見遣る。「それで、お願いって、何?」
互いに茶番は理解済み。荻野が急に本題に入れば、碧もまた平然とそれに対応する。
「ノック時の守備、少しいじらせて貰えません? 後、シートの時は割とガチめで相手して欲しいんですよ」
荻野の目からするりと笑みが抜けた。
「相手は貴女?」荻野が碧に問う。
「私達」碧は私の肩を抱く。
「なるほど、私からポジションを奪おうって算段ね」荻野は再び笑う。「まったく抜け目がないとはこの事。ゆっくりティータイムに興じる事も出来やしない」
「……ミウさん、解って言ってるでしょ」碧が白い目を向ける。「今更ミウさんから奪った所で何の得もないすよ。寧ろ引退するまで、そのプレイを目に焼き付けたい位すからね」
「はいはい。戯言はこの位にして、と」荻野は一旦喉を潤す。笑みの抜けた目を碧に向けた。「ミドリ、貴女の真の目的は?」
「最後通告」碧もまた、その目からは笑みが引いていた。「まだ、嫌な残り香が漂ってるじゃないすか。それをいいかげん排除したいんすよね」
「あ、そう。別に構わないけれど、中には有用な子もいる。自信喪失されても嫌よ。それに……」
「それで折れるヤツはこの先戦力にならないすよ」言いかける荻野の言葉を遮り、碧は断言した。
「まあ、それはそうなのだけれど、そう簡単に納得するものかしらね」荻野は頬に手を添え、言い掛けた言葉を完遂する。ちらりと目を流し、辺り点在するチームメイトをその視野に入れた。
「だから徹底的に、実力の差を知らしめる」碧もまた、女帝同様周囲に目を向ける。
「そう貴女は言うけれど、そこまでの差は無いと思うの。だからその中で差を見つけるとなると、少し手を加えないとならない。それは少し卑怯ではなくて?」
「別にそんな事望んではいませんよ。普通にやれれば良いんです。ただ、中には盲信しているヤツがいる、そいつらの目を覚まさせれば良い訳で」
「なるほど、ね」荻野は頷く。「残り香は残り香でも、もうかつてのソレとは違うという事か」
「ええ。ソレをベースに今は全く違うモノになって足を引っ張っている。ま、正直、そういうヤツらは切ってしまっても良いんだけど、さっきミウさんも言ってた様に、中には戦力になるヤツもいるから」
「私が言って良い言葉では無いのかもしれないけれど、正直面倒臭い話ね」荻野は溜息混じりに笑う。
「ええ、まったく」
「まあ、解った。監督が了承するなら、私は何も言わないで貴女の策に乗るわ。ただし、カミは投げさせない」
「まあ他校もいますし、そこは仕方ないっすね。だから良いすよ、そこは次期エースで代用します」
荻野はふと目線を下に落とし、ぱらりとスコアブックを捲る。
「最終回」荻野は不意に話の矛先を変えた。顔を上げ碧を見遣る。「貴女、抑えにいかなかったわね」
碧はふっと表情を緩め、頭を掻いた。
「打順的にも、ユキの仕上がり的にも力で抑え込めるとは思えなかったんで、どうせならって、急遽プラン変更したんすよ」
「それで、千家を駆り出したのか」
「ええ、まあ」碧は頷く。「ウチの代の腫瘍に解らせようと思って」
「だとしても、博打が過ぎる。相手の情報が少ない中、狙って打たせるのは中々に難しい」
「まあ、そこは知った相手だったんで」
「なるほどね。とは言え博打には変わりない。下手をすれば負けもあったのは解ってる?」
「まあ、限りなくゼロに近い確率ですけど。一番から四番の打席が終わるまでを失点二で乗り切れば、ほぼ勝ちだと思ってましたから。逆を言ってしまえば、二点までなら取られても問題ない。ランナー出た方が内野連携も見れる、ユキのリハビリにもなる、で、まあ許容範囲かなあ、と」
「まったく貴女って人は……」荻野は心底呆れた、といった表情を浮かべた。けれど女帝はすぐにそれを引き締める。「まあ、そうまでする価値はあったという事ね」
「ええ、良いキッカケになりましたよ」
荻野はふう、と一息吐いて、ゆっくりとスコアブックを閉じた。
「今回仕方無しとは言え、力技だという事をしっかりと刻みなさいな。現実を突き付けるのは確かに誰にでも解り易く、有無を言わせない正論となる。けれど、心はそれで納得するモノだけじゃない。時には時間を掛けて話し合わなければ解決しない事もある」
「確かにそうっすね」碧は頷く。けれどその表情はどこか薄昏い。「けど、それって意思の共有が出来てる前提の話っすよね。今のウチはそれすらまともに出来てないんだ。なりふり構ってられないんじゃないすかね」
「……」荻野は酷く真剣な目で碧を見つめる。やけに永く感じる僅かな間を挟み、それが緩む。「まあ、そこが解っているなら問題ないわ」
「誰に師事したと思ってるんですか」碧は片頬を上げた。
それを最後に私達は女帝に暇を告げた。伝えなければならない者はまだいる。碧の歩みは力強く次の場所に向かう。
その後理香に了承を貰い伝えるべく相手を回った。
そして、最後の相手。
一塁ベンチの裏手、フェンスを挟んだ反対側の敷地で休養を取る集団。杉原や悠希といった面々。その顔ぶれを見て碧は眉を僅かに顰めた。
彼女曰く腫瘍。
ちょっとした勘違いやら食い違いによって、チームよりも自分を優先してしまった集団。
前指導者の残り香が歪に変化した成れの果て。印象がそうさせるのか、彼女達の表情は笑みを浮かべていても薄昏く感じてしまう。
顰めた表情に仮面を付け、碧は一人切り込んだ。
「お疲れ様です」
その中に三年生も混じっているからか、碧は丁寧な挨拶から入る。
普段を見慣れている所為で、その態度にどこか他人行儀な雰囲気を感じる。きっとそれは彼女の中で区切りがついてしまった証。伝達は淡々と。必要な言葉だけが並べられる。
一通り碧の提案を聞き終え、辺りは静まり返った。
その静寂を裂くが如く、三年生の大島が半ば嘲笑気味に言った。
「結城さあ、それってやる意味あるの? 別に今日すべき事じゃないんじゃないの?」
彼女は試合時三塁塁審をしていたので、ベンチ内で起こった出来事も、おそらくは詳細までは本人の耳には届いていない。歪曲した解釈を仲間内から聞かされ、それが事実に置き換わっているのだろう。だから出て来た言葉は的を射ていない。
大島に愚痴めいた言い訳の如き捻じ曲がった解釈を伝えた者達は、碧の来訪の真意を汲み取ったらしくそれぞれが俯いていた。それ故の静けさ。
だから碧は言った。大島の言葉を半ば無視して。
「解ってるとは思うけど、ここは鳴海大葉山。古豪でも強豪でもなんでも良いけど、そう呼ばれるにはそれなりの条件を満たしていないといけない訳だ」碧の表情から感情が抜け落ちる。酷く冷たい目は誰をも見ずに、口だけが動く。「お前らがここにいる理由を示せよ」
初夏の空の下に真冬の様な静寂が訪れる。
それを崩すのは一人蚊帳の外にいる上級生。
大島はゆるりと立ち上がった。
「なんでお前にそんな事言われなきゃならないん?」
「私はただ伝達に来ただけですよ」どの口が、と思う程に白々しく碧は言う。「監督と主将、そして荻野さんの了承は得ていますから」
生意気な後輩の普段通りの戯言、と高を括っていた大島だったのだけれど、公的に認められたという事実が響き、彼女の目が泳ぐ。おそらく大島の脳裏にかつて荻野が言い放った言葉が蘇っているのだろう。いつの日か名指しで元凶とされた苦いであろう記憶が。
「別に辞退するならそれはそれで構いません」はあ、と碧は息を吐いた。頭を掻き首を振る。一回り自身より大きい大島を上目遣いに見遣る。その目に色は無い。「良いすか、これは最後通告なんすよ。裏で足を引っ張るヤツがいてはこの先勝つ確率が落ちる。正直、切っても良いんすけど、それだと遺恨が残るでしょう。ならせめて自分の力を証明して納得して貰おうと。簡単な事っすよ。自分の居場所は自分で勝ち取れば良いんです」
「それは誰が決めるんよ」大島が尚も喰らい付く。「監督が了承したってのなら、監督もお前の意見に賛成って事だろ? じゃあ、言われた私達は不利じゃんか」
荻野との一件がある以上、大島には言ってはみたものの、心のどこかでそれを認めている節があるように見えた。だから彼女の言葉は弱々しく聞こえてしまう。
「実際私は知らないすけど」碧はそう前置きする。「前監督の時だって似た感じだったんでしょう? 理不尽なポジション替えだって決められてしまえば従わざるを得ない。不利も何もあったもんじゃないすよ」
碧の言葉に再び辺りに静寂が降り積もる。
それを打ち破るが如く、一人が立ち上がる。
すらりと伸びた長身の上にある小顔には決意の篭った目。月島早苗はこの中にいる誰よりも、碧の言葉を真摯に受け止めた。
「私はやります。たとえ望む結果にならなくてもそれが今。現実を認めなければ、先には行けませんから」
碧は片頬を上げた。
「良い答えだ」そう言って周りに目を落とす。「伝える事は伝えました。あとは各々で。昼休憩の後直ぐに行いますから、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、碧は踵を返す。
私もそれに付き従う。横目で後ろを見遣れば、早苗以外は皆目線を下にしていた。
少し進んでから碧が言った。
「悪い。今までの事考えるならコハクを付き合わせるんじゃなかった。私はどう思われ様が構わないけど、お前はそうじゃないもんな。すまん、敵意だけ向けさせる結果になった」
「別に良いっすよ」私は返す。「私もまた証明すればいいだけの事ですし。贔屓とか言われても、別に。皆が思う程私良い子じゃないんで」
「別にお前が良い子なんて一言も言ってないけどな」僅かに安堵した様な笑みを碧は浮かべた。「逆にミドリちゃんらしくないすよ、そういうの」
「プレイ中は良いけど、向いてねえのよ、こういうの。気も回らないし、結構心臓ドキドキだったよ」
「それもらしくないっすねえ」
最後は軽口になり私達はその場を後にする。
一応の線引きは成された。
あとは各々がどう証明出来るか。そしてその時はもうすぐそこ迄迫っていた。
けれど、私は気付く。
「そういえば、私らまだお昼食べてないっすね」
「あ」
碧の間の抜けた顔を見るのは初めてかもしれない、と私は内心ほくそ笑む。




