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アイデスの憂鬱  作者: 森住千紘
Sprouting of qualities : 2 〜 資質の萌芽 〜
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 Various signs. I 〜 様々な兆し、落とし穴 〜

「すいません、タイムお願いします」 


 小さく空気を飲み込み、私は女帝にそう懇願する。

 限界を振り切る程ではないけれど、私は苛立っていた。意図は理解している。しているのだけれど、間近で見続けた直感が両の手を交差させる。

 半信半疑とは言え、それを受け入れた手前あまり反論はしたくはなかったのだけれど、目の前に広がる惨状から派生する、ほぼ確定的な未来を受け入れられる程、私は勝負を捨てられはしなかった。


 七五三じみた練習試合とは言え勝負は勝負。

一、二年生、しかもレギュラを除く、という制限があれども、その中で勝ちを得る為模索する。

 出場する者が皆、自分の出来る事を存分に発揮し、どこまで喰い付いて行けるかが監督である理香が観たいものでもある。その範疇はんちゅうの中ならば、個人的な挑戦はある程度認められる。

 と、ここまでは良い。

 大小あれど、試合に臨むにあたり個々人で課題は持っている。ただそれは優先順位の最上位をチームとする、という前提ありきだ。まあ、当たり前なのだけれど。

 スタンドプレイは時に一瞬の煌めきを見せる事があるけれど、全てがプラスに働く訳ではない。寧ろマイナスの方が多いだろう。集団である以上、ある程度の規律なしでは戦術という次元には辿り着けない。

 そんな事は、ここにいる皆が解っている筈だと思っていた。

 自分を含め、我が儘な乙女もそれなりにいるけれど、実際それは事実ではある。ただ、まさかこんな場面で我を通そうとする者がいるとは思わなかっただけで。


 兆し自体はあった。

 初回から共に動く展開で点を取り合い、振り出しに戻った二回。それまでとは打って変わって凪の様な時間。下位打線という事もあったのだろうけれど、両チーム共に初回の様な攻撃は形を潜めていた。

 単発で安打は出るものの後が続けない。

 逆を言えばバッテリィ組が輝いた、とも言えなくは無いのだけれど、随分あっさりと二回が終わる。


 この試合、レギュラ以外の者は自己証明の場としてグラウンドに立っている。

 ポジションによって差はあれど、皆平等に機会を分配する為、個人の出番は限られていた。

 打席は展開に左右されるけれど一、二打席が目安、それが終わると同時に守備も交代という流れ。投手は少ない回数で回してゆく。

 先発は湊、二番手が圭。この二人が二イニングずつ投げ、三番手の園川、四番手の綾が一イニングずつ、と続く。そして最終回一イニングを投手として復帰した笹川が投げる。

 捕手に関しては湊と圭を私が受け、園川と綾をみなみが。笹川の投げる一イニングを碧が受ける事が事前に決められた流れだった。


 回は三回表。

 投手は湊から圭に変わり、相手は御誂え向きに一番からの好打順。

 圭の球はブルペンでは何度も受けてはいるのだけれど、練習試合とはいえ他校との実戦では初めて。攻撃の隙間に意志の疎通をと思い言葉を投げかけるも、返ってきたのは予想外の答えだった。


 ——スライダーメインで。


 は?


 つい反射的に言葉が口を突くのは、私の悪い癖ではあるのだけれど、この時は仕方が無い。

 青山圭の長所は糸を引く様な綺麗なストレートと、大きく曲がり落ちる緩いカーブのコンビネーション。狙って三振が取れるピッチャ。


 その生命線とも言えるカーブではなく、カウント稼ぎに使うスライダーをメインで使えと目の前の縁なし眼鏡の乙女は言い放つ。躱すピッチングは圭のスタイルでは無い事を知っている私にとっては青天の霹靂。しかも相手は好打者が続く一番から。自己証明とは言え勝負を捨てる気はさらさら無い私が怪訝な表情を浮かべたのは、やはり仕方のない事だと思う。

 そんな私に溜息を吐き、圭は自分の主張の正当性を訴える。


 ——スライダー強化してるの知ってるだろ? 強い相手なら尚更試してみる価値はある。


 確かにそれはそう。


 けれど、私が得た情報を元に分析した結果、分が悪いという結論。故の”は?”だ。

 その旨を伝えるも、やってみなければ解らないの一点張り。仕方なく圭の言い分を受け入れ、三回に臨んだ。


 私の分析はある程度的を射ていた。

 確かに以前に比べて圭のスライダーは精度が上がっている。ただ、決め球と言うとなれば少し物足りない。まあ、これに関しては絶対の決め球のカーブを知っているが故の事かもしれないのだけれど。


 そんな私の思惑は、好打者によって現実を示される。

 初回同様、投手が代わった事で再び一番の役目を担う事となった昴は表向き慎重な素振りを見せる。湊とはまた別の強みを持つ圭ではあるけれど、過去に対戦経験があるのか、戦略は彼女の中で決まっていた様だった。

 追い込まれればカーブが来る。

 打てない球では無いけれど、確率が高い方を選ぶのであれば、それが来る前に叩く。

 カーブを使わない配球となると、緩急は冴えず決め球にも欠ける。私の思惑と昴の思惑は妙な所で一致した。


 カウントを取りに行った二球目を痛打されライト前へ。

 ノーアウトのランナーが出た。

 二番がきっちりと送り、ワンナウト二塁へ移行。

 迎える三番、有坂藍。

 初回同様のピンチ。

 手を出してファール、あわよくば引っ掛けてくれれば儲けものと選んだ初球の膝下へのスライダーが真ん中寄りに甘く入る。

 それを見逃さず有坂は迷い無く掬う。

 ゆるりとした打球ではあったが右中間センター寄りに飛んだ。

 センターを守る薫が捕球し迷わずバックホーム。 

 薫の肩の強さを知っていたのか、昴は三塁で留まり、ワンナウト一塁三塁で四番に回った。

 私はついに痺れを切らし、女帝荻野に懇願したのだった。


 今一度、初夏の空気を一飲みして苛立ちを中和し、マウンドに駆け寄った。

 内野陣も同様にグラウンドの中心に集まる。

 グラブで口元を隠し、感情もまた押し隠して私は圭に告げる。


「カーブ使おう」


 私の言葉に圭は僅かに逡巡。小さく息を吐く。


「仕方ない、か。良いよ」


 私はほっと安堵し、二の句を継ごうとした所に圭の言葉が被さる。


「縦スラ解禁な」

「……おい」私の安堵を返せ、と言いたい。まあ、言わないけれど、感情は表に漏れ出した。「あんな不安定な球、こんな場面では使いたくない」

「でも変化は大きいから三振は取れる」

「変化したら、だろ?」私は圭を見つめる。なるべく確率の高い方を選択したい。余程追い込まれ策が尽きたので無ければ、試合中に博打は打ちたくない。「抜けたら棒球じゃんか。あの人はそんな球見逃さないぞ?」


 ちらりとボックスの外で素振りをする、短髪の麗人に目を向ける。


「抜けなければ良いんだろ?」圭は私を見つめ返す。何故かその目には真剣さが浮かぶ。


 何だろう、そこまでしてスライダーをものにしたいとでも言うのだろうか。

 以前みなみが言っていた、半分は彼女自身の言い訳、もう半分は圭の持ち球は少ないという事実。逆に言えば持ち球の精度が高いので球種は必要ないとも言える。


「あのさあ」溜息混じりに悠希が言う。「投手がこれで行くって言ってんだから、受け入れなよ。なんでそこまで張り合おうとすんの? そんなに自分の意見が正しいって周りに知らしめたい?」

「別にそういうのじゃないよ」

「そうは聞こえないけど」悠希は私に目を合わさずに言い切る。


 喉元まで出掛かった言葉を呑み込み、小さく深呼吸。苛立ちは判断を鈍らせる。


「ブルーマウンテンは強情だねえ」

「ブル……」碧の言葉に圭は一瞬眉間に皺を寄せた。それを宥め込み抗議の目を向ける。「その呼び方やめてくれません?」


 圭の反論を華麗に流し、碧は勝手に纏め始める。


「まあ、投手がこう言ってんだから、受け入れるのも捕手の務めだ。腹括れ、コハク」


 碧にそう言われたのではもう仕方が無い。腹を括るかと覚悟を決める。


「勝負は勝負だし、負けたくは無い。けどまあ、この試合で負けたら死ぬ訳でもないし、得られる物があるなら、いいんじゃねえの」碧はそう纏め、一瞬圭に鋭い目を向けた。「逃げ、じゃなければそれで良い」


 圭は無言で頷いた。


「おし、じゃ方針は決まったな。四番とは言えスクイズも考慮、内野陣判断厳しくな。最悪一点は良いから、一つづつ。取れるならゲッツー取りに行く」 


 碧の言葉に皆が声を上げた。彼女に肘でつつかれ締めを任される。


「ベストは無失点、切ろう」


 再び返ってくる声。散り散りになる背中を横目に最後に一言圭に声を掛ける。


「ロジンしっかりつけとけよ?」

「誰に物を言っている」圭は真顔で言う。「お前こそ逸らすなよ?」

「そっくりそのまま返してやるよ。誰に物を言っている、だ」


 言うからには実行する奴だという認識はある。ただその反面、練習を共にした故の不安。ぶつけ本番でのやり取りはなんて心臓に悪いのだろう。

 私は石橋を叩いて渡るタイプだったのか、と思わぬ一面に気付き少しだけ苦笑。けれど、それこそが効率重視の考えの一端でもある訳で、何とも複雑な気分。


 荻野と短髪の麗人瀬名梓に頭を下げ、腰を落とす。

 今回ばかりは首を振らせない。

 ぶつけ本番の中だとしても、感触は互いに得ておきたいだろう。

 だから、カウント一つ無駄にしても初球で試す。

 圭の縦スラはおそらく綺麗なトップスピンが掛かっている。しっかり指が掛かれば良く沈む。横変化は僅か。あわよくばとの思いも併せ、外角にオーダ。


 試合でも練習時と何も変わらない余計な力が取り除かれた綺麗なフォームから左腕が出る。

 球速、軌道は縦スラのそれ。あとは落ちるかどうかだ。

 瀬名は踏み込むも、瞬時にコースを判断、踏み留まる。

 ボール半個外に外れたコースで、圭のスライダーはしっかりと沈んだ。


「ボール」


 荻野の声を受け、私は頷きながら投げ返す。

 一応問題は無い。ただ、今は落ちた、けれど次はどうかが解らない事が悩ましい。落差はあるけれど、やはり未完成。カーブとはまだ差がある。やはり博打は怖いと思う。 


 続けて二球目。

 次はストレートでカウントを稼ぐ。

 インローに綺麗な直球が決まる。

 湊程の力強さは無いものの、上条に追随する回転数に純度の高いバックスピン、落差の少ない白い轍。それがピンポイントに決まれば誰も打てやしないと思わせるだけの球。精度の高い持ち球にマウンド上での立ち振る舞いと、やはり青山圭は良いピッチャだ。

 私は要求をもう一段階上げる。

 今度はアウトハイにストレート。これで追い込みたい。

 圭は素直に頷きモーションに。

 クイックから腕が出る、と同時に視界の端に一塁ランナの姿と瀬名の動き出しが映る。三塁ランナの昴はリード時のまま動向を窺っている。

 ここでスクイズでは無くエンドランかよ。

 頭をよぎる言葉を噛み締め展開を構築。

 ボールは問題ない。

 後は。

 小気味良い音を奏でミットに収まる。バットは空を切った。私は投げるモーションで留まり、目で三塁を牽制。


 抜け落ちていた訳ではないけれど、正直焦った。

 このタイミングでのエンドラン。否、エンドランは結果論。三塁ランナーの昴の動向を鑑みれば、瀬名の空振りは盗塁援護のそれと取った方が妥当か。

 どのみちこの状況では迂闊に二塁に投げるのははばかられるので、二塁三塁にするのは容易い。仕方なしとは言え、焦った自分に負けた気分。


 けれど、お膳立ては整った。

 ランナー二塁三塁、カウントは1-2で追い込んでいる。

 仕掛けるタイミングをどこにするか。 

 このタイミングだからこそスクイズも有り得る。分岐は斯くも多い。とは言え、やる事は決まっている。投手は投げ、野手は打球を処理する。変に気負う必要はない。

 カウント的にはバッテリィ有利だ、スクイズ警戒もちらつかせる為に、直球を外す。

 あえてのインハイ、圭の制球ならぶつける事はないだろうと強気の要求。

 彼女は訝しむ素振りも見せず頷き、私の要求に応えた。


 これで2-2、完全に整った。お互い勝負の時と自覚しているだろう。

 あれだけ言い切ったんだ、見せてみろと縦スラのサインを出す。

 圭は目だけで三塁ランナーを牽制しセットについた。

 静止。

 摺り足の様に右足を踏み込み。

 力感のない左腕が鞭の様に弾かれる。

 外角低めを目指す軌道。

 梓は始動。

 ベース手前で沈んだ球は、更に深く。

 ミット手前で地面に着いた。


 まじかよ。


 私の慟哭にも似た内心の叫びをよそに、身体が先に反応する。

 横にずれ、身体で止める為に前屈みに。

 腹に衝撃、一瞬視界が揺れる。

 ボールを何とか捕獲し、ランナーを牽制。

 取り敢えず事なきを得た。瀬名は途中でバットを止めた為、フルカウントへ。

 一球にして追い込まれた。

 今の一球は痛い。精神的にも物理的にも。普通の心理ではラストに使える球ではない。

 飄々としている圭。

 少し苛立ちが顔を覗かせるけれど、これは出してはいけない感情だ。ボールをユニフォームで擦り投げ返す。


「ふうん」瀬名がボックス内でバットを回しながら言った。「青山って噂よりは大した事ないのかな」


 挑発じみた瀬名の言葉。

 私の口からは何も出なかった。

 けれど、これが今の現状だ。死なば諸共、という言葉があるけれど心中はごめん被りたい。

 けれど取れる選択肢は一つしかないのだろうな、と半ば諦観じみた思いが湧き上がる。おそらく直球を要求しても圭は首を横に振るだろう。

 仮に受け入れ、打ちとったとして何が得られるのだろう。

 表面上、勝ちに天秤は傾くけれど、それは逃げ。逃げるのは悪い事ではないけれど、今逃げて得られるものは何も無い。結局要求すべきは一つだけなのだ。


 サインを送る。

 圭は僅かに口元を上げた様に見えた。

 それで良い、と言われた様な気分。

 私は構え、圭が始動する。

 瀬名がタイミングを測り。

 左腕が球を弾く。

 真ん中よりやや内側に球が来る。

 コースは微妙なのだけれど、落ちれば問題は無い。

 沈む。

 瀬名の出したバットに球は掬われた。

 綺麗な響き。

 高く舞い上がる打球。

 ふわりと浮いた球は右翼に向かう。

 打ち取った、と思う。けれど、これは次の始まりでもある。


「バックホーム」私は声を張る。


 セカンドの一葉が中継の位置に入る。

 落下地点を読み切り助走をつけた藤野のグラブに球が収まり。

 瞬時の判断。


「ダイレクト!」私は叫ぶ。


 藤野が腕を振る。

 山なりながら勢いのあるボールが返ってくる。

 少し右に外れている。

 横目でタッチアップのランナーの位置を確認。タイミングは微妙。

 身体でホームを隠し、捕球と同時にグラブを伸ばす。

 昴が横に逸れつつ滑り込む。

 軽い砂煙。

 荻野が両手を横に広げた。

 昴が跳ね起きる。

 私は舌打ちを我慢し切り替える。

 ボールを拭い、圭に投げ返す。

 親指と小指を掲げ無理やり声を張った。


「ツーアウト」 


 同じ様に声が返って来る。

 本来ならマウンドに行くべきだったのかも知れない。

 けれど、掛ける言葉が見つからなかった。

 何を言っても仕方がないと思える程に明確な結果。

 打たれて当然。

 最後の縦スラは本来の半分程度しか落ちなかった。

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