Monsters’ feast 〜 化け物達の饗宴 〜
アンタらはああ言うのないの?
相手ベンチ前で繰り広げられた声出しに対しての無言の理香の催促。
そんな目で見られても困る。
言うなれば私達は二軍であって、一時的に葉山の看板を背負っていようとも、好き勝手に出来る権限は無い。試合前の円陣の殺し文句なんて女帝の前でやろう物なら、後で何を言われるか解った物じゃ無い。
その女帝は全て理解しているのか、防具に身を包みこちらを見てさも可笑しそうに口元を隠す。
やり難さは、老朽化した吊り橋を渡るが如し。
この試合、自分の出番は無いと理解していた荻野は、近くで見たいからと言う理由で主審を買って出ていた。試合に出ずとも女帝は女帝、その権力はやはり彼女の手の中にある。
まごつく私達を見て、仕方ないといった表情を浮かべ荻野が声を張った。
「集合」
捕手よろしくその声はやはりグラウンドに浸透する。彼女の言葉を皮切りに、両ベンチから乙女達が飛び出した。
荻野を中心に各々が整列する。
雲が出てきた初夏の空の下、女帝は高らかに宣言する。
「これより、片瀬熊ノ森対鳴海大葉山の練習試合を始めます」一呼吸の間に、両者に目を向ける。「礼」
乙女達の声が重なる。
蜘蛛の子を散らす様に乙女達が己が持ち場に駆け出してゆく。その姿を私は扇の中心で眺める。考えてみれば高校初の対外試合。公式戦ではないけれど、試合は試合。
短い間に、中々に濃い時間を過ごして来た自覚があるのだろう、妙に感慨深い思いを抱いてしまう。
少し違うけれど、帰って来た、それに近い。
内野、外野でボール回しが始まる。
荻野から渡されたボールを持って、私は湊に近寄った。
「緊張なんかしてないよな?」言いながら球を湊に渡す。
「アンちはどうよ?」
「質問を質問で返すのは良くないんだぞ? まあ、私はいつも通り」
「なら私もいつも通りだ」唇の影からキュートな八重歯が覗く。
「オッケ。いつも言ってるけど、雑に投げるなよ? あと短気もダメ」
「解ってるって」湊がちらと私の後方に目を向ける。「ミウさんが審判なんだ、苛立ったりしないって」
私はグラブで口元を隠す。
「それとは別に変なプレイしてみろ、後でどんな雷が落ちるか……」
「存じておりますよ、何回撃たれたと思ってんの」
私達は声には出さずに笑い合う。
「おし、じゃあ頼むぜ」
湊の胸をグラブで叩き私は踵を返す。
定位置に戻り腰を落とす。
事前にしたキャッチボールの段階で、湊の調子はまずまず。
相手の力量が私達の予想を凌駕しなければ、大崩れはないだろう。
ここ最近、振り被る事に意義を感じなくなった湊はそれを辞めた。
とは言え、豪快なフォーム自体は相変わらず。
大きく上がる左足。踏み込み、しなる鞭の如き右腕から、力強い球がミットに飛び込んで来る。
「オッケ」
上々、と私は球を投げ返す。
横目で、ネクストに佇む先頭打者を見る。
プレイとは裏腹の可憐な見てくれ。けれど、その目は狩人のそれ。百戦錬磨の者だけが持てる雰囲気を纏いて視線が私達に突き刺さる。
一葉情報によれば、私達の代の相模原レッズの正遊撃手。
本来なら引く手数多の逸材、それがここにいる。これは幸運だと捉えよう。私達を証明する場としてはこれ以上の相手はないだろう。
「ラスト」座ったまま球を投げ返す。
内外野からボールが出される。
不安材料がない訳ではない。
蟠りがまだある者もいる。けれど、個人の思惑はチーム事情によってある程度抑制しなければならない。私達はまだ始まったばかり、未来は何事も決まっていない。
構えた所よりやや内側にボールが収まる。
まあ、及第点。
すぐさま、二塁へ送球、カバーに入った赤坂悠希がベースにタッチ。球が湊に戻る。
私はちらとファーストにいる伊園妙に目をやる。彼女は嬉しそうに頷く。
小さく溜息。
今度はサード。この日、本職を私に譲った結城碧が顎をしゃくる。
ああ、ホントにやるのか。
まあ、何かあったら碧に責任を擦り付けよう、と課された責務を遂行する。
息を吸い込む。
「一回、締まっていきまっ……」声を出しつつ内外野に目を遣る。
「しょい!」内野だけではなく、外野からも声が返ってくる。
小さく安堵。私を陥れる罠ではなくて一安心。
後ろから小さな笑い声。
おそらく女帝から漏れた物。楽しんで貰えたのなら言う事は無い。
横目で見れば、相手チームは物珍しそうな顔をしている。意表を突いたという結果ならば、こちらも言う事は無い。
咳払いの後、荻野が高らかに宣言する。
「プレイボール」
一斉にグラウンドに声が溢れる。
守備陣からの後押し。相手ベンチからの自打者への応援。活気が膨れ上がってゆく。
「お願いしまっす」小柄な乙女が小さく頭を下げ、右打席に入る。
短めに持ったバット、スタンスはややオープン気味。ボックスの後ろに陣取り、右肩の真上でバットが小刻みに揺れている。
一番に抜擢されるだけあって、おそらく目が良いのだろうなと思う。
後ろに立つのは情報分析の為。成る程、一番を全うしようという訳だ。
けれど、刮目せよ、だ。
まずは一球。
繊細な制球は要求しない。あわよくばアウトコース低めに決まれば良い。その代わりの力強いストレート。世には暴れ馬の様なストレートが存在する。とくとご覧あれとサインを送る。
湊の左足が大きく上がり。
しなる右腕が球を弾く。
まずまずのコースに這う様な直球。
心の中で湊に賛辞を送る。
けれど。
踏み込み、伸ばしたバットが湊の直球を捉える。
振り切り、金属音。ボールは三塁線に切れていく。
おい、まじか。
マスクを剥いで球の行方を追う私は、心の中でそう呟く。
初見の湊の球、しかもアウトコースを振り切って三塁側のファールにした。
名門の中核は伊達じゃない。
おそらくご挨拶。
逆らわず一塁側に流さずに、あえて引っ張る。自身の証明とでも言う様な一振り。
バケモノめ。
「なんだよ、あの球、おっかないなあ」可憐な乙女、水木昴はそう独言る。
「おっかないのはこっちだよ、初見でよく打ち返せんね」
つい同じ一年生という気軽さからか、言葉が口をつく。
普段なら知らない相手に積極的に話になんて行かないのだけれど、この日の相手は旧友と縁がある様子。そんな事も関係していたのかもしれない。
昴はちらと私に目を向ける。
「男子相手に練習した事あるから、速さにはついていける。けどねえ……」昴は少し悔しそうに唇を歪ませた。「良い球持ってんじゃん」
「そりゃどうも。こっちもさっきのスイングで情報上書きさせて貰うよ。ったく強豪じゃねえか」
「ンフ」昴は鼻から息を出す。
讃え合いを切り裂く雷鳴。
「ピクニックじゃ無いのだから、私語は程々にしなさいな。試合遅延は問題よ」女帝の言葉が雷の如く頭上から降り注ぐ。「お喋りなら試合の後で好きなだけ。まあ、私も参加させて貰うけれど」
「す、すいません」
反射的に私と昴の声が重なる。
午後のお茶会には女帝も参加だと?
何だかおかしな方向に、と考えてその事は後回しと切り替える。試合の最中なのだ、今は。
気を取り直し、次。
一球で相手の力量を把握出来たのは良かった。
ならば、力で勝負しようじゃあないか。
二球目はアウトコース高めに外す。力一杯のストレート。
内に入れるな、という私の願いが通じたのか、はたまた実はこの日の湊の調子はまずまずではなく好調だったのか、これ以上ないボール球が私のミットに収まる。
カウント1-1
次はインコースにシュート。
打ち損じればアウトカウントが一つ進み、ファールでも追い込める。見逃してもストライクになる様にゾーンに入れる。
湊が頷きモーションに入る。
少し真ん中に寄ったけれど、まあ誤差の範囲。
湊の誤差はかなり大きく見ているので問題はない。
昴は踏み込み、腕を畳んでバットを合わせる。
鈍い音と共に打球は再び三塁線を切る。
「ってえ」昴は右手をぷらぷらと振る。
サイン交換は迅速に、直ぐに湊をモーションに入らせる。
考える間を与えず、同じインコース、ゾーン外から巻いてくるスライダー。
湊のスライダーはカーブとの合いの子の様な軌道。球速差と落差を使った打ち取る布石。
けれど、昴は読んでましたとばかり、僅かな間を置いて始動。
初見の湊の変化球を見事に合わせ、逆らわずにレフト前に運んでしまった。
マスクを片手に天を仰ぐ。
くそう、読まれてたか。
確かに湊程の球速があるならば緩い球は武器になる。けれど、いくら読んでいたとしても、初見で合わせられるものなのだろうか。
やはり、バケモノのバケモノたる所以か。
まあ、良い。
シングルヒットなら問題ない。ホームを踏ませなければ良いだけの話だ。
盗塁を警戒しつつ、二番打者との勝負。
彼女はスタメンの数少ない三年生。
確か熊ノ森は創部二年という話。ならば現三年生はチームの創設者である有坂が入学後に勧誘したという事になる。見た目から判断すればフィジカルは良いものを持っているのだろうけれど、おそらく野球自体は経験は薄いと踏んだ。
ならば。
昴とは違い、左のボックスの前方に立ち、バットを高く掲げる。
成る程、一番の昴あっての二番か。大きな体躯は僅かな差であっても私から一塁ランナーの姿を隠す効果はある。
ここは内野陣に任すしかない。
ブロックサインで盗塁時の確認を徹底。湊には高めの直球を要求する。
初球で来るなら好都合。
湊がモーションに入ると同時に走ったの声。
私の頭の中に情報が溢れる。けれど、それには一旦蓋をして目の前に集中する。コースはやや外。気持ち半身になり盗塁時の捕球体制に移行。
けれど、目の前にバットが現れる。
短い音。
ボールが一塁線に転がる。ランナーはもう二塁間近。私はファーストを指す。
「一つ!」
妙が打球処理をして、カバーに入った湊が一塁を踏む。
「ワンナウト」
内野陣の声掛けに、私もまた人差し指を立てて応える。
正直ギリギリだった。
意識を盗塁を仕掛けたランナーに持って行かれた中での、まさかのセーフティとは。転がった場所が良かっただけで、あと少し打球の勢いが無かったらおそらくセーフだったに違いない。経験が薄いなんてまやかしだ。相手の中に素人はいないと思っていた方が良さそうだと認識を上書きする。
私はちらりと相手ベンチを見遣る。
腕を組み柔和な笑みを浮かべる青年。
片瀬熊ノ森の監督、理香の実弟。
さすがは姉弟、やる事がえげつないな、なんて事を思い浮かべる。
アウト一つ何とか取れた所でピンチはピンチ。
しかもここからが正念場。
ネクストから立ち上がる姿は清楚にして凛。
肩口までの黒髪を後ろ横で折り纏め、こちらを見るその表情には柔らかな笑み。
片瀬熊ノ森の創設者であり、主将、そしてチームの精神的、物理的な大黒柱。
碧が言う所の神奈川の世代ナンバーワンの二塁手、有坂藍。
風に揺れる水仙の様な流れる身のこなしで、右バッターボックスに向かう。先ずは審判である女帝に一礼。
「お願いします」鈴の様な音の中にしっかりとした芯がある声。
バットを一回転させ、肩口で固定。すっと体を落とす。顔は真っ直ぐに湊を向いている。
湊もまた、有坂が纏う雰囲気で強者と悟ったのか、笑みを浮かべていた。
良いね、と私は思う。
殺るか殺られるかの瀬戸際、ほんの少しの判断ミスが手痛いダメージになりかねない緊張感。
胸の高鳴り。これぞ勝負。
有坂の体躯は引き締まった中肉中背、中々にアスリートしている。
ならば、長打もあるだろう。データがないのは痛いけれど、それは相手にとっても同じ事と割り切り、力勝負に出る。
これまで同様、湊の武器はその荒ぶる様なストレートだ。
ごり押す訳では無いけれど、それを軸に攻め立てる。
先ずはインローに。
外れても構わないので全力の生きた球を要求。横手且つプレートを使い分ける湊の球は、右打席からだと背中から食い込んでくる様に映るだろう。
これで、少しでも腰を逸らしてくれれば儲けものだ。
湊の腕がしなる。
少し浮いたけれど、力の篭った揺れる球がインローに来る。
有坂はそれを見逃す。ここぞとばかりに良い音を鳴らしてやる。
「ナイスボー」
左手の衝撃を感じつつ、湊に返す。
取り敢えずのワンストライク。
有坂の表情を盗み見るけれど、打席に入った時と同様の笑みが浮かんだまま。そこから何かを読み取る事は出来なかった。
変に気合十分な選手より数段やり難い。
どこに投げても合わせて来る、そんな悪いイメージが浮かぶ。
これは良くない。
仕切り直す為に一回変化球で外して様子見とも考えたのだけれど、それも悪手な気がした。
正直湊の変化球はシンカー以外は制球、変化量等どこかしらが未だ不安定。
半端な変化球で躱した所でリスクの方が勝る。失投を見逃してくれる相手では無いだろうし、もしも、があり得る。
シンカーの優位性をここで出す訳にもいかない。まだ初回、目先の勝負よりも確認を選ぶ。
だからストレート一択。
今度は対角線、アウトハイに入れる。外れたらその時はその時。
湊は引き続きプレートの三塁側に足を置いている。一番角度が付くコース。躍動する身体から、長い腕がしなる。
少し低いかとも思うけれどまあ許容範囲。コース自体は文句は無い。ボールの下を叩いて打ち上げてくれるのがベスト。
有坂が手を出す。
力には力。負けじと振り抜いたバットにボールが乗る。
相手が奏でる金属音は、同じ心地良い音だとしても背筋が冷える。
そして、その冷えは現実になる。
舞い上がったボールは綺麗な放物線を描き、センター寄りの左中間に飛ぶ。
センターを守る佐倉薫の守備範囲ならギリギリ届くかと言う所。
ヒットだとしてもワンベース。そんな結果が瞬時に脳裏に展開する。
けれど、打球が上がった瞬間からランナーは加速、落ちる事が最初から解っていたかの様なスタート。そしてその判断は正しく、打球は薫のグラブの僅か先でバウンドする。
有坂が一塁で留まるという結果は予想通り。
けれど、昴はホームを踏み抜いていた。
悪くないボールだった。相手がそれを凌駕しただけ。失点は仕方が無い。結果的にランナーの判断勝ちな部分もある。
「悪い」私は湊に謝罪する。
「いやあ、悪く無い球だったと思うし、打ったあの人が凄いんじゃね?」湊は既に打たれた事は受け入れていた。「普通ならシングルで一塁三塁だ、失点したのはランナーの判断勝ち。あんなの暴走に近いだろ」
「まあ、ね」ベンチに戻る昴の背中に目を向ける。「落ちるのが解ってた、みたいなスタートだったなあ」
「そうそう、私センターフライだと思って、ガッツポーズしかけたわ」
「私も、ぎり佐倉の守備範囲だと思ったけど」
「もしかしたら、薫の守備範囲読んでたのかもな。だからギリ届かないって判断したのかも。初回だし、飛び込む様な冒険はしないと踏んだ」
「読み負けかよ」捨て台詞を吐いた所で、結果としては失点しているのだ。認識を更に上方修正するしかない。「運が悪かったとは思わないで、そんだけの相手だって事にしよう。次は四番、連打は良く無い。切ろう」
「おっし」
湊とグラブを合わせ持ち場に戻る。
御誂え向きにまたしても、ランナー一塁で左。しかも次打者はスリムとは言え背は高い。阻害されると同時に、本人もまた強打者だ。この際、もうバッター勝負にしようと頭を切り替える。
これ以上の失点は遠慮したい。
けれど、今の私達でどこまで喰らい付けるか見てみたい。彼女はそれだけの打者なのだ。
——悪いヤツなんだ。
試合前にぽろりと碧が零した言葉。
瀬名梓には悪評が纏わり付いている。
個人の資質だけならそれこそトップクラス。けれど、スタンドプレイはチームプレイの質を落とす。碧が勧誘リスト入れなかったのはその所為らしい。
けれど。
事前情報から想像する様な人間性は、ボックスに佇む貴婦人の如き彼女からは微塵も感じられなかった。
そこにあるのは静寂。
傲岸不遜に自己を主張する様な雰囲気はまるで無い。
一切の無駄を省いた自然体。ボックスの真ん中に立ち、スタンスはフラット。どこに投げ込んでも涼しい顔で打ち返す印象を抱かせる隙の無さ。
まったく、創部二年のチームにあるまじき姿。
とは言え、気負った時点で負けが確定。強気で攻めるのが、湊と組んだ時の私の方針だ。様子見なんて皆無。ストレートで押す。
打者の膝元、インローを選択。
外から食い込んで来る軌道はそれだけで厄介だろう。
けれど、頭ひとつ抜けた存在且つ経験豊富な四番に座る麗人は、強さがあろうが角度があろうが、それを点で捉える。
舞い上がる白球は、今度は右中間のど真ん中に飛んでゆく。
マスクを剥ぎ取り、球の行方を追いつつランナーを視界に捉える。
躊躇なくランナーは二塁を蹴る。
着弾。
右翼手に入る藤野の瞬時の判断で、より肩が強い薫に処理させる。
捕球とほぼ同時にランナーは三塁を蹴る。
「バックホーム!」私は声を張る。
ホームの左側に立ちスペースを消す。
横目でランナの姿を確認。
全身を使って薫が返球。
横目に入り込むランナの姿が徐々に大きくなる。
ギリギリ。
クロスプレイになるなと予想。
タイミングは良いけれど少し球が右に逸れる。
捕球し体を旋回、左手を伸ばす。
私のミットの真下を滑り込んだ有坂の左手が一瞬早くすり抜けた。
「っし!」滑り込んだ勢いで跳ね上がり、有坂は小さく拳を握る。すぐに二塁に到達している自分達の主砲に指を向けた。
二塁上では少しはにかみながら件の麗人が拳を掲げる。
これで二点目。これが今の私達の立ち位置か。
「くそう、全力をあそこまで綺麗に持ってくか、上手いなあ」湊が感心した声を上げる。「コース悪くなかったよなあ」
「うん」私は頷く。「やっぱストレートゴリ押しは通じないな。不本意だけど変化球の割合上げよう」
「不本意だけどな」湊が八重歯を覗かせる。「カット使う?」
「いや、それは良いや。も少し完成度上がってからだな」
「オッケ」
再びグラブを合わせ、湊はマウンドに向かう。
現実を受け入れる早さと潔さは湊の美徳。ある意味プロセスは真逆ではあるけれど、マウンド上の効果としては香坂綾と同じ結果を齎す物。メンタルの強さというのはやはり武器だ。
二失点の現実を受け入れ切り替える。
事前情報では攻撃に関しての要注意人物は過ぎ去った。けれど気は抜けない。方針を切り替え、更に相手の印象を上書きする。
変化球主体とは言い難い。
けれど、適度に散らした結果、次打者を三振に仕留め、次々打者は内野ゴロでなんとか初回を乗り切った。
ベンチに戻りプロテクタを外している最中、碧が寄って来た。傍には理香もいる。
「相手が早打ちして来てるんだから、も少し変化球使って焦らしても良かったんじゃないの」碧が言う。
「まあ、確かに、おっしゃる通りで」私は素直に頷く。「まあ、勝ちだけを見るならそうしましたけどね」
「ったく、減らず口を」碧が笑いながら舌打ちする。「って言ってるけど、リカちゃん的にはどうよ?」
「私もあんたと同感」理香は言う。「でも斑目の選択も悪くない。今回は練習試合だし、現時点での夏目のストレートが何処まで通用するかの見極めとしては良かったんじゃない。アレは武器だと思う。初回の教訓を活かして、二回り目の上位陣を押さえれば問題ない」
「はい」
碧が私の背中を叩く。
「良かったな、コハク。まだ交代じゃないってさ」ミドリはケラケラと笑う。肩に手を回し耳元で囁く。「次は打者としてだな。情報ないからな、球数投げさせろ」
「了解です」
捕手用のプロテクタから打者用のアームレガースに付け替え、自分のバットを漁る。
慣れてはいるのだけれど、後攻での捕手兼一番は初回の攻守の切り替え時はいつだって忙しない。出来ればゆっくりと準備したものだなと、叶わぬ願いを思い浮かべる。
さて、お仕事お仕事。
ネクストでバット片手にタイミングを測りつつ相手バッテリィに目を遣る。
一葉情報によれば、野球初心者との事だったのだけれど、どこがと目を疑いたくなる。
さも楽しそうに、湊と同等、もしくはそれ以上の速さの球を投げ込んでいる投手と、それを難なく捌く捕手。しかも同じ一年生。間近で見ると、自分の半生を振り返りたくなる程には彼女らのポテンシャルが憎くなる。
才能って凄えなあ、と本音が溢れる。
体育の授業で、本職の部活の連中を凌駕するプレイをする他部活のヤツを見る者の気持ちがとても良く解る。
経験という武器で持って圧倒的なフィジカルの差を埋める。それ位しか、彼女らへの即効性のある立ち振る舞いは出来やしない。
羨ましい事この上ないなバケモノ共め、と罵りじみた感想を浮かべ、私は左バッターボックスへ向かう。
愉しいじゃあないか、と羨望の思いは愉悦に上書きされ、私の足取りは斯くも軽い。




