Interlude : Blade to the throat. Ⅱ
「悔しい? 私が……? はは、何を言うかと思ったら……」
そう言って翔子は乾いた笑いを零した。
だが。
佳奈は自身の表情が引き攣りそうになるのを懸命に堪えている。
初めてだった。
自分とは違い、一年生の頃からその類い稀な才能を惜しみなく発揮した目の前のエースは、たとえそれがどの様な絶望的状況であっても、決して折れる事は無く、信じる己が右腕で乗り越えて来た。チームを絶望の淵から掬い上げ、時に拳を握り、時に咆哮する姿は、紛れも無いエースのそれ。
そんな彼女が、これまでの、どの様な逆境的状況でも見せる事の無かった動揺の色を浮かべていた。
それに気付いたのは佳奈だけだったのかもしれない。
だが、そんな事はどうでも良く、動揺を見せた事の方が重要。それだけの理由が彼女の中にある事が証明されてしまった。それらを含めて、これまでの彼女の様々な反応を取り込み、予想が正しい事を裏付けてゆく。裏切って欲しい憶測が事実に置き換わってゆく。
「知り合って、もう五年位になるかしら」美羽は遠い目をして淑やかに言う。「初めてよね、貴女が感情的になったのって」
美羽の言葉に、翔子は顔を逸らし何も答えなかった。そんな彼女を捉え、美羽は小さな吐息を零す。
「こういう言い方はアレなのだけれど、ここに来て漸く貴女の本当の心音に触れた気はする。けれど……」美羽は視線を逸らし僅かに顔を背けた。悲しさと寂しさが混じり眉根が下がる。「出来れば、もっと別の形であって欲しかった」
微かな空白。
「……まったく、何を言うかな」変わらず翔子は目を伏せたままで言った。「私は言いたい事はしっかりと伝えてると思うけど?」
美羽は首を振る。
「それはただの情報交換。まあ、こちらにも訊くに訊けない事情があったし、上辺って程距離が遠い訳ではないのだけれど、それでも近くはなかった」美羽はそこで言葉を切って、今一度翔子を見遣る。「近付けなかった、というのが正解ね」
「はあ?」翔子は顔を上げた。「いまいち何を言ってるのか解んないな」
翔子は深呼吸じみた大きな息を吐いた。少しだけ顎を上げ、美羽を見据える。
「この際だし言うけどさ、そもそもミウって言い回しが面倒臭い。察しろって事なんだろうけどさ、そんなに都合よく通じ合えるかっての。本音が解らないって言うのなら、ミウだって一緒だろ」翔子は勢いづく。「冷めた目で客観的に物事見る事は良い事だと思うよ。でもそのやり方のままじゃさ、出て来る言葉はその時の最適解。ミウの言う所の、ミウ個人の心音ってヤツが見えて来ねえよ。そもそも何さ、今日の重大発表ってミヤが戻って来るって事なんだろ? それがどうして私の話になってるんだよ」
「それは……」美羽が零す。微かに首を振り再び翔子を見据える。「踏み込ませなかったのは貴女じゃない」
翔子の問い掛けを半ば無視する形で、美羽は強引に本題に戻した。
「はあ? 私が? 私は至って普通だよ。今までも、これからも」息を吸い込み翔子の肩が上下する。「私は言うべき事は言って来たつもり。踏み込ませないって言うなら、それはミウの方だ。何か言っても客観的な意見で返って来る、そこにあるのはチームとしての意見であって、ミウ個人の物じゃない。私には随分前からミウの声が届いてないよ」
最後は呟きに似て、翔子は悲しげに目を伏せた。
部屋が静寂に沈んでゆく。
最悪だ、と佳奈は思う。ここに来て最悪のすれ違い。仕方ない事とは言え、守るべき物の為に取った行動が裏目に出て、最悪の着地点に導いてしまっている。
責任は自分にもあると佳奈は思う。
そもそも翔子の眼差しに気付いたのは佳奈だ。それもごく早い時期に。懸念は日を増す毎に膨れ、結末は想像に難くない。故に言葉を零す。共感出来るだけの挙動が翔子にあれば、それは真実と認識され、こちらの掛ける言葉は選ばれざるを得ない。自ずと、言えない、踏み込めない領域は出来上がり、彼我の間に距離は生まれてしまう。距離が真意を語らせないとするならば、すれ違いもするだろう。
だが、と内心首を振り佳奈は決意新たにする。
後悔している暇はない。憶測では無い材料自体は揃っている。まだ、どうにかなる。
反撃されるとは思っていなかったのか、美羽は少しだけ消沈し思考に埋没している。翔子もまた次の言葉を探し、視線が中空を彷徨っている。
「一旦落ち着こうよ」佳奈は言う。ここまで来たのだ、今更後には引けない。ならばお膳立てするまで、と続ける。「この際、全部吐き出そうよ」
「吐き出すも何も……」翔子がそう言いかけて、言葉を止めた。彷徨っていた視線は佳奈に集約する。「なあ、カナ。あの小説って何さ? カナの中の私って、ああいうのを好むの?」
翔子は訝しみに包まれていた。
時間に押され逸った結果とは言え、さすがに脈絡なく渡した事を訝しみもするか、と佳奈は自嘲する。申し開きをするよりは次に繋げるべきか、と舵を取る。
「カミちゃんはああいうの読んでどう感じるのかな、って思っただけ」下手に突っ込まれる前に、攻め切れと佳奈は続ける。「で、どうだった? 率直な感想聞かせてほしいな」
「……感想も何も、全然面白さが解んなかったよ」翔子は苦笑する。
佳奈は内心頬を緩めた。
訝しみに包まれていようが、質問には誠意的に答えてくれる。本質的に素直で真面目な素晴らしい乙女なのだ、ウチのエースは、と佳奈は思う。だからこそ、彼女をフラットにしてあげたい。偽りの鎖で雁字搦めにされて、幻想を追いかける無為から救いたい。
「キュンともスンともしなかったんだってさ」くすりと笑って菜月が言った。「まあ、カミにはちょっと早かったのかもね」
「はあ? ナッツに言われたくないんだけど」翔子は矛先を変える。「じゃあ、ナッツはさ、解るの?」
「そりゃあ、勿論」
二人が言い合いを始めるのを横目に、佳奈はナイスアシスト、と賛辞を送る。美羽との間に出来た少しひりついた空気は、普段通りの物へと変わってゆく。
佳奈は沈黙する美羽に目を向ける。
目線が交わると彼女は小さく頷く。
真逆の反撃を喰らい少しだけ響いていた美羽ではあったが、発端が、全ての原因が同じ所にある事は了承済みなのだろう。やるべき事は解っている、と既に普段の彼女が顔を出していた。
「確かに、私の言動に落ち度があったのは認める。それによって、カミが嫌な気持ちを抱いていたのなら謝るわ」
美羽は翔子の反応を待たずに、ごめんなさい、と首を垂れた。
「やめろよ」翔子は口元を歪ませる。「謝ってほしい訳じゃない」
翔子はそう言って、再び俯いた。少しだけ自嘲的な笑いが口から溢れた。
「私もさ、こう、なんて言うのかな、対等な関係って言うの? そういうのをここに来て初めて体感したからさ、野球とは違って要領よくやれている自信なんてない。寧ろ常に手探りだったよ。何をどこまで言って良いのかなんて正直良く解らないし、言った結果お互い気まずくなるなら、当たり障りない言葉を選ぶしかないだろ」
「その割に、遠慮はないわよね、カミは」軽口じみた口調で美羽は返す。
「そりゃあ、まあそうだろ」翔子は頷く。「私は野球する為にここに来てるんだ。妥協はしたくないよ」
何かを堪える様に、美羽の口元に力が入る。ほんの僅か美羽の眼は湿り気を帯びている。
翔子は椅子の背に腕をやって身体を逸らす。瞳は中空へ。
「私達もそこそこ長い付き合いだけどさ、こういう話は始めてだよな。もっと早くすべきだったのかな、とは思うんだよ」
翔子は、皆を眺め優しげな笑みを浮かべた。それはグラウンドでは見る事のない、一人の乙女としてのそれ。
だからこそ。
佳奈は、否、おそらくは翔子以外の皆が、出来る事ならそこから目を逸らしたい、と思っている。この後に始まる事を知っているから。その笑顔が翳る事が解っているから。
「そうね」
膨れかけた感情を無理矢理呑み込むと、美羽は頷き言葉を続けようとする。
それを翔子が遮った。屈託のない笑顔のままで、ただ、ちょっと思い出したから、という程度の軽さを携えて、エースは核心部分に触れた。
「なあ、ミウ。さっき言ってた、訊くに訊けないって何なのさ。この際、はっきりさせといた方が良くない? チームが不穏なのは私も解ってる。だからせめて、私達だけでも風通しは良くしようよ」
「ねえ、カミ」美羽は試合時の様な真摯な目を翔子に向けた。「貴女は、本当にこの先勝てると思う?」
「またそれ?」翔子の笑顔が曇る。「さっきも言ったけどさ、もうこれでやってくしかないんじゃないの? 私達はプレイヤで指導者じゃない。遣り方に関しては口出しするべきじゃない」
「最適解が解っていてもそう思う?」
「だからさ、それも込みでって事だろ」翔子は僅かに苛立ちを見せる。
「……負けるなら負けるで、私は納得して負けたいのよ」美羽はそう言って、再び強い目を翔子に向けた。「私はね、カミ。今を全く認められないの」
翔子は溜息じみた息を吐いて、頭を掻いた。
「……それは知ってるよ。でも私らが何を思おうが現実は変えられないだろ。大人ぶった所でまだ高校生だよ、私達は。だから燻った所で何も変わらない。もし変えられる物があるとしたら自分じゃねえの?」
「それは本心?」
「は?」翔子は怪訝な表情をした。「うん、まあ、本心と言えばそう。私はそう思ってるよ」
「それは諦め?」
「……」
翔子は訝しみを纏い表情を翳らせた。
「さっきから、何? 今度も折角腹割って話そうって事になってんのにさ」翔子は首を振る。「マジで、ミウは何が言いたいのさ。ミウの事全然解んないよ」
美羽は居住まいを正し、深く呼吸をする。
「カミがそう思う、根っこの部分。そこに大屋先生がいるからではなくて?」
「はあ?」
翔子が首を傾げ何かを発する前に、美羽は畳み掛ける事を選択する。
「今を受け入れられるのは、その今を作り出したのが大屋先生だからじゃないの? カミが大屋先生を尊敬しているのは知ってる。普段の行動を見ていれば、余程の阿呆でもなければ解る位には表に出ているもの。だから、仮に今がどこかズレていたとしても、それを作り出したのが大屋先生なら受け入れられる。違う?」
「そんな、別に私は……」
翔子の瞳が揺れたのを佳奈は確と目に焼き付ける。
と、同時に思う。おそらく、今この時をもって初めて、翔子は大屋と自分の距離を考えたのだろう。無垢故に気付かなかった距離感、最優先が野球だからこそ、それ以外に目を向ける事が乏しかったこれまで。客観的に今の自分を指摘され、初めて自身に疑問を抱いた、そんな風に思えた。
「誰を支持するのも各々の自由。けれどね、カミ。勝ち抜く為の最適解では無い今を認識しつつも、貴女は野球が最優先だと言う。まあ、プレイする事が目的ならば、そう矛盾はしないのだろうけれど、葉山にいる以上、貴女という投手である以上、それは無い。と、なれば、貴女の主張は矛盾する。一番欲しい望みを手にするなら、先ずは今のおかしさを訂正するべく動く筈。間違っても、今を作り出した人を支持はしない。でも貴女は……」
「違う、私は……」翔子の瞳が辺りを彷徨う。「確かに今はおかしい。けど、大屋先生の全てが間違いとは思えない。だから……」
「確かに、そういう一面もある」美羽は頷く。「けれど、デメリットの方が圧倒的に大きい。おそらく貴女は聞かされていないと思うけど、大屋先生の本当の望みは、自身が男子部で指揮をとる事。私達はそれを成し遂げる為の駒であり、生贄よ。自分の能力を知らしめる為に、これまで今泉監督が作り上げた土台を壊し、新たな物を築き上げた。その結果が今なの。そんなのおかしくなるに決まってる。無理矢理改変した所で、最適解では無いもの」
「で、でも、あの人は私の力を上げてくれた。投手としての成長を促してくれた。そこは紛れも無い事実。私はあの人がいたから、エースになれたんだ」
美羽は目を伏せ、小さく首を振った。
「曲がりなりにも大屋先生は指導者且つ成功者。同じ投手だし、伝えられる事はそれこそ山の様にある。ただ、理由が違う」
「理由も何も、指導者なんだから当たり前じゃんか」
「さっきも言ったけど、目的が違う。私達の成長を願うのではなく、自身の目的を遂行する為に、選手を育てる。仮に成長を願うなら、選手の個人の意思と、チームとしての意志の擦り合わせをする筈なのよ。でも、年始の改変で私達の希望を聞かれた? そんな事なくコンバートという結果だけが提示されたじゃない。勝つ為と言えば耳触りは良いけど、その実私達の意思はまるで無視。反発が出るのは解り切っているのにも拘らず強引に遂行した。それは何故だか解る?」
「……それが最高効率だからじゃねえの」不貞腐れ気味に翔子は返す。
「正確には、後の最高効率」美羽は言い切る。「指揮権を得た、という事はスカウト権も自身にある。この先自分にとって都合の良い選手を自分の手で集められる。今いる私達は最低限をこなせて、後の為の礎になれば御の字って所。だから……」
美羽は眉間に皺を寄せ、普段あまり見せる事のない明確な怒りを顕にする。
「何をしても構わない」
美羽は断言した。
「そんな事、ないだろ」少なからず思う所はあるのかもしれない。翔子の声は弱々しい。「それに、それって憶測だろ?」
「いいえ」美羽はきっぱりと否定する。「裏付ける証拠はある」
翔子の瞳が揺らいだ。彼女からは既にありありと苦悩が滲み出ている。それはそうだろう、これまで信じていた物が少しづつ確実に崩れている。
それでも翔子は気丈に振る舞い、美羽を促した。
「解り易い所で言えば、先ずは関谷。あの下手クソが何故にああまで増長しているのか。本人の性格もあるんだろうけど、アレは大屋先生の後ろ盾があるから。カミだって解ってるでしょう? 予備練の時から付きっきりで指導してたじゃない。勝つ為っていうのなら、あんなの無駄もいい所。でも自分で引っ張って来た選手なんだから扱い易さは、その通り。どこかの誰かさんみたいに反発する事もないから」
美羽は小さく口元を上げ、遥に目を流した。
「……私さ」暫く口を開いていなかった所為で言葉頭が掠れつつも、遥は言う。「部を辞める時に言われたんだよ。どんなに才能があったとしても、チームの輪を乱す選手は要らないからってね。まあ、言葉だけ聞けばすごく当たり前の事なんだけど。私はコンバートの正当性とその理由、んで、遂行した後に起こるであろう問題を箇条書きにして渡して、先生の意図がどこにあるかを知ろうとしたんだよ。納得出来なかったからさ。だってそうでしょ? 勝つ為って言うのなら、これまで通りにやるのが一番の近道なんだ。コンバートすれば練度の問題だって出て来る。一人や二人っていうのならまだ解るけど、スタメンの半分がコンバートないし、入れ替えだろ、心配もするよ」
一通り言ってから遥は息を吐いて続ける。
「返ってきた言葉は、これが最適解。ただそれだけ。そんで、反論したらさっき言った才能が云々の話に繋がった。いや、おかしいだろ、って思うだろ?」
翔子の瞳は未だに止まり木を見つけ出せずに中空を彷徨っている。
美羽が溜息を漏らし、遥は首を振る。
「意図が解らないだけで、こんなにも理不尽じみた事が起こっている。まあ、意図がわかった所で、理不尽には変わりはないのだけれど」やや感情的になり、口調が崩れていた美羽ではあったが、冷静さを取り戻し普段の佇まいに戻っている。「高校野球の指導者、という意味では、あまりにも常軌を逸している。だってそうでしょう?」
美羽は翔子に目を向ける。
「有り体に言えば贔屓じゃない。己が目的の為に特定の選手を贔屓する。選ばれた側は気分は良いかもしれないけれど、それだけでチーム力が上がる訳はない。寧ろチーム内で温度差が生じて、戦力は下がる」
美羽は嘲笑じみた表情を浮かべる。乾いた嗤いが口から溢れた。
「勝つ為なんて、聞いて呆れるわね」
再び部屋は静寂に沈む。
一挙に突き付けられた現実、見ない様にしていた現実を目の前に晒されれば、誰だって沈黙に沈むだろう。
翔子にしてみれば、情報を整理し精査しなければ意見も何もあったものではないだろう。俯き殻に閉じ籠るのも無理もないか、と佳奈はエースの心情を慮る。だが、これで最後ではないとも思う。この後こそが、おそらく最大の痛み。無自覚を自覚させ、しっかりと今の己に目を向けさせる。その上で、それが間違いであると告げなければならない。なんとも辛い役目だろう。
佳奈は、率先してその役を買って出た乙女に目を向ける。
これは、彼女が女帝だからなのだろうか。
おそらく、と佳奈は一人思う。おそらく美羽は、一人の友人として、翔子と肩を並べたい。美羽は翔子の生い立ちを知っているが故に、新たな世界を提示してあげたい、と思ったのだろう。
だが、そう思った場所で、エースは別の思惑に囚われてしまった。解き放ちたい、と願うも、それをこなせるだけの条件は整わない。苦悩もする。
と、同時に自身の役割もその双肩に掛かっている。
彼女が吐き出す言葉は合理的で効率的、辛辣な言葉も、客観視した故の最適解。情をかなぐり捨て誰かが言わねばならない厳しい言葉を吐く。それが集団においての自身の役割だと言う様に。
だが、女帝であっても一人の乙女。度々逡巡する彼女の姿を見せられれば、そうも思う。
やはり自分が緩衝材となるべきだ、と佳奈は思う。ネガティブな感情を一手に引き受ける、と女帝は宣うが、それはあまりにも辛い選択だ。
痛みは分け合うべきだ。
王を支えるべきは臣下の務め、王一人に責務を背負わせた所で、事態は好転しないだろう。傷つくのは王もまた然り。
約定を破棄し、佳奈は暴挙に出る事にした。
「カミちゃんはさ」佳奈は優しく翔子に問い掛けた。「確かに大屋先生に背中を押してもらったんだと思うよ。でもね、それって……」
「佳奈」それは自分の役目と、美羽は首を振る。直ぐに翔子に向き直り先を続けた。「元から貴女は良い投手なのよ。だからこそ、私は貴女を誘ったのだから。貴女は伸ばして貰ったと思うのだろうけれど、それは大屋先生だからではないと思う。多分今泉監督でも、他のコーチでも、ほぼ同じ場所に辿り着いていると私は思う」
美羽は言葉を切って静かに息を吸い込む。目を閉じ静かに吐き出す。
「貴女が良い投手だからこそ、大屋先生は自分の配下に加えたかっただけ。こんな話があるの」美羽は翔子の関心が自身に向いたの見てから続ける。「大屋先生が、昨年御友人にこう漏らしたそうよ。今年は内も外もダメだ、まあ、最低限の戦力はあるからまあ良いけど、とね。これが何を意味するか解る?」
翔子は何も答えず、ただ美羽を見遣ったままだった。
無言を促しと捉え、美羽は先を続ける。
「今の二年生には自分が指導すべき目ぼしい娘はいない、けれど、既に囲っている娘が十分な戦力足りえるから問題ない」
「……そ、そんなの、取り方次第でどうにでもなるだろ」久々に口を開いた翔子の言葉はやや掠れていて力無い。
「まあ、純粋に戦力の話とも捉えられるけれど、では内と外、というのは何?」
「……内は実力、外は事前評価」
美羽は目を見開き、口元を手で覆った。微かに肩が震えている。可笑しいのだろう。確かにそう捉える事も可能だ。ただ、前提条件が違うので、それは間違いではあるのだが。
「まったく、貴女って人は、どこまでもお花畑ね」美羽は初めて翔子に対して辛辣な言葉を選んだ。「大屋先生の熱心な指導を受けていた人、先輩方も含めてだけれど、共通しているのは実力が飛び抜けている、もしくは、見た目が良い。まあ、どちらも従順というのが最低条件ではあるのだけれど、ね。これも貴女は知らない事なのだろうけれど、見た目が良い娘はメディア的な見栄えも良いから、取材が来れば話題になる可能性は高い。事実、水面下ではそうした動きもあった」
「は?」翔子は俯き気味の顔を上げ僅かに目を見開いた。
「だから、ずっと言い続けているでしょう? 大屋先生は育成に尽力しているのではなく、自身の目的の為に私達を利用しているのよ」




