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アイデスの憂鬱  作者: 森住千紘
Proof of buds : 1
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 Interlude : Enpress’s malice

 天秤はやや傾いている。

 罪悪感と合理的判断。前者がやや重く、傾くが故心は騒めく。

 情や体裁を考えなければ、打開策としての一定の効果が出る事はほぼ確信していた。だから強硬した。


 だが、やはり心は騒めく。


 こんな事はしたくはない。出来る事なら、笑ったままで最後まで駆け抜けるのが理想。だが現実は、そんな甘い希望を持たせてはくれない。

 故に、決断せざるを得ない。守るべきモノを守る為、自身に纏わり付く罪悪感に蓋をする。そこに何重にもテープを張って、漏れ出ない様に。


 希望を打ち砕くのが悪意だとすれば、こちらも情をかなぐり捨て、悪意を持って立ち向かうしかない。けれどそれは極論か、とハードカヴァーの本に落としていた目を上げ、荻野おぎの美羽みうは夜に沈んだ窓の外を眺める。


 理想と現実、伝聞と事実。互いにズレがあるのは致し方ない事。だが、その振り幅がこうまで大きいとは思っても見なかった。それでも、頼れる先輩がいた頃はまだ良かった。責任というのなら、やはり上級生に重きが向く訳で、幾ら自分がその中に割って入っていたとしても、下級生だからという免罪符がしっかりとあった。


 最上級生になり、責任は自身の双肩に掛かる。扇の要にいるからこその責務。そこはしっかりと受け止める。受け継がれる先人の教えを胸に、今自分が出来る事を惜しみなく出す。それこそが自分に課された責務だと美羽は思う。


 しかし、経た時間と共に大きくなったズレと、その背後に漂う不穏な思惑。チームの中心にいれば、否が応にもそれは見えて来る。見たくない物と、見なければならないという責務との間で心は揺れ、考えなくてもいい筈の事に時間を割かれる。


 酷く鬱陶しい。


 そう思えど、絡み付き一体となったそれはおいそれとは切り離せない。何とかしたいと考えるも、目の前には、こなさなければならない課題と、出さなければならない結果が立ち塞がっている。


 一旦見ないフリをして、及第点の結果を手にした先行きの暗い秋口。

 次の出すべき結果は春、出来る事ならばそこに向けて時間を使いたい、そう思っていた矢先、監督の静養が告げられた。


 それは真の災厄の始まり。

 降り掛かる災厄は美羽の心に悪意を芽生えさせた。


 夜を眺めながら、本当に良かったのだろうか、と美羽は自身の決断を振り返る。

 これまで何度となく自問して来た。だが決まって、申し訳ないと思いつつも仕方ない、という落とし所に落ち着いてしまう。無駄なのだ、その思案自体が。既に事は動き出しているし、既に決断してしまった事なのだから。


 美羽は溜息と共に首を振り、体を捻って座っていた椅子の背に腕を掛けた。

 小綺麗に整理された部屋の中、もう一人の住人の姿をその瞳に映す。並んだ学習机の反対側、カーテンのある二段ベッドのその下段、寝そべりながら雑誌に目を落とす乙女に言葉を投げる。


「少し太ったんじゃない?」

「ええ?」


 雑誌から目を上げ、宮森みやもりはるかはあっさりとその事実を認めた。


「そりゃ、これまで燃やしていた焼却炉が無くなったんだ、仕方ないだろ」遥は眉根を寄せ自嘲気味に笑う。「でも残念な事に、食欲は変わらねえのな」

「……そこは自制する所ではなくて?」

「って、言うけどさ、ミウ。寮母さんのご飯美味くね? つい伸びるんだよ、手が。まあ、伸ばすのがお仕事だったから、そこは仕方ない」


 ニヤリと笑って再び雑誌に目を落とす遥に、美羽は白い目を向け、小さく溜息。

 と同時に、手を伸ばすのが仕事、という遥の言葉に一抹の希望を見出す。

 やはり未練はあるのだろう。だが、決断したのは彼女自身。勿論、引き留めはしたが理由は明白で、当時こちらが提示出来る条件では彼女の意思を変える事は叶わなかった。


 だが今は。


 美羽は机の片隅に投げ出されていた携帯端末に目を向ける。その中には、起死回生の一打と同等のモノが入っている。


 だから今。


 雑誌に目を落とす長身且つ筋肉質の乙女に、これまで意図的に避けていた言葉を投げ掛ける。


「戻る気は無いの?」

「ないね」遥は顔すら動かさずに即答する。


 解り切った解答。だが、未来を考えると彼女にはいてもらわなければならない。いなければならない。だから、先ずは部外者となった彼女を関係者に戻す所から。こちらが提示出来る条件はもう変わっている。迷っている時間は無い。


「例えば……」美羽は夜に目を向け、さりげなく零す。滑らかな導入の演出。「大屋先生がいなくなったとしても?」

「え?」遥は顔を上げた。


 二人の目線が交わり、僅かの間見つめ合う。先に動いたのは遥だった。


「またまたぁ、んな事ある訳無いじゃん」遥は再び雑誌に目を落とす。「折角回って来たチャンスをアイツが捨てるなんて、槍が降ってもありえないでしょ」

「でしょうね」美羽は頷き、声音を低める。「だから堕とすの」

「は?」美羽の声音から真剣さを感じ取ったのか、遥は緩りと身を起こし、ベッドに座り直した。「どういう事?」

「あの人を監督の座から引き摺り落とす」

「またまたぁ」遥は同じ言葉で軽く返すが、美羽の表情が揺れない事で冗談ではなさそうだと悟る。「……本当に?」


 美羽は頷く。


「ある程度の算段は付いていて、その為の材料も確保はしてある。ただ、私の、いや、私達の望む結果の為には、越えなければならない壁は一つじゃないけれど」美羽は真摯な目を遥に向ける。「仮にそうなったら、ミヤはどうする? 戻ってくれる?」

「……ええと」遥は半笑いを浮かべたまま頬を掻いた。腕を組んで、唸る様な声を漏らし小刻みに頭を振った。揺れがぴたりと止んで、顔が上がる。「幾つか条件がある」


 美羽は受け入れる、と首肯しゅこうして遥を促した。


「まず、後任が誰なのか」遥は人差し指に続いて、中指を上げた。「二つ。時期がいつなのか。夏目前とかなら、戻らないという選択があり得る。皆に迷惑かける訳にはいかないし」


 美羽は目を見開く。想像したくない未来を感じ取り、恐る恐る尋ねる。


「……もしかして貴女、グラブを置くつもりなの?」

「あんまり誇れた事じゃ無いんだけどね」遥は美羽の問いには答えずに自嘲気味に笑う。「ここ数ヶ月自分と向き合った訳だけどさ、その程度のモチベなんだよ、私ってヤツは」


 自分にも言える事ではある、と美羽は思う。遥もまた自分の事に関しては直球勝負を好まない。言うべき事が解り切っている場面では臆する事はなく辛辣な言葉すら平然と放てるのにも拘らず。だから、彼女の言葉からは未だ核の部分が伝わって来ない。

 詳細を、と美羽は先を促す。


「もし、部の皆と同じ位のモチベがあるのなら、既に私は学外のクラブに所属しているだろうし、トレーニングも続けてるだろうさ」遥は自嘲気味に笑い、両手を広げた。「でも、今の私はこうだ、緩みに緩んでる。時間が経てば経つ程、その差を埋められない。埋める為のモチベも続かない」

「でも……」美羽は遥の言葉の隙を突く。「戻りたい、という気持ちはあるのでしょう? 仮に貴女が本当にそう思っているのなら、私が何を言おうと断言した筈。それ位解るわ、ずっと一緒にいるのだもの」

「……ミウが言うからには、まあ、そうなんだろうね」若干の気まずさを出しつつ、遥は再び頬を掻いた。


 畳み掛けるポイントとしては絶好、と美羽は仕掛ける。


「その気持ちがあるのなら、戻りなさいな。先程の条件の答えよ」美羽は遥を見遣る。「後任は理香さんになる。これはだったら良いな、では無く既に今泉監督とも相談して概ね了承を得ている事。それで、時期なのだけれど、これに関しては直ぐにでも、と言える」


 自分達が越えなければならない壁。理想の未来の完遂にはそれを超える事が条件。そして、そこが一番の問題なのだ。

 だから、単にチームに戻って欲しいという意味以外でも、遥にはいてもらわなければならない。


「貴女の言う条件はこれでクリア出来るでしょう? 理香さんは見ず知らずって訳ではないし、時間というのなら、まだどうにでもなる時期。それにね」美羽は愉しげな笑みを浮かべる。「今年の一年生は面白い娘が揃っているのよ。初日から私に噛み付いた娘とか、ね」


 僅かな空白。

 遥は気の抜けた笑いを零す。


「嘘だろ? 荻野美羽を知らないヤツがうちに来る? ちょっと考えられないけど」

「私はそこまで有名人じゃない。それに、多分あの娘にとってはネームバリュなんてもの、関係ないのよ」呆け気味の遥に苦笑を投げ、美羽は続ける。「その娘はねスカウトじゃなくて、一般なのよ。で、それを含めた一般の娘達がどれも面白い。あ、そうそう、貴女の後輩もいるわ」

「は? 私以外にそんな物好きいるとは思えないんだけど」遥は苦笑しつつも上目遣いで美羽を窺う。「……で、誰?」

「金田一葉」


 我ながらずるい、と美羽は思う。

 件の娘の状況は大まかに聞いている。出身が同じ所為か、おそらくは遥の志と近い物を持っている。面倒見の良い遥なればこそ、過去に繋がりがあり、自身と似た選択をした後輩を無碍むげには出来ないだろう。少なくとも判断材料、もとい、背を押す事にはなる筈だ。


 小さな疼痛とうつう


 欲しい未来の為とは言え、遥の性格をも利用した酷く姑息な手段を用いた事に、自己嫌悪が顔を覗かせる。だが、と美羽は内心首を振る。それらは既に密閉した容器に入れてある。体裁なんて今更、と自身を無理矢理肯定する。

 名を聞いた遥の目尻がひくりと動いた。


「……金田、か」遥は思い馳せる様に天を仰いだ。「そうか、アイツかあ……」

「貴女は自分の引退後、彼女がどうなったか知っているの?」

「知らない」遥は首を振る。「けど、想像は簡単だ。それが解るからこそ、私はここを選んだ訳だし……」

「そう」美羽は強く頷く。「だからこそ、今貴女はこうして燻っている」


 遥は再び目を見開き、自嘲気味に表情を崩した。


「……ああ、そうだね」

「なら、戻って来なさい」美羽は背筋を伸ばし凜とした雰囲気を纏う。「バックアップというのなら、皆でする。私達の代は勿論、チームとしても貴女は必要なの。というか、誰一人欠けさせないわ」

「……」遥は俯き僅かに逡巡するも不意に顔を上げた。「ミウ、もしかして越えなければならない壁って……」


 美羽は椅子に座り直し遥の正面に身体を向ける。未だ逡巡する様な顔をする遥をしっかりと見遣り、小さく頷いた。


「私はカミの目を覚まさせる」

「でも、ショコは……」

「カミのそれは憧れが形を変えたモノ。純粋な恋愛感情ではない。だから、まだ引き返せる。それに、カミが欲しいものは、おそらく今の私達なら与えられる。だから……」

「仮にミウの言っている事が正しいとしてさ、ショコがそれを受け入れる? 正直私はその、恋愛感情ってのはそう簡単に書き換えれないと思うんだけど。たとえそれが偽物だったとしてもさ。思ってしまったら、それがその人の現実なんじゃないの? それに……」遥はそっと顔を背け、言い難そうに口を開く。「ミウはさ、その、恋愛については……」


 美羽はくすりと微笑む。


「まあ、私にはよく解らないわね。だから、そこら辺は全て佳奈の受け売り」


 遥は軽く吹き出した。


「だろうね」再び天を仰ぎ、両腕を後ろについて胸をそらす。「まあ、カナが言うんなら、大方そうなんだろう。でもさ、さっきも言ったけど難しいんじゃない? 人の心はそう簡単に変えられないと思うけど」

「でしょうね」美羽は頷く。


 取りたくは無い荒療治。だが、このまま時が進めば迎える未来は黒一色。皆が笑える大団円には決してならない。未来を想うのなら、どこかで確実に痛みは必要なのだ。道半ばの痛みなら、最後を迎えた時に思い出に変わっている可能性がある。そして、その痛みを和らげる事が遥達ならば出来るとも思う。だから、そうする為に自分は動けば良い。犠牲というのなら、喜んでその犠牲になろう、と美羽は思う。


 あの類い稀な才能を、甘言によって箱庭の中で飼い殺しにする様な状況は何としても覆さなければならない。彼女だけではなく、私利私欲の為に個人を殺す行為はやはり間違っている。


「でもね、ミヤ。出来なくはないのよ」

「またまたぁ」そう言いつつも、遥は美羽の表情を見て訝しむ。「……何する気?」

「カミ、私、ミヤ。そして橙子」美羽は真摯な瞳を遥に向ける。「当初の予想通り、私達はチームの核となった。けれど、今は向いている方向も、見ている物もバラバラ。これまで共有した時間があるのにね」

「……だから、それが何なの? はっきり言いなって」

「私達四人は一年の時からそこそこ試合には出ていたし、妙な連帯感があるとは思わない? まあ、それなりに仲良しだし」美羽は少しだけ頬を緩めた。

「まあ、仲良しは仲良しだね」訝しみつつも遥は頷く。「で?」


 美羽はちら、と窓の外に目を向ける。

 隠れて深呼吸。決断の時。言葉を吐き出せば、もうこれまでには戻れないだろう。だが、それこそが犠牲。その犠牲に上に望む未来があるのなら。


「皆の性格を考えるとね、私が適役」美羽は自身の胸に手を置く。「私がカミに現実を叩き付ける。だからミヤと橙子は、そんなカミを支えて欲しい。彼女が絶望しない様に」

「は? 言ってる意味全然解らないんだけど」


 美羽は居住まいを正し、傍にあった自身の携帯端末を掲げた。


「この中に、大屋先生の現実が入っている。あの人が新たに見つけた標的とのやり取りの一部始終が」

「はあ?!」遥は目を丸くして、何かを掴む様に両手を動かす。目を泳がせ若干取り乱しつつも、独り言の様な言葉が漏れる。「えっと、何、どういう事? スマホの中にやり取り? え……?」


 遥の目線が定まる。


「録音したって事?」


 美羽は苦笑し頷く。


「流石にそれは……」

「解ってる。でもね、なりふり構ってなんかいられないの」


 美羽の冷たい眼差しに何かを読み取ったのか、遥は先を促した。最後まで聞いてから判断しようと決めたのかもしれない。


「大屋先生って個人に入れ込む事があるじゃない。先輩にもいたし、カミもそう。そして、今年の一年生にもそんな娘がいたのよ。二人もね。先生自身がスカウトした娘が本命だったのだけれど、一般から来た娘の中に逸材がいた。佳奈がそれに気付いて、早々に釘を打つ事にした」

「で、でもさ」遥は微かに動揺を見せつつ口を挟む。「アイツ、口はうまいじゃん。右も左も解らない娘なんか直ぐに……」


 美羽は首を振る。


「佳奈の読みは彼女は靡かない、というもの。だから、初日に全て打ち明けたの」

「はあ?!」遥は三度驚く。

「もう、これは悪意だと私も思う」美羽は自嘲気味に言う。「酷い事だというのは自覚している。けれど、そうでもしなければ、この状況を覆す事は出来ないと思った。だから、罵ろうが軽蔑しようが構わない。友人の縁を切るというのなら受け入れる。でも、それをするのは、夏が終わってからにして欲しい」


 美羽はそう言って遥に優しげな笑みを向けた。


「い、いや、そんな事しないけどさ……」遥は考えを纏める為か、腕を組み俯く。


 そんな遥を待たずに美羽は先を続ける。


「私はね、彼女を生贄にする事を選んだのよ」

「ちょ、ちょっと待って」遥は手の平を立てる。「生贄ってどういう……。そうか、そういう事か。……カナもトーコも止めなかったの?」


 美羽は頷く。


「内心は解らないけれど、ね」

「まじかよ……」眉根を寄せ遥は言葉にならない音を漏らす。「それで?」

「その娘にこちらの意思と、起こり得るであろう事を伝え、暫く様子見をしてもらう事にした」不謹慎だと思いながらも、美羽は笑みを零す。「本人がね、とても可愛いのよ。だからなんだろうけれど、男性からのアプローチに耐性があってね、そういう事ならって快く引き受けてくれたの。勿論、何かあった場合の事を考えて、細かく打ち合わせはした。あの娘の独断ではあったのだけれどね、その結果が……」


 美羽は再び端末を掲げた。


「口で言っても解らない事はある。仕組んだのは私、元凶も私。カミから恨まれる覚悟はある。だから……」美羽は少しだけ潤んだ目を遥に向けた。「私を悪役にして、カミを救って欲しい」


 遥は小さく首を振りながら音にならない何かを呟く。顔を上げ、眉間に皺を寄せると、怒りの滲んだ目を美羽に向けた。


「っふざけんな!」遥は立ち上がり、美羽の肩を掴む。「何でミウがそこまで犠牲にならないといけないんだよ。全てはアイツがやった事が原因じゃないか。その所為でショコとの間が崩れるなんてさ、そんなの私は全然納得出来ねえよ」


 遥は少し涙の滲んだ目で美羽を見下ろすと、無理矢理口元を上げた。


「良いよ、戻ってやる。そんで、絶対にショコをこっちに引き戻してやんよ」

「ミヤ、ありがとう」美羽は頭を下げる。

「……別に良いって。戻れるなら戻った方が良いんだからさ」


 遥はそう言うと、身を翻し自分のベッドに戻り腰を落とす。膝に肘をついて手を組むと、その上に顔を乗せた。大きく息を吐く。


「これから大変だなあ。トレーニング再開しなきゃだし」遥は上目遣いで美羽を見遣る。「で、具体的な日程はどうすんの? 戻るにしろ何にしろ、私自身の調整もあるしさ」

「戻る時期に関しては貴方に任せるわ。どの道、大屋先生が更迭こうてつされてからになるでしょうけど」

「え? 更迭?」遥は怯えの滲む様な表情を浮かべる。「ね、ねえ、ミウ。もしかしてさ、学校まで巻き込むつもり?」

「ええ」美羽は即答する。もう隠し立てしても意味はない。聞かれたのなら全て曝け出すまで。「生徒が喚いた所で、大人の力で握り潰されるだけ。ならこちらも大人の力を組み入れる。実際大屋先生にやましい事がなかったとしても、行き過ぎた個別指導の事実は学校側からすれば醜聞になり得る。だから、きっと動く。証拠としてはグレイなこれも、内々で収めたがる学校側からすれば、十分通用するとは思う、加えて、近過ぎる距離に嫌悪感を示した、という証言も加われば……」

「ミウ」遥は溜息混じりの声を出した。「流石に引くわ、それ。目的の為には手段を選ばないって言うけどさ、手段は選ぼうぜ?」

「それ、矛盾してるのではなくて?」

「そうだけども」遥はそう言って、大きく肩を落とし苦笑する。「私、ミウの事が少し怖くなったよ」


 美羽は内心自嘲気味に笑い、表面には不敵さを演出する。


「だから言ったじゃない。罵ろうが軽蔑しようが構わないと。私はどう思われても良いわ。その覚悟ならある。それだけ、今のこの現状が気に食わない。健全な部活動、ひいては心血注ぐ野球の場を汚された事が酷く腹立たしい。それを覆せるなら、どんな条件だって呑み込むわ。私一人が悪者になるだけで、他の皆、新しく入って来た後輩達の為になるのなら、全然気にならないもの」

「……そうやって、ミウって一人で抱え込むんだよな。まあ、知ってるけど。だから、誰かが側で見ていないとダメなんだろうね」遥はすっと目を逸らした。「ごめん。そこまで考えてるって知らなかった。私が部を辞めたのはただの我が儘だ。軽蔑されるのは私の方」


 美羽は不敵に笑ってやる。だが内心には温かいものが広がっている。


「そんな事知っているわ。貴女の我が儘なんて。でもそれが何だと言うの? 自分の事なんだもの、自分で決めるのが普通。別にその選択を否定するつもりは無い。現に貴方は戻るという再選択をした。それで十分。私は恵まれているわ」


 遥は力無く首を振った。


「それでも、ミウの覚悟に比べたら私なんて……」

「いいえ」今度は美羽が首を振る。「私は貴女に部に戻って欲しい。その為にありとあらゆる手を使った。ミヤの性格すらも利用して、ね」


 言わなくても良い事だったかもしれない、と美羽は思う。

 だが、隠し事をしてまで、目の前の戦友に清らかな自分を見せる意味はない。全てを晒し出して、相手に委ねるしかない。覚悟なら出来ている筈だ。だが、美羽は遥の顔を見る事が出来なかった。

 夜で気を紛らわせる美羽に対し、遥は何も発さなかった。

 流石に受け止められないか、と諦観の様なモノが美羽の中に湧き上がる。

 静かな部屋は、吹き出した遥によって、華やぎ出す。


「ごめん。つい……」


 笑える部分などない筈だけれど、と美羽は目を丸くする。

 柄にもなくキョトンとした美羽を見て、遥は再び笑う。


「らしくないなあ。そういうしおらしいの似合わねえよ。合理的な判断をするのがミウなんだ。だから、私の性格を組み込もうが、利用しようが今更何とも思わないって。それよりも、後輩を巻き込んだ事の方に重きを置いた方が良いんじゃないの? まあ、ミウの事だから解ってるんだろうけどさ」


 美羽は言葉を出せずに遥を見つめる。

 遥は頭の後ろで腕を組み、ニヤリと笑った。


「元々が歪んでんだ、今更何をしようと受け入れる事位出来るって。何年一緒にいると思ってんのさ」


 ふ、と力が抜け、自然と美羽の口元も上がる。


「二年と少し、ね」大きく息を吐いて美羽もまた姿勢を崩す。「確かにそれもそうね。私は歪んでいる。でも、……ありがとう」

「やめろよ」遥は顔の横で手を振った。「暴挙は今に始まった事でもないんだしさ。毒くらいなら一緒に食ってやるよ」

「私、心中はごめん被りたいのだけれど」美羽はニヤリと笑ってみせる。

「……ほんと減らねえ口。でもまあ、それがミウだな」笑みを浮かべると、遥はしみじみと続けた。「清濁合わせ呑む器に広い視野。目的の為なら手段を問わない決断力に、その身を犠牲に晒す事すらいとわない献身性」


 再びキョトンとする美羽に遥は微笑む。


「まさに、女帝、か」


 美羽は鼻で笑ってやる。


「やめてよ。こんなに悪意に塗れているのに。王だなんて笑っちゃうわ」


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