Floating immorality 〜 漂う背徳 〜
「お前何してんの?」
言いながら伸ばす手が誰かに掴まれた。無意識に振り解こうとするのを、上半身を押さえ付けられ強引に止められた。
「なあに?」小首を傾げ、困惑した表情をみなみは浮かべていた。
コイツ、本当に自分が何を言っているのか解っていないのだろうか。最後に一人残った冷静な自分がそんな疑問を出す。
私を押さえ付けた藤野が、耳元で聞き慣れない強い声を出した。
「斑目、落ち着け!」
藤野には答えず、ただみなみを凝視する。
「あ、はは……」みなみは困惑顔のまま苦笑する。「何か怒らせちゃったかな」
その言葉は油以外の何物でもない。
意識が薄れかけるのを、何とか堪え、言葉を選ぶ。
「もう一度言う。何してんの?」
「え?」みなみは小首を傾げ、圭の方をちらりと見た。「何って、投球練習。早めに組んでいた方が良いでしょう? もうすぐ試合なんだよ?」
言いたい事、聞きたい事はそれこそ富士の霊山級に思い浮かんだけれどそれは後回し。私の口から飛び出た言葉は感情そのものだった。
「昨日あれだけ弾いていたクセによく言うよ」
「斑目!」
藤野が私の口を押さえにかかる。それを振り解き、次を紡ごうとするのを再び藤野に遮られた。
「はああ」みなみは肩を竦め、盛大に溜息を吐いた。「私さ、理解力の乏しい人苦手なんだよね。一応、斑目さんもキャッチャやってたんだよね。なら解るでしょ? 青山さん、良いピッチャーじゃん」
コイツは何を言っているんだ、と苛立ちより困惑が大きくなる。目の前にいる乙女が、乙女に見えなくなってくる。
みなみは憐れみの籠った目を私に向け、力無く笑った。
「青山さんは良いピッチャーなの。一級品の変化球が、ノーサインで来るんだよ。初見で捕れる訳ないじゃん。でもまあ、試合までには時間があるし、軌道が解れば捕れるし。上手くなるには何よりも練習じゃん。私達は野球する為にここにいるのに……。私、斑目さんの事が解らないよ」
解らないのは私の方だ。苛立ちを簡単に通り越して、もう訳が解らなかった。
私が言葉を発さない事で、みなみは見切りをつけたのか、顔を圭の方へ向けた。ミットを叩き、声を張り上げる。
「まずはストレートからね」
この場で困惑していないのはおそらくみなみだけだろう。
あの冷血な圭でさえ、どうしたものかと判断に困っていた。
困惑によって優先されていた感情が一段階冷めると、この理不尽にも似たみなみの言動に関して、上級生達が何も反応を示していない事に気が付いた。傍観、静観。成り行きを見ているだけ、そんな雰囲気が辺りを包んでいた。
この状況に何か思う所があったのか、はたまた上級生としての責務を感じたのか、上条が緩りと動いた。と同時に荻野も足を踏み出すのが横目に映る。
「青山ぁ」上条は隣のマウンドにいる圭に近付き、みなみに顎をしゃくる。「まあ、関谷がああ言ってるんだ、投げてやりなよ」
皆に聞こえる様に声を張った様だ。その姿を見て荻野は足を止めた。小さく安堵の息を吐いた様に私には見えた。
マウンドに目を戻すと、今度は小声で二、三言葉を交わし、圭の尻を叩いて、自分の居場所に戻る上条の姿。
もう何が何だか。先程までの溢れんばかりの憤怒の情は、すっかり形を潜めてしまっていた。
「斑目、ちょっと」藤野が私の手を引いた。
彼女に引かれるまま、ブルペンの端まで連れてこられた。
「昨日、釘刺されたよね? 問題を起こすな。静観しろって」
「ええ、まあ」
藤野は溜息と共に肩を落とす。
「気持ちは解るけれど、堪えろよ。あんたこんなに短気だったっけ」
「そうは言うけどさ……」一応周りを確認し、小声で続ける。「あれで、怒らない人いる? 私コンバート勧められたよ」
言っているうちに、再び苛立ちが顔を出す。言葉は止められなかった。
「どうしたらそういう結論が出るの? アイツ本当に何様?」
「だから、昨日言った通り。大屋先生の後ろ盾があるから強気になれる」藤野は投球練習を始めた四人に目を向ける。「まあ、それ以外にも彼女本来の性格もあるんだろうけどね」
「だとしたら、悪すぎじゃない?」
「性格の良い悪いじゃ無い気がするけどね。あれは大屋先生と一緒。自分が正しいと信じて疑わない性格だわ。あの手のタイプは議論出来ないから厄介」そう言って藤野は苦笑した。「でもまあ、そんな性格だからこそ、あんたを止めた。あそこで言い争った所で、関谷は受け入れないだろうし、それこそ疲れるだけ。なら、野球しようよって事」
「?」私はいまいち呑み込めず首を傾げた。
「何を考えていようとも、スポーツは結果ありきでしょ? だから現実を突きつけてやれば良い。青山はさ、多分だけど自分の技術の向上にモチベ感じるタイプなのよ。みんなと一緒に、とかどうでもよくて、いかに自分が上のレヴェルに行けるか、そこでプレイ出来るかしか頭にないの。言い換えれば認めた相手以外、眼中にない。関谷に現実を知らせるには都合がいいの」
成る程、そういう事か。自分で湊に言った事、そのまんまだ。どれだけ後ろ盾があろうと、確約があろうと、捕手としての責務を果たせないのなら、それは捕手ではない。投手は信頼しないし、そうなれば試合も作れない。つまり、野球にならない。プレイ以前の問題だ。上級生は皆それを解っていたから、敢えて止めはしなかった。私が噛み付く事自体が無駄だった訳だ。
だとしても、だ。
「だったら、初めからそう言って欲しかったよ」
「あんたなら解ってると思ったけどね」藤野はそう言って慰める様な笑みを浮かべ、私の肩に手を置いた。「普段のあんたならそう考えると思ってたんだけど、それを忘れる程にムカついちゃったか」
「あれで、苛立たない方がおかしいって」
「まあ、あんたの気持ちは解る。けどさ、そう思ってるのはあの子だけだから。昨日の試合を客観的に見れる目を持った人なら、皆同じ意見になる。美羽さんだって、認めてたでしょ、あんたの事。今が歪んでるのは皆解ってる。だから今後また何かあっても、感情に呑まれるな。解った?」
「……はい」
「よし」藤野はそう言ってから、私の背を押した。「戻って、夏目の相手をしてあげな」
藤野に促され、皆のいる所まで戻った。みなみ以外が私が戻った事に気付き、一度だけ目線をくれた。私はみなみの後ろを通り抜けると、荻野の横に立ち、腰を折り小さく頭を下げた。
それに対しては荻野は何も返してはくれなかった。けれど、後ろで見ていた湊を促す事はしてくれた。
「いい加減貴女も投げなさい。試合が近いと言ったでしょう?」
「そうっすね。狂犬も戻って来たみたいですし」湊は意地悪そうに笑う。
誰が狂犬だ、誰が。
まずい、このままでは狂犬のイメージが輪郭を伴ってしまう。打ち消さなければ。
「おい、その言い方やめろ。私は争いを好まない平和主義者だぞ」
先に吹き出したのは荻野だった。ぽつりと零す。
「今更何を」
「ですよねえ」湊が首を傾け同意する。
「だから……」
「まあまあ、良いから良いから、さっさとやろうぜ」
湊に強引に促され、左端のレーンに向かう。
「お前なあ」恨みがましく湊を睨む。
湊はにやりと口元を上げた。
「別に良いじゃんか。ミウさんも言ってたけど、気が強いのは良い事だ。変にしとやかに振る舞うのは日本人の美徳かもしれないけど、はっきり物言わなきゃいけない時は多いよ。sportovniでは特にさ」
スポル……。ああ、スポーツの事かと若干遅れて理解する。
「あのさ、ちょくちょくチェコ語だっけ、出てくんの何とかならない?」
「ああ、一応気を付けてるんだけどなあ。出るね」にやりと曲げた口から八重歯が覗く。「私、小三からあっちだったからさ、どうも英語よりチェコ語の方が馴染みが深くてね」
「親の都合?」肩慣らしのキャッチボールをしつつきく。
「うん。父親が、えっと……、あれだ。身体の面倒見るやつ、選手の」
「フィジカルトレーナ?」
「そうそれ」湊は球を投げ返す。「チェコの企業チームに招聘されてさ。それで、小三から」
「野球は?」
「小二からかな。父親が元々東京の企業チームのトレーナ兼コーチしてて、兄貴が興味持って、私も一緒にね。で、アンちは?」
「私も似た様な感じ。お兄ちゃんの影響」
「へえ」湊はどこか遠い目をしたけれど、直ぐに破顔した。「私ら似てるな」
「かもね」湊に投げ返し、少しマウンドに近づく。「まあ、それは良いとして、どうする? 取り敢えず直球に絞る?」
「いや、全部投げるよ。その方がアンち的にも良いだろ」
「オッケ」私は頷く。「で、持ち球は?」
「ツーシームにカット、スライダー」湊は指を折ってゆく。「それにシュートにシンカー。まあ、あとは見てそっちで判断して」
「解った。じゃ。取り敢えずストレートからね」
私は踵を返し、自分の定位置に戻る。一息吸い込んで、ゆっくりと腰を落とす。右膝の内側を地面に付けてミットを構える。
十八メータと少し先にいる八重歯の乙女は小さく頷いた。
右足を引いて、試合の時より緩やかに振り被る。
高く上がる左足。
踏み込み。
背中越しに覗く右腕。
胸にグラブを抱え、右腕が撓る。
綺麗とは言い難い。けれど、力強い球がミットに収まった。
「良いね」
じわりと痺れる左手の感覚を噛み締めながら、球を返す。
少しこちらに寄りながら湊はボールを受け取った。
「良い音出すじゃん。少し上手くなった気分」満更でも無さそうな顔をして、湊はプレートまで戻り腕を回す。「いやいや、ストレートが気持ち良いね」
「じゃ、続けよう」私は再び構える。
湊は一旦静止し、始動しようとしてその動きを止めた。目線が横に逸れる。と、同時に。
「何で投げないの?」
横からみなみの声。
湊が怪訝な顔で、近付いてくる圭を見ていた。
今度は何?
私は立ち上がり、マウンドに駆け寄る。
「な、なんだよ」湊が引き気味に言う。
「悪いけど、先約」圭が自分の胸を指し淡々と言った。
「はあ? お前は隣で投げてんだろ」
「投げたいか? あれに」一応声を窄め、圭はみなみを一瞥する。
「まあ、うん」湊は素直に頷く。直ぐに顔を上げ圭を睨む。「でもだからって何でお前と代わらないといけないんだよ」
「練習にならないから」
「そんなん、私だって一緒だろ」
「だから、先約があるって言ってる」
湊は眉根を寄せ、天を仰いだ。
「アンち、何とか言ってやれよ。こいつアレだ、sobecky」
この単語は文脈から何となく理解出来た。おそらく我が儘、自己中とでも言いたいのだろう。まあ、解るけれど。
「見た感じ捕ってたみたいだけど、何か問題でも」
側から見る分には投球練習としての体は保たれていた。まあ、その絡繰は解っていたのだけれど。
「本気で言ってるのか?」圭は恨みがましく眉根を寄せた。
「お前こそ、本気で投げてやりゃあ良いじゃんか。捕れない事が解れば、今後出しゃばる事もないだろ」
「お、そうだ、そうだ。その通り」一度聞いていたからか、湊は大きく頷き私に賛同した。
横に影。
「何話してるのか知らないけれど、練習中なんだよ。お喋りはやめて欲しいんだけど」みなみは腰に手を添え、幼な子を宥める様な言い方をした。
三人と一人の目線が交わる。僅かな間を置いて圭が呟く様に言った。
「知らないからな」
それだけ言って、圭は自分の持ち場に戻るべく踵を返した。
「練習で手を抜いても何の良い事もないんだからね」みなみもそう言って自分の持ち場に戻る。
残された私達は目を合わし、同時に苦笑した。
「アイツ、凄いな。試合で近隣の国ともやったけどさ、それでも見た事ないわ、あのタイプ」
「私も初めてだよ」悪戯心が顔を出す。「自分の意見をはっきり言ってるじゃねえか。良い事なんだろ?」
「アレはただの我が儘。周りに受け入れて貰えない主張なんか意味ないだろ」流石の湊でさえ、苦笑せざるを得ないのだろう。
「違いない」そう言って笑った。「他所は他所、ウチはウチ。続けよう」
「だなあ。でも、ちょっとだけ気になるよな」
「まあなあ」私も湊に同意。「結果は見えてるとしても」
「横目で見つつ、という事で」
「オッケ、任せるよ」
そう言い残して、私は再び自分の持ち場に戻る。横を気にしつつも腰を落とし構える。
湊は足元を慣らしながら様子を窺っていた。その横で、圭がゆっくりとセットに入るのが目に映る。
力感のないフォームから左腕が出る。
湊程の力強さはないけれど、糸を引く様な、綺麗な球筋。
「ナイスボール」みなみはそう言って立ち上がり、球を投げ返す。「さあ、どんどんいこう」
横からの嬉々とした声を聴きながら、私もまた自分達の練習に戻る。取り敢えずは直球の制球力を確かめたいと思い、コースを想定しミットを構える。
「インコース」一応湊にも伝える。
湊も頷き腕を振る。
暫くコースを指定しながら続けた。綾程の正確さはないにせよ、内と外を投げ分けるコントロールはある。ただ、試合だとどうなるかは解らないけれど。メンタルの調整にムラがあると練習で出来た事が試合では上手くいかない、なんて事はよく聞く話。その点、綾には何の心配もしていないのだけれど、湊はどうだろうか、なんて事を考える。昨日の試合を振り返れば、ヒットを許したものの、点は取られていない。ランナーを背負う事に関しては特に影響はないのかもしれないと分析。
「そろそろ、変化球いく?」湊は手首を捻ってアピール。
「良いよ。投げる前に球種言って」
「じゃ、カットから」
湊はそう言うとセットに入った。
クイックから腕を振る。カットボールは軌道としてはストレートのそれで、打者の手元で僅かに変化するのがベストなのだけれど、変化の兆候のないままミットに収まった。続けて二、三球様子を見た。けれど、結果は同じ。
「おい、変化してねえぞ」
「あ、やっぱり?」球を受け取りながら湊は笑う。「握り変えるだけじゃダメか」
私は立ち上がり、マウンドに近寄る。
「そもそも、お前のストレート自体が微妙にブレてんだ。あえてカットを投げなくても良いと思うけど?」
「ボール半個分位の変化する球があったらと思って投げたんだけど、使えないなら別に良いや」
「……結構あっさりしてんのな、お前って」
「向き不向きがあるのはしょうがないからな。受け入れるよ。けど……」湊はちらと視線を滑らせた。「そういう事、出来ないヤツもいる」
湊の視線を追う。敢えて触れない様にしていたけれど、耳に届く音で大方予想は出来ていた。マスクの奥には困惑の色。それが何を意味しているのかは、本人から聞くまでは、きっと私には解らないだろう。
私達が会話しているのに気付いた圭は、ゆっくりとマウンドを降りる。溢れたボールを拾い、汚れをユニフォームで拭きとるみなみの正面に立った。
「ちゃんと捕ってくれない? 練習にならない」眼鏡の奥の瞳は酷く冷たく、その凍てつく様な眼差しで圭はみなみを見下ろした。
「捕る必要があるなら捕ってるよ」しれっとみなみは言う。
「どう言う意味?」
「あんな球、使い物にならないって言ってるの。全部ボールにしかならないじゃん。試合でなんか使えないと思う」
「……」圭は一瞬目を見開いた。「本気で言ってるのか?」
「何が?」みなみは少しむっとした様子で、球を圭に渡す。「ちゃんとストライクの球投げてよね」
「ボール球を振らすって事を知らないのか? お前、本当にキャッチャ?」心底驚いた、という表情で、圭は恐る恐るみなみにきいた。
「当たり前じゃん。そもそもね、ボール球を振るって言うのは、打者側が見極め出来てないだけ。そんな相手に期待する様な事、リードに組み込める訳ないじゃん」
圭はちらと私達に視線を向ける。
私は肩を竦めて苦笑するしかなかった。助けを求められても困る。リードだとか、配球だとか、そんな事を語れるレヴェルではない。根本から的外れ。それに、ここで何か言葉を発したところで、きっとみなみは受け入れない。
圭は小さく溜息を吐いた。
「別に誰がどんな思想を持とうとも構わない。ただ、もうお前に投げる気は無い。投げたところで無駄だ」
「はあ? それってどうゆう事」みなみはマスクを外し、腰に手を置いた。「少し言葉を選んだ方が良いよ? 私が捕らなかったら誰が捕るの? 私達は全国制覇する為にここにいるんだよ。そんな我が儘言ってたら勝てるものも勝てないじゃん。青山さんエースなんだからさ、ちゃんとその自覚持ってよね」
空いた口が塞がらないとはこの事だ。
さっきから、否、最初からこの娘は何を言っているのだろう。
「……我が儘?」圭はそう呟く。目を閉じ僅かに天を仰ぐ。
私の勘が告げる。ものすごく鋭利なものが飛び出る予感。止めるべきか、静観するべきか。本来なら止める義理は無いし、寧ろ行き着く所まで、と願う私すらいる。けれど、荻野達から釘を刺されている手前、僅かに逡巡。
私の躊躇など知る由もない圭はゆるりと口を開く。音が口から溢れる、その時。
「貴女達は何をしているの?」座ったままの荻野が、顔すら向けずにそう言い放つ。首を垂れ、溜息。緩りと立ち上がった。「今は練習中では無いのかしら?」
女帝降臨。
現エースもまた、こちらに近付いて来た。結局ブルペンにいる者全てが集結した。
「荻野先輩だってそう思いますよね、投手の我が儘に付き合っていたらキリがないって」みなみが同意を求める。
「何を我が儘とするか、によるわね」
「ほら、荻野先輩だって同じ意見。青山さんはもう少し協調性を持った方が良いよ。他の人に合わせるって事を少しは考えて欲しいかな」
圭が堪えきれなくなったのが私にも解る程に、彼女は苛立ちを全面に出していた。グラブから右手を抜き、その右手をみなみの胸ぐらに伸ばす。
その手を。
上条が掴んだ。
「まあまあ、待ちなって」上条は圭の手を強引におろすと、二人を交互に見た。「確かに青山には協調性が足りないとは思うよ。でもまあ、ピッチャってもんは、その位我が強くても良いんじゃない」
「それは貴女が投手だからそう思うのでしょう?」荻野が溜息混じりに言う。
「そりゃあ、まあ、ね。でも立ち向かうには必要じゃない、そういうの」上条は不敵に笑った。「青山のそれはさ、同じ投手として解らなくはないのよ。実際、この子のレヴェルは高いと思うし、説得力もある。でもさ、関谷の自信はどこから来る訳? 根拠に乏しいって言うかさ、何でそうまで言い切れるのかなって疑問がある訳よ」
「上条先輩は私が推薦でここにきた事知ってますよね? つまり、期待されているって事ですよ。期待されるって事は、それを裏打ちするだけの実力があるって事じゃ無いですかあ」
みなみは勝ち誇った様な表情をした。「そりゃあ、自信にもなりますよ、上条先輩。期待されるって事は、ね」
「ふうん」
上条は笑顔を絶やさなかった。けれど、目元が僅かに痙攣していたのを私は見てしまった。
きっと、この場に新川がいたのなら、こうなる前に間に入っていたのだろう。
上条は表情には出さずとも確実に苛立っていた。それは相手が関谷みなみだったから。
二人を見る荻野は自身の心情を決して悟られぬ様に何とか抑え込み静観している様だった。そんな女帝の姿を見て、遅れ馳せながら漸く私も思い至る。
これは戦い。投手対捕手の対立ではなく、女と女の冷戦なのではないのかと。
心の底から、野球しようよ、と私は願う。




