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アイデスの憂鬱  作者: 森住千紘
Proof of buds : 1
13/128

  The end of the calm 〜 凪の終わり 〜

 小さな巨人は悠然と佇む。


 それは王であり、法であり、そして司る者。

 鳴海大葉山の扇の要にして、攻撃の核。そしてそれらをU-18に選ばれた実績が物語る。

 荻野おぎの美羽みうは、凛とした空気を纏い、右手が遥か彼方を指し示す。

 縦も横も平均的。けれどそこには一切の無駄は無い。健康的な小麦色の肌、整った顔立ち、遥か先を見据える凛とした目は鋭く強い。

 足元を慣らしながら、僅かに目線が私に向いた。



「あなたは何故ここにいるの? 何故野球をしているの?」


 事細かに説明したい所だけれど、私はTPOを弁える乙女。単純明快な答えを口にした。


「好きだからですよ。野球が」

「そう」目線を外し、荻野は左バッターボックスで大きく背を逸らした。重心が沈み、臨戦体勢へと移行。「何かを得る為には犠牲が付き物なの。その犠牲を払えない貴女には、ここにいる資格はないわ」



 成る程、そういう事か。

 屋外競技であるにも関わらず、日焼けしたく無いと言い切った私に対しての答え。そこに気を使うよりも前にする事がある。それを放棄する私は仲間として認められない、という事か。


 解らなくはない。

 私も、明日香に対して同じ様な事を思っていた時期がある。

 けれど、犠牲を払う事だけが何かを得る為の方法ではないと思う。その考え方は、全てを犠牲にしてまで何かを得ようとしました、という自分に対しての言い訳、免罪符ではないのかと思う。確かに効率的に考えれば、やらなくていい事はカットするべきだ。ではそのやらなくていい事の線引きはどこにある?


 私が思うにそれは個人で決める事なのだ。なりたい自分、理想の自分、そこから算出すればいい話であって、皆に強いる事ではないと私は思う。それぞれがその時に最高のパフォーマンスが出せれば良いだけの事。その出し方は個人に委ねるべきで、それが出来ないのであれば、単純に選ばれないだけの話。シンプルな話なのだ。


 グラウンドに出れば結果しかない。それまでの過程は美談として語られるけれど、そこにあるのはシンプルな勝負だけだ。バッテリーは打たれない様に思考を重ね、打者はそれを掻い潜り、理想の場所に打ち返す。ただそれだけ。御託なんてどうでも良い。あるのは力と力のぶつかり合いなのだから。

 喧嘩を売るつもりはなかったのだけれど、生来の性格故か、売り言葉に買い言葉、つい口から溢れ落ちる。



「犠牲を払って負けたなら、目も当てられませんね」


 荻野は吐息の様な笑いを零す。

「面白い事言うのね。その甘い考えが間違いだという事を教えてあげる」



 怪我の功名か、荻野は表向き冷静さを装いつつも、癇には障ったようだ。グリップを握る手に力が籠っている様に見える。

 荻野のそれが本心か、演技かは定かではないけれど、揺れないメンタリティというのは、勝負事に関して必須事項。煽れたなら上々。

 あちらにも、私達を叩く理由が出来た。

 U-18に選出される人の本気にどこまで太刀打ち出来るのか。いざ勝負。


 ボックスの中央に位置どったスクエアスタンス。

 やや腰を落とし、バットは左肩上部で微動だにしない。

 雰囲気あるなあ、なんて感想を抱きつつも、私は勝負に意識を向ける。


 さて、どう攻めようか。どこに投げても打たれそうな雰囲気はある。けれど、十割打者なんている訳はないし、何と言っても同じ高校生。確実に打たれる(いわ)れもない。これまで通り厳しいコースを突いていく。


 初回と違うのは、ボール球も視野に入れられる事。これでかなり選択肢が広がる。

 なので、初球は膝下を掠めるスライダー。ボールでも良し。

 マウンド上で綾は頷く。

 浅めのテークバックから腕が出る。

 ドンピシャのコースに球が来る。


 鈍い音を出しながら、ファースト側のファールゾーンにボールが凄いスピードで転がっていく。

 初回のデータがあるにせよ、さすがは四番。難なく当てて来る。

 にしても、なんちゅう打球のスピードだよ、と冷や汗が垂れる。


 あのコースはただ合わせただけならば、ほぼファールになるので、保険といえば保険。綾のコントロールがなければ、太刀打ちなんて出来やしない事を実感した。

 次も強気に、内角高めギリギリを狙う。これもボールでも良い。球速差は然程でも無いけれど、ストレートへの対応を見かった。 


 相変わらず綾は死んだ魚の様な目をしながら頷く。感情の籠らない表情。私は知っているから良いけれど、初見の方々は不気味に映るだろうなあ、なんて事を考える。

 よくもまあ、際どいコースへ表情変えずに投げ込むよと思う。

 要求通りの球が来る。

 やはり、凄い。


 躊躇せずに手を出し、バックネットに突き刺さるファール。タイミングは合っている。

 見ようによっては、クサい球は全てファールにしてやるという意思表示。カウント的には追い込んだのはこちらではあるけれど、精神的には追い詰められている様な気にもなる。

 とは言え、まだまだ試す球はある。


 次は、ゾーンを掠めてボールになるカーブを膝下に。

 華麗なるインコース攻め。打ち取る布石。

 ふわっと浮いた球が綾の手から放たれる。


 荻野は。

 動き出した身体を一旦止め、強引にタイミングを合わす。

 まずい、と思ってももう遅い。賽は投げられている。


 響く金属音を奏でながら、白球がライト線に舞う。ふわ、と上がった球はスライスしてファールゾーンに落ちた。打球が速く、ライトを守る藤野は追いつけなかった。


 危な。いやいや、ほんとに投げるとこなくなるよ、と拾ったマスクを片手に内心胸を撫で下ろす。

 ずるいと言われようが作戦のうち。私達はまだ全てを見せてはいない。それを考慮しての、内角攻めであり、布石。以後は打たれても構わない。いや、良くはないのだけれど、そこは実力の差があった上での結果なら仕方がないといった所。


 けれど、ここだけは、抑えたという結果が欲しかった。

 今後、私達が私達でいる為の結果が。

 荻野がちらりとこちらを見た。

 余裕の表情。

 徹するならば、渋い表情を見せる演技をすべきなのだろうけれど、私は笑みを浮かべる。開き直りと取るか、まだ何かあるかと捉えるか。

 選択肢を増やせば増やす程、確率は落ちてゆくものだ。


 さて勝負。

 綾が嫌がるかな、と思いつつも一球目と同じインローにシュート。変化の結果、真ん中に近くなるけれど、綾のシュートは然程変化しない。シュートというよりはツーシームに近い。

 初球と同じコースで、今度は逆の変化。初見なら尚更、引っ掛ける可能性はかなり高いと踏んだ。


 サインを送る。

 綾は躊躇せずに頷く。

 踏み込み腕が出る。

 球の軌道はほぼストレート。

 綾の判断か、偶々なのか、ゾーンすれすれのコース。

 荻野が手を出した。

 金属音。

 ボールの行方と性質、引っ掛かったとほくそ笑む。

 芯を外した打球にも拘らず、勢いはそのままに。けれど、投手のほぼ正面に転がった打球は、瞬時に反応した綾のグラブに収まった。



「ファースト」私はマスクを剥がし指を差す。



 塁審が片手を上げた。

 ワンナウトの声が内野に響く。


 ベンチへの帰路、アームガードを外しながら、荻野がこちらに顔を向けた。

 笑っていた。悔しそうな感情は微塵も無かった。これが王者の風格。余裕の佇まい。

 今はこれで良しとしよう。打ち取れた結果は現実だ。

 内野を回るボールが綾の手元に収まった。



「お願いします」

 丁寧に頭を下げて、次打者が左バッターボックスに入る。



 五番一塁手(ファースト)坂巻さかまき橙子とうこ

 チーム一の長身、恵まれた体躯はバレー選手の様な佇まい。細い垂れ目が柔和な印象を抱かせる。

 荻野は王ではある。けれど、主将はこの坂巻だ。藤野曰く、聖人だそうだ。彼女に敵はおらず、その人望と立ち振る舞い故に主将なのだと。



 打席でバットを回しながら、坂巻は言った。

「凄いね、美羽を打ち取るなんて。先が楽しみ」

「あ、ありがとうございます」



 他意のない発言と、彼女の醸し出す柔和な雰囲気に自然と感謝の言葉が出た。成る程、藤野の言っている事がなんとなく解った気がする。この人は穏やかなのだ。尖った部分が感じられない。けれど、それは人格的な部分であって、打席に立った彼女からは、荻野と同じ様な雰囲気が立ち昇っている。


 足元を慣らして、バットを高く掲げる。

 スタンスはスクエア。手足が長い割にインコースは然程苦手ではないのかもしれない。

 どの道、このフィジカルだ。甘いコースに入れば力で持っていかれる可能性が大。クサい所を突いて躱すしかない。


 初球は膝下にスライダー。

 様子見するにはこれが一番良い。綾のコントロールなら、見送ればストライクになる。当ててもファール。

 けれど、対左バッターの初球がほぼ全てこれだという事を向こうは気付いたらしく、坂巻は打って出た。


 ボックス前方に踏み込み、曲がりばなを叩く。

 綺麗な音を響かせて、打球はライト線へ。

 私はマスクを剥がし打球を追う。

 振れ過ぎた所為か、予測との差異か、打球はスライスしてファールゾーンに落ちた。



「切れたか」転がったバットを拾いながら坂巻は呟く。



 読んだのか。

 まあ、確かに対左への初球は膝下のスライダーを選択しているから、予想が付くといえば付く。にしてもだ、ファールとはいえ、初見であそこまで完璧に捉えられたとなると、そろそろ攻め方を考え直さなければならない。

 様子見しながらでも、隙あらば一本。坂巻はそれが出来る人なのだろう。これがこの場所の当たり前。頂きは斯くも高い。


 続いて第二球。 

 もう一度、膝下に、今度はカーブを落とす。

 坂巻はこれを見逃す。

 けれど、僅かにそれてボールの判定。


 続けて、今度はアウトローに同じくカーブ。巻いてゾーンに入って来る。裏を書いて同じ球という選択をしたのだけれど、さすがは坂巻、当てて来た。三塁側のファールゾーンにボールが転がっていく。


 普段よりワンテンポ早くサインを出す。

 インハイに強めのストレート。

 少し表情を揺らしたけれど、綾は頷き、モーションへ。

 コースは外にずれたけれど、力のあるストレート。

 坂巻は反応しつつも、寸での所で動きを止めた。

 ボールの宣告を聞きつつ、サインを出す。


 今度はアウトハイに同じストレート。フルカウントになるけれどここはボールで良い。

 今度もまたコースがずれる。今度は中に入って来た。

 坂巻は迷わず打ちに出る。

 初めての直球攻め。しかも初見という事もあってか、捉え切れずにファールになった。

 考える暇を与えないように、すかさずサインを出す。

 二球続けての高めのへ直球。その布石を生かす膝下へのシンカー。

 綾の持ち球の中で一番遅い球。本人はシンカーと言い張るけれどチェンジアップに近い球。

 それを膝下に落とす。

 ゾーンのギリギリ外から僅かに内に落ちていく球。

 初見では反応出来ない球。


 テンポアップしたサイン交換からの六球目。

 予想通りのコースに球が来る。

 直球の残像が頭を掠めているはず。坂巻は僅かに崩された。

 けれど、動き出した体をどうにか留め、タイミングを合わせる。

 踏み込み、掬うようにバットが出る。

 その下を綾の球がすり抜けた。



「ストライク、バッターアウト」

 現実が宣告される。


 振り切った体を元に戻し、坂巻はちらとボールの位置を確認する。

「ここでチェンジアップか、やるね」



 微笑を残し、坂巻はベンチに戻ってゆく。

 ツーアウト、の掛け声と共に、ボールが内野を巡り綾の手元に収まる。



「お願いしまっす」

 軽妙な掛け声と共に、小柄の割りにガッチリとした体付きの乙女が右バッターボックスに入る。


 六番左翼手、上条かみじょう翔子しょうこ

 春風邪を拗らせて病み上がりの為、この日の登板を後輩に譲った、鳴海大葉山の現エース。ピッチングも、バッティングも、人格、その他プレイ共にイケイケなポジティブなお人。


「ねえねえ」上条は気さくに声を掛ける。「なんかめっちゃコントロール良いんだって? 私にもその極意教えてよ」

「それは本人に聞いてくださいよ」

「そりゃ、そうだわな」上条は足場を慣らしながら頷く。「楽しいでしょ。コントロール良いとさ。私でもそう思うもん」

「まあ、そうですねえ」

「いやはや、今年の一年は良いのが多くて助かるねえ」そう言った上条から陽気な雰囲気が消える。「でもまあ、そろそろヒット一本出しとこうか」



 上条はやる気満々といった体で、担いだバットを揺らす。

 逸っている様に見えた。

 なら、引っ掛けさせるまで。

 今まで初球に選択しなかったアウトローにシュート。

 綾は頷き、モーションに入る。

 その瞬間。

 上条の体が沈む。



「いただきましたあ」



 掛け声と共に、寝かせたバットが伸びる。と同時に体も出る。

 短い金属音と共に、勢いが削がれたボールがファーストとピッチャーの間の絶妙な場所に転がった。



「任せろ!」妙がグラブに収め、反転して送球。カバーに入った早苗に渡る。



 けれど、それよりも一足先に上条がベースを踏み抜いていた。

 やられた。

 打つ気満々な仕草も布石。一瞬ピッチャーとファーストが見合う場所に転がし、ファーストに処理させる。尚且つ、本人の足も速い。完璧なセーフティバント。

 ツーアウトからのセーフティ。前回、私がやったものの上位互換。

 立場という物もあり、何よりツーアウトという状況、皆警戒していなかっただろう。もうこれは相手を褒めるしかない。


 切り替え切り替え。

 次打者が左バッターボックスに入る。


 七番遊撃手、新川しんかわ佳奈かな。この試合を作り出した張本人。心優しい副主将。外野手だったのが体力テストの結果、敏捷性に優れるという事から、遊撃手にコンバート。ある意味での被害者。


 新川は足元を慣らしてからややオープン目のスタンスで構える。

 私の定位置からは彼女がスクリーンになって一塁ランナーが見えにくい。という事は、上条のリードはやや大きい。恐らく狙っている。

 とは言え、ツーアウトだ。バッター勝負で構わないのだけれど、この時点での私自身がどこまで通用するかを確かめたい気持ちもあった。

 変化球主体の配球は相手側に伝わっている。綾はそこまで球速がある訳ではない。そして私の体躯。弱点でもあるそれを見れば、容易に勝算が立つのではないかと思う。

 ならば、一球目から来ると見た。


 一回牽制を挟んで、アウトハイへのストレート。盗塁阻止だけが目的なら、気持ち的に一連の流れがスムーズになるインハイを選択したい所だけれど、運悪く、左バッターで、オープン気味。狙われれば長打になりかねない。

 そこは仕方なしと割り切る。あとはこちらの動きを悟られない様にするだけ。


 再び牽制を入れて、綾がセットポジションに。すぐにモーションに入る。

 内野から、走ったの声。

 左にズレると同時に右足を引き、半身になる。

 要求通りのボールが来る。

 横目に新川の動きが入る。

 少し腰を上げ、ミットを前に。

 飛び込んで来た、ボールの勢いのままミットを引いて球を握る。

 踏み出し、二塁へ。


 私の努力の賜物。予定通りの球が二塁にベースカバーに入った悠希のグラブに収まる。

 けれど、間一髪のセーフ。


 このレベルになると、スローイングのコントロールとモーションの速さだけでは歯が立たないか。やはり筋肉。これに関しては地肩の力を上げるしか解決策はなさそうだ。


 口に出せば、また荻野に白い目を向けられるだろうけれど、激しい筋トレは遠慮したい。

 腕ゴリマッチョの乙女なんて乙女じゃないと私は思う。その為にコントロールの精度を上げてモーションの無駄を無くしたというのに、最後に物を言うのが筋肉だとは、なんとも皮肉。



「へえ」隠れて悲嘆に暮れる私に新川が感心した声を出した。「カミちゃんがギリギリとはね、ヒョロい割りにやるねえ」

「いえ、力の無さを痛感してますよ」私は腰を下ろしながら肩を竦める。

「足りない物があるなら、それを埋めれば良い」新川は右手でバットを回しながら呟く様に言う。「ただ、埋めるのが重荷な事もあるから」 



 私は何も答えられなかった。意味をうまく処理出来なかった、というのもあるのだけれど。

おそらく、彼女はコンバート周りの事で悩んでいるのだろう。現に初回に不慣れさでボロが出ていた。


 新川は何かを振り切る様に小さく首を振ると、再び投手に目を向ける。

 ツーアウト、ランナー二塁。

 三盗はリスクの方が大きいと判断したのか、上条のリードは先程に比べ小さい。ならば、もうバッター勝負。


 初球はボールの判定。そこは致し方無し。

 新川のスタンスがブラフで無いのなら、引っ張る方が得意と考えられる。これまで散々左バッターにインコース攻めをしているので、球筋の共有も為っていると考えた方が良い。

 引っ掛けてくれるのを期待して、アウトローの端を掠めるシュートを選択。

 クイックから球が放たれる。

 綾の肩越しに、上条の影。

 内野の走ったの声。

 まじか、の驚嘆も新川のスイングによってかき消される。 


 ここで、エンドラン。

 しかも、新川は外角に張っていた様で、しっかり踏み込んでいた。

 打球は良い音を立ててサードに飛んだ。

 シュートを選んでおいて良かった。その所為か半端なライナー性の打球は三塁線半ばで軌道が逸れた。

 ファールと思いきや、それに一葉が反応していた。


 駆け出し跳ねる。伸ばしたグラブに球が収まった。片足で着地して、グラブを掲げた。

 塁審が片手を上げた。

 一葉が身を翻し、マウンドに球を置きベンチに戻って来る。

 綾とハイタッチ。

 先に戻った私は、プロテクタを脱ぎながら二人を迎える。



「ナイスプレ」一葉と手を合わせる。「よく反応出来たね」

「アウトコースだったし、ベースカバーに入ろうとしてたからねえ」そこで一息。「飛んでみるもんだね。入って良かった良かった」


 鼻歌交じりに一葉はベンチに腰掛けると、俄かに神妙な顔つきになった。


「様子見の時間終わっちゃったみたいだね」

「ぽいね」一葉の横に腰掛け、私も相槌を打つ。

「さっきのセーフティもそうだけどさ、徐々に本領発揮して来てるっぽいよね。前の回、私打ち損じたじゃん。あれ多分ツーシーム」

「カーブとストレートの急速差だけでも厄介なのに、ツーシームまで。確かに厳しいかもなあ」

「ただ、逆を言っちゃえば、その緩急が武器な訳でしょ、ヤマは張りやすいかも。まあ、次は打つよ」 

「バッティングの方もさ、もう見るのやめたって感じだった」

「たかが一年と思ってた連中に五点取られたんだからしょうがないよね。下位とは言え、次の回から守備は正念場だねえ」

「頼むよ、金田一。香坂は打たせてなんぼのピッチャーだからさ」

「解ってるよ。あっちと違ってうちらは初日にしてはまあまあの連携だし。ただね……」一葉はグラウンドに目を向けた。「リード五点は安全圏じゃない。この先点が取れるかも解らない。ある程度の覚悟はしておいた方が良さそうだね」



 私は同意、と小さく頷く。

 一葉と同じ様な感想を私も持っていた。言い方は悪いのだけれど、初回は様子見と言うより手を抜いていたと捉えた方がしっくりくる。この程度の力で、どの位の事が出来るのか、それを確かめていたという感じ。


 二、三年生のギアが上がったのを実感する。そのギアはきっとまだ上があるのだろうとも。

 だとしても。私達は食らい付いて行かねばならない。

 負けて当たり前、そんな諦観じみたメンタリティではこの先生き抜けない。負けて当たり前の中で、自分が出来る事が何かを見定める。それが出来なければ、勝利など、到底手にする事なんて出来やしないのだから。

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