第一話
その店は、どこにでもあるような普通の食堂だった。
こじんまりとして、カウンター席が5席と4人がけのテーブル席が3つ。
お世辞にも広いとは言えない店を、店主の男性がひとりできりもりしていた。
メニューもカレーライスや丼もの、麺料理などの単品料理に、それらを組み合わせた定食と定番が並び常連客が客の大半を占めていた。
店主は気さくな性格で、どんな相手にも分け隔てなく接したので料理の味はごく普通ながら連日賑わっていた。
そんな彼の店の一番の人気メニューが『牛肉と筍のキムチ炒め』。
このメニューがほかの料理と違うのは『毎日』提供されるものではないという点と、一定量の作り切りである事。
その為、その日店を訪れてみないとあるかどうかわからない、ある種のレア感がある事だった。
「なあ、おやっさん。牛肉と筍のアレ、今度いつ作るんだい?作る日がわかったら、オレその日めがけてくるんだけどな」などと聞く客もいたが、店主は決まって困ったような顔をして「すみませんね~お客さん。今度いつ材料が揃うかオレにもわかんないんですよ。手に入り次第作りますんで、それで勘弁してくださいよ」と答えるのだった。
『ヤミツキ』になるメニューがあるらしいとの口コミはSNSを通じて瞬く間に広がっていった。
珍しい・レア感というワードに弱い人たちは『一度でいいからとりあえず』食べてみたいと店を訪れ、もとより通っていた常連客達は『そんなぽっと出』の輩に自分たちの楽しみをかすめ取られてなるものかとさらに足しげく店に通うようになった。
それだけ人気が出たメニューにもかかわらず、提供するペースは依然とかわらず不定期なままだった。
今まで通りに作り置いた分では、一品メニューとして供給に需要が追いつかなくなったため、店主は一品料理だったものを価格を下げて小鉢メニューに切り替え、多くの客に提供できるようにした。
それでも売り切れた際は、同価格程度の一品サービスであったり、クーポン券であったりを代わりに提供することで『今日のところは』諦めてもらうという方法を取っていた。
そんなある日、一人の常連客が店に来るなり店主にこう言った。
「おやっさん。オレ明日からおふくろの看病しに、しばらく実家に帰るからさ、ここに来れなくなるのよ。で、もし今日アレがあったら、買って帰っておふくろに食べさせてやりたかったけど、ないみたいだし。でさ、ものは相談なんだけど、作り方を教えてもらえないかな?」と聞いてきた。
無言で聞いていた店主に、男は言った
「あ~。やっぱ無理だよな。悪い。店のレシピなんて秘密だよな」
あわてて客が詫びると、店主はにこやかに「いいですよ。オレの料理気に入ってもらえてこっちこそありがたいですよ」
そう言って注文票から白紙の一枚を切り取ると、さらさらと裏面に材料と作り方を書いて客に渡した。
「材料も少ないし、作る手間も簡単なんで…もしも知りたい人がいたら教えてくださってもかまいませんよ」




