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根暗な令嬢が隣国の皇帝陛下に変えられました

「あの、大丈夫ですか?」

「ああ、済まない。間違って酒を飲んでしまってな」


 わたしは気分が悪そうな貴族をたまたま見つけたので、話をかけてみたらどうやら気分が優れないようだ。

 慌てて水を取りに行く。


「これを飲んでください、お水です」

「ありがとう」


 その貴族は水をごくごくと飲み、あっという間に空になってしまった。


「ありがとう。おかげでマシになったよ」

「はい。じゃあわたしは失礼します」


 そう言ってすぐにその貴族の元から離れた。

「君との婚約は破棄させてもらうよ」


 ああ、そっか。まあわたしじゃ無理だよね。


 わたし、リネア・リーフィアは子爵令嬢。

 ただ今婚約者であるシトリック・アーフィル様に婚約破棄を言い渡されました。


「……分かりました。では失礼します」

「君みたいな暗い女との婚約を破棄できて良かったよ」


 そんな嫌味を言われながら、わたしはその場を去った。


 わたしは見た目も悪く雰囲気も暗いことから、色々な人から避けられて生きてきました。


 その真逆と言ってもいい存在であるシトリック様との婚約が決められたのは、物心がついたかついていないかくらいの頃。

 やはり貴族の婚約は本人達の意思など関係なく結ばれるもの。

 まあわたしにはあの明るく人気者なシトリック様と婚約したこと自体間違いだったのでしょう。


 けれど言い渡されたのは建国パーティー前夜祭中。

 王族の方々は勿論貴族もいっぱいいて、他国からの来賓も大勢来ている中だった。

 もうわたしは表舞台には上がれないだろう。


 でもまさかこんな舞台で言い渡されるとは思ってもいなかった。

 嫌われていることは薄々気付いていたけど、表舞台に上がれなくするほどのことをやってくるとは思っていなかった。


 お父様達とシトリック様のご両親に婚約破棄することを伝えていたのだろうか。

 まあシトリック様は突拍子もないことをやるところがあるから、今回もそのことを伝えずに行動したんだろうけど。

 シトリック様は仲良くしている令嬢がいると聞くし、その方と婚約するためにわたしとの婚約を破棄したのでしょうね。


 わたしは王宮の大広間から出ると、一人の貴族から話しかけられた。


「なあお前、オレについてこい?」

「はい?」


 横を見ると、その貴族は隣国であるバニッシュカル帝国の若き皇帝だった。

 バニッシュカル帝国はこの王国と並んで二大大国と呼ばれる凄い国なのだ。

 そんな凄い国のトップに立つのが若き皇帝ルカルディ・バニッシュカル。若干16歳で皇帝の座に就き、帝国を益々繁栄させている天才。


 なんでそんな人がわたしに話しかけているの?

 何かされるのかしら。もしかしてわたし殺されるの? まだ死にたくないのだけれど。どうしよう。


 ルカルディ皇帝陛下は天才だが不正を働いたりした貴族に対してはとても恐ろしい罰を与えると聞いたことがある。

 そんな罰をわたしに与えるつもりなの。どうしよう。今から逃げるしか……。

 けれどルカルディ皇帝陛下は様々ば武術を極められているって聞いたことがある。そんなの絶対に逃げられないじゃない。

 わたしの命、ここで尽きるのね。


「オレのついてきたら、オレの正室にさせてやる」

「……どういうことですか? 皇帝陛下の正室?」


 どういうことなんでしょう。

 何故わたしがルカルディ皇帝陛下の正室に? というかルカルディ皇帝陛下は女性に興味がなく、妻は持たない主義だと聞いたことがあるのだけれど。

 あれは単なる噂で、ほんとは色んな女性に手を出しているんじゃ。


「オレはお前が気に入った。お前をオレに相応しい正室にしてやる。どうだ? オレの妻になりたくなったか?」


 帝国の若き皇帝の正室。圧倒的に凄い地位に就いたことになるけど、こんなわたしじゃまた離婚されるに決まっている。

 そうなるくらいなら、結婚などせずにそのまま隠居生活を送った方がいいんじゃないか?いっそのこと平民になるっていう手もあるけど。


 でも断ったら何されるか分からないし。

 最悪殺されるんじ。そんなのは嫌だ。たとえ貴族としての人生が終わっても人間としての人生は終わらせたくない。


 だけど今ルカルディ皇帝陛下が言った、オレに相応しい正室にしてやるってどういう意味なのだろうか。


「皇帝陛下、相応しい正室ってどういうことですか?」

「それはだな。オレの隣に立てるくらい可愛くて綺麗で美しい女性にするってことだ」


 ルカルディ皇帝陛下は銀髪で綺麗な青い瞳をしている。それに顔立ちも良く高身長だ。

 これほど完璧な見た目と言ってもいいくらいの人を見かけたことはない。


 そんな人の隣に立てるくらい女性なんて、この世界で片手で数えるくらいしかいないだろう。

 その中には確実にわたしは入っていない。

 だってわたしは青い髪をしていて、暗めの青緑色の瞳をしている。けど髪はぼさぼさで無駄に長い。その上身長は高いがスタイルはあまり良いとは言えない方。

 明らかに釣り合っていない。


「わたしじゃ皇帝陛下の隣に立てるような女性にはなれません」

「そんなことないぞ。お前はオシャレに疎いだろう」

「それは、確かに」


 わたしは他の令嬢達が着ているようなドレスは合わない。皆んな低身長で可愛らしい見た目をしているため、ドレスも可愛いものばかりだ。

 だから無駄に身長の高いわたしに合うドレスは中々ない。


「それに美容にも疎い」

「そう、ですね」


 髪を伸ばしているのも、人と視線を合わせるのが苦手でそのままにしている。

 だからかもしれないが、暗いというイメージを持たれているのだろう。


「今からオレの部屋に行くぞ」

「え!? ど、どういうことです!? 待って! え、えぇ?」


 わたしはルカルディ皇帝陛下に手を繋がれ、そのまま引っ張られながら王宮の一室でルカルディ皇帝陛下が泊まっている部屋に連れてこられた。


 完全にルカルディ皇帝陛下の勢いに飲まれた。

 あんなに強引な人だとは。でも繋いでた手は優しく握ってくれていたし、歩くスピードもわたしに合わせてくれていた。


「今から髪を切るぞ」

「えーっと、今から、ですか?」

「ああ、そうだが、何か変なこと言ったか?」


 ルカルディ皇帝陛下って天然なんでしょうか。

 普通、男性が女性を部屋に連れ込むことはダメなこと。それに部屋で髪を切るなんてあり得ない。その上何も言わずにいきなり始めようとするとは。

 しかもこの人、完全に無自覚でやっている。


 わたしは鏡のある部屋に移動させられ、鏡の前に座らされた。


「……もういいです。でもなんで髪なんですか?」

「それは髪を切ることが一番自分に対しての印象が変わる。それに気持ちも変わるだろうからな」


 天然だと思ったけど、意図的なのかもしれない。天然な人がこんなことを考えられるとは全く思えないからだ。


 でも確かに、わたしはあまり髪を短く切らない。特に人と目を合わせることが苦手だから前髪は長いままだ。

 けれど髪を切ったら新しい自分に変われるんじゃないかと、心のどこかで思っている。

 そんなことあり得ないけれど。


 それは変わりたいと思っている自分がいるからなのだろうか。

 まあ無駄なことでもやってみる価値はあるかな。


「じゃあ切るぞ。目は瞑っておけ」

「分かりました」


 わたしは目を瞑り、ルカルディ皇帝陛下に髪を切ることを任せた。


 一つ疑問に思ったのだけれど、ルカルディ皇帝陛下って髪も綺麗に切ることができるのかしら?

 まあなんでもできるみたいだし、髪を切るのも簡単にやってのけるのでしょうね。


 カシャカシャと髪を切る音が聞こえる。

 切る音が多いってことは結構バッサリと多くの髪を切っているってことなのかな。

 わたしの髪、相当伸びていたのね。気付かなかった。


 待つこと三十分。


「完成だ。目を開けていいぞ」


 わたしはルカルディ皇帝陛下に言われた通り、目を開けてみるとそこにはわたしじゃないわたしが鏡の中に映っていた。


「これが、わたし?」

「ああ、そうだぞ」


 長髪だけど着る前よりは格段に短くなっていて、前髪も綺麗に整えられている。

 前髪で顔が隠れていたせいで、自分でもよく顔を見たことがなかった。ただ髪を切っただけでここまで印象が変わるなんて。


「まあまずは風呂にでも入ってこい」

「どこのですか?」

「この部屋のでいいだろ」


 この人はデリカシーがないのかしら。

 一応これでもわたし、女性なのだからそこら辺は気を使うべきでは。


「まあいいです。入ってきますから、絶対に来ないでくださいね!」

「分かっている。オレはきちんと弁えているからな。だけど終わったら呼んでくれ」

「分かりました」


 そう。弁えているのなら、この部屋の風呂に入れなんて言わないはずでしょ。

 弁えているってどこをどんなふうに弁えているのかが逆に気になる。


 そしてお風呂に入ること二十分。


「入っていいですよ」


 わたしはルカルディ皇帝陛下に入っていいと許可を出す。そしてルカルディ皇帝陛下が中に入ってきた。


 流石に恥ずかしい。

 お風呂上がりを誰かに見られた経験はないから、どう反応していいか困る。


「お前、肌の手入れとかしているのか?」

「いいえ、特には」


 肌の手入れなんてどうすればいいか分からないから一度もしたことがない。

 オシャレや美容に興味がなかったから、そういうことをやろうとは全く思わなかった。


「それでその肌とは……。まあいい。最後はドレスを買いに行くぞ」

「えっ、今から?」

「早ければ早いほどいいだろ」


 この人、行動は早い方がなんでもいいって思っているタイプの人間だな。

 判断が早いからこそ、帝国を発展させてきたんだろうな。その点は良いような悪いようなどちらとも言い難い。


「それなら行きましょう」


 わたしはそれに同意して、すぐに王宮を出た。

 何故かすでに馬車が用意されていて、ルカルディ皇帝陛下と馬車に乗ってドレス屋へと向かった。


###


「これと、これだな。それにこれも」


 ルカルディ皇帝陛下は次々に買うドレスを選んでいく。わたしの好みなど関係なしに。

 その間わたしは身体のサイズを測り、それが終わるとルカルディ皇帝陛下が選んだドレスを試着していく。


 ルカルディ皇帝陛下が選ぶのが早すぎて、着るのが追いつかない。


 わたしに着せてみて、それで合わないと思ったのはなしと言い、買おうと思ったのは買うぞと言った。


「よし、これくらいあれば十分だろ」

「これ、何着あるんですか?」


 ルカルディ皇帝陛下に着せられたドレスは百着くらい。

 そのドレスを三時間かけて着ては脱ぎ着ては脱ぎを永遠かと思うくらい繰り返させられた。そのせいでとても疲れたよ。


 買ったドレスは二十着程度。

 百着も着させられて二十着だけなんておかしい。せめて試着する量を半分くらいに抑えてほしかった。


「このドレス代、わたしじゃ払えないんですが」

「オレが払うさ。未来の正室にだったらこのくらい払ってみせる。安いものだ」


 いや二十着のドレスが安いって、ルカルディ皇帝陛下の金銭感覚おかしいんじゃないだろうか。

 やはり仕事で大金を目にする機会が多いから、こんなに金銭感覚が狂っているのだろう。


「じゃあ、戻って正室にしたと宣言しよう」

「正室……。本当にわたしでいいんですか?」


 わたしは改めて確認する。

 わたしは確かにこの数時間の間で、ルカルディ皇帝陛下のおかげで変われた。

 だけどそれでも隣に立てるような人になれた気はしない。


「なあ、リネア。好きってどんな感情だと思う?」

「好き、ですか? ……わたしには分かりません」


 ルカルディ皇帝陛下がわたしの名前を初めて呼んでくれた。


 わたしはシトリック様と婚約をしていたが、その婚約には好きなんて感情全くなかった。

 だから好きなんて感情分かるわけがない。


「好きっていうのは、相手を大切にしたいって思う感情だと思う」

「そうなんですね」


 相手を大切にしたいと思う感情。

 それが好きなら、わたしとシトリック様の間に好きという感情はなかったな。

 シトリック様はわたしのこと嫌っていた。わたしはわたしでシトリック様に興味も抱かず、好きになってもらう努力もしなかった。

 婚約破棄されたのはわたしにも非があったのね。


「リネアはよく見えていなかったからかもしれないから、わたしに対して本当の優しさで接してくれた」

「もしかしてあの時の……」

「ははっ、気付くのが遅いな。それで好きになったんだよ。一目惚れに近いものだ」


 多分ルカルディ皇帝陛下は才能や地位などから寄ってくる人はそういうもの目当てだったのだろう。

 寂しさを味わっていたんだろうな。

 純粋な優しさに触れたことがなかった。ただそれだけの理由で好きになってくれたのか。それはなんだか悪い気がする。


「たまたまわたしだっただけですよ、それ」

「ああ、確かにたまたまだ。だけどそのたまたまが運命なんだ。オレは君が好きだよ、リネア」


 運命。そんなこと言われたの初めてだな。

 わたしは出会いなんて偶然でしかないと思っていたけど、これは偶然じゃなくて運命だったんだ。

 ならわたしもその運命を信じてみよう。


「好きになってくれてありがとうございます」


 そう話しているうちに王宮に着き、歩いて大広間まで行った。

 ルカルディ皇帝陛下が大広間のドアを思いっきり開ける。


「皆のもの、よく聞け!」


 大きな声で注目を集める。

 隣にいたわたしを抱いて、ルカルディ皇帝陛下は宣言した。


「リネア・リーフィアはオレの正室になる!」


 その宣言で皆んながざわついた。

 あれがリネアなのかという声や皇帝陛下に妻ができた。そんないろいろな声が聞こえる。


 わたしはそんな中でルカルディ皇帝陛下の耳元で一言喋った。


「好きですよ、ルカルディ皇帝陛下」


 わたしもルカルディ皇帝陛下に告白し、初めて名前を呼んだ。

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