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2-2

 「ん・・・?」

 目が覚めると、見慣れぬような見覚えのあるような天井が視界に入った。

 どこだここ・・・。

 思い出そうとしても、頭がぼーっとして考えられない。

 とりあえず体を起こそうとしても、だるいし、身体が重い。頭もまだ締め付けられているようにいたい。脈打っているのも頭まで響いてくる感じで、感覚的に高熱を出した時に近かった。


 ひとまず手探りで時計を探してみる。しかし、枕元で見つけた時計は、

 『見覚え』がないのに、『見覚え』のある時計。

 妙な感覚だった。自分の中に、2つの相反する感想が生まれていた。

 私ではない誰かが、私の中で誰かの意識を認識している、みたいな?自分でもよく分からなくて、どう表現すればよいのかわからなかった。


 どういうことなんだ・・・?

 あぁ、もっと須藤さんにちゃんと聞いておけばよかった。


 ひとまず、時間だけ確認すると7時を過ぎた所だった。頭の痛みも身体のだるさも、慣れてきたのかだいぶ楽になってきたから、ゆっくり起こしてみる。

 こんな状態でも遅刻だけはダメだ。この状況にも当てはめて良いのか分からないけど、小さい頃から母から何度も言われてきたことだったから、それだけは守りたい。


 ということが、頭をよぎる。

 何が何だかさっぱりよくわからないけど、とりあえず私は中学生らしい。

 ん?

 私は”あの依頼”の中に入り込んだ。つまり、本当にタイムスリップした?


 試しに部屋にあったカバンの中からノートを一冊取り出してみる。

 ”大崎楓”

 と書かれている。


 ・・・誰?

 という疑問に、第四中学校の生徒だ、と自分の中にいる何かが答えてくれる。

 と―。


 『楓?まだ寝てるの?遅刻するわよ?』

 ドアの向こうから”母”の声が聞こえてくる。

 「あ、はーい。今行く」

 すぐに、遠ざかっていく足音が聞こえてきた。

 なんだか色々と混乱しているけど、一旦行く準備をしよう、と居間へ向かった。


 向かいながらも、当たり前の様に居間へ向かえていることに、違和感があった。この家に来るのは初めてのはず。知らない家の間取りが頭に入っていた。

 なんか怖いな。あ、夢とか?

 今更ながら、試しに頬をつねってみると、ただただ痛みだけが残った。ちゃんと現実らしい。


 「やっときた。早く食べちゃいなさい?」

 「はーい」

 キッチンで料理をしていたお母さんがわたしにそう行ってくる?少しお節介だけど、優しい人だ。


 「おはよう」

 「あぁ、おはよう」

 私が座った場所の向かいに座るのがお父さん。寡黙な人でほとんど会話もしない。今もあいさつだけすると、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。


 「おはよう姉貴。ごちそうさま、俺もう行くから」

 隣りに座っていた弟は、食事を急いで終わらせて、慌てたように走っていった。野球部の朝練があるらしい。


 と、頭の中にある楓の記憶からインプットしたものを整理していく。


 知らない人間から、知らない人間について詳しく教えられる。

 知っているのに知らない、知らないのに知っている。


 なんだかわけ分からなくなってきた。


 朝食を食べ終わると、部屋に戻って制服に着替える。懐かしい、中学校の制服だ。実際に当時着ていたものとは当然違うけど、どこも大きくは印象は変わらない。

 ちょっと楽しくなって部屋にある鏡を見てみる。

 「あれ?」

 鏡の中には、私がいる。楓ではない、由衣わたしがいた。

 何かのミスか?

 とも思ったけど、良くみると若干幼く見える。


 さっき家族といたけど何もおかしいところはなく、普通に時間を過ごしていたから、ミスなのではなく、そういう設定なのだろうか。


 私はタイムスリップした先では、見た目は由衣わたしのまま、大崎楓になったという、こと・・・かな?


 須藤さんそんな説明してくれてたっけ?もう覚えてないよ・・・。


 なんて考えていても仕方がない。むしろ変に違和感とかもないだろうから楽なのかもしれない。

 そうこうしている間に行かないといけない時間になってしまっていた。急いで準備を済ませて家を出た。


 1人通学路を歩いて行く。知らない道を―って、もういいかこのくだり。


 歩きながら色々整理しないといけない。

 私は大崎楓という中学生で、依頼人は田中康平君という同級生で、その依頼の対象者は水野弥生さんという、その子も同級生で違うクラス。わたしとは同級生。

 どうやら、本当に依頼された内容の中に入れているのは間違いないらしい。


 なんか色々考えているけど、”私”がどっちのことを指しているなのか自分でもわからなくなる。


 早く慣れないと・・・。


 慣れられるのか?


 そんなことを考えていると、あっという間に学校についていた。

 また中学校にくるなんて、しかも現役で。嬉しいのか、どうか自分でもよくわからない。まぁ、そんな経験出来るなんて本来はあり得ない訳で、折角だから楽しんで・・・出来たら良いな。


 私は、当たり前の様に教室へ向かい、すれ違うクラスメイトとあいさつをしながら、自分の席に座った。自分の席は窓際の一番後ろにあった。

 今日は、卒業式の予行演習だった。演習は面倒だけど、午後になる前に放課出来る予定だったから割と気楽だった。


 とはいえ、あんな方法でこの世界へ来たからか、はたまた前日まで春休みだったからか、すごく疲れていた。依頼をちゃんとやらないととは思っているけど、思考が上手く回っていなかった。


 先生は一度教室に来て朝礼をしたあと、また準備があると、教室を出ていった。生徒たちは呼びに来るまで待機らしい。


 みんな席を離れ自由に過ごしていた。私は自分の席の周りの人と話しながら過ごす。

 鈴木君は廊下側の後ろから2列目の席で、同じように周りの席の人達と楽しそうに話していた。


 楓さんの記憶によれば、鈴木君とは幼なじみのようだった。小さい時は、『かえで』『こうちゃん』と呼び合っていた間柄。

 中学生になってからはお互いにそう呼び合う事はなくなって行ったけど、特別避けたりする訳でもなく、必要があれば普通に会話していた。


 と、そんな感じで記憶を擦り合わせていくうちに、胸の奥にモヤっとした、違和感のような感覚が芽生え始めていた。けど、その正体はまだ分からなかった。


 少しして、先生が戻るまでにトイレに行っておこう、と思った。

 1人でトイレに行ってから戻る途中、"こうへいくん"とすれ違う。妙に緊張している自分と、何事もない自分と、正反対の2人が自分の中に存在していて、なんだか変な感じだ。


 「かえで」

 通り過ぎようとした時、急に呼び止められてビクッとしてしまう。

 「え、なに?」

 実際、春休みを挟んだことを踏まえても、こうして学校で話すのは久しぶりだ。同じクラスとはいえ、関わることは少なくなっていた。だから、少し身構えてしまう。


 「あのさ、ちょっと相談というか、お願いしたいことがあるっていうか」

 どうも歯切れが悪い。

 「なに?」

 彼は後ろ手に封筒を隠していたが、それが見えてしまっていた。そのことだろう、ということが分かる分、すぐにその話しをしないこと少しにイラッとしてしまって、咄嗟に強めに返してしまう。


 「あ、うん。こ、これなんだけど・・・」

 「ん?」

 こうへいくんはやっと封筒を前にまわした。でもなかなか渡してこない。

 「え、私に?」

 「ばか、ちげぇよ」

 ばかとはなによ、とムッとする。私にじゃないことはわかっていたし、冗談のつもりで聞いたのに、そんな風に言われたらちょっとイラッときてしまう。

 

 「悪い、そういう意味じゃ・・・」

 「いいよ。別に怒ってないから。で、誰に?」

 でも、それをそのまま伝えるのも違うし、適当にはぐらかすと、こうへいくんも、そうだな、と手紙の話に戻してくれる。


 「あ、うん。えっと、その」

 言いづらそうに目線を逸らしている。そこでなんかすぐにピンと来た。

 「えっと、もしかして、弥生?」

 私がその名前を出すと、こうへいくんは驚いていた。まるで鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこのことだろう。まぁ、逆にそうではなかったら、かえって、ややこしくなっていたかもしれないけど。


 「え、なんで」

 あぁ、弥生の話しは直接してないんだった。幼馴染とはいえそんな話しはしたりしない。いや、幼なじみだからこそ恋愛の話なんてしないのかもしれない。


 「別に。てか、自分で渡しなよ」

 弥生にその封筒を渡して欲しいのだろう、ということは聞かなくてもわかる。だが、その役目を快く引き受けるほど、私もお人好しではなかった。

 それに、こうへいくんと弥生は、お互い知らない仲ではないはずだった。小学校から一緒だから、どこかで同じクラスになっているはずだったし、かえでが弥生といることも多かったから、絡みがあっても不思議では無い。

 「いや、でも・・・」

 恥ずかしい、ということも、言われなくても表情や動きで伝わってきた。


 「仲良いだろ?頼むよ」

 なんで私が、と言いかけて、でも渡さないと依頼が進まないか、とふと冷静に考えてみる。

 わたしは弥生とは結構仲が良かった。さっきいることが多かった、と言ったけど、小学校の時はあまり知らなくて、中学校に入ってから仲良くなった。1、2年生の時の同じクラスで、一緒にいる時間も長かったから中学校で一番仲が良かったかもしれない。親友、とまではいかないかもしれないけれど。


 「だめ、か?」

 「しょうがないなぁ、いいよ。でも、渡すだけね?」

 私の言葉に、ホッとしたよう表情を見せて、ありがとうと言ってから、すぐにそのままトイレの方へと歩いていった。この状況を誰かに見られたらまずい、とか思ったのかもしれない。今更な気もするけど。


戻りながら、封筒の中を見ちゃおうかとも思ったけど、なんだかそんな気分でもなかったからやめておいた。


 卒業式のリハーサルのあとは、クラスで翌日の確認してから、午前で放課になった。

 私は、帰っていくみんなとは逆方向へ向かっていく。弥生のいる教室の方だった。


 「ちょっといい?」

 その場で渡してしまうかとも思ったけれど、周りにはまだたくさん人がいた。他の人に見られるとまずいかもしれないから、別の場所へ移動することにした。


 弥生の提案で2人で図書室へ向かった。

 「図書室開いてるんだ」

 「他の学年の子は普通に授業あるからね」

 司書の先生に断って、私たちは端の方に並んで座った。弥生は図書委員で先生とは親しいらしく、簡単に許可を貰う事ができた。


 まだ他の生徒たちは授業中で、他には誰もいなかった。

 「これ、弥生に渡してって、”こうへい”から」

 「えっと、あ、田中くん?」

 少し考えたらピンと来たようで、それから弥生は受け取りはしたものの、くるくると回しながら、何かを疑っている様に封筒を裏側まで眺めていた。


 「まいちゃんにじゃないの?」

 今度は私の事を、訝しむ様な目で見てきた。

というのも、結構前に、こうへいくんが私に気があるんじゃないか、と言われたことがあった。彼と私は幼馴染だったし、弥生と一緒にいる時には、

 『田中くんがまいを見てるよ』

 とにやにやしながら何度も言われていた。しかし、彼が見ていたのは最初から私ではなく、弥生の方だったということだ。まぁ、最初からわかってはいたけど・・・。


 2つ先の教室で、ほかのクラスもほとんど同じタイミングで終わったから、廊下は人でごった返している。


 「やよい!」

 廊下を歩いている弥生を人混みの中で見つけたから、後ろから呼び止める。

 「あ、ゆいだ。どうしたの?」

 弥生はその声に気づいて立ち止まる。

 3年でクラスが分かれてしまったから、こうして学校で会うのは久し振りだけど、自然とそれまでと同じように接することが出来ていた。


 「やよいで合ってるよ。そう言われたし」

 まだ釈然としない感じだったけど、とりあえず読むだけ読んでみたら?と言うと、

 「そうだね」

 と封筒を恐る恐る開いて紙を取り出していた。


 「ねぇ、まいちゃん」

 何か本でも探してこようかと思った矢先、もう読み終わったのか、弥生が私に小さく声をかけてくる。

 「ん?」

 「中身見た??」

 流石に手紙を中身を読んではいない。気にはなったけど、その時はそういう気分じゃなかったり、なんだか”こわくて”読んでいなかった。何がこわいのかはわからないけど。内容はなんとなくは察しはついてるし―決して真面目だからではない、ということ先に付け加えておく。


 「いや、読んでないけど」

 どうかしたの?と聞くと、

 「手紙読んでみて」

 半ば強引に手紙を押し付けられる。なんだか照れている様な、困っている様な様子だった。目を合わせてくれないし、聞いても詳しくは教えてくれなそうだし、とりあえず手紙を読んでみようか。


 『卒業式のあとの、放課後。教室で待っていてもらえますか』


 書いてあったのはこれだけだった。あまりにもストレートな文章に少し驚いた。でもシンプルでよいのかもしれない。まぁ、大体の人が、その意味は簡単に察することが出来る内容だ。弥生の反応の理由がわかった気がする。

 「やっぱり、それ私宛じゃないと思うんだけど」

 そういって苦笑いしている。確かに、内容的に弥生でなくても成立してしまうか。まぁ手紙だし、直接話すならその時に伝えればよいし、この内容でも仕方ない気もするけどら、

 「いやいや、弥生で合ってるから。さっきも言ったけど、そう言われてるから」

 私は事実を伝えているはずなのに、弥生はなかなか納得はしてくれない。


 弥生は、あまり自分に自信の持てない子だった。頭も良くて可愛いのに、引っ込み思案で、褒められても、

 『そんなことない』とか言って、否定してしまうような性格だから、素直に受け止められないのだろう。


 まぁ、こうへいくんが弥生に好意がある風を見せたことはなかっただろうし、あっても以前の勘違いもあるから伝わってなかったのかもしれない。だから、そう思うのも無理はないのか。


 でも、この状態だと、私に代わりにいってきて、という流れにもなりかねないと思った。

 「ほんとだから、自信もって」

 自信を持つ、の意味はよく分からないけど、弥生が押しに弱いことはわかっているから、多少強めに行けば大丈夫・・・のはず。


 「うん・・・。考えとく」

 と思ったけど、なんだか微妙な返事だった。思っていたものと違う。これは想定外だった。


 他の生徒達が来てしまう前にと、図書室を出て、そのまま帰路につく。久しぶりだったからか、結構盛り上がった。でも、"康平くん"のことについては触れなかった。家の近くの十字路で別れる時も、また明日、とだけ言って手を振って見送ることしか出来なかった。


 弥生のリアクションは意外だった。もっとすんなりいくものだと思っていたからだ。

 告白というものが想定外だったのだろうか。確かに逆の立場だったら、ビックリして素直に受け取められるかは分からないけど・・・。

 だけど、今回は立場上そう入っていられない。明日は無理矢理にでも約束の場所に連れていかないと。

 確か教室だったかな。ってどこの教室だろ。


 あぁ、明日が憂鬱だった・・・。

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