お涙頂戴侍
市立病院の一室。不治の病に蝕まれ、ひっそりと命の終わりを待つ少女と、彼女に淡い恋心を抱き続けた少年。
迷惑を掛けまいと少年に冷たく当たる少女だったが、「好きな女の子を見捨てるなんて、出来るわけないだろ!」……その言葉が切っ掛けで、二人は恋人同士になる。
……そして、辛く長い闘病生活も終わりを迎えようとしていた。
「由香……君と出会えてよかった」
震える声で涙ぐむ少年は、ベッドに寝そべるやせ細った少女の手を取る。
「マサ君……ありがとう……」
少女もまた、小さな力でその手を握り返す。
見つめ合う二人の潤み切った瞳から、今にも零れ落ちようとする輝き……。
……そろそろ頃合いか。
「――いざ参る!!」
病室に飛び込み、愛刀を五月雨に振りに振りに振り続ける!
「ぅうお涙あああああああ!!! 頂戴いいいいいいいいいいいい!!!」
口を開け広げ、涙を引っ込ませ、茫然とするばかりの少年少女。
「何ですかあんた!? ……てか誰?」
少女を庇うように立った少年へと膝を落とし、美しい蹲踞を向ける。
そして声を張る。
「某! ぅお涙頂戴侍に候!! 以後お見知りおき候え!!」
「由香……この人知ってる?」
「全然知らないけど。……誰?」
「某! お涙頂戴侍に候!!義によって、お二人のお涙頂戴致したく見参した次第に候!!!」
「…………」
「お涙あああああああ!!! 頂戴いいいいいいいいいいいい!!!」
「あの……誰か知らないけど出て行ってくれませんか?」
少年を無視し、なおも愛刀白露丸を振り回し続ける。
やがて、少女が上体を起こす。私をしかと睨みつける。
生命力に満ち溢れた、燃え上がる怒気の籠った、力強い瞳であった。
そして……!
「邪魔なんだよおおおおおおおおお!!!」
「――ぬうううっ!!!」
少女の連続アッパーで、体が浮き上がる。
「失せろおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
すかさず鋭い正拳突きが、私の鳩尾に炸裂!
「殿中!!!!!! 殿中にござるううううううう!!!!」
病室の外へと豪快に吹っ飛ばされながらも、私は満足しきりだった。
……お涙頂戴、これにて成就。
「あれ、なんかすごく体調がいいんだけど……治ったかも」
「マジで!?」
「うん。あの変なおっさん殴ってから本当に何ともなくなった……」
「……そうなんだ」
「なんかよくわかんないけど、とにかく良かった……」
病室から重なり響いて来る、二人の笑い泣きの声。
「このお涙は、頂戴致しかね候」
廊下の窓に映る青い月をそっと見上げ、小さく呟く。
愛刀白露丸を腰に収め、颯爽と病院を後にしていく。
◇
自ら全身改造手術を受け、「お涙頂戴の技」を受け継いだ現代のサムライ、「お涙頂戴侍」……それが今の私であり、私の全てだ。
誰かの哀しみの涙を頂戴する為。誰かの嬉し涙の為。今日も私は愛刀白露丸を振るう!
「お涙あああああああ!!! 頂戴いいいいいいいいいいいい!!!」