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第Ⅱの俺に栄光あれ  作者: Og
第1章 異世界到来編
8/13

第8話 盗人



 シェラの正体が盗人だった。

 ついさっきまで、一緒に犯人を探していた相手が盗人だった。

 俺達が今まで追っていたのは、シェラが雇った捨て駒――グルーというやつだった。


 セラはずっと、シェラのことを怪しんでいたらしい。

 俺とシェラが曲がり角でぶつかる瞬間、シェラは何やらおかしな行動をしていたらしく、それが引っ掛かっていたとか。

 まさか、こんな近くに犯人がいるとは思わなかった。

 こんな展開があるとは……。


 俺は倒れているグルーの元に近寄る。

 左腕があり得ない方向を向いている。

 真反対に、綺麗に折れ曲がっている。

 気色が悪い。


「おーい、起きてるかー」


 頬っぺたを叩こうが起きる様子はない。

 完全に気絶している。

 相当痛かったのだろう。悶絶ってやつだ。

 考えるだけでも身体が震える。

 セラ……恐ろしい。まさかここまで容赦のない奴だったとは。

 やはり、怒らせたらダメだ。次は俺がこれになる。


「どうしたの?」


 セラが俺の顔を覗き込んでくる。


「セラさん、今まですいませんでした」


 とりあえず、謝っておこう。

 昼間に相棒を探すのを手伝ってもらったのに、ソレーヌとの話で裏切ったこととか、この前、掃除の途中に真っ黒に染まったバケツの水をかけちゃったのは実は俺だったこととか、黙って財布から飯代を借りたこととか。


「本当に、すいませんでした」


 精一杯、心を込めて謝罪する。

 

「どうしてのさ、急に……。あっ、昼間のこと?まあまあ、僕は寛容だからね。そのくらい許してあげるよー」


 よかった。その件だけだと思ってくれて。

 ありがとう、そしてごめんなさい。


「逃げられたな……。どうする?」


「このままじゃ、さっきと何も変わらない。とりあえず、この事をベルゼスさんに伝えないと」


 もう姿を隠すつもりはないだろう。

 見た目の特徴がわかれば、捕まえ易くはなるはずだ。

 多分、また魔道具を使うだろう。対策は無いし、二つ目の種はわからないまま。

 正体がわかったところで、あまり良い方向には進んでいない。

 ここままじゃ――。


「ベルゼスさんには、僕が伝えに行く。ついでに、そこで寝てるやつも連れて行かないといけないしね」


 ベルゼスの元へはセラが行くことに。

 こいつも気絶しているが、起きる可能性がないわけじゃない。セラが適任だろう。


「……わかった。俺達はまたシェラ(あいつ)を追うよ」


「頼んだよ」


 俺達のチームは二手に分かれることに。

 俺のいるチームは、再び盗人(シェラ)を追う。

 セラのいるチームは、捕まえたグルーをベルゼスの元まで連れて行き、シェラのことを伝える。

 ベルゼスさんに報告した(のち)、セラ達と合流してシェラを追う。

 ということになった。


「それじゃ、頼んだよ」


 そう言うと、セラ達はベルゼスの元へ走り出した。



 ********************



「オレ達はどうする?」


 セラ達を見送った俺達は、ひとまず休憩も兼ねての作戦会議を行なっていた。


「このまま追っても埒が明かない。

 ここで待ち伏せするってのはどうだ?

 出現場所に行って振り回されるよりは、よっぽど可能性があると思うんだが……」


 また追ったとしても、さっきみたいに振り回される鬼ごっこになるだけだ。なら、四つの区のうちのどこかで待ち伏せして、出てきたところを襲撃するというやり方はどうだろうか。

 それに、追い掛けるだけの体力が残っている者は少ない。

 この作戦なら、シェラが来るまでの間体力を回復できるし、事前に役割を決めておけば、より効果的なものになるだろう。


「まあ、このメンバーを考えれば、それが一番妥当でしょうね」


 赤毛の女性冒険者の言葉に、残りの皆も頷いた。

 俺の案に賛成のようだ。

 

「なら、役割分担だな」


 それぞれの職業や得意分野を言い合い、役割を決めていく。

 このチームの人数は十五人。

 六人が前衛職である剣士、二人が槍士。四人が魔術士。二人が回復術士。残りの一人が罠士。


「……」


 一人だけ使えない奴がいるぞ。

 誰だよ、罠士って。


「剣士の四人と、魔術士の二人が一番初めにヤツを奇襲する。まずはこの六人で、ヤツを相手してくれ。基本的には二人ペアで行動すること。ヤツを相手に一人で勝てるなんて考えるな。

 しばらくしたら、残りの剣士と槍士、魔術士を投入する。

 回復術士はいつでも魔法が使えるように待機。

 罠士は……」


 この場にいる全員の視線がこちらを向いた。

 何となく俺も後ろを振り向く。が、そこには誰の姿も無かった。


「オマエだよ、オマエ」


 あっ、俺か。

 

「な、なんだ?」


「オマエは何ができるんだ?」


「……俺は……」


 俺って、何ができるんだろう。

 こっちに来てから、掃除のバイトしてこなかった。

 罠士のくせに、罠にはちっとも詳しくない。

 武器と言えるものは一つも無い。

 ステータスは見ての通り。相手にすらならない。


「……俺に、やって欲しいことはあるか?」


 やれる事が思い浮かばないなら、探すしかない。

 そう思い、俺は訊いた。


「そうだな……。罠士なんだから、爆弾とか持ってねえのか?」


 爆弾。

 そんな物、持ってない。持ってるわけがない。

 冒険に行くのはもう少し先の予定だし、買うお金も無かった。

 でも――、


「――無いけど、今から買ってくる」


 今は借金のお金がある。

 飯代は150万もあれば足りるはずだ。

 なら、残りの50万で爆弾を買えばいい。


「……わかった。なら――」


 作戦が決まった。

 

 内容はこうだ。

 まず、一番初めに剣士の四人と魔術士の二人がシェラを攻撃。

 しばらくしたら、残りの剣士と槍士、魔術師を投入し、更にシェラを追い込む。

 回復術士は後方から支援。

 罠士である俺は、爆弾でシェラを牽制する。

 ということになった。

 魔道具については、どうにもならないということで、対策は何も出なかった。

 一番厄介な魔道具の対処ができないのはどうかと思うが、あれはどうしようもない。俺達の低い知力じゃ、対処法は思いつかなかった。


「じゃあ、作戦も決まったことだし、俺は爆弾を買ってくる」


 俺は立ち上がると、ポケットからパンパンになった財布を出す。


「なるべく早く戻れよ。あと、爆弾の威力はそこまで高くなくていい。街に被害が及ぶし、爆弾は牽制に過ぎないからな」


 俺は頷くと、最寄りの武器屋に向かって走り出した。



 ********************



 マヒトが武器屋へ向かった後、シェラは街の中で逃走を続けていた。

 四区を次から次へと進み、冒険者達を翻弄する。

 ベルゼスの位置は、魔力感知で大体わかる。

 ベルゼスの魔力量はそこまで多くないが、気を付けてさえいれば見つけるのは容易いことだ。

 ベルゼスを避けつつ移動する。


 冒険者達も魔道具を恐れているのかあまり攻撃してこない。

 丁度いい。もう魔道具も使い切ったところだ。もうこれは使えない。

 あと少しで約束の時間。

 ……よし、撤収しよう。


 出口は……――北門だ。



 ********************



 マヒトが武器屋に向かってから数分後――。


「来たぞ!!」


 この区に――北区に、シェラが現れた。

 今、目の前にいる。

 中央通りを真っ直ぐ、こちらに向かって走ってきている。

 この場にいる全員、てっきり屋根の上からやってくると思っていたが、シェラは堂々と中央通りを突っ切ってきた。


「よし、行くぞ!!」


 その声と共に、作戦が開始した。


 一番初めに、剣士と魔術士が背後からシェラを奇襲する。

 まずは剣士の二人がシェラの背後から剣を振るう。が、案の定、難なく躱される。

 だが、隠れていたもう二人の剣士が、シェラの頭上から剣を振り下ろした。

 次も避けられるも、肩に少し擦ったようだ。右肩から少し血が流れ出ている。


 剣士達は怯むことなくシェラに攻撃を続ける。

 シェラは避けるばかりで、攻撃してくる様子はない。

 避けるのに精一杯なのか、何か策があるのか。


 迫り来る四つの剣を全て躱す。

 しなやかに身体を動かし、ギリギリで刀身を避ける。

 たまに擦るも、服が切れる程度。動きに制限が掛かるほどの傷にはならない。


 シェラを襲うのは剣だけではない。

 剣士達の後ろに立っていた魔術士の二人が魔法を放つ。

 魔術士の援護によりシェラの動きを更に制限し、より剣が当たりやすくなる。

 剣がシェラの肌を擦り始める。

 危機感を感じたシェラは一旦民家の屋根へと避難し、息を整え――、


 ――られなかった。


 屋根に着地した途端、左右から現れた二人の剣士による横薙ぎの斬撃が放たれた。

 シェラはしゃがんで回避するも、バランスを崩し、再び中央通りに降り立つ。


 一旦休憩、なんてことは言ってられない。


 中央通りに降り立った瞬間、魔術士の魔法が放たれる。一直線に魔法は飛来し、シェラに直撃する。

 当たりはしたが、放たれた魔法は初級レベルのもの。致命傷にはならない。


 シェラの身体能力は、ここにいる者達より圧倒的に高い。だが、ここまで追い詰められている。

 多勢に無勢とは、正にこのことだ。


 シェラはガードした腕を見る。破れた服を捨て、懐に隠していたナイフを抜く。

 ここで、シェラは戦闘体制に入った。


 シェラはナイフを手に持つと、剣士達に向かい攻撃を始めた。

 剣士達はなんとか剣でガードするも、シェラの身体能力には追いつけず、少しずつ傷を負い始める。


「くッ――!」


 シェラはまとめて攻撃しようとはせず、一人ずつ的確にダウンさせていく。

 一人、また一人と減っていく。

 倒れた者達は皆、重傷ではないものの急所をつかれ戦闘は困難な状態。

 そして、また一人が倒れ――。


 シェラが突如、回避行動をとった。

 何かを避けるように、高くジャンプした。

 避けたのは――、


 ――小型爆弾だ。


 シェラがジャンプした直後、小型の爆弾がボンと爆ぜた。


 攻撃の正体は、武器屋から戻ったマヒトだった。



 ********************


 

 俺は次々と爆弾をシェラに投げつける。

 一つ当たり、爆ぜた瞬間、もう一つを投げる。

 それを十回ほど繰り返した。


「おいマヒト!投げすぎだ!」


「あ、ごめん」


 注意が入り、我に返る。

 つい興奮して投げすぎてしまった。

 残りは二十個。

 もう少し買っておけばよかったな。


 と、ここで戦闘不能になっていた剣士達がゆっくりと起き上がった。

 痛そうに。股間をあんな風に蹴られたんだ。腹痛のレベルはさっきの俺の倍以上だろう。


「ヤツを囲め!」


 剣士達がシェラを囲む。

 だが、シェラは勢いよくジャンプし、再び屋根の上に上がった。

 屋根の上で待機していた槍士の二人がシェラに向かい槍を突き立てる。

 シェラは剣士の時と同じように華麗に槍を躱し、二人の意識を刈り取った。

 屋根に登った剣士達がシェラを攻撃する。


 俺も休まず、隙を見て爆弾を投げる。


 当たる数は減ってきたが牽制にはなっている。

 当てることが目的じゃない。焦るな。


 シェラはなぜか魔道具を使わない。

 魔力切れでも起こしたのだろうか。

 あんな魔法を何度も使ったのだ。魔力切れになるのも無理はない。

 あとは……魔道具が壊れたとか?


「このままじゃ逃げられるわ!」


「まずいな……ッ」


「クソッ。誰か、ベルゼスさん呼んでこい!」


 誰かがそう叫んだ。

 その瞬間、一瞬シェラの動きが止まった。

 俺はその一瞬を、目で捉えていた。


「誰か来てくれ!」


 そう言うと、シェラを囲んでいた剣士の一人が、俺の所までやってきた。


「手短に」


「さっき誰かがベルゼスさんって言ったろ?その瞬間、シェラの動きが一瞬だが止まった」


「そうだな」


 やはり、剣士達もわかっていた。

 俺が見えたんだ。俺よりレベルの高い彼らが気付かないはずがない。


「俺がもう一度、ベルゼスさんの名前を叫ぶ。「ここに来た」ってな。そしたらヤツは絶対に止まる。その一瞬で、ヤツから魔道具を奪え」


 魔道具はシェラの腰にある。

 あそこなら手を伸ばせば届く。


「……わかった。みんなにはオレから伝えとく」


 そう言うと、剣士は元の位置へと戻り、剣士達に俺の言葉をシェラに聞かれないよう伝え始めた。


 しばらくすると、全員に伝え終えたという合図がきた。


 よし、やるぞ。

 これで取れなかったら――いや、後のことは考えるな。

 そんなの考えたってどうしようもない。

 魔道具を取れば、俺達は勝てる。


 俺は深く息を吸い――、


「ベルゼスさんだ――!」


 辺りに響き渡るような大声で、そう叫んだ。

 俺が叫んだ瞬間、シェラの動きが一瞬止まった。

 ピタリと、静止した。

 そしてその一瞬を、剣士達は見逃さなかった。

 六人のうちの全員が、同時にシェラへ――魔道具へと手を伸ばす。

 それに対して、シェラは剣を躱す際の動きで身体を少し横にずらした。剣が来ると思っていたのだろう。だが、やってきたのはただの手だ。

 そして――、


 ――一人の剣士が、魔道具を掴んだ。


「取ったぞ!」


 魔道具を手にした剣士が、時間を置くことなく魔道具をすぐさま投げた。

 空中を飛ぶ魔道具を取ろうとしたシェラだが、剣士達に囲まれてうまく身動きが取れない。

 そして、投げられた魔道具を取ったのは――、


「取った……!」


 ――俺だ。


 魔道具を手に取った俺は、急いでこの場から離れる。

 

「待て……!」


 背後から、シェラの叫ぶ声が聞こえてきた。

 緊張が一気に増す。

 多分、追いつかれたら殺される。そんな感じの声だった。

 疲れの溜まった足を半ば強制的に動かして、少しでも距離を取ろうと走る。


「セラさんセラさん早く来て!」


 ベルゼスの元へ行ったセラさえ戻ってきてくれれば、勝てるはずだ。

 グルーを圧倒したあのセラなら、シェラにも遅れは取らない。


「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃――」


 一瞬、視界に何かが映った。

 何かはわからない。

 ただ、一瞬、見えた。

 見えたと思った瞬間、俺の右頬から強烈な痛みが発せられた。

 そして同時に、俺の両足が大地を離れた。

 

「がッ……!」


 民家の壁に全身を強打した時、俺は気付いた。

 ――ああ、殴られたのか。


 痛かった。チンピラに殴られた時と同じくらい。いや、それ以上。けど、意識はある。

 シェラに殴られた。多数の剣士達を圧倒したあのシェラに。

 俺が気絶しないわけがない。

 シェラは低く見ても5級くらいのレベルがある。

 対して、俺は10級。

 ステータスの差は歴然。

 殴られて気絶しないなんておかしいのだ。

 

 ここで俺は思った。


 ――到頭(とうとう)、覚醒の時が来たか。


 口の中が気持ち悪い。鉄のような味がする。

 鼻からは血が出ている。

 奥歯が折れた気がする。

 右頬の腫れは酷くなる一方だ。


 シェラはゆっくりと俺に近づいて来ると、ナイフを構えた。


 やばいやばいやばいやばい。

 チート来い。チート来い。

 今がその時だ。

 目覚める――覚醒の時だ。

 さっきのエクスプロージョンは何も出なかったが、今度は出るはずだ。

 今はピンチ。そう、ピンチなのだから。

 シェラの攻撃に耐えられた。これは覚醒の前触れだ。

 それに、俺には主人公補正がある。

 だから――。


 シェラに右手を向ける。

 右手を力を込めて、体内を流れる魔力(仮)を感じる。

 俺はニヤリと笑うと、


「あぶそりゅーと・ぜろ……!」


 大きな、そして震えた声で、そう叫んだ。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


「あ、あれ……」


 閉じていた目を開けるも、そこには先程と何も変わらない景色があった。

 眼前には、蔑むような目をしたシェラの姿があって、その後ろには呆気にとられたような顔をした冒険者達の姿が。

 それはつまり――、


 ――俺は、チートなんてものには覚醒しなかった。


「なんで……」


 シェラがナイフを振り上げる。

 殺意の籠った瞳が、俺を見る。


「ひいぃっ――!」


 恐怖で声が裏返る。

 どうする?死ぬ?爆弾は使い切った。もう無い。

 くそ、ナイフの一本や二本、ケチらずに買っておけばよかった。


「すいません俺が全部悪かったですだから見逃してくださいお願いじまず!」


 シェラがナイフを振り上げる。

 どうやら、俺の早口な命乞いは受け入れてもらえなかったらしい。


 ――あれ、俺これほんとにやばい?


 なぜだろう。なぜか、現実を受け止められない。

 今、目の前には俺を殺そうとするやつがいる。そして俺は殺される寸前まできている――という現実を受け止められない。

 チートが使えなかったこともあるが、それよりも、茶番か何かなのでは、と心の中で思っているのだろう。

 最近、こんな感覚によく見舞われる。

 今見ている光景が、全て嘘であり、夢のように感じてしまうことが時々ある。


 現実を受け止められない――俺の悪い所の一つだ。


「……なあ、これって夢か?」


 そして、ナイフが振り――



「――お待ちどうさま!」



 空から、元気よくそう言うセラの声が聞こえてきた。


「――〈氷撃あれ(アイスショット)〉!」


 そう言って、セラは力強く指パッチンする。

 すると、セラの傍らに無数の氷の礫が現れた。

 現れた氷の礫はシェラへ向かい一直線に飛ぶ。


 シェラは身をよじり迫り来る氷の礫を躱す。

 だが、氷の礫の速度はシェラの身体能力を上回るものだった。

 避けられたのは精々三発。

 残りは全て直撃した。


 シェラは壁に手足を氷漬けされ、磔の状態になった。


「速度上げといてよかったよ。魔力の残り少ないけど……」


 元々、魔力の少ないセラだ。

 ただでさえあまり魔法は使えない上に、速度アップまで加えた。

 ここに来るまでも、身体強化魔法を行使していた。

 魔力切れになるのも無理はない。


「……た、助かった……」


「大丈夫?右の頬が腫れてる」


 そう言うと、セラは俺の右頬をつんつんと触ってきた。


「間に合ってよかったよ。

 僕って君の命の恩人じゃない?そうだよね?」


「……助けていただきどうもありがとうございます」


 ドヤ顔をするセラを無視して、シェラに目をやる。

 手足を氷漬けにされているが、俺の予想だと――、


「――ほら、すぐ取れた」


 シェラは力尽くで壁から氷を取った。

 シェラの瞳が俺達を見る。

 絶対怒ってる。そんな目だった。


「マヒト。面倒だから、もう終わらせるね」


「……どうぞ」


 セラが俺の前に出る。

 シェラと数秒、睨み合うと――、


 ――両者共に、一直線に敵に向かって跳んだ。


 シェラはナイフを構える。

 それに対してセラは――、


「――〈力あれ(パワー)〉」


 そう唱え、指パッチンをする。


 両者の距離が縮まる。

 シェラがナイフを振り、セラの身体を切り裂こうとした瞬間、セラが酷く冷たく、小さな声で言った。


「――自惚れるなよ、盗人が」


 そう言った瞬間、セラが足を振った。

 横に、シェラの横顔に向かって、蹴りを入れた。

 

 シェラは左へ吹き飛ぶと、民家の壁に勢いよくぶつかって気絶した。


「ふぅ。危うく髪が白くなるとこ――」


「――捕まえろおおぉぉおおおお!」


 冒険者達が一斉に気絶したシェラへと飛び掛かり、両手足を地面に押さえつける。


「さあ、どうしてくれようか!全裸にして磔にして外壁に張り付けてやろうか!?天日干しにして枯れ果てるまで!」


 一人の冒険者がよだれを垂らしながらそう言った。


 いや、そんなの生温い。

 もっと他にあるはずだ。

 ゴブリンに襲わさせるとか、いろいろ。

 娼婦街の道端で全裸にして好きに使ってくださいとか。


 あたりにうるさくしていたせいか、シェラはすぐに目を覚ました。

 シェラはハッとした顔になると、


「やめろっ、はな、放せ……!」


 必死で押さえられた手足を解こうとする。


「放すわけねぇだろっ。返した物返せや!」


 振り解こうとする手を必死で押さえる。


「おらっ。大人しく捕まれっ」


 と、シェラを押さえていると――、


「マヒト、こいつはオレ達が見る。オマエの盗られた物は北門の外にあった。行っていいぞ」


 後ろから突然やってきたベルゼスがそう言ってきた。


「はい……」


 俺は返事をすると、シェラから手を離し、盗られた物――相棒の元に向かって走り出した。


 

 ********************



 マヒトが北門に向かった後――。


 ベルゼスが盗人を押さえ、尋問をしていた。


「さあてぇ、何から聞くか……。

 どこから来た?」


「――――」


「もう一度聞く。

 どこから来た?」


「――――」


 盗人は何も答えない。口すら開かない。

 何も、言うつもりがないのだ。


 だが、それは許されない。

 ベルゼスは、それを許さない。

 

「ぇ……?」


 自身の右腕を見て、盗人は茫然自失になった。

 突然だった。突然、気が付いたら、こうなっていた。

 一瞬の出来事に、何も感じなかった。

 突然の喪失感に襲われ、視線を右にやると無くなっていた。

 そして、その喪失感の後にやってくるものは――、


「ぁ、アアッ!あァあ、あァああアぁアアッッッ――!」


 ――痛みだ。


 あまりの痛さに、盗人は絶叫する。

 「痛い痛い」と何度も叫び、無くなった右腕の付け根を押さえながら、その場でのたうち回る。


「二度目だ。どこから来た?」


「…………て、帝都、から」


 そう言った瞬間、辺りの空気が変わった。

 シェラは自分でもよくわからない――不思議な感覚に見舞われた。

 なんだろう、心の奥底から沸いてくるこの気持ちは。


「その魔道具、誰にもらった?」


「…………み、道端で」


「嘘つけ。早く言えよ」


 ベルゼスは盗人を睨みつける。

 再び大剣を構え、盗人の左腕に近づける。

 冷たい視線と鬼気迫るような威圧に圧倒され、


「…………か、借りたんです、ベスリンで」


 戸惑いながらも、そう答えた。


「誰に?」


「……知ら、ない。ふ、フード被ってて見てなかった。多分、男」


「どうして何度も魔道具を使えた?」


「……ま、魔力回復力には、自信が、あるので……」


「何のために金品を盗んだ」


「……お金を、得るために」


「本当にそれだけか?」


「……はい、それだけ、です」


「オマエ、この街に入る時、それ使っただろ?」


 ベルゼスは魔道具を指差す。


「……はい」


「まあ、魔力感知にほとんど反応がなかったからな。スルーしてたんだが、それはオレのミスだ」


「……」


「まっ、オマエより完璧にこの街に入ってきた奴もいるけどな。驚いたぜ、協会の受付嬢に言われるまで何も気付かなかった。オレは驚きと同時に、恐怖すら覚えた。この警戒し尽くされた街に、ゴーラスにも気付かれず侵入した――あいつによぉ」


「……」


「まるで突然現れたように、この街に姿を現した。到頭、天使でも来たのかと思えば、ただの雑魚。挙げ句の果てには、掃除屋でせっせとアルバイトなんかしてやがる。魔力はねェし、ステータスは低すぎるし。もう、意味わかんねェ」


「……」


「まっ、要観察だな。刺激して何かあったら(こえ)ェしよ。

 あいつも何もしてねェみたいだしな」


「……」


「魔道具をくれた奴のこと、ほんとに知らねェんだな?」


「……はい」


 ベルゼスは数秒、盗人を見据えると、


「……もういいか」


 呆れたような声で、そう吐き捨てた。


「……い、命だけは……!い、妹が!妹がいるんです!まだ七歳の妹が!だから――!」


「――――」


 ベルゼスは、聞く耳を持たない。

 そんな話、聞く気もない。


「生捕にしますか?」


 後ろにいた冒険者がベルゼスに尋ねてくる。

 手には縄を持っており、準備は万端のようだ。

 今捕らえて、更に情報を聞き出すという手もあるが、こいつはそこまで大した情報は持っていない――そう、ベルゼスは判断した。

 使い物にならないなら――、


「生捕にはしねェ。――ここで殺す」


 その言葉を聞いた盗人の目が見開かれる。

 全身が少しずつ震え始め、身体が硬くなる。

 口を開こうにも、うまく動いてくれない。


「……最後に一つ。ハヤミ・マヒトって知ってるか?」


「……知ら、ない……」


「そうか。ならいい」


 そう言うと、ベルゼスは背中から大剣を引き抜き、振り上げる。

 再び、盗人の顔を見据える。


「――――」


 盗人は逃げようとしない。

 わかっているのだ。この男からは逃げられないと。この掴まれた手を振り解くことすらできないと。

 帝都から来たと言った瞬間に放たれたベルゼスの殺気には、とても耐えられなかった。

 殺意を孕んだその瞳には、絶望の未来しか見えなかった。


 何も言わない。命乞いなんて無意味だ。

 この男は、そういう奴だ。


 でも――、


「いやっ、やめ――」


 そして、大剣が振り下ろされた。


 綺麗に、まっすぐ、その首を斬った。

 ポトリと、首が石畳の上に落ちる。

 少しだけ転がって、止まった。

 切り口からは血が溢れ出て、首を失ったそれはその場に倒れた。

 溢れる鮮血が、辺りに広がっていく。


 即死だった。

 痛みを感じる時間はなかった。

 これが、ベルゼスの慈悲。


「よし、終わりだ」


 ベルゼスは振り返り、後ろにいた冒険者達にそう言うと、大剣を鞘に納める。


 その言葉を聞いたみんなは喜んでいた。笑顔で、歓喜して、嬉しそうに笑っていた。

 みんな、喜んでいた。声を上げて、歓喜していた。


 事件が解決したことにではない。


 ――帝国人()が死んだことに。



 ********************



 盗人による盗難事件は幕を閉じた。


 犯人は帝都からやってきたという女性。

 自身の姿を消すという厄介な魔道具を使い、冒険者達を翻弄。

 ベルゼス率いる冒険者達によって捕まり、その場で処刑。

 犯人処刑後、魔道具は回収された。

 回収された魔道具は冒険者協会――ゴーラスの下で管理されるとのこと。

 盗人に魔道具を渡したという者については、これから詳しく調査するようだ。

 盗まれた金品は全て発見され、持ち主の手元に帰ってきた。

 もちろん、俺の相棒も戻ってきた。


 そして今は、みんな仲良くハンデリィで事件解決のお祝いをしている。

 テーブルにはたくさんの料理が隙間なく置いてあり、店の中はほぼ満席状態だ。


 こんなにたくさんの量、一体誰が払うんだ?


 はい、俺です。


「セラ、あんまり食べすぎないでね?」


 隣で十五皿目を完食したセラにそう言う。


「200万もあるんだろ?ならいいじゃないか、これくらい」


 これくらい、の量じゃないのよ。

 それに、さっきまではあんなに心配してくれてたのに、今は忘れてんの? ってくらい借金のことを言わなくなった。


「そういえば、ウドル達がいないな」


 盗難事件にウドル達は参加していなかった。だが、これだけの人が店で騒いでたら絶対に来るはずだ。あいつら、こういうの好きだし。


「ウドルくん達ね、今タイトくんの身元引き受けに行ってるよ」


「身元引き受け?」


「ほら、この前捕まってたでしょ?女子風呂覗いて。今日、釈放されるから」


 ああ、やってたな、そんな事。

 ウドル達は身元引き受け人ってことか。


「かわいそうに。一体誰だ?あいつを独房にぶち込んだ奴」


「マヒトは酒飲まねぇのか?」


 大ジョッキを両手に持ったベルゼスが、そんな事を訊いてきた。


「酒……?いや、今日はいいです」


「そうか……。あ、そう言えば、報酬忘れてたな」


「おー、出るの!?」


「そりゃあもちろん。オマエも活躍したんだろ?聞いたぜ」


「え、マヒト、活躍したの?」


 セラが疑いの眼差しを向けてくる。


「したさ。それはもう大層な」


「死にそうになってたのに?」


「で、報酬は?」


 俺は手を差し出す。

 あれだけ活躍したのだ。

 これはもう期待していいんじゃないだろうか。

 あわよくば、借金が返せるくらいもらえないかな。


 ベルゼスはポケットからお金を取り出すと、俺に手渡した。


「……少な。え、少なくない?」


 俺の手元には、1000ミリンである中金貨が一枚。


「しょうがねぇだろ?元々少なかった懸賞金だ。何百人も参加したからな。みんなこんなもんだ」


 俺が連れてきたせいか。

 ……いや、あの人達がいなかったら、今頃シェラは街から逃げていただろう。

 ……だから、しょうがない。そう、しょうがないのだ。


 この街の人達はノリがいい。なんでもすぐに盛り上げてくれる。酒の場はもちろん、ちょっとした事まで。

 そのおかげで、俺の頼みにも皆付き合ってくれた。

 フレンドリーで優しい人ばかりだ。


「こういうの、いいよな」


 こういうのに、ずっと憧れてたんだ。

 この光景を、ずっと見たかったんだ。

 でも、まだだ。

 まだ、足りないものがある。

 だから――、


「……冒険、行くか」


 そう、小さく呟いた――。



7話、8話ともに急展開で申し訳ない。

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