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第Ⅱの俺に栄光あれ  作者: Og
第1章 異世界到来編
7/13

第7話 追跡



 盗人が現れた。


 その一言を聞いた瞬間、俺達は外へ飛び出した。

 

「どこだ!どこに現れた!」


 ベルゼスが自分を迎えに来たと言う男性に、盗人の居場所を問う。

 声からして、焦っているように見える。

 ゴーラスと約束したからだろうか。

 慌てている様子だ。


「南区です……!」


 それ聞いたベルゼスは、急いで南へと向かい走り出した。


「セラ、俺達も行こうぜ」


 俺は隣で水を飲んでいたセラにそう言った。


「え、本気?」


「本気。行くぞー」


「まあ、いいけど……」


 俺達もベルゼスの後を追って走り出す。


「おい、仕事はまだ――」


「ごめん!後でやるから!」


 ソレーヌには申し訳ないが、相棒が最優先だ。

 昼間捕まえられなかった時に、この時が来たら絶対に逃がさないと決めていたのだ。

 ベルゼス達もいる。

 これなら――。


 無事に帰ったらちゃんとやりますから。すいません。

 と、心の中でソレーヌに何度も謝った。


「でも、僕達が着く前に逃げられちゃうんじゃ……。君のペースに合わせてたら間に合わないよ」


 走り出してから数分経ち、急いでベルゼスの元へ向かっていると、セラがそう言ってきた。


「あ、俺のペースに合わせてくれたの?結構本気で走ってるんだけど……」


 全力で両足を動かしている。

 呼吸のテンポを上げ、リズム感のある吸って吐いてを繰り返し、今の速度をなんとか維持している。

 これ以上のスピードは出せない。

 俺の去年の50メートル走のタイムは7秒前半。普通くらいだ。遅くもないが、速くもない。だが、この世界では遅いらしい。それも、圧倒的に。

 それに比べて、セラは楽そうだ。

 顔色ひとつ変えず、呼吸ひとつ乱さず、悠々と走っている。物足りない、みたいな顔をしている。


「なら、先行ってていい」


 ここは一旦任せるしかない。

 俺は遅すぎるから、着いたとしても何かしらの形で終わっていることだろう。

 少しでも戦力は多い方がいい。セラは4級冒険者だ。足手纏いにはならないだろう。


「……わかった」


 セラはそう言うと、次の瞬間、思い切りジャンプした。


「え?」


 俺は呆気にとられた声を出し、跳び上がるセラを凝視する。

 セラはいとも簡単に民家の屋根へと跳び移り、一気に加速した。

 七メートルくらいの高さがある民家を、こうもあっさりと。世界記録更新じゃないか。

 身体強化の魔法でもつかったのだろうか。……異世界ってすげぇ。


 それに加えてあの加速。

 速い。速すぎて、もう姿が見えなくなった。

 あんなに速かったのか。遅いって言われるわけだ。

 あんなスピードで蹴りでもやられたら、堪ったもんじゃない。

 ……次からは、接し方に気をつけよう。怒らせすぎたら、本当に殺されちゃう。


 俺は気を取り直し、再び南区へと向かい走る。


「――――」


 黙々と、道を走る。


「――――」


 時々、右や左に曲がる。


「……」


 角を左に行って、そのまままっすぐ走る。


「…………俺が行く意味あるか?」


 ここで俺は、重大なことに気がついた。

 自分が行く意味が、必要がないのではないかと。

 行ったところで、俺にできる事は何だ?

 自分のステータスはよく理解している。が、まだ納得はしていない。

 実際に戦ったことなんてないし。……路地裏の件はなかったことにしてください。

 俺はステータスを見る限り雑魚だ。

 魔力が無いのは別として、次に低いのは筋力値だ。

 中学の時は、体力測定でもそれなりの成績は残していた。運動神経がいいとまでは言えないが、運動音痴でもなかった。だが、ここでは雑魚。多分、俺以外の地球人がここに来ても、似たようなことになるだろう。

 そんな俺が今南区に行ったところで、できる事はないだろう。

 知力が高いわけでもない。

 何をするにも足手纏い。

 だから、今俺が行ったところで無意味なのだろう。


 ……でも、行こう。

 盗られたのは俺のなんだから。


 そうだな、どうせ行くなら――。


 と、俺は思いついたことのために、行動を始めた。

 


 ********************



 誰よりも先に南区へと向かったベルゼスは、セラと同じく民家の屋根から近道をして南区へと向かっていた。


 建物の間をジャンプで飛び越え、次の屋根へと移る。

 それを何度か繰り返す。


 そして、盗人を視界に捉えた。


「いたな。あいつだ」


 視界に盗人が映る。


 茶色いフード付きのロングコート。茶色の靴。男か女かはわからない。身長は高過ぎず低過ぎず。これといった特徴はない。

 南に向かって走っている。


(マヒトのやつが、多分女だとは言ってたが……)


 今のままじゃ、それはわからない。

 正直、性別なんてどうでもいい。男だろうが、女だろうが、捕まえれば同じことだ。

 性別で情けをかけるほど、ベルゼスは甘くない。

 この街を守ると決めたあの日に、そんな情は捨てたのだから。

 捕まえて、誰の指示なのか、誰にその魔道具をもらったのかを訊く。言わなければ、拷問だろが何だろうがやる。

 この街のためなら、そのくらい屁でもない。


「さあてェ、今日はどこで姿を消す?」


 屋根の上で、独り言を言う。

 捕らえるのは、透明になる魔法が切れた瞬間――が、これまでやって失敗した作戦だ。

 今回も、とりあえずは同じやり方でいく。

 盗人の第二の種を見抜くためだ。


 姿を消すまでは見失わないようにすることと、バレないように近づきすぎないこと。

 一定の距離を保ちつつ、盗人の行動を注意深く見る。


 盗人の後ろから、数人の冒険者が追いかけている。

 盗人は自身を追いかけている者に集中しているため、ベルゼスには気付かない。

 バレることはないだろう。

 見失うほどの速さでもない。


「ベルゼスさん!」


 背後からセラの声がし、ベルゼスは振り返る。


「お、来たか。マヒトのやつはどうした?」


「彼、遅すぎるから。先に行けって言われてね」


「ハハッ。まあ、あのステータス出しな」


 ベルゼスは一笑すると再び盗人に目をやり、セラに盗人の位置を教える。


「今回は、透明になって出てきた後の種がわかればそれでいい――と言いたいところだが、()()ぇ捕まえる」


 そう言いながら、両の手を合わせ骨を鳴らす。


「そう言うと思ったよ。僕も協力する。マヒトにも頼まれたしね」


「助かる。もちろん、報酬は出すぜ。協会で依頼しようと思ってたところだったし、今も冒険者が数人手伝ってくれてるからな」


 「いいねぇ」と言うと、セラは盗人を見る。


 後ろから追っている冒険者が弓を放った。

 矢はまっすぐに盗人へと迫り、その背中を貫く――はずだったが、盗人はカラダを右へずらすことで躱した。後ろを振り向きもせず。

 もう一発、別の冒険者が弓を放つ――が、それも当たらず躱された。

 剣や槍を投げようと、結果は同じだった。

 まるで、後ろに目でもついているかのようだ。


「あれ、どういうこと?」


 不思議に思ったセラは、そう訊いた。


「あれは、魔力感知だな」


「……?」


 セラは小首をかしげる。


冒険者達(あいつら)が投げたのは、一時的に魔法を込めた武器だ。そうでもしねぇと、盗人(ヤツ)に届かねぇんだ、距離的にな。魔法がこもった武器は、魔力感知に引っ掛かる。位置はバレバレだ。だから避けられた」


「なるほど。魔道剣の類か」


 と、ここで盗人が狭い道――路地裏へと入った。

 それを見たベルゼスとセラは、見失わないよう屋根から屋根へと飛び移り、後を追いかける。


「路地裏に入ったぞ!」


 盗人を追っていた冒険者の一人が、そう叫んだ。

 それを聞いた冒険者は二手に分かれ、片方は路地裏に入る。もう片方は出口に先回り。


「お、なんだ?」

「なんか騒がしいな」

「どうかしたのか?」

「冒険者どもか?」


 路地裏でヤンキー座りのポーズで優雅にタバコを吸っていた四人の男たちが、目の前から全速力で走ってくる冒険者達を見てそう言った。


「お、女かぁ?」

「女っぽいぜ?」

「捕まえて脱がしてやる!」

「いや、男だったらどうすんだよ」


「んなもん、今確認すれば――」


 盗人を捕まえようと立ち上がった男の一人が、アゴに膝蹴りを食らいその場に倒れた。

 盗人は見向きもせず、そのまま走っていく。


「おい、兄貴!」

「大丈夫か!?」

「最近、こういうの多いな!」


 と、倒れた男を抱き抱えようとしたところ、盗人の後を追ってきた二人の冒険者に残りの三人も攻撃され、あっという間に意識を刈り取られる。


「……あ?盗人じゃねぇぞ」


「いいだろ、別に。どうせしょうもねぇヤツらだ」


「そうだな」


 倒れた四人をスルーし、二人は盗人との距離を少しずつ縮めていく。

 二手に分かれたうちの片方が、出口から姿を見せる。

 この路地裏に別れ道は無い。

 完全な挟み撃ちの完成だ。


「もう逃げらんねぇぜ?」

「観念して牢屋入れや盗人が!」

「ちーちゃんのぬいぐるみ返せ!」

「娘のパンツ返せや!」

「え、オマエ娘いたの!?まだ14だろ!?」


 盗人が「チッ」と舌打ちする。

 すると、盗人はポケットに手を入れ、中から何かを取り出した。

 紫色で四角い形をしており、金色の線が入っている。それには魔法陣が描かれている。

 ――魔道具だ。


「出たな、魔道具……!」


「なるなら早くしろよ。種はわかってんだ」


 それを聞いた盗人はスイッチのようなものを押し、魔道具に自身の魔力を流し込む。

 すると、魔道具が淡く光を放ち――、


 ――姿が消えた。


「オマエら、ここから出られないようにしろ!」


 冒険者達は逃げられないよう出入り口を塞ぐ。

 どうせ数秒で姿を現す――そう、誰もが思っていた。


「……」


 いつまで経っても出てこない。

 姿が見えなくなってから三分が経過するも、一向に姿を現さない。


「おい、出てこねぇぞ」

「くそ、逃げられたか?」

「どこだ!どこにいやがる!?」

「いねぇぞ……!」


 辺りを確認するも、姿は無い。

 耳を澄ましても、足音ひとつ聞こえてこない。

 鼻で匂いを確認しようとするも、路地裏の臭いで鼻がうまく機能しない。


「逃げられたか……!」


 いくら待っても出てこないため、冒険者達は逃げられたと判断した。


「分かれるぞ!オマエらは東から!オレ達は西からだ!絶対に逃がすな!」


 そう指示を出すと、冒険者達は東西へと散らばっていった。



「ほんとに消えたね……」


 屋根上からその様子を見ていたセラは、信じられないとでも言いたそうな顔をしている。


「ああ。あれが、姿を消す魔道具だ」


 これで、疑いが確信に変わった。

 魔道具を使っている――というのは、元々、仮説でしかなかった。

 姿を消すなんて魔法、泥棒如きに使えるわけがない。だから魔道具。そう思っていたら、本当だった。


「オレ達も行くぞ」


「え?どこに?」


「冒険者は各区に配置してある。見つかればすぐにわかる」


「用意周到だねぇ」


「とりあえず、西から行くぞ」


「了解」


 そう言うと、二人は西区へと向かった。



 ********************



「疲れた」


 一応、全速力でここまで来たつもりだが、まだまだ先は長い。

 先にセラ達が向かった南区へは、ソレーヌの店からだと大体四キロはある。

 今、ニキロくらい走ったから、もう半分。

 結構きついな。

 俺、短距離走より持久走の方が得意だったんだけどな……。

 四キロ程度なら、二十分もあれば辿り着けるはずなのに。


「けどまあ、とりあえずは――」


 目の前にある黒い大きな建物を見ながら、俺は息を整える。

 この作戦を実行するか否か、来る途中何度も考えた。

 正直に言えば、やりたくない。けど、これしかない。これしか、思いつかなかった。

 この作戦をすることで、最も被害に遭うのは俺だ。そして、みんなは喜ぶだろう。

 こんな事をするのは初めてだ。やることもないと思っていた。

 ……怖い。

 けど――、


「いくか」


 俺は、扉を開けた。



 ********************



 盗人の行方がわからなくなってから、十五分が経過した。

 再び盗人が現れる、というのは誰もがわかっている。

 透明化を解き、再び姿を現す瞬間があると。

 だが――、


「いないね……」


「どっかにいるはずだ。ヤツはいつも姿を消した後、別の場所でまた姿を見せる。あの魔道具だって、そう何度も使えねェはずだ」


「ベルゼスさん、なんか……冷静だね。さっきは慌ててたのに」


 セラはベルゼスの言動に違和感を感じた。

 いつもなら、後先のことはあまり考えずに突っ込んで行くベルゼスだが、今回に限って妙に慎重だ。

 先程も、盗人が出たと聞いた瞬間、大きな声を上げて急いで現場に向かっていた。だが、今はとても落ち着いている。


「まあ、な。帝国が関与してる可能性が()けェからな。あの魔道具、怪しすぎる」


 姿を消す魔道具というのは、オルダムの者達にとって初耳だった。

 多くの戦場を切り抜けてきた猛者達でも、そんな魔法――魔道具があるということは知らなかった。


 魔法には、火、水、土、風の四大属性があり、そこから派生した氷、雷――計六つの属性と、この六つに部類しない無属性がある。

 この七つの属性からなる魔法を、二次元――陣に還元して物に移行する――それが魔道具だ。

 今、盗人が使っている魔道具は、火でも水でも土でも風でもない、無属性の魔法だ。

 無属性の魔法は数が多い。回復魔法や身体強化魔法、結界魔法など。数が多すぎて、全てを知る術はないと言われているほどだ。

 無属性魔法を発見するのは、ほとんどが3級以上の魔術師。

 姿を消す魔法も、きっと3級以上の魔術師が見つけたに違いない。

 3級以上の魔術師なんて、どの国も喉から手が出るほど欲しがる。

 帝国の魔術師がこの魔道具を盗人に与えたにしろ、与えてないにしろ、危険というのは変わらない。


「早くあいつから、話聞かねェとなァ」


「西はいなかったけど、次はどうする?」


 西区まで来てみたものの、盗人はいなかった。

 住民達も、怪しい者は見ていないと言う。


「適当に、北から――」



「――いたぞぉぉおお!南区だ!」



 近くにいた冒険者の一人が、屋根の上からそう叫んだ。


「行くぞ!」


「うん!」


 セラとベルゼスは再び屋根に跳び移ると、南区へと走り出す。


(今魔道具の効果が切れたのか?だとしたら長すぎる。

 なんでこんなに(なげ)ェ?)


 南区へと向かいながら、ベルゼスは考える。

 魔道具の効果が切れるのは、発動から数秒後のはずだ。長くても数十秒。

 姿を消す――なんていかにも魔力を消費しそうな魔法を使って、どうしてそこまでの間、姿を消していられるのか。


「その答えが、二つ目の種かもな」


「二つ目……。魔道具とは限らないよね?」


「そうだな……」


「姿を消すだけでも相当なはずだろうに。すごいねぇ、あの泥棒さんは」


 もし二つ目の種の正体も魔道具だった場合、盗人は相当な魔力量の持ち主になる。ステータスで表すなら、四桁越えとなるだろう。

 もしそれが本当だった場合、魔道具は与えられたのではなく、自ら作ったという線も出てくる。

 単に魔力量が多く、そのおかげで長時間姿を消していられるという線もある。


「考え出したらキリがねェ」


 そうこうしているうちに、南区に着いた。


 一度屋根の上から降り、街の警戒をしていた冒険者に声を掛ける。


「ヤツはどこだ?」


「ベルゼスさん。……ヤツは、五分ほど前にまた消えました」


「またか……」


 ただ隠れたのか、また魔道具を使ったのか。

 この答えで、これからの行動はかなり絞られる。

 隠れたのなら、探せばいい。人手はいくらでもある。

 魔道具なら、ヤツへの警戒をより強めなければならない。


「今は――」



「――西区だ!西区で再びヤツの姿を発見した!」



 と、南からやって来た冒険者がベルゼスの声を遮りそう叫んだ。

 慌ててやってきたようだ。


「なんだと……!?いくらなんでも速すぎる……!」


「速いね、追われてるはずなのに……。大通りでも突っ切ったのかな」


 いくらなんでも速すぎる。

 ベルゼスとセラは驚きを隠せなかった。

 

「あ、え?西区じゃない?北区?いや、でも――」


 西区だと言いに来た冒険者が、戸惑った様子で他の冒険者からの話を聞いている。


「どうした?」


 冒険者の話を聞いたベルゼスが尋ねる。


「それが……、さっきから南だったり、北だったり、西だったり、東だったりと、この短時間の間にいろんな場所でヤツの姿が確認されていて……」


 ということは、普通じゃあり得ない速度で移動していることになる。

 この街はかなり入り組んでいる。屋根の上から移動しているとしても、ここまで速くは移動できない。

 盗み関係の仕事をしてる者たちの俊敏性が高いのは知っているが、ここまで速いと――。


「一旦、北区へ行ってみようよ」


「ああ。けどその前に――」


 ベルゼスが後ろへ振り返った。

 そこには――、


「おーい!」


 セラたちに向かって手を振るマヒトと、多くの冒険者の姿があった。

 見えるだけでも百人はいる。

 マヒトの後に続くように、後ろから走っている。


「何やってんの?」


 と、セラは言った。



 ********************



 ようやく南区へと着いた俺は、目の前に見えるセラ達に手を振った。

 後ろには俺が手に入れた冒険者達がいて、俺の存在を大きくしてくれる。

 その姿はまるで、師の後を追う弟子のような――。


「おい、お前遅いぞ」


 俺の後ろにいた(しもべ)一号に、そう言われた。


「す、すいません。俺が一番前の方がいいかなって思って」


 そう言って、軽く頭を下げる。

 シチュエーション的に俺が一番の方がいいかなと思ったのに。

 ピンチの場面にやってきたヒーローみたいな。


「飯奢ってるのは本当だろうな?」


 斜め後ろにいた男が心配そうに訊いてくる。


「はい、絶対」


「何人いるのと思ってんだ?こんな数の飯代払えんのか?」


 ざっと百五十人ってところだ。

 

「そりゃあもう、いくらでもどうぞ」


 この程度なら、何も問題ない。


「俺たちゃあ朝まで飲みまくるぜ?」


「死ぬまで飲んでくれよ?」


「ハハッ!そうこなくっちゃ!」


 俺の言葉を聞いた冒険者達 (ほとんどおじさん) は、口を大きく開けて大笑い。


「マヒト……!」


 セラが慌てて俺に近づいてくると、両肩に手を乗せ、身体を前後に揺らしてきた。


「どうしたのさ!?こんなにたくさん!」


「雇った」


「どうやって!?」


「俺の金で」


「そのお金は!?」


「借りた」


「ああああああああ!!」


 セラは頭を抱えて叫んだ。

 額には大量の冷や汗があり、全身をブルブルと震わせている。

 嬉しすぎて頭がおかしくなったのだろうか。


「ど、どうしたんだよ、人手だぞ?」


「どうしただと!?そんなにたくさん連れてきて!一体どれだけ借りたんだ!」


「200万くらい?」


「くらい?じゃねーの!」


「借金ならちゃんと返すって」


「もういい!知らない!」


 そう言って、セラはそっぽを向いた。

 そんなに怒ることだろうか。

 借りた金は返せばいいだけだ。時間は掛かるだろうが、ちゃんとやるつもりだ。覚悟はできてる。


「それよりも、ヤツは?」


 隣で冒険者達に指示を出していたゼルベスに訊く。


「それがなあ……」


 ベルゼスは戸惑った――というより、困ってた顔になって、頭を掻いた。


「ヤツの姿があちこちで確認されてる。それも短時間で」


 短時間……。

 かなり速いペースで移動してるってことか。

 盗賊系のヤツらの足が速いのは知ってる。

 物を盗んで逃げるのだから足が速いのは当然だ。


「今はどこに?」


「今は東区にいるそうだ。まっ、すぐ別の場所に移動すると思うけどな」


「次はどこに出てくるとかわかりますか?」


 出てくる場所に規則性的なのがあればと思い、


「わからねぇ。適当だからな」


 ないらしい。


「なら、俺達はひとまず東区に行きます。距離的にも近いですし」


「わかった。オレは西区に行こう。……セラはマヒトと一緒に行け」


「……わかった」


「やる時は一人の方がやり易いからな」


 やるって……。

 ()るのか。


 俺とセラは東区に向かって走り出す。


「冒険者の方々もお願いしまーす」


 俺が連れてきた冒険者達は四つに分断させ、それぞれの区に配置することになった。

 俺が一緒に行くのはもちろん東区組だ。


「次はどこから出てくるかねぇ」


 出現場所に規則性がないとなると、どこに出てくるのかは運任せになる。

 運が良ければすぐに。悪ければ逃げられる。

 それに――、


「ヤツは戦闘能力は高いのか?」


 隣で冒険者達と何やら話しをしていたセラに尋ねる。


「攻撃してるのは見たことないけど、避けてるのは見たよ。結構あっさり躱してたから、実力はあると思う」


 となると、俺はダメだな。

 人間相手じゃ、ひよって何もできないだろうし。武器も無い。

 チートが覚醒する可能性もあるな。そしたら一発で終わりだな。


「二つ目の種、わかったか?」


「ごめん、僕にはわからなかった」


 二つ目の種も未だわからず。

 これがわからなければ捕まえられないだろう。

 早く種を――、


「――おゔっ!」


「――きゃあっ!」


 と、曲がり角を曲がったところ、何かに自分の大事な部分をぶつけ、俺はその場に倒れる。


 痛い。めちゃくちゃ痛い。

 ムスコを優しく手で包み込こむ。

 

 苦悶する俺を見たセラは――、


「そんなに痛くないだろ?ほら、早く立って」


「見たことも感じたこともないやつが言ってんじゃねぇよ……。腹()でぇ」


 ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。


「あるよ」


「え?あるの?」 


 あるってどういう……。

 そう思いながら、俺はぶつかったものに目をやる。


 そこには、人がいた。

 耳元までの短い茶髪をした女性がいた。

 身長は160前後。茶色の靴に赤い線が入った白シャツと短パンを着ている。


「す、すいません!」


 女性は慌てて謝った。


「い、いえ、こちらこそ」


 そう言って、俺は軽く頭を下げる。と、偶然落ちていた冒険者カードを見つけた。

 冒険者カードを拾う。


「これ、あなたのですか?」


 それを聞いた女性は慌てて俺の手からもぎ取るように冒険者カードを取り返した。


「すす、すいません!私、急いでて!」


「君も盗人を追ってるの?」


 セラが何度も頭を下げる女性に訊いた。


「…………は、はい。みんなも、頑張ってるので……」


「なら、一緒にどう?」


 セラは手を差し伸べる。

 突然のセラの誘いに、女性は驚きながらも――、


「…………わ、私で、よければ……」


 セラの手を取った。


「君、名前は?」


「………シェラです」


「僕はセラ。よろしく、シェラ」


 再び、俺たちは走り出した。



 ********************



 危ない。危うくバレるところだった。

 

 入り組んだ道を走りながら、シェラは考えた。


 もしあの時自分がマンホールの蓋を開けていたら――そう考えただけでも、身体が震える。

 運良くこの前盗んだ冒険者カードを持っていたため、なんとか誤魔化せた。


 これで、私が犯人だとバレることはない。

 だって、私は追う側になったのだから。犯人を追う犯人。滑稽ね。

 まさかコイツらも、追っている犯人が仲間にいるとは思うまい。


 彼らは懸命に、今も私が雇った捨て駒――グルーを追いかけている。

 グルーとは、さっき北区で逃亡犯の役割を交代した。

 グルーは足が速い。だから捕まることはない。

 あとは、グルーが冒険者達を翻弄し、街から完全に消えるのを待つだけ。

 その後、私もこの街から出る。

 今日でこの街ともおさらば。

 ある程度の品は手に入れた。あとはあの人に売り捌いてお金を得るだけ。

 計画は完璧。だから、大丈夫。

 さっきから後ろにいるセラとかいうヤツにめちゃくちゃ睨まれているのは、多分気のせい。

 そう、気のせいよ。


 グルーにはしばらく逃げ回るように言ってある。一刻も早くこんな街から逃げ出したいが、あの人の頼みだ、仕方あるまい。


 本来、鍵が掛かっているはずのマンホールから地下水道に行き一直線で移動する。最短距離で移動すれば、グルーなら10分も掛からない。速すぎる移動時間に、冒険者達はきっと混乱する。


 この街は危険だとか言われてるけど、全然そんなことないわね。

 みんな人形のように、思いのままに動いてくれる。

 抵抗軍だか反乱軍だか知らないけど、所詮はバカどもの集まりってことね。

 だが、ベルセスという男には注意しなければならない。

 帝国内戦の生き残りの一人であるベルゼスには気をつけろ、そうあの人に言われた。

 ベルゼスなら私達の入れ替わりにも気付くかも知れない。

 ベルゼス要注意はグルーにも伝えてある。あいつもバカじゃない。近づいたりはしないだろう。


 約束の時間まで、まだ時間がある。

 それまでは、彼らと行動するとしましょう。


 そうすれば――。



 ********************



 シェラとかいういかにも怪しそうなやつを仲間に入れた俺達は、東区へと辿り着いた。


 五分前は北区で姿を見せたそうだ。

 そろそろ次の区で姿を見せてもおかしくない。

 ヤツは相当速いって言ってたからな。


「いたぞ!あそこだ!」


 と、俺の前を走っていた冒険者が指を差して叫んだ。

 少し離れた場所にいる。目の前だ。

 攻撃でもしてくるのかと思いきや、すぐに逃げた。


「追いかけろ!」


 冒険者達がヤツの後を追う。

 だが――、


「逃げられたね……」


 ヤツはあっという間に消え去った。

 ほんとだ。本当に速い。

 魔道具を使った様子もなかった。

 速すぎる。


「クソッ、なら次は西区だ!」


 そして、俺達は西区へと走り出した。



 ********************



 それからは、本当に酷い時間だった。


 南区で発見されたと言われ行ってみれば、すでに東区に。

 東区に行ってみれば、すでに北区に。

 北区に行ってみれば、すでに西区に。

 西区に行ってみれば、南区に。


 ふざけた鬼ごっこだった。

 

 街中を走り回り、冒険者達はもうヘトヘト。

 盗人を追うのは難しい状態だ。


「も、もう無理……」


 みんながその場に腰を下ろす。

 まともに動ける者は、ほとんど残っていない。

 汗だくだ。吸って、吐いて、息を整える。額の汗を拭き、水を飲む。

 

「いだぞぉぉおおお!」


 またこの声だ。

 何度聞いたか、もう覚えていない。

 どうせ逃げられる。そしてまた別の場所に出てきて、また逃げられる。それの繰り返しだ。

 ていうか、何であいつはすぐに逃げずに何度も姿を見せるんだ?まっすぐ家に帰ればいいものを。

 俺達をバカにしてるのか?


「行くやついる?俺、もう無理」


「オレも」

「俺も」

「私も」

「ボクも」


 手を挙げる者はいない。

 皆、相当疲れている。


「みんな疲れるの早いよ。これだから底辺冒険者は」


 セラが愚痴をこぼす。

 俺達、底辺だってよ。


「いたぞぉぉおおお!」


 もう十回は聞いたであろう声が、またもや聞こえてきた。

 場所はなんと――、


「マジかよ……」


 ――南区(ここ)だ。


 そして目の前には、街道を走る盗人の姿があった。

 こちらに向かって走ってくる。


「ふざけんなよ。ここはオレが――」


 一人の冒険者が愚痴を吐きながら立つと、鞘から剣を抜く。


「――待て。ここは俺がやる」


 と、俺はその冒険者の肩に手を乗せ言った。


「できるのか?」


「……ああ」


「君にそんなチカラないだろ?」


「実はあるんだよ。

 俺の深淵の奥底に眠る最強の力――チート能力が」


 右手に力を込め、盗人に向ける。

 想像するのは燃え盛る炎。そして爆弾のように爆ぜ、対象を攻撃する。

 ヤツはビビって腰を抜かすだろう。恐怖で身体が硬直する。そこを捕らえる。完璧だ。


 そして俺は、この事件に決着をつけることになる一撃を――。



「えくす・ぷろーじょん!」



「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


「……あ、あれ?出ないな……」


 ――何も出なかった。


 目をパチパチさせ、自身の右手を三度見する。


「当たり前だろ?君、魔力ゼロなんだから」


 やっぱり、まだその時じゃないのか?

 覚醒にはもう少し時間が掛かるのかも知れないな。


 と、そんな事を言ったり考えたりしているうちに、盗人は俺達を横切ると、そのまま走っていった。


「マヒト。あいつ、捕まえてくる」


 セラが盗人を睨むと、そう言った。

 セラの目の色が変わった。

 スイッチでも切り替えたかのような目になった。


「――〈力あれ(パワー)〉」


 そう言って、指パッチンをする。

 セラは筋力を一時的に増加させる魔法――身体強化魔法を発動した。

 走り出すと一気に加速し、盗人へと近づく。

 あっという間に距離を詰め、盗人を捕らえ――、


 セラが盗人に手を伸ばした瞬間、盗人はセラへと振り返りナイフを突き立ててきた。

 セラは上に飛ぶことで躱すと、右足を振り上げ、一気に振り下ろし、盗人の頭上に踵落としをお見舞いする。

 頭頂部に直撃を食らった盗人は、蹌踉めきながら後ろへ下がる。

 距離を取ろうとする盗人だが、セラはそれを許さない。

 すぐに盗人の元まで駆け寄るとそのまま右頬を殴った。

 盗人は左へ軽く吹き飛ぶ。 

 それと同時に、被られていたフードがとれた。

 フードの中から出てきたのは中年くらいの男性だ。


「あれ、結構弱いね」


 セラは煽るように言った。


「くッ――!」


 盗人は歯を食いしばると、立ち上がり、セラに向かいナイフ振るう。


「当たらないよー」


 セラは物怖じせず、淡々と迫り来るナイフを躱す。


「遅いよ」


 しばらくすると、セラが反撃に出た。


 ナイフがセラの頬を通り過ぎた瞬間、セラは盗人の右腕を掴み、一気に背負い投げた。

 盗人は全身を石畳の上にぶつけ、苦悶する。


「はい、僕の勝ち」


 そう言うと、セラは盗人の腕を押さえる。


「動いたら折るから」


 威嚇するように盗人を睨む。

 それを聞いた盗人は、わかったと言わんばかりに頭を上下に動かした。


「さあ、犯人は誰?途中で入れ替わったの、バレバレだよ」


「っ……!?

 ……い、言うわけねぇだろ」


 それを聞いたセラは盗人の腕をゆっくりと曲げ――、


「わかった!言う、言うから……!」


「――――」


「……名前は知らない。……女だ。見た目は、茶髪に赤い線が入った白シャツと短パンだ」


「それだけ?」


「…………お前達と一緒にいたやつだ」


「……シェラ(あいつ)か」


「も、もういいだろ?

 放して――ぐッ、ぎャアァァアアアアッ――!」


 セラは「念のため」と言って、盗人の左腕をへし折った。

 あまりの痛さに、盗人は悶絶する。


「マヒト、こいつだよ。こいつ」


 セラは俺の隣にいたシェラを指差す。


「……え?お前なの?」


 横を見ると、汗をダラダラと流して身体をぶるぶる震わせるシェラの姿が。


「……さ、さあ?ひ、人違いじゃ――」


「――捕まえろぉおおぉぉおお!」


 冒険者達が一斉にシェラへと飛び掛かる。

 だが、シェラは飛び掛かる冒険者達の間をすり抜け、捕縛を逃れる。


「チッ、もうバレたか」


 舌打ちをし、本性を現したシェラが手で口を拭く。

 陰キャがギャルに変わったみたいだ。


「約束の時間はまだだしな。

 遊んでやるよ、捨て駒(冒険者ども)



 

火魔法は、炎魔法と呼ぶ場合が多いです。


火魔法=炎魔法

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