表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第Ⅱの俺に栄光あれ  作者: Og
第1章 異世界到来編
6/13

第6話 盗難

 


「あ、ああ、ああああああ……。ああああ、ああああああ……」


 震えた声を上げながら、俺は呻く。


「だ、大丈夫かい?マヒト」


 セラが心配そうに俺の背中をさすりながらそう言った。

 

 床に両膝を落とし、両手でモップの柄を持つことでなんとか身体を支えている。


 全身に力が入らない。

 それほどまでに、事態は深刻だ。

 力が入らないだけじゃない。

 精神的にもかなりヤバい。

 元々、鬱気質な俺だ。精神は貧弱の極みと言っていいだろう。

 そんな俺に、あってはならない事態が発生した。

 今後の生活を――人生を大きく左右する出来事。


 それは、つい八時間ほど前に起きた――。



 ********************



 あー、今日もバイトか……。

 昨日が休みだった分、今日は憂鬱だ。

 休み明けの仕事が嫌な社会人の気持ちが少しわかった気がする。

 眠たい。もう一時間でいいから寝たい。

 そんなことを考えながら、俺はソレーヌの店へと向かっていた。


 時刻は早朝5時過ぎ。辺りはまだ少し暗い。


 ソレーヌの掃除店の朝は早い。

 早朝5時半から店前の道掃除が始まる。

 朝が早いのはキツいが、その分終わるのも早いため、なんとかやっていけている。

 終わるのは大体16時くらい。

 そろそろ労働なんとかに訴えたいところだが、この仕事無くして俺の異世界生活は始まらない。

 お金は着々と貯まりつつある。だが、まだ武器を買える金額ではない。

 何か、こう、どでかいイベントでも起きれば、今すぐクエストに行けるんだけどな。


 街はまだ静かだ。聞こえる音は鳥の囀りだけ。

 本格的に動き始めるのは、いつも7時過ぎくらい。


 俺は人通りの少ない中央通りを、とぼとぼ歩いていた。

 夜はあんなにうるさい所(酒場付近)が、ここまで静かなのは少し変な感じだ。森の中にでもいる気分だ。

 ここは音楽でも聴いて、また今日も頑張ろ……。


「……ん?」


 後ろから、足音が聞こえてきた。

 音の切り替えが速い。

 歩く時の音じゃない。

 走ってる。

 こんな時間に誰だろう。

 かわいい子かな。


 顔でも見てみようと思い、後ろへ振り返ろうとした。

 その時だ――。


「うわっと……」


 ぶつかった。

 思い切りぶつかったわけではない。

 軽く肩が当たった程度だ。

 急いでいたのだろうか。

 相手は何も言わず、そのまま走り去って行った。

 茶色のロングコートにフード。顔はもちろん、性別すらわからなかった。

 けど、俺にはわかるぞ。

 

「あの匂い、多分女だな」


 あの瞬きするほどの短い時間でも、俺は相手の匂いを嗅ぎ、性別を見分けていた。


「……ただの変態じゃねぇか」


 くそ。ヒロインが未だに出てこないからこんな事に。

 セラはヒロイン候補だが、所詮は候補でしかない。

 早く出てきて欲しいものだ、絶世の美女。

 俺はいつでも準備万端だってのによ。


「……そろそろ犯罪に手を染めそうだ……」


 この前だって、タイトやウドル、ファールと一緒に女風呂を覗きに行ってしまった。

 結局お目当てのものは見れなかった挙句、警官にバレて一夜逃げ回ったのち、フォルトとファールと契約を交わし、タイトを売った。

 そのせいでタイトとしばらく会ってないのはまた別のお話。


 一人で済ませようにも材料(オカズ)が無い。

 お店に行こうにも金が無い。

 そろそろ俺も限界だ。

 そのせいで、息子は毎朝毎晩うるさい。俺とは正反対だ。


「音楽でも聴いて、心をリフレッシュしなければ……」


 俺はポケットに手を入れ、イヤホンを取り出そうと――、


「――あれ、無い」


 ポケットには、何も入っていなかった。

 イヤホンだけじゃない。ミュージックプレイヤーも無い。

 朝はあった。宿を出る前にちゃんと確認した。

 宿を出る前にあって、今は無い。

 ……落とした?

 そう思い、急いで来た道を戻るが、何も落ちていなかった。


 それはつまり――、


「……と、盗られた……?え、嘘だろ?

 さっきの奴、スッた……?」


 あいつしかいない。

 あの時――ぶつかった時にスッたんだ。

 

「嘘、だろ……。ど、どうしよう……。俺の、俺の宝物が……」


 盗られた。

 俺の宝物が。

 俺の一番大事な物が。

 どんなに辛い時も、肌身離さず持ち歩いて、いつも一緒にいた俺の親友が。

 怒られた時も、受験に落ちた時も、異世界(ここ)に来た時も、ずっと一緒だった相棒が。


「あ、ああ……。あああああ、あああ、ああ……」


 俺はその場で膝を抱え込む。


 返せよ。

 俺のだ。俺んだ。

 どこだ。どこにいる。

 見つけて、取り返して……。


 身長は170前後。

 多分、女。

 茶色いフード付きのロングコート。茶色の靴。

 これといった特徴は無い。

 性別は予想でしかないし、服は変えればいいだけの話だ。身長も大して役に立たないだろう。

 これじゃあ、捕まえるのは難しい。


 盗人は盗んだ物を売って金を得る。

 質屋に行けばあるかも知れない。

 ……いや、異世界(ここ)の人たちが別世界の代物なんて理解できるわけがない。

 買い取ってすらくれないだろう。

 買い取れないとなると、することは二つ。


 捨てられるか、腹いせでぶっ壊すな。


 それはダメだ。どっちもダメだ。

 あれには俺の心を安定させる――言わば、精神安定剤的な役割がある。

 異世界(ここ)来てからだって、辛い日は音楽という癒しでなんとか耐えてきた。

 俺の異世界生活はまだ一章の途中。プロローグと言っても過言ではない。

 そんな序盤に相棒を失って、俺はこれからやっていけるか?

 否、無理だ。


「と、とりあえず、今日は土下座してバイトを休もう。それから――」



「――やあマヒト、何してるの?」



 突如、俺の名を呼ぶ声がした。

 その声の主は、セラだ。

 下を向いていた俺の顔を、覗き込むように見てきた。


「もう、時間過ぎてるよ?ソレーヌに怒られるじゃ――」


「――助けてください、セラ様あぁぁあああ!」


 俺はセラに泣きついた。

 

「ど、どうしたのさ」


 俺の突拍子もない行動に、セラは驚きながらも話を聞いてくれた。

 


 ********************



「なるほどねぇ。で、その精神安定剤を奪われたと……。

 君、それって変な薬か何かじゃないだろうね?」


 話を聞いたセラは、俺に対して疑いの眼差しを向けきた。


「違います……」


「ならいいけど……。その盗られた……ミューなんとかを、取り戻せばいいんだね?」


「はい……。その通りです……」


 気の無い返事をする。

 それを見たセラはため息を吐いた。


「でも、それ売れない品なんでしょ?なら、ゴミ箱行きだろうねぇ」


 そうだよな。

 売れない品なんて捨てるよな。


「……じゃあ、ちょっと今から冒険者協会行ってきます」


 そう言って、俺は冒険者協会のある方へと歩き出す。


「え、なんで協会に行くのさ」


 セラは慌てて俺の手を掴み、引き止める。


「こうなったら、クエストとして依頼してきます」


 そう、これは奥の手だ。

 ここには金さえ出せば協力してくれる輩はごまんといる。

 探し物のクエストだ。

 初心者向けのクエストではあるが、報酬が多ければ上級者だろうが喜んで受けてくれるはずだ。

 冒険者になる奴は、大体、金目当てだからな。

 

「ち、ちなみに、報酬は?」


「とりあえず、100万ミリン。足りなければ、200万ミリン。それでも足りなければ、また100万ずつプラスしていきます」


 冒険者協会では、全ての人がクエストを依頼することができる。市民はもちろん、貴族や警察などもだ。

 それは、冒険者も同じだ。

 冒険者とて、いち一般人。

 冒険者になったからと言って、クエストが依頼できないわけではない。

 報酬さえ出せるのであれば、誰でも依頼することができる。

 

「100万!?やや、やめときなよ!そんな大金持ってないだろ!?」


 セラは俺の袖を強く引っ張る。


「お金ぐらい借りれますよ」


 真剣な顔つきでそう言う。

 

「そんなことしたら殺されちゃうよ!」


相棒(あれ)が無いなら死んだも同然です。離してください」


 俺は再び協会へと歩き出す。


「わかった!わかったよ、手伝うから!一回落ち着けって!」


 俺は歩みを止めた。


 セラは冒険者としての経験はそこまでらしいが、実力はある。

 バイトの時も、俺との体力差を見ればそれはわかる。

 なら、ここは頼もう。


「で、何をすればいいんだい?」


「……とりあえず、この街の質屋を確認したいです。

 それで見つからなければ、本人を探します。

 それすらダメだった場合、ゴミ箱を探します。

 それもダメだったら、協会でクエストとして依頼します」


 協会への依頼は、最終手段ということになった。

 セラも、それだけはやめた方がいい、としつこかったので、本当にやめた方がいいのだろう。

 けど、いざと言うときにはやるからな。

 やるぞ、俺は。


「協力してくれそうな人がいたら、頼んでもらっていいですか?報酬は、飯奢りってことで」


 無償で協力してくれる親切な人は、 そうそういないだろう。

 今の俺にできるのは、飯を奢ることくらいだ。


「了解。それじゃあ、僕は東の方から回るよ。君は、西から」


 セラは東から、俺は西から質屋を回ることに。


「わかった」


 俺達は、走り出した。

 


 ********************



「……あった?」


 両膝に手をつき、荒い息遣いをしながら、俺はセラに訊く。


「……無いね」


 額についた汗を拭い、セラはそう言った。


 こちらも同様、無かった。

 盗まれてから三時間が経過した。

 質屋の可能性はもう無いだろう。

 なら、次はーー、


「本人、探すか……」


 さっきも言ったが、これと言った特徴は無い。多分、女。服や匂いはどうにでもなる。

 結構、詰んでるな……。


「協力してくれそうな人は?」


 探している途中、手伝ってくれそうな人がいたら、頼んで欲しいとセラに言っていた。

 俺は見つけられなかったが……。

 

「まあ、数人ね。僕の知り合いだよ」


「そっか……」


 数人。

 もっと増えるだろうか。

 増えるのは嬉しい。人手が増えれば、それだけ見つかりやすくなるだろうし、捜索時間も縮まる。

 けど、その分俺の金が無くなる。

 貯金は数人に一食分を奢る程度ならあるが、ニ桁超えたらキツい。


「……そんなことは、言ってらんねぇよな」


 あれは金なんかじゃ買えない。

 あれは俺にとって必要不可欠な物だ。

 失くすことは許されない。俺が許さない。

 そのためなら、金なんていくらでも使ってやる。


「そう言えば、さっきちょっとした情報を手に入れたんだ」


 顎に手を当て考え事をしていた俺に、セラがそう言った。


「情報?」


「ああ。最近、強盗とかスリとか、そういう系の被害が増えてるらしいんだ。ベルゼスさんたちも警戒してるらしいけど、未だに捕まってないんだって」


 ……あ、そう言えば、前にハンデリィでベルゼスさんがそんな事言ってたな。

 五件目だ、魔道具だ、って。


「なあ、それって、姿を消すとかっていうやつか?」


「うん。君も聞いてたのかい?」


 やっぱり。

 なら、俺の相棒を盗ったのは同じ奴か?

 ……いや、賊の可能性もあるな。

 だとしたら、仲間かもな。


「その泥棒は一人で動いているらしい。あと、君も知っている通り、姿を消す。多分、魔道具だ」


 俺の考えは、即座に否定された。


「姿を消すは厄介すぎるだろ……」


 姿を消す。

 いわゆる、透明人間的なのだろう。

 トカゲみたいに周りの色に溶け込む――擬態って線もあるな。

 まあ、どちらにしろ。


「何か策あったりするか?

 俺、魔法とか全然わかんないんだよ」


 セラは4級冒険者だから、タイトたちよりもランクが上――つまり、知識や経験は豊富なはずだ。


 セラはしばらく考え込むと、ハッと何か思いついたような顔になった。


「いいかい、マヒト。

 魔道具ってのは、強力な魔法を使うとその分だけ自身の魔力を持っていかれる。

 体内の魔力が減ると、人は激しい眠気と脱力感に見舞われ、気絶する。最悪の場合、髪が白くなったりもする。

 姿を消す魔法――かなり魔力消費が激しいはずだ。

 つまり、よっぽどの魔力量の持ち主じゃない限り、長時間は使えない。

 平均レベルでも数十秒使えたらいい方だ。

 数十秒となると、その間に逃げてもすぐにバレて終わりだ。

 ということは――」


「――姿を消した後、近くの物陰に隠れる」


 結論は俺が言った。

 ここまで話を聞いていれば、俺でもわかる。


「そう。まあ、魔力量がそこまで多くないっていうのが前提だけどね。

 だから、もし次そいつが現れた時は、姿を消した後、その場を探せばいい。見つからなくても、時間制限だからすぐに姿を現すはずだ」


「なるほど……。そいつ今どこにいるかわかる?」


「いや、そこまではわからなかった。でも、そう遠くないうちにまた犯行に及ぶと思うよ」


 ……どうするべきか。

 今探すか、次現れるのを待つか。

 二つに一つだ。


 前者のメリットは、見つかった場合、俺の相棒は概ね返ってくると見ていいだろう。

 それに、多分まだこの街のどこかに潜んでいるだろうから、隈なく探せば見つかるはずだ。見つからなくても、何かしらの情報は得られるだろう。

 デメリットは、人手と時間だ。

 手伝ってくれる人は少ないし、この広い街だ、かなり時間が掛かる。

 見つかる可能性も低い。


 後者のメリットは、人手と時間の問題がなくなることだ。

 ベルゼスさん率いる冒険者や警察が力になってくれるだろうし、わざわざ自分の足で探す必要もなくなる。

 デメリットは、この街からいなくなる可能性だ。

 最近、街の警備はかなり厳しくなっている。この街で盗みがやりづらくなって、別の街に場所を移すかも知れない。そうなると、俺の相棒は返ってこないだろう。


「…………今、探すか」


 とりあえず、今日一日探してみよう。

 それで見つからなければ、後者の――次現れるまで待つ、にすることにしよう。


「とりあえず、夕方まででいいから手伝ってくれないか?」


 俺は隣で水を飲んでいたセラにそう尋ねる。


「いいよ。今日は手伝うって決めてるしね。晩ご飯、楽しみにしてるよー」


「それじゃあ、他に手伝ってもらってる人にも夕方まで探すように言って――」



「ーーおい、お前ら、何しとる?」



 あ……。

 背後から、ただならぬ威圧感と共に、ソレーヌの声がした。


 俺とセラは肩をブルブルと振るわせながら、恐る恐る振り返る。

 振り返ると、ソレーヌの顔を見る。

 この表情、怒ってる?……いや、怒っている顔ではないな。

 どちらかと言えば、いつも通りの表情だ。

 だが、まだ残暑が残るこの国で、この空間だけが冬のように感じられるほど寒いのは、一体どうしてだろう。

 氷魔法でも使っているのだろうか。

 そう思うほど、背筋が凍っていた。


 俺とセラは目を合わせる。


『おい、どうすんだよこれ』

『知らないよ。元はと言えば、君が始めたんだからね!』

『丸投げかよ!手伝うって言ったよな!?』

『……言ってないよ。君の聞き間違いじゃないかな?』

『はあ!?何言ってやがんだ、てめぇ!飯奢らねえぞ!』

『そんなことよりも、今はソレーヌをどうにかしようよ!』


 こんな会話を、目だけで行う。(睨み合ってるだけ)


 まあ、セラには手伝ってもらったから、恩でも返すか……。

 

「ばあちゃんさん。これには深い事情があります。話を最後まで聞いてくれると助かります」


「ほぉ、聞くだけ聞こうか。言い訳とやらを」


 どうやら、話は聞いてくれるようだ。

 なら、ここでどれだけ()が悪くないかを証明しなければならない。


 セラは何も言わない。

 ここはお前()に任せる――そんな顔をしている。


「えー、朝は店の近くまで来ました」


「――――」


「……はい、そこまではいつも通りでした」


「――――」


「……その時、突然ぶつかってきたフードを被った多分女に俺の宝物をスられました」


「――――」


「…………だから、そいつを探してました」


「――――」


「……」


「――――」


「すいません、セラに脅されてました」


「はあ!?何言ってんの!?

 ねえ、何言ってんの!?

 違うから!ソレーヌ違うから!」


 突然の裏切りに、セラは慌ててソレーヌを宥めようとする。


「ちょっとマヒト!話が違うじゃないか!?」


「ばあちゃん、俺、セラに『調子乗んな殺すぞカスが』って脅されて」


「やめろ、やめてって!ほんとにやめて!」


 セラは涙目になって俺の身体を掴み、前後に揺らしてきた。


「……はぁ。別に怒っとらんよ」


 ソレーヌは、万円の笑みでそう言った。


 嘘つけ。

 絶対怒ってる。

 普段笑わない奴が、怒りそうな場面で笑顔とか、サイコパスなのか。


「サボった分、しっかり働いてもらうぞい」


 ソレーヌは店の方へと振り返り、歩き始める。


「いや、ばあちゃん。俺の大事な相棒が盗まれたから――」


「――戻るぞ、早よ来い」


 怒ってる。絶対怒ってる。

 何だよこの威圧感。あの鋭い目つき。気温を忘れるほどの冷たい声音。

 潰されそうだ。ちびりそうだ。

 流石、国に抵抗し街を造った人の一人だ。

 老後だろうが関係ない。

 レベル、経験、全てが段違いだ。

 これが上級者の威圧というやつか。


「いや、でも――」


「早よ来い。潰すぞ」


「はいッ!本日もよろしくお願いします!」


 俺はその場で敬礼をする。


 ダメだ。あの目はダメだ!やる奴の目だ!

 相棒見つかる前に、俺が死んじゃう。

 俺が死んだら、元も子もない。


 だから今は――、

 

「セラさん、頼むから今日だけでも探すの手伝ってください」


 俺はセラの耳元で、ソレーヌには聞こえない程度の声で頼んだ。

 セラはそれを聞いてため息を吐くと、


「……えぇ。まあ、いいけ――」


「――セラ、お前も来い」


「はいッ!喜んでッ!」


 セラは裏返ったような高い声を上げ、謎の敬礼をすると、急いでソレーヌの元まで駆け寄った。


 ……あの距離で聞こえてたのか……。

 どんな聴力してるんだよ、あの人。

 これじゃあ、探す人がいない。

 セラに協力してくてるって人たちも、セラの指示がなければ動けないだろうし。


 次、現れるまで待つしかないのか?


 ウドルたちにでも頼むか?

 ……やめておこう。金で済む話じゃなくなる。

 他に頼れる人もいない。

 こうなったら、最終手段に出るしか――、


「ガキ、早よ来い」


「ただ今っ!」


 そして、俺とセラは店へと戻り、仕事を始めた。



 ********************



 そして、時間は今へと戻る。


 相棒が盗まれてから、十時間ほどが経過した。

 空を見れば、黒い背景に散りばめられた白い星々が見え、大きな月がこの世界を遥か遠い天から見守っている――夜空だ。


 俺とセラは、サボった分の掃除+別の掃除で、心と身体はヘロヘロだ。

 セラはなんとかやれているが、俺は相棒を心配するあまり、心はとうの昔に折れていた。

 その上、長時間の肉体労働――限界だ。


 俺は床にバタリと倒れる。

 

「マヒト……。お墓はちゃんと作ってあげるからね……っ」


 右手で口を押さえ、溢れる涙を堪えながら、セラは悲しそうに言った。


「死ぬ前提で話すのやめてもらっていいですか……」


 掠れた声でそう言うと、俺はゆっくりと立ち上がる――が、足に力が入らず、立つのは諦め、その場に腰を下ろした。


 そろそろヤバい。

 俺、ほんとに死ぬかも。

 飲まず食わずで九時間を超える長時間労働。

 ブラックだ。

 金さえ貯まればすぐにやめてやる、こんな店。


「ほい、水だ。五分やるから、休憩しろ」


 ソレーヌは店の奥から顔を出すと、水の入った革袋――水筒を投げ渡してきた。


 俺は残りの力を振り絞り犬のようにジャンプ。

 キャッチすると、ごくごくと喉を鳴らしながら一気に飲み干し、その場に再び横になる。


「あー、生き返ったー」


「まるで飼い犬みたいだね。……って、僕の分が無いじゃないか!?」


 セラは空になった水筒を頭上に持ち上げ、少しでもと試みる――が、一滴も出てこず、その場に倒れた。


「セラ、お墓はちゃんと作ってやるからな……っ」

 

「調子乗んな殺すぞカスが」


「すいません」


 土下座でもやろうと思ったが、起き上がる力も出ず、その場で即座に謝罪した。

 ……あれ、今の言葉どこかで――。



「――ういっす。邪魔するぞ」



 低い声と共に店のドアが開き、外から人が入ってきた。

 ベルゼスだ。


「お、なに二人仲良く寝転んでんだ?」


 横になっていた俺とセラを見て、ベルゼスは不思議そうに訊いてきた。


「助けてください!俺達殺されちゃう!!」


「そうだよ!これ以上は廃人になっちゃう!!」


 今にも消えそうなほど掠れた声で、俺とセラはベルゼスに主張する。

 

「んなこと言われてもなぁ……。それより、ソレーヌのやつはいるか?」


 なんだ、助けに来てくれたわけじゃないのか。

 てっきり、俺たちのひどい有様を見た街の人が通報でもしたのかと思った。


「ソレーヌ〜。ベルゼスさん来たよー」


「ベルゼス?何の用だい?」


 ソレーヌは店の奥から姿を現すと、カウンターの近くにある椅子に腰を下ろした。


「よお、ソレーヌ。今日はちと確認に来たんだ」


「確認じゃと?」


「最近、空き巣やスリが増えていている。知ってるだろ?オマエ確か、高価なもん持ってただろ?昔の――」


「ああ、確かにあるな。それがどうした?」


「巡回だ。それと、何か被害は出てないか?」


「うちの店は、今のところ問題ないぞ。ただ――」


 ソレーヌは視線を床へとずらす――が、そこに見ようとした者の姿はなく――、


「ーーベルゼスさん!俺の相棒が!俺の、俺の相棒が盗られたんだ!」


 それ――俺は涙目になりながら、ベルゼスの腰にしがみつく。


「盗られた?いつだ」


「今朝!今日の朝!スられたんだ!」


「今朝か……。なら多分、同じ奴だろう。奴は早朝と夜中に犯行を行うことが多い」


「今すぐは捕まえられなの?」


 セラは起き上がると、そう訊いた。


「できるもんならやってるさ。けどな……」


「姿を消すっていう魔道具のせいで?」


「そうなんだよ。あれは厄介だぜ」


 やっぱり、魔道具の件か。

 なら、ここは。

 俺はセラに目をやると、それに気付いたセラは説明を始めた。


「マヒトにはさっき言ったんだけど――」


「あー、あれだろ?あの魔道具は魔力消費量が多いから長時間は使えない」


 と、セラの説明は始める前に終わってしまった。

 どうやら、ゼルベスたちもわかっていたらしい。

 まあ、俺たちよりも多く経験を積んでる人が気付かないわけないか。

 

「種がわかってるのに、捕まえれないんすか?」


 種がわかるのなら、待ち伏せでもすればすぐに解決するはずだ。

 だが、犯人は未だに捕まっていない。


「そうだ、種はわかってる。だが、捕まえられない。

 まだ種を隠してる可能性が高い」


「今までは待ち伏せしてたの?」


「いや、警備員が見つけてから追っていた。奴は隠れたりってのはあまりしねぇんだよ」


「逃げられるのは、足が速すぎるとかじゃないですよね?」


「それはないと思うぜ。奴はそこまで速くない。けど、逃げられちまう」


 もう一つの種……。

 これがわからなければ、捕まえることはできないだろう。


「魔道具以外の可能性は?」


「それもねぇわけじゃねぇが、その線は今のところ薄いな」


 二つ目の種が魔道具の可能性は低いと。

 二つも持っているとなると、相当な魔力量の持ち主じゃないか?

 一つ目でもかなり魔力を吸われるって話だし……。


「実際に見てみた方が早いかもね。特徴とかってあるの?」


「全身をロングコートで覆っているからなぁ。身長も微妙なところだしな」


「あれ多分女ですよ」


「え、そうなのか?」


「確信はないですけど……匂いで」


 今朝、肩がぶつかった瞬間に花のような匂いがした。

 あんな匂いを放つのは、女性だけだ。……多分。


「変態」


 セラが蔑みの目を向けてくる。


「ちち、(ちげ)ぇよ!」


「ずっと相手(パートナー)がいなかった人って、こんなのになるんだね」


「女か……。わかった、一応気をつけよう。

 それと、次は追うだけじゃなく、奴のちょっとした動きにも目を見張るよう言っておこう」


「そうっすね」


 ベルゼス意見に、俺とセラは同意した。


「話は終わったか?」


 と、ここで蚊帳の外になっていたソレーヌが入ってきた。

 眉間にしわを寄せており、不機嫌だということがわかる。


「とりあえずはな。悪いな、時間もらって――」



 バンッ!!!



 という音が店中に響き渡り、この場にいた全員が音の放たれた方へと顔を向けた。

 ドアが勢いよく開かれた音だ。

 一人の男性が、慌てた様子で店に飛び込んでくると――、



「――盗人が現れました!!」



 そう、言い放った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ