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第Ⅱの俺に栄光あれ  作者: Og
第1章 異世界到来編
5/13

第5話 買い物

 



「今日は買い物に行くぞ」


 カウンターに肘をついてうとうとしていた俺に、ソレーヌはそう言った。


「買い物?この前行ってたじゃん。ゴーラスさんが来た日」


 あの時はかなり帰ってくるのが早かったが、一体何を買ったのだろうか。

 帰ってくると手ぶらだったし……。

 認知症か?


「あの時は別の物を買ったんじゃよ。今日はいろいろ買いたくてな。もちろん、給料は出るぞ」


 そう言うと、親指と人差し指を合わせこちらに向けた。

 お金を表しているのだろう。


「おー。何買うの?」


 俺の言葉を聞いたソレーヌはため息を吐く。


「掃除道具じゃよ。そろそろ古くなっておったからな」


 ということは、モップや雑巾などを買うのだろうか。

 そこまで古いという感じはしなかったけどな。


 モップや雑巾は日本と全く同じ物だった。

 それ以外にも、日本の物と作りが酷似している物はたくさんある。食事の時だって、箸を使っている人もいる。他には、ナイフやフォークにスプーン。

 言語は日本語だし、よくよく考えたら、かなり多くのものが日本と同じだ。

 違うのは文字とお金だけだ。……あとは容姿。


 お金というと、この世界には金貨や銀貨がある。異世界の定番だ。

 高い方から順に、

 大金貨は10万ミリン

 大銀貨は1万ミリン

 大銅貨は5000ミリン

 中金貨は1000ミリン

 中銀貨は500ミリン

 中銅貨は100ミリン

 小金貨は50ミリン

 小銀貨は10ミリン

 小銅貨は1ミリン

 となる。


 文化面から見て、俺からしたら助かるが、もしこの世界に来たのが日本人ではなく海外の人だったら、めちゃめちゃ苦労するだろう。

 俺は本当に運が良かった。


「さ、行くぞい」


 ジャージのフードを引っ張られ、俺は外へ連れ出された。



 *******************



 俺たちがやって来たのは、オルダムの中央通りだ。

 北門と南門をまっすぐ結ぶ、この街で一番大きな道だ。


 ここにはいくつもの屋台が左右にズラリと並んでおり、たくさんの物が売ってある。

 食べ物はもちろん、服に武器に道具など。

 ここに来れば、必要な物は全部揃うと言われるほどあらゆる物で溢れている。

 人の数も相当なもので、多くの商人たちが少しでも利益を上げようと懸命に売買している。


 あちらこちらから、店員の呼び声が聞こえてくる。


「相変わらず、すごい人だなぁ」


「ワシは探し物をしてくる。小遣いやるから、何か買ってくるといい」


 そう言うと、ソレーヌはポケットからお金を出し、俺に渡してきた。

 手元には、1万ミリンである大銀貨がニ枚。


「……お、おお!2万ミリンも!

 ……まさか、給料の前払いとか言わないだろうな?」


「ただの小遣いじゃよ。最近頑張っておったからな。ボーナスじゃ。それとさっき給料は出すと言ったじゃろ?それも含めての小遣いじゃ。大事に使え」


 え、なにこの人。すごい優しい。

 何か良い事でもあったのだろうか。

 それとも、これから悪い事があるのだろうか。


 疑いながらも、俺は受け取る。


「どのくらい掛かる?」


「三十分ぐらいじゃな」


 「了解」と言い、俺は踵を返した。

 

「2万ミリン、大金だ。この前もらった8万ミリンとその他少々の貯金を合わせると……11万ミリンってところか。結構貯まってきたな」


 初めはゼロだったお金も、少しずつ増えてきている。

 この調子で貯めていけば、武器を買うという目標もそう遠くないうちに達成できそうだ。

 まあ、最近は大金をもらう機会があっただけの話だ。これからもそんな機会があるとは限らない。

 

「何から見るかな……。普通に生活用品揃えるか。パンツとかもいい加減変えたい」


 二日に一回は洗っているが、流石に一枚だけじゃ無理がある。

 服もこのジャージ以外の物が欲しい。折角異世界にいるんだ。それっぽい服を着たい。

 鞄も欲しいな。リュックっぽい物があると助かる。


「考え出したらキリがないな」


 この全財産を使い切るわけにはいかない。

 もしもの時のために、三分の一くらいは残しておこう。

 今日使える金額は4万ミリン程度。


「服から見るか……」


 この世界で、服というのはかなり高価な物だ。

 こっちに来てから、同じ服を何日も着ている人をよく見かける。タイトやソレーヌもずっと同じ服だ。

 元の世界では500円もあればTシャツが買えたが、こちらの世界では何千、何万といくことが当たり前だ。

 何着も服を持ってる人は、お金持ちの証拠なんだと。


「げっ……高い」


 値札を見ると、当たり前のようにどの服も万越え。

 こんな高いの買ってたら、財布の中身が一瞬で空になる。

 服は一旦諦めて、他の物を見ることにした。

 

「本とかないかな……。この世界についてのことが書かれてるやつ」


 この世界の知識を得るには、この世界の本を読むのが一番手っ取り早い。

 魔物についての本や、魔法についての本が欲しい。

 世界地図的なのでもいいな。

 とにかく、この世界の事をもっと知らなければならない。世間知らずな奴とか嫌だからな。

 というわけで、俺は本屋に足を運んだ。


「……どれがどれかわからん」


 ここで俺は思い出した。

 自分がまだ文字を読めないことに。

 ソレーヌに文字がわからないことは伝えてある。

 教えを乞うたが、時間がないと言い相手にしてくれない。

 タイトは何か別の用件があるらしくダメだった。

 ゴーラスやベルゼスに頼むのは申し訳ない。二人は相当忙しいはずだ。盗人が悪さしてるって言ってたしな。


 その結果、俺は未だに文字が何一つ解らない状態だった。


 まずは、文字の本からだな。

 文字が読めなれば、本なんて読めない。


「……すいません。文字の本ってあります?」


 俺はカウンターで本を読んでいたおじさんに声を掛ける。


「文字の本?……いろいろあるが、どの言語だい?」


「言語って、いくつもあるんですか?」


「ああ。そんなことも知らないのかい?

 兄ちゃん、その歳でそれはマズいよ」


 文字って一つじゃなかったのか……。

 まあ、言語がいろいろあるのは当たり前か。


「世界で一番使われている言語ってなんですか?」


「一番使われているのは、セフロス語だね。七神国のうち四ヶ国はセフロス語だ。ちなみに、この国もセフロス語だよ」


「なら、セフロス語の文字の練習ができる本ってありますか?」


「ああ、あるよ。小さいガキンチョが始めるようなやつだが、いいか?」


「はい。それがいいです」


 初めは子供でも解るようなものから始めなければ。

 知能の低い俺にはそのくらいが丁度いい。


 おじさんは店の奥へと行き、梯子を登って棚の上にある本を取り出す。本を取り出すと同時に、埃が辺りを一気に舞った。

 埃を手で払ってから中身を確認すると、俺に向かってホイと投げる。


「これだ。値段は3000ミリン。どうする?」


 買うかどうか尋ねてくる。

 3000ミリンなら問題ない。

 試しに中を見てみるが、何が書いてあるかはやっぱりわからなかった。

 やはり、誰かに教えてもらうしかないな。


「買います」


 財布から1000ミリン――中金貨を一枚出す。


「……あ、値切りって――」


「はい、毎度あり!!」


 異世界名物の一つである値切りを思い出したころで、強制的に会計が終わった。


「……」


「またのご来店お待ちしております!」


 おじさんは何事もなかったかのように、笑顔でそう言った。



 *******************



 文字の本を購入した俺は、次に何を買うのか考える。


「次は…………パンツだな」


 そろそろ、パンツを買わなければいけない。

 こんな話を真面目にして何言ってんだって思うかも知れないが、かなり重要だ。

 ここに来てから、服を洗ったりはした。

 洗っている間、俺は当然素っ裸でいたわけだが、一度だけ露出狂と勘違いされて警察に捕まりそうになった。

 その時は『服がないんです!おねがいじまずっ!逮捕だけはどうか!どうが!!』と言って情けをもらった。

 あの時は本当に終わったと思った。

 警察の世話になるとか、元の世界だったら履歴書に書かれて終わりだ。まあ、ニートの時点で終わったようなものだが。


 というわけで、なんとしてもパンツ――運が良ければ服も欲しい。


 服が高いように、パンツもそれなりの値段がした。

 服よりは小さいため安いものの、決して安易に手を出していい代物ではない。

 が、そんなことは言っていられない。

 俺は安く色や形もきちんとしたものを購入した。

 これでしばらくは持つだろう。


 次は服だ。

 このジャージは部屋着にしたい。

 それに、外に出る時はきちんとした服がいい。

 さっきの店はかなり高かった。

 諦めつつあるが、やはり服は欲しい。

 ということで、先程とは違う服屋に足を運ぶ。


「人前に着ても恥ずかしくないものなら、なんでもいいんだ。安いのはないのか……」


 俺は重ねて置いてある服をどんどん引っこ抜き見ていく。できるだけ安価で、かつ普通の服を探す。

 これもダメ。これも高い。これは何か変。これは違う。

 それの連続だ。


 そして遂に――、


「おお、Tシャツだ」


 無印の白Tシャツを見つけた。値段も悪くない。

 無くさないようにしっかりと握りしめ、ズボンを探す。

 数分後、Tシャツと同じく値段もいい感じの半ズボンを見つけた。

 薄茶色の半ズボン。紐がついている。どこにでもあるようなズボンだ。


「これでいいか。……異世界に来てTシャツと短パンはどうかと思うが……」


 夏休みに虫取りに行く小学生みたいな格好だな。

 あれもこれも全部全部、お金が貯まるまでの我慢だ。

 そう自分に言い聞かせ、俺は会計を済ませ店を出る。


「ばあちゃんはまだか……?」


 独り言を呟く。

 かなり時間が経ったが、まだ何かしているのだろうか。

 

 次は何に――、



「おーい!マヒトおぉ!!」



 次に買う物を考えようとしていたその時、後ろから俺の名を呼ぶ声がした。


「……タイト?」


 後ろへ振り返ると、離れた場所にタイトがいた。こちらに向かって手を振っている。

 後ろに誰か……いるな。一人じゃない、数人いる。

 タイトは小走りでこちらに近付いてきた。


「オマエも買い物か?」


 オマエも、ということはタイトも買い物か。


「ああ。金がある程度貯まったから。そっちは?」


「俺も買い物だ。丁度、仲間達が帰ってきたから一緒にな」


 そう言うと、後ろにいる四人が自己紹介を始めた。


「うぃーすっ。ウドル・レイドっす。どうも」


 男だ。背が高い。180はある。金髪に茶色の瞳。腰に長い槍を持っている。チャラい感じだが、イケメンだ。

 職業(ジョブ)は槍士。5級冒険者だ。


「サリー・エルロースよ。よろしくね」


 女だ。身長は160くらいだろうか。ロングの茶髪に青の瞳。歪な形をした杖を持っている。出るところはきちんと出ていて、何というか……いいね。

 職業(ジョブ)は魔術士。6級冒険者。

 

「ファールド・レイド。みんなはファールって呼ぶから、それでいいよ。よろしくね」


 男だ。身長は170前後。灰色の髪に黒の瞳。好青年って感じだ。背中には矢と弓を背負っている。

 職業(ジョブ)は弓士。同じく6級冒険者。


「レナ・セーレスです。よろしくっ」


 女だ。身長はサリーより少し低い。短い茶色の髪に茶色の瞳。わんぱくそうだ。体型はサリーよりは落ち着いている。 子供っぽい雰囲気だ。

 職業(ジョブ)は回復術士。6級冒険者。


 全員が5〜6級という安定したパーティだ。

 職業(ジョブ)のバランスも取れていて、とてもいいチームじゃないだろうか。

 いいな。俺もいつか、こういうパーティに入りたいな。


「ど、どうも。ハヤミ・マヒトです。ソロです。職業(ジョブ)は……罠士で、10級です」


 途切れ途切れの声でそうに言った。


「10級って……すごいわね」


「10級なんて初めて聞いたな」


「すごいねー」


 サリーに続いて、ウドルとレナがそう言った。


「ま、まあ、そう言うなって。

 コイツ、何度も自分のステータス測り直して泣いてんだから」


「おい、余計なこと言うんじゃねぇよ」


 全くフォローになってない。

 寧ろ、もっと俺がかわいそうな奴になってるだろ。


「で、オマエは何買ったんだ?」


 タイトは話題を変える。


「……服と文字の本と、あとパンツ」


「文字の本って……マヒトくん、何の文字勉強するの?」


 サリーが俺に顔を近づけながら訊いてくる。

 ヤバい、めっちゃいい匂いする。


「えっとー、何語だっけ。セフロス語?って言うやつ」


「セフロス語って……この国の言葉だよ?

 もしかして、外国の人?」


 サリーが不思議そうな顔で俺を見つめる。


「……田舎出身なんだ。だから文字に触れる機会がなくて……。数字はわかるんだけどね」


 ヤバい!美女が、美女が俺の至近距離に!

 落ち着け。最近あまり発散できないから溜まってるんだ。ここは取り乱すな。

 また捕まるなんて嫌だからな!


「そっかぁ。大変だね」


「誰かに教えてもらえばいいんじゃないの?」


 ファールがそう提案してきた。


「誰も教えてくれないんだよー。タイトは見ての通りバカだし。あとの人は、みんな忙しいから」


「おい、バカってなんだ!バカって――」


「それもそうだな」


「そうね。こんなバカじゃ無理だものね」


「タイトくんじゃかなり厳しいよね」


 フォルトに続いて、サリーとレナも激しく同意した。

 みんなわかってるんだな。

 そりゃあ、仲間だから俺よりもわかるのは当然か。付き合いも長いだろうし。


「おい、バカって言――」


「……なら、僕が教えようか?」


 ファールがそう言った。


「マジで!?いいの!?」


 まあ、ちょっぴりだが期待していなかったわけでもない。

 俺は文字が書けないから、教えてくれる人を探している。

 セフロス語は大体の人が書けるから、教えようと思えば誰にでもできることだ。

 この中から名乗り出てくる人がいるといいなぁ、なんて思いながら話していたのは言わないでおこう。


「いいよ。しばらくは休みって話になってたし。暇だからね」


 というわけで、文字を教えてくれる先生が見つかりました。

 ファール先生です。

 

「おい、オレはバカじゃ――」


「さ、行こうぜ」


 俺たちは買い物を再開した。



 ********************



 タイト達と別れ、自身の買い物も済ませた俺は、ソレーヌとの待ち合わせ場所にいた。

 買ったのは、シャツとズボンとパンツ、それと本。あと靴下も買った。

 満足のいく買い物ができてよかった。お金は無駄にできないからな。


(おせ)ぇな……」


 ソレーヌの来る気配がない。

 一体、何をしているのだろうか。


 俺はベンチに腰を下ろし、空を見上げてぼーっとしていた。

 雲が所々にあって、その隙間から水色の空が見える。

 目を凝らせば、近くに星のようなものがある。


 生活用品は大体揃った。

 文字に関しても、ファールのおかげでこれからなんとかなりそうだ。

 あとは……特にないか。

 しばらくはこのまま様子見といったところだろう。

 お金が貯まれば道具を揃えて冒険に行く。お金が貯まるようにバイトを頑張る。

 それでいこう。


「暇だなぁ……」


 青い空を見上げて、そう呟いた。


 ……。


 …………変……かな。

 何かはわからない。けど、変な……気がする。

 おかしい、と言った方がいいだろうか。


 異世界に来てからかなり時間が経つ。

 生活も安定してきて、それなりに充実した日々を送れている。

 昔なら考えられなかったことだ。

 仕事して、人と話して、笑って――。真っ当に生きてる。

 あの時とは真反対だ。

 一日中部屋にこもって、誰とも話さず、顔色ひとつ変えない。

 誰に迷惑をかけようと、それを悪い事だとすら思わず平然と繰り返す。

 それが当たり前だった。

 

 俺はこんな毎日を過ごしてもいいのだろうか。


『――ッ』


 あの時の感触が、今もこの手に残ってる。

 この右手に、明確に残っている。

 アイツの顔が――。

 忘れたいのに、忘れられない。どうでもいいことのはずなのに――それは違うと思ってしまう。

 たまに、その時の記憶が脳裏をよぎる。


 俺はここにいていいのだろうか。

 ここで、楽しい日々を生きていいのだろうか。

 俺にそんな資格があるのだろうか。


 ……。……。……。


「なに急に賢者モードなってんだよ、俺……」


 ……。……。……。



 ――いってらっしゃい、マヒト。



「ばあちゃん、探すか……」


 俺はベンチから立ち上がる。


 見るのは前。下は見ない。もう、見たくない。


「……いってくるよ」


 そう言うと、俺は歩き出した。

 


 ********************



 タイト一行と別れてから一時間が過ぎたが、未だにソレーヌが姿を現さない。


 待ち合わせ時間はとっくの昔に過ぎている。

 探してはいるのだが、見つからない。

 やはり、何か問題でも起きたのだろうか。

 何となく路地裏に入って、チンピラに有り金を毟り取られたとか。認知症が悪化して、待ち合わせのことを忘却したとか。


 考えれば考えるほど、不安の靄は大きくなっていく。


 やっぱり、もう一度探そう。

 嫌な予感がしなくもなくもない。


 俺は人混みの中をかき分け、ソレーヌを探す。

 昼になり、人通りも更に増えている。

 名前を呼んでも聞こえないだろう。

 

「どこにいるんだか……」



「――ソレーヌ〜!」



 突如、ソレーヌの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 俺の知らない声だ。

 女っぽい声だが、男っぽい声でもある。

 この人混みの中で声が聞こえる――ということは、近くにいる。

 誰の声かはわからないが、ソレーヌと一緒にいるかも知れない。

 俺は急いで声の発生源に向かう。

 やがて人混みを抜け、飲食店の前に出た。

 多分、ここら辺から聞こえた。


「ばあちゃーん!」


 俺は大きな声で呼ぶ。


 返事は無い。

 誰かに訊いてみるか。


 俺は壁に寄り掛かっていた女性に声を掛ける。


 超絶美人だ。

 ソレーヌと同じくらいの身長に、スレンダーな体型。

 ミントグリーンの長髪に、水色の瞳。

 クールビューティーな顔立ちをしている。

 ザ・お姉さんって感じだ。

 

「すいません。六十代くらいのおばあちゃん見かけませんでしたか?歳の割には結構、身長が高い人なんですけど……」


 女性はこちらに目をやると。


「ん?……ああ、ソレーヌのことだろ?僕も今探してるんだ。さっきまで一緒にいたんだけどね」


「知り合い……ですか?」


「家族みたいなもんさ。実の親じゃないけど」


 あの人、家族いたの?初耳だ。

 実の親じゃない……養子ってことか?


「さっき名前呼んでたのって……」


「僕さ。この人混みじゃ見つからないからね。ダメ元で呼んでみたんだけど……いいものが釣れたね」


「そう、ですか……。えっと、それじゃあ」


 俺は右手を軽く上げ、その場から立ち去ろうと――、


「ちょっと待ちなよ。一緒に探そうよ。二人で探した方が早いでしょ?」


 突然の提案に、俺は足を止めた。


「……まあ、そうっすね。じゃあ、行きましょうか」


「いいね」


 そう言うと、ニコリと笑った。


「僕はアクセラ。セラでいいよ」


「ハヤミ・マヒトです。よろしくお願いします」


「ハヤミ・マヒト……。へぇ、君が噂の」


「噂?」


「なんでもないよー」


 どうせあれだろ?

 魔力無し、10級の罠士、最弱男、みたいな変な通り名がついてるんだろ?

 勘弁してくれ。


 自己紹介を済ませ、俺たちは再び大通りへと入っていく。


 美女と二人っきりとか、最高じゃん。

 これはつまり、やっと俺のヒロインが登場したってことだよな?

 ヒロイン出てくるの、結構時間掛かったな。

 顔がよければ体型なんて気にしないのが俺だ。

 クールビューティーな顔も相まって、本当に美人だ。

 少し目をズラせば、隣には綺麗な横顔が!

 落ち着け!落ち着け、俺!

 おい血液、下半身に集まるな!元の位置に戻れ!


 まだ話す機会はあるはずだ。

 初対面の時は、第一印象が悪くならないように気をつけなければ。

 

「ん?どったの?」


 俺の視線に気付いたセラが訊いてくる。


「な、なんでもないっすよ。それにしても、ばあちゃんいないっすね」


「うん、そうだね」


 沈黙が走る。


「……ねえ、ハヤミくんは、ソレーヌの何なの?」


 沈黙を破り、セラがソレーヌとの関係を訊いてきた。


「上司……ですかね」


「上司……。あ、君が新しく入ったっていう新人さん?」


「え?まあ、はい。最近掃除屋のバイトやってますけど……。あ、セラさんがもう一人の?」


「うん。君の先輩ってやつだね」


 ならこの人が、タイトの以前言っていた『結構身長があって、ロングの緑っぽい髪の人』か。

 なにそれ、最高じゃん。

 これからはこの美人さんと一緒に仕事できるってことだよな?

 なにそれ、神じゃん。

 初めてあの店に就職してよかったと思うと同時に、心の底から雇ってくれたソレーヌに感謝した。

 

「最近は、なんで店に来なかったんですか?」


 俺が店に初めて行った日から、一度も姿を見ていない。

 ソレーヌからは名前すら聞かず、もう一人いるということすら教えられていなかった。

 何か理由があるのではないだろうか。そう思い、俺は尋ねた。


「最近はクエストに行ってたんだ。一週間くらい前にやっと終わってね。オルダムに着いたのは今日だよ」


 かなり遠出してたのか。

 いったい、何のクエストをしてたのだろうか。


「高難易度クエストってやつですか」


「まあ、そんな感じ。かなり時間は掛かったけど、仲間がそれなりにいい人たちだったから助かったよ」


「それは、お疲れ様です」


「どうも」


 すげぇな、高難易度のクエストに行けるなんて。

 勇気もすごいが、きっと実力も相当のはずだ。

 初級のクエストにすら行けない俺が惨めでしょうがない。


「初日から大変だったでしょ?外壁掃除はもうやった?」


「はい。先日やりました」


「どうだった?キツかった?」


「……いや、全然……もう、余裕っすよ。はい。簡単……でしたよ?」


「ふふっ。なら、よかった」


 嬉しそうに笑うと、俺たちは再びソレーヌを探し始めた。



 ********************


 

「あ、いた」


 見つけた。

 武器屋にいる。

 飾られてある剣や槍を手に取り触っている。

 その顔には何かに満ちた笑みがあり、楽しそうだ。

 昔のことでも思い出しているのだろうか。


「お、いたねぇ。ソレーヌ~!」


 セラは大きな声でソレーヌを呼ぶ。

 それに気付いたソレーヌはこちらへ振り返った。


「武器屋で何してんの?掃除道具でも売ってんの?」


「いや、ただ見てただけじゃ」


「俺との待ち合わせって覚えてます?もう一時間以上過ぎてるんだけど」


「……待ち合わせ?……ああ、あったな。そういうの」


 そういうのって何だよ。認知症め、だいぶ酷くなったな。

 ほら、セラさんも何か言っちゃってくださいよ。

 そう思い、隣にいるセラに視線をやると――、


「いいね、この武器。おじさん、おいくら?」


 ……。

 もういいや。


「ばあちゃん、買い物終わった?」


「ああ、終わったぞい。セラも終わったのか?」


「うん、終わったよ。……あ、外壁用のモップ買ってないや」


「いや、それならまだある。一本じゃが……」


「それなら大丈夫。マヒトが一人で全部やってくれるから」


「え?俺そんなこと言ったっけ?」


 言ってない。言った記憶がない。


「余裕って言ってたじゃん。頼んだよ、新人くんっ」


「そうか。頼もしいな、少年。給料は変わらんが、その心がけよしっ」


「えっ、ちょっ、待っ……」


「明日から何しようかなぁ。ソレーヌ、一緒にどっか行かない?マヒトくん全部やってくれるらしいし」


 あ、これあれだ。

 やられた。

 美女の前だからとか思って、やらかした。

 調子に乗ったバチが当たった。


 そう、これは――、


 ――ハメられた。




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