第5話 買い物
「今日は買い物に行くぞ」
カウンターに肘をついてうとうとしていた俺に、ソレーヌはそう言った。
「買い物?この前行ってたじゃん。ゴーラスさんが来た日」
あの時はかなり帰ってくるのが早かったが、一体何を買ったのだろうか。
帰ってくると手ぶらだったし……。
認知症か?
「あの時は別の物を買ったんじゃよ。今日はいろいろ買いたくてな。もちろん、給料は出るぞ」
そう言うと、親指と人差し指を合わせこちらに向けた。
お金を表しているのだろう。
「おー。何買うの?」
俺の言葉を聞いたソレーヌはため息を吐く。
「掃除道具じゃよ。そろそろ古くなっておったからな」
ということは、モップや雑巾などを買うのだろうか。
そこまで古いという感じはしなかったけどな。
モップや雑巾は日本と全く同じ物だった。
それ以外にも、日本の物と作りが酷似している物はたくさんある。食事の時だって、箸を使っている人もいる。他には、ナイフやフォークにスプーン。
言語は日本語だし、よくよく考えたら、かなり多くのものが日本と同じだ。
違うのは文字とお金だけだ。……あとは容姿。
お金というと、この世界には金貨や銀貨がある。異世界の定番だ。
高い方から順に、
大金貨は10万ミリン
大銀貨は1万ミリン
大銅貨は5000ミリン
中金貨は1000ミリン
中銀貨は500ミリン
中銅貨は100ミリン
小金貨は50ミリン
小銀貨は10ミリン
小銅貨は1ミリン
となる。
文化面から見て、俺からしたら助かるが、もしこの世界に来たのが日本人ではなく海外の人だったら、めちゃめちゃ苦労するだろう。
俺は本当に運が良かった。
「さ、行くぞい」
ジャージのフードを引っ張られ、俺は外へ連れ出された。
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俺たちがやって来たのは、オルダムの中央通りだ。
北門と南門をまっすぐ結ぶ、この街で一番大きな道だ。
ここにはいくつもの屋台が左右にズラリと並んでおり、たくさんの物が売ってある。
食べ物はもちろん、服に武器に道具など。
ここに来れば、必要な物は全部揃うと言われるほどあらゆる物で溢れている。
人の数も相当なもので、多くの商人たちが少しでも利益を上げようと懸命に売買している。
あちらこちらから、店員の呼び声が聞こえてくる。
「相変わらず、すごい人だなぁ」
「ワシは探し物をしてくる。小遣いやるから、何か買ってくるといい」
そう言うと、ソレーヌはポケットからお金を出し、俺に渡してきた。
手元には、1万ミリンである大銀貨がニ枚。
「……お、おお!2万ミリンも!
……まさか、給料の前払いとか言わないだろうな?」
「ただの小遣いじゃよ。最近頑張っておったからな。ボーナスじゃ。それとさっき給料は出すと言ったじゃろ?それも含めての小遣いじゃ。大事に使え」
え、なにこの人。すごい優しい。
何か良い事でもあったのだろうか。
それとも、これから悪い事があるのだろうか。
疑いながらも、俺は受け取る。
「どのくらい掛かる?」
「三十分ぐらいじゃな」
「了解」と言い、俺は踵を返した。
「2万ミリン、大金だ。この前もらった8万ミリンとその他少々の貯金を合わせると……11万ミリンってところか。結構貯まってきたな」
初めはゼロだったお金も、少しずつ増えてきている。
この調子で貯めていけば、武器を買うという目標もそう遠くないうちに達成できそうだ。
まあ、最近は大金をもらう機会があっただけの話だ。これからもそんな機会があるとは限らない。
「何から見るかな……。普通に生活用品揃えるか。パンツとかもいい加減変えたい」
二日に一回は洗っているが、流石に一枚だけじゃ無理がある。
服もこのジャージ以外の物が欲しい。折角異世界にいるんだ。それっぽい服を着たい。
鞄も欲しいな。リュックっぽい物があると助かる。
「考え出したらキリがないな」
この全財産を使い切るわけにはいかない。
もしもの時のために、三分の一くらいは残しておこう。
今日使える金額は4万ミリン程度。
「服から見るか……」
この世界で、服というのはかなり高価な物だ。
こっちに来てから、同じ服を何日も着ている人をよく見かける。タイトやソレーヌもずっと同じ服だ。
元の世界では500円もあればTシャツが買えたが、こちらの世界では何千、何万といくことが当たり前だ。
何着も服を持ってる人は、お金持ちの証拠なんだと。
「げっ……高い」
値札を見ると、当たり前のようにどの服も万越え。
こんな高いの買ってたら、財布の中身が一瞬で空になる。
服は一旦諦めて、他の物を見ることにした。
「本とかないかな……。この世界についてのことが書かれてるやつ」
この世界の知識を得るには、この世界の本を読むのが一番手っ取り早い。
魔物についての本や、魔法についての本が欲しい。
世界地図的なのでもいいな。
とにかく、この世界の事をもっと知らなければならない。世間知らずな奴とか嫌だからな。
というわけで、俺は本屋に足を運んだ。
「……どれがどれかわからん」
ここで俺は思い出した。
自分がまだ文字を読めないことに。
ソレーヌに文字がわからないことは伝えてある。
教えを乞うたが、時間がないと言い相手にしてくれない。
タイトは何か別の用件があるらしくダメだった。
ゴーラスやベルゼスに頼むのは申し訳ない。二人は相当忙しいはずだ。盗人が悪さしてるって言ってたしな。
その結果、俺は未だに文字が何一つ解らない状態だった。
まずは、文字の本からだな。
文字が読めなれば、本なんて読めない。
「……すいません。文字の本ってあります?」
俺はカウンターで本を読んでいたおじさんに声を掛ける。
「文字の本?……いろいろあるが、どの言語だい?」
「言語って、いくつもあるんですか?」
「ああ。そんなことも知らないのかい?
兄ちゃん、その歳でそれはマズいよ」
文字って一つじゃなかったのか……。
まあ、言語がいろいろあるのは当たり前か。
「世界で一番使われている言語ってなんですか?」
「一番使われているのは、セフロス語だね。七神国のうち四ヶ国はセフロス語だ。ちなみに、この国もセフロス語だよ」
「なら、セフロス語の文字の練習ができる本ってありますか?」
「ああ、あるよ。小さいガキンチョが始めるようなやつだが、いいか?」
「はい。それがいいです」
初めは子供でも解るようなものから始めなければ。
知能の低い俺にはそのくらいが丁度いい。
おじさんは店の奥へと行き、梯子を登って棚の上にある本を取り出す。本を取り出すと同時に、埃が辺りを一気に舞った。
埃を手で払ってから中身を確認すると、俺に向かってホイと投げる。
「これだ。値段は3000ミリン。どうする?」
買うかどうか尋ねてくる。
3000ミリンなら問題ない。
試しに中を見てみるが、何が書いてあるかはやっぱりわからなかった。
やはり、誰かに教えてもらうしかないな。
「買います」
財布から1000ミリン――中金貨を一枚出す。
「……あ、値切りって――」
「はい、毎度あり!!」
異世界名物の一つである値切りを思い出したころで、強制的に会計が終わった。
「……」
「またのご来店お待ちしております!」
おじさんは何事もなかったかのように、笑顔でそう言った。
*******************
文字の本を購入した俺は、次に何を買うのか考える。
「次は…………パンツだな」
そろそろ、パンツを買わなければいけない。
こんな話を真面目にして何言ってんだって思うかも知れないが、かなり重要だ。
ここに来てから、服を洗ったりはした。
洗っている間、俺は当然素っ裸でいたわけだが、一度だけ露出狂と勘違いされて警察に捕まりそうになった。
その時は『服がないんです!おねがいじまずっ!逮捕だけはどうか!どうが!!』と言って情けをもらった。
あの時は本当に終わったと思った。
警察の世話になるとか、元の世界だったら履歴書に書かれて終わりだ。まあ、ニートの時点で終わったようなものだが。
というわけで、なんとしてもパンツ――運が良ければ服も欲しい。
服が高いように、パンツもそれなりの値段がした。
服よりは小さいため安いものの、決して安易に手を出していい代物ではない。
が、そんなことは言っていられない。
俺は安く色や形もきちんとしたものを購入した。
これでしばらくは持つだろう。
次は服だ。
このジャージは部屋着にしたい。
それに、外に出る時はきちんとした服がいい。
さっきの店はかなり高かった。
諦めつつあるが、やはり服は欲しい。
ということで、先程とは違う服屋に足を運ぶ。
「人前に着ても恥ずかしくないものなら、なんでもいいんだ。安いのはないのか……」
俺は重ねて置いてある服をどんどん引っこ抜き見ていく。できるだけ安価で、かつ普通の服を探す。
これもダメ。これも高い。これは何か変。これは違う。
それの連続だ。
そして遂に――、
「おお、Tシャツだ」
無印の白Tシャツを見つけた。値段も悪くない。
無くさないようにしっかりと握りしめ、ズボンを探す。
数分後、Tシャツと同じく値段もいい感じの半ズボンを見つけた。
薄茶色の半ズボン。紐がついている。どこにでもあるようなズボンだ。
「これでいいか。……異世界に来てTシャツと短パンはどうかと思うが……」
夏休みに虫取りに行く小学生みたいな格好だな。
あれもこれも全部全部、お金が貯まるまでの我慢だ。
そう自分に言い聞かせ、俺は会計を済ませ店を出る。
「ばあちゃんはまだか……?」
独り言を呟く。
かなり時間が経ったが、まだ何かしているのだろうか。
次は何に――、
「おーい!マヒトおぉ!!」
次に買う物を考えようとしていたその時、後ろから俺の名を呼ぶ声がした。
「……タイト?」
後ろへ振り返ると、離れた場所にタイトがいた。こちらに向かって手を振っている。
後ろに誰か……いるな。一人じゃない、数人いる。
タイトは小走りでこちらに近付いてきた。
「オマエも買い物か?」
オマエも、ということはタイトも買い物か。
「ああ。金がある程度貯まったから。そっちは?」
「俺も買い物だ。丁度、仲間達が帰ってきたから一緒にな」
そう言うと、後ろにいる四人が自己紹介を始めた。
「うぃーすっ。ウドル・レイドっす。どうも」
男だ。背が高い。180はある。金髪に茶色の瞳。腰に長い槍を持っている。チャラい感じだが、イケメンだ。
職業は槍士。5級冒険者だ。
「サリー・エルロースよ。よろしくね」
女だ。身長は160くらいだろうか。ロングの茶髪に青の瞳。歪な形をした杖を持っている。出るところはきちんと出ていて、何というか……いいね。
職業は魔術士。6級冒険者。
「ファールド・レイド。みんなはファールって呼ぶから、それでいいよ。よろしくね」
男だ。身長は170前後。灰色の髪に黒の瞳。好青年って感じだ。背中には矢と弓を背負っている。
職業は弓士。同じく6級冒険者。
「レナ・セーレスです。よろしくっ」
女だ。身長はサリーより少し低い。短い茶色の髪に茶色の瞳。わんぱくそうだ。体型はサリーよりは落ち着いている。 子供っぽい雰囲気だ。
職業は回復術士。6級冒険者。
全員が5〜6級という安定したパーティだ。
職業のバランスも取れていて、とてもいいチームじゃないだろうか。
いいな。俺もいつか、こういうパーティに入りたいな。
「ど、どうも。ハヤミ・マヒトです。ソロです。職業は……罠士で、10級です」
途切れ途切れの声でそうに言った。
「10級って……すごいわね」
「10級なんて初めて聞いたな」
「すごいねー」
サリーに続いて、ウドルとレナがそう言った。
「ま、まあ、そう言うなって。
コイツ、何度も自分のステータス測り直して泣いてんだから」
「おい、余計なこと言うんじゃねぇよ」
全くフォローになってない。
寧ろ、もっと俺がかわいそうな奴になってるだろ。
「で、オマエは何買ったんだ?」
タイトは話題を変える。
「……服と文字の本と、あとパンツ」
「文字の本って……マヒトくん、何の文字勉強するの?」
サリーが俺に顔を近づけながら訊いてくる。
ヤバい、めっちゃいい匂いする。
「えっとー、何語だっけ。セフロス語?って言うやつ」
「セフロス語って……この国の言葉だよ?
もしかして、外国の人?」
サリーが不思議そうな顔で俺を見つめる。
「……田舎出身なんだ。だから文字に触れる機会がなくて……。数字はわかるんだけどね」
ヤバい!美女が、美女が俺の至近距離に!
落ち着け。最近あまり発散できないから溜まってるんだ。ここは取り乱すな。
また捕まるなんて嫌だからな!
「そっかぁ。大変だね」
「誰かに教えてもらえばいいんじゃないの?」
ファールがそう提案してきた。
「誰も教えてくれないんだよー。タイトは見ての通りバカだし。あとの人は、みんな忙しいから」
「おい、バカってなんだ!バカって――」
「それもそうだな」
「そうね。こんなバカじゃ無理だものね」
「タイトくんじゃかなり厳しいよね」
フォルトに続いて、サリーとレナも激しく同意した。
みんなわかってるんだな。
そりゃあ、仲間だから俺よりもわかるのは当然か。付き合いも長いだろうし。
「おい、バカって言――」
「……なら、僕が教えようか?」
ファールがそう言った。
「マジで!?いいの!?」
まあ、ちょっぴりだが期待していなかったわけでもない。
俺は文字が書けないから、教えてくれる人を探している。
セフロス語は大体の人が書けるから、教えようと思えば誰にでもできることだ。
この中から名乗り出てくる人がいるといいなぁ、なんて思いながら話していたのは言わないでおこう。
「いいよ。しばらくは休みって話になってたし。暇だからね」
というわけで、文字を教えてくれる先生が見つかりました。
ファール先生です。
「おい、オレはバカじゃ――」
「さ、行こうぜ」
俺たちは買い物を再開した。
********************
タイト達と別れ、自身の買い物も済ませた俺は、ソレーヌとの待ち合わせ場所にいた。
買ったのは、シャツとズボンとパンツ、それと本。あと靴下も買った。
満足のいく買い物ができてよかった。お金は無駄にできないからな。
「遅ぇな……」
ソレーヌの来る気配がない。
一体、何をしているのだろうか。
俺はベンチに腰を下ろし、空を見上げてぼーっとしていた。
雲が所々にあって、その隙間から水色の空が見える。
目を凝らせば、近くに星のようなものがある。
生活用品は大体揃った。
文字に関しても、ファールのおかげでこれからなんとかなりそうだ。
あとは……特にないか。
しばらくはこのまま様子見といったところだろう。
お金が貯まれば道具を揃えて冒険に行く。お金が貯まるようにバイトを頑張る。
それでいこう。
「暇だなぁ……」
青い空を見上げて、そう呟いた。
……。
…………変……かな。
何かはわからない。けど、変な……気がする。
おかしい、と言った方がいいだろうか。
異世界に来てからかなり時間が経つ。
生活も安定してきて、それなりに充実した日々を送れている。
昔なら考えられなかったことだ。
仕事して、人と話して、笑って――。真っ当に生きてる。
あの時とは真反対だ。
一日中部屋にこもって、誰とも話さず、顔色ひとつ変えない。
誰に迷惑をかけようと、それを悪い事だとすら思わず平然と繰り返す。
それが当たり前だった。
俺はこんな毎日を過ごしてもいいのだろうか。
『――ッ』
あの時の感触が、今もこの手に残ってる。
この右手に、明確に残っている。
アイツの顔が――。
忘れたいのに、忘れられない。どうでもいいことのはずなのに――それは違うと思ってしまう。
たまに、その時の記憶が脳裏をよぎる。
俺はここにいていいのだろうか。
ここで、楽しい日々を生きていいのだろうか。
俺にそんな資格があるのだろうか。
……。……。……。
「なに急に賢者モードなってんだよ、俺……」
……。……。……。
――いってらっしゃい、マヒト。
「ばあちゃん、探すか……」
俺はベンチから立ち上がる。
見るのは前。下は見ない。もう、見たくない。
「……いってくるよ」
そう言うと、俺は歩き出した。
********************
タイト一行と別れてから一時間が過ぎたが、未だにソレーヌが姿を現さない。
待ち合わせ時間はとっくの昔に過ぎている。
探してはいるのだが、見つからない。
やはり、何か問題でも起きたのだろうか。
何となく路地裏に入って、チンピラに有り金を毟り取られたとか。認知症が悪化して、待ち合わせのことを忘却したとか。
考えれば考えるほど、不安の靄は大きくなっていく。
やっぱり、もう一度探そう。
嫌な予感がしなくもなくもない。
俺は人混みの中をかき分け、ソレーヌを探す。
昼になり、人通りも更に増えている。
名前を呼んでも聞こえないだろう。
「どこにいるんだか……」
「――ソレーヌ〜!」
突如、ソレーヌの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺の知らない声だ。
女っぽい声だが、男っぽい声でもある。
この人混みの中で声が聞こえる――ということは、近くにいる。
誰の声かはわからないが、ソレーヌと一緒にいるかも知れない。
俺は急いで声の発生源に向かう。
やがて人混みを抜け、飲食店の前に出た。
多分、ここら辺から聞こえた。
「ばあちゃーん!」
俺は大きな声で呼ぶ。
返事は無い。
誰かに訊いてみるか。
俺は壁に寄り掛かっていた女性に声を掛ける。
超絶美人だ。
ソレーヌと同じくらいの身長に、スレンダーな体型。
ミントグリーンの長髪に、水色の瞳。
クールビューティーな顔立ちをしている。
ザ・お姉さんって感じだ。
「すいません。六十代くらいのおばあちゃん見かけませんでしたか?歳の割には結構、身長が高い人なんですけど……」
女性はこちらに目をやると。
「ん?……ああ、ソレーヌのことだろ?僕も今探してるんだ。さっきまで一緒にいたんだけどね」
「知り合い……ですか?」
「家族みたいなもんさ。実の親じゃないけど」
あの人、家族いたの?初耳だ。
実の親じゃない……養子ってことか?
「さっき名前呼んでたのって……」
「僕さ。この人混みじゃ見つからないからね。ダメ元で呼んでみたんだけど……いいものが釣れたね」
「そう、ですか……。えっと、それじゃあ」
俺は右手を軽く上げ、その場から立ち去ろうと――、
「ちょっと待ちなよ。一緒に探そうよ。二人で探した方が早いでしょ?」
突然の提案に、俺は足を止めた。
「……まあ、そうっすね。じゃあ、行きましょうか」
「いいね」
そう言うと、ニコリと笑った。
「僕はアクセラ。セラでいいよ」
「ハヤミ・マヒトです。よろしくお願いします」
「ハヤミ・マヒト……。へぇ、君が噂の」
「噂?」
「なんでもないよー」
どうせあれだろ?
魔力無し、10級の罠士、最弱男、みたいな変な通り名がついてるんだろ?
勘弁してくれ。
自己紹介を済ませ、俺たちは再び大通りへと入っていく。
美女と二人っきりとか、最高じゃん。
これはつまり、やっと俺のヒロインが登場したってことだよな?
ヒロイン出てくるの、結構時間掛かったな。
顔がよければ体型なんて気にしないのが俺だ。
クールビューティーな顔も相まって、本当に美人だ。
少し目をズラせば、隣には綺麗な横顔が!
落ち着け!落ち着け、俺!
おい血液、下半身に集まるな!元の位置に戻れ!
まだ話す機会はあるはずだ。
初対面の時は、第一印象が悪くならないように気をつけなければ。
「ん?どったの?」
俺の視線に気付いたセラが訊いてくる。
「な、なんでもないっすよ。それにしても、ばあちゃんいないっすね」
「うん、そうだね」
沈黙が走る。
「……ねえ、ハヤミくんは、ソレーヌの何なの?」
沈黙を破り、セラがソレーヌとの関係を訊いてきた。
「上司……ですかね」
「上司……。あ、君が新しく入ったっていう新人さん?」
「え?まあ、はい。最近掃除屋のバイトやってますけど……。あ、セラさんがもう一人の?」
「うん。君の先輩ってやつだね」
ならこの人が、タイトの以前言っていた『結構身長があって、ロングの緑っぽい髪の人』か。
なにそれ、最高じゃん。
これからはこの美人さんと一緒に仕事できるってことだよな?
なにそれ、神じゃん。
初めてあの店に就職してよかったと思うと同時に、心の底から雇ってくれたソレーヌに感謝した。
「最近は、なんで店に来なかったんですか?」
俺が店に初めて行った日から、一度も姿を見ていない。
ソレーヌからは名前すら聞かず、もう一人いるということすら教えられていなかった。
何か理由があるのではないだろうか。そう思い、俺は尋ねた。
「最近はクエストに行ってたんだ。一週間くらい前にやっと終わってね。オルダムに着いたのは今日だよ」
かなり遠出してたのか。
いったい、何のクエストをしてたのだろうか。
「高難易度クエストってやつですか」
「まあ、そんな感じ。かなり時間は掛かったけど、仲間がそれなりにいい人たちだったから助かったよ」
「それは、お疲れ様です」
「どうも」
すげぇな、高難易度のクエストに行けるなんて。
勇気もすごいが、きっと実力も相当のはずだ。
初級のクエストにすら行けない俺が惨めでしょうがない。
「初日から大変だったでしょ?外壁掃除はもうやった?」
「はい。先日やりました」
「どうだった?キツかった?」
「……いや、全然……もう、余裕っすよ。はい。簡単……でしたよ?」
「ふふっ。なら、よかった」
嬉しそうに笑うと、俺たちは再びソレーヌを探し始めた。
********************
「あ、いた」
見つけた。
武器屋にいる。
飾られてある剣や槍を手に取り触っている。
その顔には何かに満ちた笑みがあり、楽しそうだ。
昔のことでも思い出しているのだろうか。
「お、いたねぇ。ソレーヌ~!」
セラは大きな声でソレーヌを呼ぶ。
それに気付いたソレーヌはこちらへ振り返った。
「武器屋で何してんの?掃除道具でも売ってんの?」
「いや、ただ見てただけじゃ」
「俺との待ち合わせって覚えてます?もう一時間以上過ぎてるんだけど」
「……待ち合わせ?……ああ、あったな。そういうの」
そういうのって何だよ。認知症め、だいぶ酷くなったな。
ほら、セラさんも何か言っちゃってくださいよ。
そう思い、隣にいるセラに視線をやると――、
「いいね、この武器。おじさん、おいくら?」
……。
もういいや。
「ばあちゃん、買い物終わった?」
「ああ、終わったぞい。セラも終わったのか?」
「うん、終わったよ。……あ、外壁用のモップ買ってないや」
「いや、それならまだある。一本じゃが……」
「それなら大丈夫。マヒトが一人で全部やってくれるから」
「え?俺そんなこと言ったっけ?」
言ってない。言った記憶がない。
「余裕って言ってたじゃん。頼んだよ、新人くんっ」
「そうか。頼もしいな、少年。給料は変わらんが、その心がけよしっ」
「えっ、ちょっ、待っ……」
「明日から何しようかなぁ。ソレーヌ、一緒にどっか行かない?マヒトくん全部やってくれるらしいし」
あ、これあれだ。
やられた。
美女の前だからとか思って、やらかした。
調子に乗ったバチが当たった。
そう、これは――、
――ハメられた。