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第Ⅱの俺に栄光あれ  作者: Og
第1章 異世界到来編
4/13

第4話 オルダムの事情



 異世界に来てから、二週間が経った。


 時が過ぎるは早いもので、掃除の仕事にもすっかり慣れた俺は、店のカウンターであくびをしていた。


「誰も来ん。このままじゃ今日の給料も無しになる」


 このままじゃ宿に泊まれない。

 本当にギリギリの生活だ。なんとか食事代と宿代は確保できている。

 貯金なんてありゃしない。


 俺は今後のことを考える。


 異世界と言ったら、剣と魔法と――冒険だ。

 剣は、まず買うお金が無いためパス。

 魔法は……とりあえずパス。

 冒険は、冒険者になったことにより、クエストを受けることはできるが、多分帰ってこれない。

 無事に帰ってくるには、武器がいる。

 魔物に勝つための道具となると、剣や弓、槍などの攻撃力があるものがいい。

 俺は罠士だから、罠を買うのも悪くない。まあ、罠に関する知識はほとんどないのだが……。それに、罠士だからと言って、罠しか使えない――なんて意味のわからないルールは無い。

 罠士でも、剣や弓は普通に使える。


 丁度この前非番になったため、タイトに武器屋を紹介してもらった。

 一番安い短剣でも、10万ミリン。逆に一番高い剣は、100万越えだった。

 罠っぽい品もあるにはあったが、安易に手を差し伸べられる値段ではなかった。

 あんな高価な物、今の生活だったら一年……いや二年働いても買えない。


 何か一気に大金を手に入れる方法はないだろうか。


 そうなると、やはり一攫千金を狙ったクエストになる。

 ……クエストを受ける前提だと、話が進まないんだよなぁ。


「はぁ、もうどうしよ。内職でもするか?いや、そんなことしてたら、こっちの仕事に手がつかなくなる。掛け持ちか?いや、俺を採用してくれるとこなんてそうそうない」


 おいおいおい、俺はいつになったらこの世界を見られるんだ?

 街の外壁の上から見える範囲(何も無い平原)しかこの世界のことを知らない。もっといろんな場所に行って、いろんなモノを見てみたいものだ。


「どうした、少年。ため息なんぞついて」


 ため息をついていると、奥の方からソレーヌが顔を出した。


「なあ、ばあちゃん。もう少し時給上げれない?」


「無理じゃ、そんな余裕はない」


 俺の要求はあっさりと断られた。

 仕方がない。焦らずゆっくり考えるか。


「ワシは今から買い物に行って来る。店番は任せたぞ」


「うん……。いってらっしゃい」


 ソレーヌは買い物に行った。


 あー、それにしても暇だ。掃除の依頼は全く来ないし、この前、ようやく来たと思ったらピザ屋と勘違いしたおばあちゃんだったし。


 眠いし寝るか。

 どうせ誰も来やしない。来たとしても、その時起こしてくれるだろう。


 そう思い、俺は軽く眠りについた。



 *******************



 チャリン。


 そんな音が聞こえ、俺は目を覚ました。

 この音は店のドアが開く時に鳴るベルの音だ。

 ドアが開くと同時に、人が入って来る。

 ばあちゃんかな、と思い顔を上げた。


 男性だ。

 かなり身長が高い。

 髪は黒が混じった短めの白髪で、顔のほうれい線がよく目立つ。

 怖そうな顔にも見えるし、優しそうにも見える。不思議だ。

 年配の方だろう。

 だが、服の上からでもわかるほど、筋肉質なカラダをしている。


「い、いらっしゃいませー」


 半開きの目を擦りながら、俺はそう言う。

 

「……っ」


 男は、俺を見ると、突然声にならない声を上げ、軽く目を見開いた。

 額には若干汗があり、驚いた様子でこちらを見ている。


「ぇ、ええっと……」


 店内に静寂が広がる。

 男は何も言わず、黙って俺を見ていた。


 何に、こんなに驚いているのだろうか。

 どうして、俺を見ているのだろうか。

 彼が今見ているものは、俺なんだろうか。


 沈黙に耐えられなくなった俺は、口を開ける。


「ど、どうかしました?俺の顔、何かついてます?」


 そう言って、俺は自身の顔をペタペタと触る。


「……いや、何もついてないよ。すまないな、少し驚いてしまった」


 男はそう言うと、カウンターに近づいて来た。


「ソレーヌはいるか?」


「ばあちゃんは、今買い物に行ってます。そう長くはならないと思いますよ」


「……そうか。……なら、少し待たせてもらうとしよう」


 男はそう言うと、カウンターの近くにある椅子に腰を下ろした。

 

「……差し支えなければ、訊いてもよろしいですか?」


 また沈黙になるのが嫌だった俺は、会話をすることにした。

 服などを見た感じ、お偉いさんに見える。

 粗相の無いよう、慎重に接しよう。


「……ああ、いいぞ」


 話すと言っても、何から話そうか。

 まあ、とりあえずは定番なやつからでいくか。

 俺は椅子から離れ、男の前に立つ。


「えっと、ハヤミ……マヒトです。冒険者やってます。今はバイトしてますけど……。よろしくお願いします」


「ゴーラス・エレス。〈剣師(けんし)〉の2級冒険者。オルダム冒険者協会支部長だ。よろしく、マヒト君」


 え、し、支部長!?

 この街の冒険者協会で一番偉い人じゃん。

 なんでこんな人がこんなボロ屋……じゃなくて、店に!?


「君は、何の職業(ジョブ)なんだい?」


「え、ええっと……その、言いづらいんですけど……わ、罠士です」


「罠士……。珍しい職業だな」


「最近なったばかりで。10級ですし」


「そうか。……もしよければ、冒険者カードを見せてもらっても?」


「ええ、いいですよ」


 俺はポケットから冒険者カードを取り出し、ゴーラスに手渡す。


「どうぞ。お恥ずかしいですけど」


 ゴーラスは静かに受け取る。


「…………ふむ。初めて見たぞ」


 だよな、初めてだよな。こんなに低いステータス見るの。

 受付のお姉さんもびっくりしてたもん。

 もういっそのこと、みんなに自慢してやろうか。



「――魔力がゼロなんて数字は、初めて見た」



「……あ、そっち?」


「……制約の一種か?……いや、魔力に関する制約など……」


 独り言を言い出した。

 制約?

 何の話かわからないが、聞かない方がいいかも知れない。


「……おっと、すまないな。つい」


 ハッとしたような顔になってそう言うと、ゴーラスは俺に冒険者カードを返す。


「帰ったぞい。……ゴーラス、なぜここに?」


 店の扉が開き、外からソレーヌが入って来た。

 買い物をしてくると言っていたが、手には何も持っていない。手ぶらだ。


「ばあちゃん、お客さん来てるよ」


「久しぶりだな、ソレーヌ。少し話がある。二人だけで」


「……わかった。少年、今日はもう上がってよい。また明日な」


「……わ、わかった。それじゃあ、また」


 そう言って、俺はすぐさま店から出た。


 ゴーラスを見た瞬間、ソレーヌの顔色が豹変した。

 その場の雰囲気も一瞬で変わった気がした。

 俺がいていい空間じゃない、と思った。


 何か、過去にあったのだろうか。

 いい感じはしない。

 恋人とかじゃないだろうし……。


「明日、訊いてみるか……」



 *******************



 ソレーヌの掃除屋の店の奥と二階は、ソレーヌの家になっていて、地下には掃除道具などが保管されている。


 ソレーヌとゴーラスは、二階のダイニングテーブルにて話をしていた。


「それで? 話とはなんじゃ?」


「ああ、協会の清掃についての話をしに来た……つもりだったが、単刀直入に訊く。

 なぜ彼を入れた?」


「少年のことか……。見たらわかるじゃろ、その通りじゃ」


 ソレーヌはコップを手に取ると、中に入っていたお茶を少し飲む。


「お前が部下を雇ったと聞いて来てみれば……いつまで囚われるつもりだ?」


 ゴーラスの表情が強張る。

 同時に、少し怒りのこもった声音で声を発した。

 

「……ワシは……死ぬまで、囚われるじゃろうな。

 それがワシにできる、せめてもの償いじゃ」


「……。…………そう、か。……そう、だろうな。

 ……ワタシとて同じことだ。マヒト君を見た時、ワタシも動揺せずにはいられなかった」


 ゴーラスは天井を見上げながら、そう言う。


「悪かったな、ソレーヌ。少し強く言いすぎた」


「仕方がないことじゃ。気にすることはない。

 ……じゃが、わかっておるな?少年はあの子ではないし、あの子とは違う。関わり方には気をつけんとなぁ」


「ああ、そうだな。

 彼は彼、あの子はあの子だ」


「――――」


「疑いはまだ晴れていない。これからも冒険者を数人近づけるが、彼の監視は頼んだぞ」


「……わかっておる。何かあった時は、ワシが責任を持ってやる」


 そして、話は終わった。



 *******************



 店から追い出され、非番になった俺は、街の中心――冒険者協会に繋がるまっすぐで大きな道路を歩いていた。

 道は石畳で綺麗に整備されており、凸凹も少ない。

 街の治安もよく、街はいつも賑わっていて人通りも多い。

 まるで、日本にいるようだ。


 俺はかなりいい街に来れたな、と自分の運の良さを再確認し、路地裏へ続く道の横を通った時だ――。


「うおっ……!」


 俺は驚きの声を上げた。


 当然、肩を押された。

 感触的に、手だ。

 誰かの手が、俺の肩を横へ突き飛ばした。


 偶然当たったような感じじゃなかった。

 なら、誰かが?意図的に?

 大きな手ではなかったと思う。

 俺の手よりも、小さいか同じくらいだったと思う。


 俺は横へ動きながら、体勢を整える。

 その時、俺は路地裏に足を踏み込んだ。


「誰だよ……ったく」


 俺は一度立ち止まり、触れられた肩を触る。

 そして、元の道に戻ろうと――、


「こっちの方が、近道だよな……?」


 頭の中で、そう考えた。


 俺は昔から、無駄なことが嫌いだった。

 少しでも自身の時間を減らしたくなかったがために、学校帰りも走って帰ったり、こっそりとチャリ通したりしていた。

 登校時も同じく、時間ギリギリに家を出たりなど、効率のいい手段を使えるだけ使って生活していた。嫌いなことや面倒なことには、一分一秒も時間を使いたくなかったからだ。

 それが、癖になってた。

 

 予定も何もないのに、俺は路地裏へと進んで行った。


 路地裏に入るのは久しぶりだ。

 金が無い時は、よく寝床として使わせてもらったものだ。

 と言っても、入ったのはほんの数メートルだが。

 奥に行くと、チンピラとかに絡まれそうで怖かった。

 冒険者協会で自分が雑魚と知ったことからも、細心の注意を払っていた。

 どっかのス○ルも異世界に来た途端にチンピラに絡まれてボコボコにされていた。

 あんな目には遭いたくない。


 なのに――。


 道は細く、たまに二手に分かれている。

 ザ・路地裏って感じだ。

 日光が当たらないせいか、少し寒い。

 かなり奥まで来たが、人一人いない。

 懐かしさを覚えながらも、俺は進み――、



「ーーお、いいガキ見っけ!」



 背後から、突然声が聞こえた。

 男の声だ。

 俺はその声を聞いた瞬間、足を止めた。


「ガキかよ、つまねえー」


 別の声が聞こえた。

 また男の声だ。


「変な格好してんなぁ。ひょっとして、金持ちか?」


 また別の声が聞こえた。

 またしても、男の声だ。


「金持ってんのかぁ?」


 四度目の声が聞こえた。

 今度も男の声だ。


「そこのガキ、金目の物をよこしゃあ逃してやらんこともないぜ?」


 あ、終わった。なぜかこの後の展開がわかる。未来予知ってやつ?

 どっかの彼と同じじゃないか。


「……それって俺のこ――ガ、ッ……!」


 確認をしようと振り返った瞬間、知らぬ拳が俺の頬を殴った。

 俺は壁にぶつかり倒れる。


 痛い。

 初めて、殴られた。

 殴られて当然のことをした親にすら、殴られたことなんてなかったのに。……あの時は俺だったな。


 それに、強い。

 殴られた時、身体を支えられなかった。

 一瞬、意識がなくなってた気がした。


「ガッ、ハッ······。ぁあ、()ってぇ······ッ」


 俺は左の頬を押さえながら立ち上がる。


「おいおい、一発でこのザマかよッ!」


 俺は反撃しようと試みるが、呆気なく躱され、大柄の男が俺の腹部に向かってカウンターを決めてくる。

 俺は腹を両手で押さえながらまた倒れる。倒れるとすぐに、俺にカウンターを決めた男が蹴ってきた。

 そして、残りの三人も同様に俺を蹴り始めた。

 何度も何度も、いろんな箇所を、蹴られて、蹴られて、殴られて。


 動こうとした。

 この場から逃げようと思った。

 でも、身体はこの身を守ることに必死で、逃げるために動いてくれなかった。

 膝を抱え、腕で頭を隠し、急所にだけは当たらないように縮こまる。

 一発蹴られる毎に、身体が悲鳴を上げる。

 脳内が痛みで埋め尽くされる。

 口内にある血が気持ち悪い。生温かさと、少しぬるぬるした感触が、舌を通して伝わってくる。


「おらおらおら!」

「早く金出せよ!」

「かわいそうになぁ!?」

「クソガキがッ!」


 なんで俺、こんな目に遭ってるんだ?

 こんなテンプレ、ほんとならこんな奴ら一瞬で倒して……。

 どうして、俺はこんなにも弱いんだ?

 異世界モノなんだから、特別なチカラくらいねぇのかよ。

 ステータスは何度測っても雑魚のままだ。

 なんで……こんな――。


 …………だれか――、



「――おい、何をしている」



 狭い路地裏に、一つの声が現れた。

 この薄暗くジメジメとした空間に、聞き覚えのある声音が響き渡った。

 俺を殴っていた男たちは、その声の発生源に目をやる。

 そこには――、


「……し、支部、長……」


 オルダム冒険者協会支部長が、そこにいた。



 *******************



「……し、支部、長……」


 そこには、ゴーラスがいた。

 薄く笑い、こちらを見ている。


「誰だオメェ?」


 そう言うと、男はゴーラスに近づく。


「……なに、ただのヒーローだよ」


「そうかい。じゃあ、お前も金目の物よこせ!」


 男がゴーラスに向かい、勢いよく右フックを放つ。

 本来なら、その拳はゴーラスの左頬に直撃し、俺のようにその場に倒れている。


 ――だが、ゴーラスは違った。


 迫り来る拳をしゃがんで躱し、瞬時に男の顎にアッパーを食らわせた。

 男はその場に倒れ、意識を失った。


「なっ……!クソが……ッ!」


 気絶した仲間を見た男たちは、懐からナイフや剣を抜く。

 ショートソード、ダガー、ククリナイフといった武器を各々が持ち、一斉にゴーラスへと踊り掛かる。

 一人は頭上から。

 一人は正面から。

 一人は壁伝いに。


「おら!」

「死ね!」

「ハアァ!」


 ゴーラスは後ろにジャンプし、躱す。

 だが、三人はまたすぐに攻撃を仕掛ける。

 

「弱いな」


  一言、ゴーラスがそう言ったその刹那――、



 ――三人は、その場に倒れた。



「ぇ……」


 何も見えなかった。

 気付けば、三人は倒れていた。

 完全に気を失っている。


 ――何をした?


「大丈夫か?マヒト君」


 ゴーラスは俺の元まで歩み寄ってると、起き上がろうとする俺に手を差し出す。


「……はい。……なんとか」


 俺はその手を握り、立ち上がる。

 

「かなりこっ酷くやられていたな」


「え、ええ。自業自得ですよ。路地裏なんかに入ったから」


「なぜ路地裏に?」


「何となく……ですかね。近道だと思って」


「そうか」


 ゴーラスはそう言うと、倒れている四人の下に近づき、着ている服を弄る。

 服のポケットに手を突っ込み、袋のような物を取り出した。


「どうするんですか?それ」


「戦利品さ。この世界じゃ、ルールのようなものさ」


「ルール……」


「ああ。〈勝てば全て我が物に〉」


 以前、タイトに聞いたことがある。

 その言葉の通り、争いに勝てば、勝者は敗者の物を自分の物にできる。

 だが、争いなんて当分しないと思っていたこともありスルーしていた。

 勝てば全部、自分の物……。

 お金はもちろん、女も宝物も全部全部。

 勝てない奴が聞いても、意味無いよな。

 

「この世は勝つことが全てさ。どんな手を使おうと、勝てばそれが正義となる。

 これは君にあげよう。私には不要な物だ。少しだが、入ってる」


 俺はゴーラスに四つの袋を手渡される。

 中を開くと、合計で8万ミリンほど入っていた。

 

「いいんですか?こんな大金」


「私は冒険者協会支部長だ。8万ミリンくらいなら一瞬さ」


 2級冒険者だもんな。

 それくらい余裕か。

 それじゃあ、ありがたく受け取るとしよう。

 8万ミリン。一気にお金持ちになった気分だ。


「ありがとうございます。助けてもらったのに、こんな物までいただいちゃって」


「いいさ。それより、今日はもう非番かい?」


「はい。今日はもう何もないですね」


「なら、これから食事でもどうだい?

 ――ワタシの奢りで」



 ********************

 


 ゴーラスに偶然助けられ、その後食事に誘われた俺はハンデリィに来ていた。


 二人席に向かい合うように、俺とゴーラスは座っている。


「支部長、すごく見られている気がするんですけど……大丈夫なんですか?」


「気にすることはない。そのうち慣れる」


 他冒険者から目を付けられたくない。

 ただでさえ、俺の評判は外壁掃除であまりよろしくないのに。


 巷で何て言われてるか知ってるか?


 〈伝説の最弱王(わなし)


 これ以上は勘弁してくれ。


「なんでも頼むといい。さっきも言ったが、今日はワタシの奢りだ」

 

「……それじゃあ、遠慮なく」


 俺は店員を呼ぶ。

 すると、奥から可愛らしい女の子がやってきた。

 顔が硬っている。

 支部長がいるから緊張しているのか。


「ご、御注文は?」


「ええっと、AランチとBランチを二つずつ。

 それと、ピザを二つ。味はお任せで。

 あとは、特別メニューを一つ。支部長は?」


「…………マヒト君、そんなに食べるのか?」


「ええ、支部長も一緒に食べましょうよ。それとも他に何か?」


「……ワタシは、コーヒーを一つでいい」


「なら、以上で」


「かしこまりました」


 店員は、急いで調理室へと戻って行った。

 慌ててメニューを言う声がここまで聞こえてくる。


 数十分後、全ての品が机に並んだ。

 AランチとBランチ。一度食べてみたかった。Cランチよりも豪華な内容になっている。今までは一番安いCランチだったからな。こういう機会にしか食べられないだろうし。

 ピザもずっとに気になっていたものだ。

 俺の知るピザなのか、異世界の全く違ったピザという食べ物なのか。

 結果は、俺の知っているものと同じだった。

 形は全く同じ円形をしていて、出来上がった姿も似ている。

 最後に特別メニュー。

 これもかなりいい値のものだったから頼んでみた。

 特別と言うほどだ。かなり期待していたが、想像を遥かに上回るものが出てきた。

 大きな肉が丸ごと皿の上に乗っていて、脂もあって美味しそうだ。日替わりメニューらしい。


「いたただきまーす」


 そう言って、俺は食べ始める。

 

「ところでマヒト君。君はどこの出身なんだい?」


 コーヒーを一口飲むと、ゴーラスは俺に訊いてきた。


 いきなり面倒な質問が来たな、と思いながらも、俺は答える。


「……田舎、ですよ。知ってる人なんていないと思いますよ。それくらい、小さな場所でしたから」


「村や集落ではないのか?」


「……違いますね。周りには、家族以外誰もいませんでしたし」


 ごめんなさい。完全な嘘です。全部嘘です。

 悪気はないんで、許してください。


 俺は心の中で何度も謝る。


「どうして、オルダムに来たんだ?」


「……何となくですよ。世間のことは何もわからないですから。何となくこの街に」


「君はこの街の事情を知らないのか?」


 俺は次々と料理を食べ進める。

 順番に一つずつ食べていく。


「じじょお?……知ら、ないです」


 事情。

 何か悪いことでもあるのだろうか。


「君は、この街にずっといるのか?それとも、しばらくしたら別の国へ行くのか?」


「そういうのは、まだ決まってないです。お金も全然貯まってないですし、冒険者としても全くですから。何か起きない限りは、ここにいると思いますよ。それよりも、事情って何ですか?」


 まだ自立できたとは言えない。

 金銭の安定はかなり時間が掛かると踏んでいる。

 冒険者としては言わずもがなだ。

 魔物すら見たことないし、この世界の知識も何も無い。

 これからタイトやその他冒険者たちにお世話になろうと思っている。

 

 俺は特別メニューを手をつける。

 大きくて柔らかい肉だ。豚肉っぽい食感だ。

 味付けもいい。味がよく染み込んでいる。


「長い話になる。いいな?」


 俺はコクっと頷く。


「この国――ドルファイツ帝国は、七神国の一つで、世界の東に位置している。

 経済面でこの国は七神国の中でもかなり安定している。

 その理由は、奴隷制を使って大量の労働力を手に入れているからだ。

 他にも奴隷制を定めている国はあるが、この国は世界一の奴隷国家と言ってもいい。人口の四割が奴隷だ。

 奴隷がいなければ、この国はここまで大きくならなかっただろう。

 だが、奴隷制度に反対する者は多かった。国はもちろんそれを認めず、拒否を続けた。

 それに呆れた反対者たちは暴動を起こし、反対運動などを繰り返した。暴動や反発は、次第に各地へと広がり、歯止めの効かなくなった帝国は、反対者たち――反乱者を皆殺しにしようとした。

 だが、反乱軍の中には手練れの冒険者も多くいたことにより、対抗は容易いことだった。

 そして、その奴隷制度に反対する者たちは一致団結し、奴隷制度の無い楽園をつくった。

 それが、この街――〈オルダム〉だ。来年で創立40年になる。我々が団結し、この街を自由の都市にした。

 この街は国の西に位置していて、敵陣である帝都との関わりも少ない。

 無論、帝国もそんなものを許すはずがない。だから、いろんな手を使ってこの街を落としに来ている。

 けれど、それも何度も失敗に終わっている。

 隣国のイスタリア王国が盾となってくれているからだ。

 そのおかげで、我々オルダムの者たちは豊かな生活を送っていられる」


 料理の半分を食べ終えた俺は、コップに注がれていた水を口に入れ、口の中を空にする。


「……ええっと、つまり、この街は国のお偉いさん方から敵視されていているから、気を付けろってことですか?」


「……まあ、そういうことだ。これからも、国から街を壊さんとする者が送られてくるだろう。今日のことも合わせて、気を付けろ」


「具体的に、何をしてきたんですか? 国は」


 この内容によっては、俺はこの街から出る準備をしなくてはならない。

 雑魚の俺がこの街にいつまでもいると、必ず痛い目を見る。

 折角、異世界にいるんだ。

 もっといろんなことを知りたい。

 早死にはゴメンだ。

 

「軍隊が送られてきたこともあったな。三万人ほどだ。

 その時は、冒険者たちを招集して応戦した。確か人数は……数千人ほどだった。

 圧勝だったよ。あっという間に、帝国軍は撤退した」


 三万を相手に数百人で圧勝って。

 この街の冒険者強すぎだろ。


「なら、もういっそのこと主力地襲撃したら勝てるんじゃ?」


「それはできん。天使がいるからな」


「……天使?

 天使って、あの翼が生えた人間のことですか?」


「ああ、そうだ。天使は強い。私でも太刀打ちできん。同然、この街の冒険者が束になっても勝つことは難しいだろう」


 天使!

 そうだよ、そういうのを待ってたんだよ!

 やっと異世界っぽくなってきたな。

 見てみたいなぁ。きっと美女だな。


「どんな天使なんですか?」


「私も見たことはない。この国のどこかにいて、なぜか帝国の味方をしている。だが、未だ我々に攻撃したりというのはない」


 中立しているのだろうか。

 よくわからない奴だな。

 まあ、そういうところが天使っぽいけど。


「……具体的には決まってませんけど、いつか……この街を出る予定です。もっといろんな所に行ってみたいですし」


「……それもいいさ。自分の道は自分で選ぶしかないんだからな。どんな時も、道は無数に開けている。どちらに進むかは、自分次第だ」


「はい……。あ、さっき、路地裏でチンピラたちが急に倒れたのって、支部長がやったんですよね?どうやってやったんですか?」


 俺は、ずっと気になっていたことを訊く。

 あの眼では視えない技。

 雑魚の俺に使えはないとしても、カラクリを知りたい。

 

「あれはただ剣を振っただけだ」


 と、笑いながら言った。


「何それ、最強じゃん」


 俺はもちろん、多分チンピラたちにも見えていなかった。それだけ、あの斬撃が速かったということだ。

 すごい。流石、2級冒険者だ。


「あの――」



「――ゴーラス!」



 俺の声を遮り、店の入口からゴーラスの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


 入口には、一人の男が立っていた。

 筋骨隆々とした大きな体躯とスキンヘッドに強面。背中には巨大な剣を二本背負っている。

 タンクトップのような服を二枚重ねで着ており、身体の筋肉がより強調されている。

 腕や足にはいくつもの傷痕がある。かなり高レベルな戦士なのだろう。


「どうした、ベルゼス」

 

「また出やがったぜ、クソ野郎が」


 そう言うと、ベルゼスはこちらに近づいてくる。


「またか……。これで五件目だな」


「新しい情報だ。完全に姿が消えたってぇ情報が出た。それも、ほとんどの奴らがそう言ってる。何の魔法使ってんのか……。魔道具の可能性もあるな」


「姿を消す魔法……」


 ゴーラスは左手を顎に添える。


「どちらにしろ、相当の使い手になる。5級以下の冒険者は相手ならんぞ」


「前に冒険者が追い詰めた時、奴は手に何かを持っていたそうだ。陣のようなものが描かれた物……となると――」


「――魔導具だな。……どこでそんな物を……」


「次は()()ぇ捕まえる。オレも出ようと思う。後処理は任せるぜ」


「わかった」


 そう言って、ゴーラスとベルゼスはニヤリと笑った。

 なんか楽しそうだな。


「……」


「ん?何だコイツ。ゴーラス、テメェの連れか?珍しい」


 話が一段落ついたところで、ようやくベルゼスは俺に気付いた。

 ベルゼスは覗き込むようにじっくりと俺を見てくる。


「なんでこんな奴と一緒にいるんだ?ゴーラス」


「ついさっき知り合ってな。ソレーヌの下で働いている。仲良くしてやってくれ」


「アイツの……。ほぉ。なら、気が合いそうだ」


 気が合いそう?


「オレはベルゼス・ブルグス。3級冒険者。職業は〈大剣師(だいけんし)〉だ」


 そう言うと、ベルゼスは俺に向かって右手を差し出す。


「ハヤミ……マヒトです。……じゅ、10級です。職業は〈罠士〉です……。よろしくお願いします、ベルゼスさん」


 俺は左手を出し、その手を握る。

 

「10級かつ罠士とはな。雑魚じゃねぇか。

 まっ、よろしく頼むぜ、マヒト」


 雑魚って言わないで。

 かなり心にくるものがあるから。


「それじゃ、オレは引き続き警戒に当たるから。何かあったらすぐ知らせろ」


 そう言うと、ベルゼスは店を出て行った。


「……すごい、ですね。あんな物軽々背負って」


 俺は率直な感想を述べた。

 一目見て思った感想だ。


「ただでさえ、二刀流使いは少ないからな。

 あの大剣を使いこなせるようになるには、相当の時間と鍛錬が必要になる。

 古くからの仲間()だ。

 ベルゼスも、オルダム創設に関わった一人だ」

 

「……ばあちゃんも、その一人なんですか?」


 前に「ワシはめちゃくちゃ強いぞ」なんて言ってたから訊いてみた。


「ああ、ソレーヌもその一人だ。奴はオルダム創設者の中で三番目に強いと言われていた。ベルゼスは五番目だったな」


 え、あの人そんなに強かったのか。

 あんな筋肉ムキムキな人より強いって……。

 明日からは大人しくしよう。

 国が襲いに来る前に上司に殺される。


 俺はこれまでの行いを振り返り、身震いをする。


「ち、ちなみに、一番は?」


「…………さあな」


 この人だな。

 自分で一番強いなんて言うのは恥ずかしいからな。わからないふりでもしておこう。若干、嬉しそうな顔をしているのは無視して。

 それともう一つ、訊いておきたいものができた。


「さっき、ベルゼスさんが言ってたクソ野郎ってなんですか?」


「盗人のことだ。最近、空き家を狙って盗みをしているらしい。姿を消す魔道具を使い、逃亡してるようだ」


「そんな魔道具があるのか……」


 魔道具とは、物に魔法が込められた物のことを指す。

 魔道具は元から込められている魔法を短時間で使うことができ、魔法についての知識やイメージがなくとも、魔力さえあれば誰でも使うことができる。

 物に魔法の図式を描き、埋め込むことで、ただの物は魔道具へと姿を変える。

 込める魔法の強さによって、魔道具の強さは変化する。強い魔法を込めれば強くなって、弱い魔法を込めれば弱くなる。

 眼だけで見分けることはできないが、微量でも漏れ出ている魔力を見分けるのは容易いことだ。みんな、直感で魔道具か否かわかるらしい。

 だが、俺は魔力が無いから、当然魔力がどういうものなのかわからない。

 目の前に魔道具とただの物を出され「どちらが魔道具ですか」と訊かれても、当然答えられない。

 そして、魔道具には回数制限というものがある。

 込める魔法の強さによって、回数制限は変化する。

 強い魔法だと依代自体が耐えられないことが多いため、ほんの数回だけ。その後、依代は壊れ、再使用はできなくなる。

 魔道具でより強い魔法を使うには、魔法への深い理解と、それに耐えうる頑丈な依代が必要となる。


「魔道具……。俺にも使えますか?」


「……無理だな。魔道具の発動には、それ相応の魔力が必要になる。元から込められている魔法の発動に、外側から魔力を込めなければならない。強ければ強いほど、その時込める魔力量も多くなる」


 使えれば強力な戦力になったんだが、使えないか……。


「なら、俺はどうやって戦えば……」


 ずっと考えている。

 何を使ってどう戦うか。

 武器は何がいい。

 剣?短剣?大剣?槍?弓?

 どれも無理だ。

 アニメや漫画では、軽々と一振りする。

 だが、俺に剣を軽々と振り回すような筋力はない。

 弓も無理だ。やったことなし、集中力が続かない。何より狙うのが難しすぎる。静止している物に当てるだけでも一苦労だろう。

 槍も案外難しい。あんな長いもの、振り回すだけで精一杯だ。狙った獲物に当てるなんて更に難しい。


「……そう焦るな。今すぐ戦いをしなければいけないわけではないだろう?それに、何事もやってみて、それで考えろ」


 ……そう、だな。

 焦りすぎた。

 こんな状態でクエストなんて受けたら、それこそ死体になってしまう。


「……すいません。焦っちゃって」


「じっくり考えるといい。私も、戦闘スタイルは何度も変えてきた。武器だって同じだ。何度も試して、それでようやく自分に合ったものがわかる」


 タイトに頼んで、今度やってみるか。

 全部試して、それで決めよう。案外、俺に使える武器があるかも知れない。

 クエストに行けるのがいつになるかはわからないが、仕方がない。


「……悪いが、そろそろ仕事に戻らなければ。会計は済ませておく。今日は付き合ってくれてありがとう」


 そう言うと、ゴーラスは席から立ち上がる。


「いえ、こちらこそ。いろんな話が聞けてよかったです、支部長」


 帝国について。

 オルダムについて。

 盗人について。

 魔道具について。

 

 かなりいい情報が聞けた。

 

「支部長なんて、きな臭い呼び名はやめてくれ。ゴーラスでいい」


 ゴーラスは笑いながらそう言った。


「……じゃあ、ゴーラスさん。今日はありがとうございました。いつかお礼させてください」


「ゴーラスでいい。さんは要らん」


「……いや、何と言うか……遠慮しときます」


 年配というのもあるが、こういう人を呼び捨てにするのは嫌だった。

 だってねぇ?こんな強くて偉い人にタメはやりづらい。


「……君はいつか、私をそう呼ぶ日が来る」


「え……?今何て――」


 聞き逃した。

 俺はもう一度訊くが、答えてはくれなかった。


「協会の清掃の件はソレーヌから聞いているな?」


「……あ、はい。ある程度は」


「そうか。もうすぐだからな、その時また会おう。

 それと、さっき言った盗人には気を付けろ。ソレーヌの店も狙われる可能性は十分にある」


 ゴーラスは念入りに注意を促す。

 それだけ、不明な点が多いのだろう。


「はい、わかりました」


「それじゃあ。またな、マヒト」


「また、ゴーラスさん」


 そのまま、ゴーラスは店を後にした。



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