第3話 友達
異世界到来から四日――。
ついに、仕事が見つかりました。
その仕事は掃除屋です。
いろんな面接や激しい試験を耐え抜き、数多くいた受験生の中から選ばれ、死闘の末に手にした職です。
この世界に来てから、本当にキツい毎日でした。
異世界に行った人は絶対に強いと思い、冒険者協会で能力を見てみれば、雑魚と判定され、それもまさかの魔力がゼロ。その他能力も幼児レベル。
魔法は使えないし、職業は罠士。てか、罠って何だよ。罠なんて落とし穴くらいしか知らねぇよ。
本当に、ふざけてます。
俺をこの世界に送った神様は、一体何を考えているのでしょうか。(神様なんて見たことないけど)
筋力が無いだけで就職すらできない。
お風呂にも入れず、毎日通りすがりの冒険者に頭を下げ、食事代を貸してもらう――乞食と化しました。
挙げ句の果てには、害虫の住まう臭い路地裏で夜が明けるのを待つ。
そんな苦痛の日々に、俺はさよならを告げようと思います。
頑張ったな、俺。
耐えたな、俺。
辛かったな、俺。
悲しかったな、俺。
苦しかったな、俺。
それじゃあ、さような――
「――何やっとる。早よ行くぞ」
突如、頭に降り注いできた拳が俺の頭に直撃する。
「痛ったッ!テメェ、何しやがるこの野郎」
「あぁ?」
「素敵な一撃をどうもありがとうございます」
「よし、行くぞ」
コイツうぅ。いつかやり返してやる。
少し曇った青空の下で、俺とソレーヌは街の中を歩き、ソレーヌの掃除店からかなり離れた場所まで来ていた。
今日は初出勤の日だ。やる気、気力ともに満タン。
何でも来い!
と、ココロの中で張り切った声を出す。
やってきた場所は、街の周囲を囲んでいる外壁だ。
結構高い。今までは遠目でしか見ていなかったからか、間近で見ると迫力が段違いだ。
レンガのような物でできた外壁は、まるでウォール○リアのように見えた。
この街は城塞都市になっている。この大きな壁が街をぐるりと囲んでいるのだ。
壁の高さは、25メートルほど。
きちんと整備されているようで、目立つ汚れや破損している部分は一切見当たらない。
「で、何するの?こんな所まで来て」
壁に指をさして何やらおかしな行動をしていたソレーヌに訊く。
「掃除じゃよ」
「……どこを?」
「これ」
そう言って、ソレーヌは指を差す。
その方向には――、
「いや、これ掃除するって……本気で言ってんの?」
つい先程まで見ていた外壁があった。
「もちろん、やる部分は決めておる。今日はここからここまでじゃ」
そう言って、掃除する範囲を指差す。
横50メートルぐらい……だと思う。
「どうやってやるの?長いブラシでもあるの?」
「そんなに長いブラシなんて無いよ」
なら、何か魔道具でも使うのだろうか。
店の棚にはたくさんの道具が置いてあった。魔道具かどうかはわからないが、その可能性もある。
「なら、魔道具?」
「魔道具なんて高価なもん、うちには無いよ」
え、無いの?あんなにたくさん物があって?
なら、あれはいったい何の……。
「よーし、それじゃ、説明するからよく聞けよ」
俺の疑問を解決することなく、ソレーヌは説明を始めた。
やり方は、腰にロープを結び付け、外壁の上から降ろしてもらい、壁に張り付くようにして雑巾で拭くというものだ。
「とりあえず、やってみるといい」
「了解」と言い壁の上まで続く階段を上がり、ロープを腰に巻き付けゆっくりと降下する。
ロープは上から機械に固定して置く。
「……。ねえ、一つ言ってもいいですか?」
「なんじゃ?言ってみい」
外壁の上から俺を見下ろしながら、ソレーヌはそう言った。
「俺、高所恐怖症なんですけど……」
「んなもん知らんわい。さっさと始めい」
「いや死ぬから!本当に死ぬから!落ちたら終わりだから!俺、風魔法とか使えないから、落ちる時に威力消したりできないから!」
ごめんなさい、もう無理。ほんとに死ぬ。
ロープを固定してる機械、めっちゃショボそうなやつだった。木製の粗末な装置だった。ギシギシ音が鳴っていて、カビていた。
ヤバい。ダメだ。下を見るな。下を見たら漏れる。全部漏れる!前だけ見ろ!壁だけを見ろ!
「やっぱ無理!上げて!早く上げて!」
「ほな、頑張れよー」
「早よ上げろやクソババア!!」
ソレーヌは俺の残してどこかへ行ってしまった。
「上げて!上げてよ!謝るから!ごめんなさい!」
あ、ヤベっ。吐きそう。
異世界に来て四日で死ぬとか、俺まだロクにこの街から出たことすらないのに。
「上がりたいならさっさと終わらせればいい。そしたら、上げてやるぞ」
と、上からそう言う声が聞こえてきた。
……。
今から本気出すわ。
俺が持っているチカラ全てを使って秒で終わらせるわ。
じゃないと漏れる……いろいろ。上からも下からも。
この後、八時間掛けてなんとか終わらせました。
途中、下から聞こえてくる街の人や冒険者たちの笑い声に、何度も心を折られそうになりました。
やる気、気力ともにゼロ。
初日にして、もう嫌です。
********************
――その日の夜。
「八時間壁掃除と二時間の店掃除、計十時間で2500ミリン。……やっぱいくらなんでも少なすぎだろ……」
椅子に深く座り込み、愚痴を吐く。
2500ミリンから一日の食事代一回300ミリン×3=900ミリン。
これで残りは1600ミリン。
確か、銭湯があるって聞いたな。
できれば毎日入りたいから、ええっと……一回500ミリンだったな。
それで残りは1100ミリン。
「1100ミリン以内で泊まれる宿を探さないとなぁ」
最悪、食事は一日二回でもいけるか?
いや、一回の摂取量が多いとは言えない。
ニ回だったら、エネルギー不足でカラダが動かなくなるな。
風呂を削れば……いや、それじゃあ仕事の時に臭いとか言われてお客さんに悪印象を持たれてかねない。
それに、今日は絶対に入りたい。
四日も風呂に入ってないんだ。髪はベトベト、体臭はひどい。ソレーヌにも相当臭うと言われた。今日は飯を食べたらすぐに銭湯へ行こう。
「すいませーん!」
俺は右腕を上げながら店員を呼ぶ。
すると、「はーい」と言う声が聞こえ、店員が近づいてくる。
「ご注文は……臭っ」
悪かったな、臭くて。
てか、客だぞ。「臭っ」とか言うなよ。
そういうのはせめて裏で言ってくれ。
結構傷つくぞ。普通に傷ついた。
入りたくても入れなかったんだからしょうがないだろ。
「……ご、ご注文は?」
「あ、はい……えー、Cランチを一つお願いします」
「かしごまりまじだ。Cランチお一づでずね」
なんかすごい鼻声だぞ。目の前で堂々と鼻つまみやがって。
失礼な店員め。
支払いの時お客様アンケートに苦情書いてやる。覚えとけ。
数十分後、俺の頼んだCランチがやって来る。
「ごゆっぐりどうぞ」
ランチを持ってきたのは、先程とは違う店員だった。てか、二人目も苦しそうな顔になるのやめて。
俺は受け取ると、早速食べ始める。
Cランチの内容は、米に味噌汁のようなものと何かの肉と野菜が少々。普通の定食だ。
味は悪くない。けど、元の世界と比べると劣っている。味に関して、過去に何度も耐える経験があったため、ある程度悪くても俺はイける。
米や味噌汁があることには驚いた。
俺が読んでいたラノベには、米や味噌汁はあまり出てこなかった。出たとしても、異世界人の知識を頼りにして、一から作るとかだった。
俺に米や味噌汁を一から作るための知識など一切無いから、そこはちょっぴり嬉しかった。まあ、無くても別にいいんだけどね。
肉は……何の肉なのだろうか。
メニューには特に何も書いていない。(というか、読めない) 食べてみた感じ、鶏肉に近い気がする。
野菜はキャベツだろか。緑色のやつが入っている。ドレッシングは無い。
量は微妙だ。
少なすぎず多すぎずってところだ。俺には足りないけど。
値段が一番安いからこれにしているが、特に不満は無い
お金に余裕ができるまでは、このランチを食べ続ける事になるだろう。
水がお代わり無料というのは、最高だ。
水を買う金なんて無いから、本当に助かっている。金が貯まったら、大きめの水筒を買っていつでも飲めるようにしよう。
「ハァ、ご馳走様でした。久しぶりに落ち着いて食べれたな」
今までは、冒険者にお金を借りて食べてたからな。罪悪感で味わう余裕なんてなかった。……あ、そのお金も返さないといけない。
ああ、俺のマネーはいつ余裕ができるのやら。
「……さ、宿探すか」
「――おい、そこのオマエ」
「何か安い宿ないかなー」
「おい、そこのオマエ」
「ベットは欲しいな。ゴキブリとかいたら死ぬな」
「おい、そこのお前」
「いや、逆にベットさえあればいいんだから、安い所あるかもな。誰かに訊いてみようか。訊くならお金無さそうな奴がいいなぁ」
「おい!そこのオマエ!聞いてんのかゴラ!?」
「…………あ、俺?」
「そうだよ!オマエだよ!」
俺だったのか。
さっきから近くでうるさいなと思っていたが、呼ばれているのが俺だったとは。
誰だ、こいつ。俺に金を借してくれた奴じゃないぞ。全くもって知らない奴だ。
何の用だ?
「はい、なんでしょう」
そこには、茶髪の男性が立っていた。
身長は俺より少し高い。
細身だが、ガッチリしているのが服の上からでもわかる。
年齢は16歳くらいだろうか。
腰に片手剣を添えている。
金無さそうな奴発見。
「オマエ、今日街の外壁でワンワン喚きながら掃除してた奴だろ?」
「いえ人違いです。さようなら」
そう言って、俺は席から離れようとするが、フードを掴まれ引き止められる。
「いや、そうだな。オマエは今日オレが見た奴に間違いない。オレの目は誰にも誤魔化せないッ!」
「は、はあ……」
コイツに羞恥心というモノはないのだろうか。人前で「オレの目は誰にも誤魔化せないッ!」って、どこの三下だよ。
こういうこと言う奴は、大体アホなキャラだ。
俺の見立てでは、コイツはアホだ。
関わらない方が良さそうだ。
とっとと撤収しよう。
「さよなら」
「まっ、待てよぉ!奢ってやるから!今日の飯代出してやるからぁ!」
奢り……。なら、仕方ないか。
それに、今コイツといろいろ話をすれば、何か有益な情報が手に入るかもしれない。
これは、異世界モノあるあるだ。
やっておいて損は無いだろう。
なら、ここは話を合わせなければ。
「あ、ああ、俺が今日、街の外壁を掃除してたその奴だ」
俺は相手の気分を害さないよう、肯定した。
まあ、事実なんだけどね。
「フンッ、やはりな。オレの目に間違いはない」
「何か用か?なんなら座ってから話そうぜ」
そう言って、座るように誘導する。
そして座った後、コイツから情報という情報を聞き出してやる。
おおー、俺、異世界してるわ。
俺たちは席に座る。
「で、何の用――いや、俺はハヤミ・マヒト。よろしく」
「オレはタイト。この街の冒険者だ。よろしくな。……ハヤミが名前か?」
「いや、ハヤミは家名」
「じゃあ、マヒトが名前か」
「……ああ、そうだ」
名前はタイトというらしい。
この街――オルダムで冒険者をやっており、等級は5級。職業は〈剣士〉。
パーティも組んでいて、現在その仲間とは別行動中とのことだ。
「俺の職業は〈罠士〉。等級は10級。パーティは組んでないからソロ。といっても、まだ一回も冒険者らしいことはしてないんだ。今は絶賛バイトに奮闘中」
「罠士……?なんだそりゃ?そんな職業あったっけ?」
あるよ。職業一覧の一番下に忘れ去られたようにあるんだよ。小さく隅に書かれてるんだよ。ホコリ被っててよく読めないくらいにな。
剣士か。いいなー、稼いでそう。
「で、用はなんだ?タイトさん」
「用? ねぇよ、んなもん。あと、さんはやめろ。ムズムズする」
「じゃあ、なんで話し掛けて来たんだよ」
「……何となく。それと今日見たから。オマエ、新人だろ?」
「まあ、四日前になったばかりっす。いろいろ教えてくれると助かります」
俺はペコリと頭を下げる。
タイトは店員から受け取ったジョッキを口に付け、一気に飲み干す。酒らしい。この街の名産物だとか。
いいな、俺も飲んでみたいな、と思い訊いてみると、飲酒可能年齢などは決まっていないらしい。
誰でも飲めるとのこと。
お金に余裕ができたら、俺も飲もう。
「にしてもオマエ、今日のアレは最高だったぜ!ずっと何か叫んでたもんな。アハハハッ!マジで笑いが止まらなかったぜ!!」
「お前か!俺の華麗なる掃除姿を愚弄してたヤツは!!」
全部聞こえたからな。
あのうるせぇ笑い声はコイツか!
最初にお前さえ笑わなければ、他の奴らが群がって俺が痛い奴だと思われずに済んだのに!
「にしても、オマエスゲェな。あの掃除屋に入ったんだろ?選抜試験でも通ったのか?」
「あの掃除屋?」
ちょっと待て。
これ絶対何かあるやつじゃん。
あの店、何か悪いことでもあるのか?
場合によっては、辞めることも視野に入れておかなければいけなくなる。
「あの掃除屋って、何かあったのか?事件とかか?」
俺はタイトに顔を近づける。念のためだ。何か良くない話が出るかも知れない。
「事件じゃねえけど、おかしな所があるんだよ」
固唾をゴクリと飲み込む。額には少量の冷や汗あり。
「――あの店、人を雇わねえことで有名なんだ」
「雇わない……。あの店は、ばあちゃん一人でやってるってことか?」
確かに、一度もソレーヌ以外の人を見たことがない。
まだ一日目だから、という理由もあるかも知れないが、他にも誰かいるという話は聞いたりしなかった。
タイトの話も本当かも知れない。
「いや、もう一人いるのは確実だ。実際に見た奴もいる」
と、俺の考えは即座に否定された。
「もう一人……。嫌な予感がするな。
男か?女か?強面なのか?目つきが悪いのか?変な性癖持ちなのか?オツムが足りないのか?」
「確か……女って言ったな。身長は結構あるみたいで、ロングで緑っぽい色の髪をしてるって聞いたぜ」
女性か。
美人さんなかぁ。
ヒロインかなぁ。
そう言えば、まだヒロインが出てきていない。
ラノベとかなら、一話くらいで出てきてもおかしくないはずなのに……。
早く出てこないかなぁ、ヒロイン。
「なら、今度ばあちゃんに訊いとくよ」
「ああ、俺も気になってたんだ。頼むぜ」
そう言うと、タイトはまたジョッキに口をつけ、二杯目の酒を飲んだ。
次は何を訊こうか。
この世界のことについてでも訊くか?いや、まず俺がいる国についての方が優先だろうか。いや、もっと絞ってこの街のこと――身近なことについて訊こう。
「この街の掃除屋って、ソレーヌの掃除屋しかないのか?」
何なく思いついたのが、これだった。
「……あったと思うぜ。ソレーヌの店とは離れた場所だけどな」
「そっか……。ライバルがいるってことだよな。困るな。俺の給料が下がるッ」
「いいじゃねえか、お互いに競い合って。そのおかげでこの街は超綺麗だろ?……帝国でも数少ない綺麗な場所さ……」
「へぇ……」
「それより、オマエはなんでこの街に?」
その質問に、俺は口を開けなくなった。
今まで、どこから来たと訊かれれば答えるための嘘は用意できていた。だが、なぜこの街に?と訊かれると、すぐに答えは思い浮かばなかった。
「…………」
「どうした?」
「いや、その……なんて言うか……」
戸惑う俺は、指で自身の頬を掻く。
「……まっ、別に無理して言わなくてもいいぜ。秘密は誰にでもある」
「ひ、秘密じゃねぇけど……」
決して、秘密ではない。
自分がみんなの知らない世界――異世界から来た、というのを秘密にしたいわけじゃない。けど、言いたいとは思わない。言って、何が起こるかわからないから。
これは過ぎた妄想かも知れないが、もし話したら、国に捕らえられて人体実験でもされるかも知れない。言うことのリスクが高すぎる。
だから、今は言えない。
でも、もし、もし話してもいいと、そう思える人ができたら――。
「悪いな。今は、言えないんだ」
俺は誤魔化すことはせず、ハッキリ「言えない」と言った。
「そうか。なら、しゃあねえな」
タイトはこれ以上何も訊いてこなかった。
案外、優しいやつなのかも知れない。
「……さっ、そろそろお暇するわ。風呂入りてぇし。今日はいろいろ教えてくれてありがとな」
「どういたしまして。……風呂か。……確かに、オマエなんか臭うぞ」
「だろ? 四日入ってないからな。それじゃあまたな、タイト」
「おう。またな、マヒト」
タイトは右手を上げ、俺に向かって軽く振る。
……。……。……。
「どうかしたか?」
「……ん?ああ、そうだ。どうかした。
1000ミリンくらいで泊まれる宿知らないか?ベットがあれば十分だ」
タイトならコスパの良い店知ってそうだ。同類の匂いがする。
「知ってるぜ、ベット付きの安くて安心の良い所」
俺は宿の場所を教えてもらい、そのまま店を後にしようと、出口に向かって踵を返す。
「じゃあな、友よ」
「……ああ。……またな、友よ」
さ、風呂に行って宿に行ってさっさと寝よう。今日はいろいろありすぎて疲れた。眠たい。
路地裏はもうゴメンだしな。
…………友。
友達、か……。
友達が、できました。
「あ、あの、お会計は……」
俺が店から出ようとすると、会計のお姉さんが声を掛けてきた。
「今日はなしで」
そう言って、俺は店を出ようと――、
なぜか、知らないおじさん二人に両腕を掴まれた。
どちらも高身長でガタイがいい。筋骨隆々だ。鋭い目つきで、俺を睨んでいる。
「え、なんで?」
「無銭飲食。逮捕だ」
警察の方だった。
「ちょっ、違う!支払いはあそこの奴がやるってことだよ!」
「話は向こうで聞く。来い」
「いやぁああ!違うって!ほんとに違うから!言い方が悪かったのは謝るから!
やめてええぇぇえええ!!」
この後、朝まで事情聴取された後、タイトの証言によりなんとか出られた。