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第Ⅱの俺に栄光あれ  作者: Og
第1章 異世界到来編
12/13

第12話 第ニの俺



 現実を見た途端、俺はとある問題に直面した。

 そう、例のあれ、

 ――借金だ。


 俺があの莫大なお金を借りたのには、もちろん理由がある。

 俺の相棒が盗まれ、それを取り戻すのに人手が必要だった。

 だから、無理矢理借金してまで相棒を取り戻した。

 借金をしたことに、後悔はない。

 もしあの時借金をしていなければ、俺の相棒は今手元に無かったかも知れないからだ。


 俺が借りた額は200万ミリン。

 日本円にすると200万円だ。

 借りた200万ミリンのうち、約150万ミリンが相棒捜索で消えた。みんなに飯を奢ったからだ。

 残りの50万ミリンはナイフや道具を買って30万ミリンにまで減少。

 今、手元にあるのは20万ミリンほどだ。


 借金をする際に、言われたことがある。


『倍にして返せよ』


 この言葉を、俺は冗談だと思っていた。

 借金に利息というものがあることは知っている。だが、利息が何なのか、俺にはわからない。

 借金をしたら、返済時に借りた額より少し多めに返さなければならないことは知っていた。だが、倍になるとまでは聞いたことがない。

 これもこの世界のルールなのか、俺にはわからないが、兎にも角にも、俺が今目の前で強面のお兄さんたちに囲まれて借金の返済を急かされていることだけは事実だ。


「おい、兄ちゃん。さっさと金返せや」

「早くしねぇと命で返済してもらうぞ?」

「それともうちで24時間365日血まみれになって働きたいか?」


 全部無理です。

 勘弁してください。

 こんな展開になるなんて思いもしませんでした。


 周りに俺を助けてくれる者はいない。

 セラは先にハンデリィへ向かった。

 俺もハンデリィへ向かっていたところ、このお兄さんたちに見つかり、路地裏まで連れて来られたわけだ。

 路地裏。

 嫌な予感がする。

 

「おい、兄ちゃん、聞いてんのか!?」


「は、はい!聞いてますとも」


 どうしよう。

 とりあえず、今手元にある分だけでも渡しておくか?

 そしたら、ひとまずは勘弁してくれるだろう。


「言っとくが全部返すまで帰さねえからな!」


 どうやらダメのようだ。

 くそ。元々チート使って楽にクエストクリアしてがっぽり稼いで、そのお金で借金なんてあっという間に返せると思っていた。だから、あんな額の借金をできたんだ。

 だが、俺にはチートなんて無いし、最強主人公でもない。ヒロインはまだ諦めていないが、そんな事は今どうでもいい。


「いや、まだ借りてからそんなに日が経ってないですよ?

 それに、額も額ですし。

 あと三年は待っていただかないと……」


「てめぇ、舐めてんのかゴラ!」

「三年だと!三秒で返せや!」

「待てるか、ボケ!」


 一人が発言する度に、顔に唾が掛かる。

 汚い。あと臭い。


「……じゃあ三ヶ月!三ヶ月猶予をください!そしたら……多分返せます」


 この場から逃れるためだ。

 嘘でも何でもいい。

 バレたら殺されるかも知れないぞ、って?

 嘘がバレた瞬間、俺はセラの背中に隠れるのだ。

 セラは強いから、こんな奴ら朝飯前だろう。

 セラは俺の心強い味方なのだ。


「三ヶ月……。言ったからな!」

「てめぇ、三ヶ月後に全部きっちり返済してなかったら……わかるよな?」

「言ったからにはちゃんと守れよ!」


 俺は首を上下に激しく振る。


「はい。絶対に。確実に」


 俺がそう言うと、三人のお兄さんたちは路地裏から出て行った。

 俺は安堵の息を吐く。

 殴られたりするのかと思ったが、案外話の通じる人たちでよかった。

 明らかにヤンキーみたいな背格好の人たちだったから怖かった。


 俺は急いで路地裏から出ると、ハンデリィへ向かい歩き出す。


「三ヶ月か……。無理だな」


 三ヶ月で400万も稼げるわけがない。

 何か大金のもらえるクエストでも受ければいいのだろうが、俺がそんなクエストを受けたら確実に死ぬ。

 借金のために命を捨てることはできない。

 命あっての借金なのだ。


「――よっ、マヒト」


 と、ハンデリィに向かっている俺の背後から声がした。


「ウドル……」


 そこには、ウドルがいた。


「もういいのか?落ち込んでたんだろ?」


「……ああ、もう、大丈夫」


「そっか。オマエも飯か?」


「うん。セラと待ち合わせ。お前は?」


「オレはファールと。店まで一緒行こうぜ」


「いいぜ」


 そう言うと、俺達はハンデリィへ向かい歩き始める。


「――――」


「……」


「――――」


「……」


「――――」


「あれ、お前セクハラして捕まったんじゃなかったの?」



 ********************



 ハンデリィに着くと、中に入りセラを探す。

 辺りを見回すと、奥の方のテーブルにいるセラと目が合った。

 セラは俺達に向かい手を振る。

 セラの向かいの席に、ファールもいた。


 セラのいるテーブルにまで行くと、椅子に腰を下ろす。


「遅かったね。何してたの?」


「借金取りに会って脅されてた」


「へぇ。なんて?」


「返済はすべてアクセラとかいう女に任せる、てさ」


「嘘なのバレバレ……ていうか、今おん――」


「――あ、注文お願いしまーす!」


 店員を呼ぶ。

 すると、奥の方から店員が一人やって来た。

 注文を済ませ、俺はテーブルにあった水を飲む。


「そう言えばさ。セラには言ったけど、俺、この前パーティに入れて欲しいって言って断られたんだよ」


「へぇ。どこのパーティだ?」


 ウドルが興味を示す。


「……名前は聞いてねぇな。茶髪の男性と青髪の男性と……あと美女が二人いた」


「う〜ん。……オルティス達かな?」


 ファールは心当たりがあるみたいだ。


「それかな……」


「オルティス達なら、今いるよ?」


「え、どこに?」


「あそこ」


 そう言って、セラは指差す。

 セラの指が向いている方向を見ると、


 ――彼らがいた。


 四人仲良く、テーブルで飯を食べていた。

 間違いない。バルカムの森で俺が会った人たちだ。


「言ってきなよ。パーティ、入りたいんでしょ?」


「う、うん……」


 確かに、あの人たちのパーティに入りたい気持ちは今もある。

 この前は即答で断られたが、諦めたわけではない。

 だが、また断られるんじゃないか?

 一度ダメなら、何度やってもダメ。それが俺だ。

 それに、パーティに入っても足手纏いになるだけだ。

 彼らだって言っていた。

 魔物も殺せない、ゴブリンに負けるような奴は要らないって。

 そんな俺を、パーティに入れてくれるのか?


「挑戦あるのみ。とりあえず、言うだけ言ってみればいいさ」


「いや、でも……」


「断れるのが怖いのかい?」


「……」


「別に一回断られただけだろ?気にすんなって。

 百回くらい断られた奴だっているんだから」


 ウドルが自慢げにそう言った。


 百回はすごいな。それはそれで尊敬する。

 ……尊敬。

 ……尊敬する、か。


「わ、わかった。行ってくる」


 俺は席から立ち上がると、彼らに向かって歩く。

 深呼吸して、息を整える。

 何を言おうか。

 俺がパーティに入るメリットを言いまくれば……いや、メリットなんて無い。

 あるのは、デメリットのみ。

 でも、俺はあのパーティに入りたい。

 断られたって、何度でも言ってやる。


 茶髪の男性の前に立つ。

 四人の視線が、こちらを向いた。

 もう一度、深く深呼吸して――、


「――俺を、パーティに入れてください!」


「断る」


「でも、入れてください!」


「無理」


「それでも、入れちゃってください!」


「却下」


「そ、それでも……」


「無理だって言ってるだろ?

 あんまり聞き分けが悪いと、嫌われるぞ?」


「……はい、すいません……」


 全て即答。

 考えるよりも先に、口が動いたかのような感じだ。


 俺は大人しく自分の席へ戻る。

 席につくと、テーブルに顔を伏せる。


「う〜ん。髪の色が原因じゃねえか?」


 ウドルが俺の頭に手を乗せてそう言ってきた。


「髪の色?」


「髪の色ってのは、明るければ明るい色ほど、相手に好印象を持たれやすい。

 一番好印象を持たれやすいのは、白。英雄の証だからね。

 そして一番悪印象を持たれやすいのが……黒」


 この世界にはそういうのがあるのか……。


「え、じゃあ、みんなは俺にどんな印象抱いてたの?」


「この街にはそういうのはないさ。差別とかイジメとか、そういうのはしないって決まってるからね」


 セラの言葉に、ウドルとファールが頷く。

 この街限定か。

 ほんと、最初に来れた街がこの街でよかった。

 別の街とかにいたら今頃……いや、考えるのはやめよう。

 

「髪の色はどうしようもねぇしなぁ……」


「染めたら?」


「染めれんの?」


「床屋に行けばやってくれるよ」


「……いや、別にこのままでもいいや。そういうのないなら」


 多分、染めても変な感じにしかならないだろう。

 何気にこの黒髪も嫌いじゃないし、このままでいい。

 だが、第一印象は大事だ。

 最終手段として、頭の片隅に置いておこう。


「ていうかオマエ、なんであんなあっさり断られてんだ?」


「……?」


「パーティに入りたいってなったら、普通、試験的なのやるだろ?」


「……俺がゴブリンも殺せない雑魚だってのは、もう知ってる。バルカムの森でちょっとあってな」


「へぇ。オレ達の時は、試験みたいなのやってから入れたぜ」


 ウドル達のパーティは、試験をするのか。

 試験か……。

 俺が嫌いなものの一つだ。

 まあ、やるのは当然だよな。

 使える奴なのかどうか見定めないといけないし。


「タイトを入れた時は大変だったなぁ」


「そうだね。タイトの時はいろいろと大変だったね」


 二人がそんな事を言い始めた。

 タイトの時は、大変……。


「……そういえば、タイトは?」


「知らねぇ。一人でクエストにでも行ってんじゃねえの?」


「そっか……」


「まっ、パーティの件は頑張って頼みまくるしかねえな」


「そうだね。根性見せなきゃ」


「何を言われても諦めないことが肝心だよー」


 根性と諦めないこと……。

 今の俺には無いモノだ。

 昔は、できない事があればすぐにやめていたし、辛い事からはすぐに逃げていた。

 多分、それは今でも変わらない。

 けど――、


「……とりあえず、やってみるよ」


 百回断られるまで、やってみることにした。



 ********************



 それから、数日。

 俺は彼らに、パーティに入れてくれるよう頼みまくった。

 朝から晩まで。

 まるでストーカーのように彼らの後について行き、隙あらば土下座をした。


 迷惑なのはわかっていた。

 俺だって、しつこい奴は大嫌いだ。

 自分がされて嫌な事は他人にするな。

 その言葉だって、もちろん知ってる。

 けど、俺はどれだけ断られようとやめなかった。


 もちろん、彼らはめんどくさそうにしていた。

 どんな断り方をしようと、何度も何度もせがんでくる俺を、いろんなやり方で諦めさせようとしてきた。

 放たれた矢が俺の頬を掠ったり、彼らの視界に入るだけで魔法が俺を襲ったり、徹底的に無視されたり、縛り上げられて警察に連れて行かれたことも。

 とある日は、一日中探してもどこにもいなかった。

 隠れられたのか、どこか遠くに行ったのか。

 とにかく、一日中探しても見つからない日もあった。


 そして、今日、彼らに頼み始めてから十日目。

 

 朝起きて、歯磨きをし、顔を洗い、ハンデリィでセラと朝食を食べ、午前中はソレーヌの店でアルバイトをして、午後からはまた彼に頼み込む時間になった。


 今日、彼らはバルカムの森にいるらしい。

 森の調査のクエストを受けているとか。

 この前、上位種がなんとかって言ってたもんな。


 入口にある看板を一瞥し、俺は森へ入る。


 道中、ゴブリンに遭遇しないか心配だ。

 一度殺されそうになったのだ。怖いかと聞かれれば怖い。

 だが、その心配も杞憂に終わった。

 なぜなら、森の中には至る所にゴブリンの死体があったからだ。

 完全に息絶えている。

 青い血が辺りに飛び散っており、血生臭い匂いが充満している。

 グロいし、臭い。

 口で呼吸しながら、俺は奥へと進む。


 しばらく進むと、開けた場所に出た。

 そこに、彼らはいた。

 休憩中だろうか。

 全員、地面に座っている。

 俺はゆっくりと近づき、彼らの前に立つ。

 距離がある程度縮むと、茶髪の男性が俺を見て、立ち上がった。


「俺を、パーティに入れてください」


「あのなぁ、何回言っても結果は変わんねえって。いい加減わかれよ。しつこいぞ」

 

「どうしても、パーティに入りたいんです」


「どうして?」


 まさかの、話が進んだ。

 今までは、理由も聞いてくれず、ただ断られるだけだった。

 だが今、理由を訊かれた。

 訊いてくれた。


「――――」


 この十日間、ずっと考えてた。

 俺はこれから、どうすればいいのか。

 どう生きればいいのか。


 答えは、もうとっくに出ていた。

 タイトに言われる前からわかっていた。


 他人と生きればいい。

 他人のチカラを借りて生きる。

 それが今の俺にできる生き方だ。


 人は、他人がいなければ生きていけない。


 そんな事くらい、わかっていた。

 でも、俺はヒトリで生きようとしていた。

 多分、それは俺が引きこもりのニートだったからだろう。


 引きこもりのニート。

 そんな奴を、誰かが相手にしてくれるわけがない。

 親も親戚も、友達も、きっと俺を見捨てる。

 見捨てられた俺は、ヒトリで生きるしかない。

 元の世界で、そんな事を考えていた。


 だから、異世界(ここ)に来てからも、その考えが残っていたんだ。

 文字はわからない、常識も知らない、何のチカラも無い俺を、誰かが相手にしてくれるはずがない。


 でも、やっぱり、心のどこかで、俺は他人を求めていた。


 強い奴の周りには、たくさんの人が集まる。

 主人公の周りには、いろんな人が集まる。

 だから、俺は強い主人公になりたかった。

 強い主人公になれば、俺はヒトリじゃなくなると思ったから。


 でも、違った。


 あの日、タイトが友達になってくれた。

 ウドルやファール、サリーにレナとも、友達になれた。

 ソレーヌにゴーラス、ベルゼスに、盗難事件で手伝ってくれた人たちまで。


 何か理由があるんじゃないかってくらい、俺の周りには、たくさんの人がいたんだ。



「――俺、死にたくないんだ。長生きしたいんだ。幸せになりたいんだ。だから、俺を守ってくれる人が必要なんだ」



「それは、オレ達のパーティじゃなきゃダメなのか?」


「ああ」


 彼はしばらく黙り込むと――、


「じゃあ、ここでオマエが使える奴だってことを見せてくれ」


 そう言って、ナイフを渡してきた。


 やはり来たか。

 セラ達との話にあった――試験。

 今、ここで俺が使える奴かどうかを見極めるための。


「そうだな……。戦闘はどのくらいできる?」


「……何も、できないです」


 俺は正直にそう言った。

 ここで見栄を張っても、良い事は何も無い。


「じゃあ、そこで瀕死状態になってるゴブリン殺してみろ」


 そう言って、ナイフを渡してきた。


「……殺せたら、パーティに入れてくれますか?」


「……考える」


 俺はナイフを受け取り、倒れているゴブリンに近寄る。


 ゴブリンとの距離が縮まると、なぜか身体が震えてきた。

 全身が金属のように硬くなって、思うように動いてくれない。更には、上から重圧をかけられているかのような気分だ。

 緊張しているのがよくわかる。

 目がチカチカして、頭の中がごちゃごちゃになる。視界がぐるぐると回って、今にも倒れそうだ。

 ナイフを握る力を強めようとしても、それは叶わない。持つだけで精一杯だ。

 呼吸が乱れる。深呼吸をしようにもうまくできない。

 足が、腕が、前に出てくれない。


 たかがゴブリンに、俺はここまで怯えているのか。


 意味わかんねぇよ。

 異世界モノで、雑魚?

 特殊能力無し?

 極めつけは、魔力も無し?

 魔法が使えない?


 ふざけんじゃねぇよ。

 何のための異世界だよ。何のための魔法だよ。何のための冒険だよ。

 こんなんじゃ、こんなのじゃ……嫌だよ。

 折角、異世界に来たのに。

 弱いってなんだよ。


 知ってたよ。知ってたさ。でも、知らないふりしてたんだ。

 見ないふりしてたんだ。

 わからないふりしてたんだ。

 それが一番、楽だったから。


 考えたくないんだ。

 知りたくなかったんだ。

 認めたくないんだ。

 なのに、思ってしまった。



 ――俺、弱いんだな。って。



 ああ、認めた。認めてしまった。

 自分は弱くて、雑魚なんだと。心も身体も弱い奴なんだと。

 何のチカラも無い、クソ野郎なんだって。

 

 俺は何もしてこなかった。

 やれる時間はいくらでもあった。

 やるために必要なものは、全部持っていた。

 なのに――。

 だから、こうなのだろう。


 俺は、凡人なんだ。

 何も優れた点がない、平凡な奴なんだ。

 特別でも、選ばれし者でもない。


 特別で、選ばれし者で、ありたかった。

 そんな夢を、ずっと見ていた。


 夢は、いつか覚める。

 どんなに幸福な夢でも、覚めなければならない時が来る。

 幸福だけの世界なんて、あり得ないんだから。


「……凡人は、異世界行っても凡人なんだよ。

 そうだろ?神様」


 でも、凡人だって変われるはずだ。

 どんなにクズでも、どうしようもない奴でも、変わることができるはずだ。


 だから――。


「……わかったよ」


 俺は再びナイフを持つ手に力を込める。

 上手く力が入らないが、そんな事は言ってられない。

 やるんだ。ここで、見せるんだ。俺はやれる奴だって。


「……押さえててくれ」


 それを聞いた青髪の男性は、ゴブリンの手を押さえる。

 ゴブリンは身動きを取ろうと何度も声を上げ、無くなった足を動かそうとする。


 死にたくないのだろう。

 今逃げなければ、自分がここで死ぬということをわかっているのだろう。

 ただ生まれて、生きてるだけなのにな。

 自分たちのものを守ろうとしただけなのにな。


「……」


 ナイフを構える。

 数十秒、俺は必死に動こうとするゴブリンを見た。

 そして深呼吸し、ナイフをゴブリンの心臓目掛けて突き刺――



「…………俺には、できない」



 突き刺さるギリギリで、俺はナイフを止めた。


「……そのできないは、優しさか?」


「それだけは違う。こんなのに、優しさなんて持たない」


「――――」


「自分のためだ。俺が、嫌なんだ。やりたくないんだ」


「そんな甘えた事、言ってていいのか?」


「良くねぇよ。良くない。でも、()じゃない。俺が魔物(コイツら)()るのは、今じゃない」


「――――」


「雑魚で、頼り甲斐がなくて、臆病で、魔物は殺せない。どうしようもない俺だ。それが、ハヤミ・マヒトだ」


「――――」


「めんどくさがり屋で、バカで、能無しなんだ」


「――――」


「チンピラも相手にできない。ゴブリン一匹すら殺せない」


「――――」


「努力もしねぇでチカラを手に入れるとか言ってる、夢ばかり見てるクソ野郎なんだ」


「――――」



「こんな俺を、パーティに入れてください」



 そう言って、頭を下げる。

 俺に言えるのは、できるのは、このくらいだ。

 ふざけたこと言ってるのは、自分でもわかってる。

 こんな世界で、敵を殺せない――なんて甘えた事言っちゃいけないことくらい。

 でも、今じゃないんだ。

 今、ここでコイツを殺したら、俺は何か、何かおかしくなってしまう気がするんだ。

 生半可な覚悟で、そんな事はできない。

 これは逃げだ。逃げなのだ。

 けど、俺が今までしてきた逃げとは少し違う。

 俺が俺であるための逃げだ。


 こんなに何かを真剣に言ったのは、生まれて初めてだ。

 心の奥底から出てくるものを繋ぎ、言葉にして、相手に伝える。

 

 俺だったら、断る。

 土下座されようが、お金を渡されようが、何もできない奴なんて、パーティには要らない。

 でも、それでも、俺はこのパーティに入りたい。


 憧れたんだ、あの姿に。

 かっこいいと、思ったんだ。

 こうなりたいって、思えたんだ。


 だから――、


「――俺を、パーティに入れてください」


 もう一度、そう言って頭を下げる。 


「ハハッ。今のオマエの評価、最悪だぜ?」


「――――」


 顔を上げる。

 茶髪の男性の顔を見る。

 自然と目が合った。

 それと同時に、俺の頬に何か液体のようなものが飛んできた。

 温かい液体。

 俺はすぐに、それが何なのかわかった。

 視線を下にやる。

 そこには、先ほど俺が殺せなかったゴブリンが、死体となって倒れていた。


「――――」


 吐瀉物が喉元まで上がってくる。

 今にも吐きそうだ。

 けど、死体如きで吐くわけにはいかない。

 今にも溢れ出てきそうな吐瀉物を必死で抑え込む。


「――――」


「…………荷物持ちでいいのか?」


「いいです。荷物持ちでも、いいです」


「……なら、よろしくな」


 そう言って、右手を差し出してきた。

 その手を見て、戸惑いながらも、俺はその手を握る。


 握手だ。

 何の変哲もない、ただの握手だ。

 相手の手を握る。たったそれだけの行為だ。

 そのはずなのに、俺には何か別のものに感じた。

 人と握手をするなんて、一年ぶりくらいだろうか。

 これまでの握手とは一味も二味も違う。


 何だろう、この気持ちは。

 心の奥底から湧いてくるように溢れるこの気持ち。

 ああ、そうか。

 これは――、


 ――喜びだ。


 異世界(ここ)に来た時も、嬉しかった。

 ずっと願っていた場所に来れた嬉しさがあった。

 けれど、あの時は不安の方が大きかった。

 ステータスは雑魚だし、魔力はゼロ。食事もろくにできず、頼れる人もいない。

 喜んでいる暇なんてなかった。

 でも、今は違う。

 俺には今、仲間ができたのだ。

 頼って、頼られる。守って守られる。そんな人たちができたのだ。

 それが何より、嬉しかった。


「……うん。よろしく!」


「オルティスだ。よろしくな」


 茶髪の男性がそう言った。

 オルティス。このパーティのリーダー。剣士だ。


「アゼルだ。……気に食わねえけど、オルティスが言うなら仕方ねえな」


 青髪の男性がそう言った。

 アゼル。弓士だ。


「シェリカだぞ。よろしくな!」


 濃い茶髪の女性がそう言った。

 シェリカ。魔術士だ。


「リリアです。よろしくお願いします」


 薄い茶髪の女性がそう言った。

 リリア。治癒術士だ。


「ハヤミ・マヒト、罠士です。よろしくお願いします」


「よろしく、マヒト」


「じゃ、クエストも終わったことだし、帰るか」


「帰るぞー。飯だ飯ー」


「今晩は何にしましょうか」


「やっぱ肉だろ」


 そう言いながら、()()()は歩いていく。

 俺も後ろからついて行く。


 街に着くと、南門の入口でウドル達パーティのみんなとばったり会った。

 サリーにレナ、ウドルにファール、そしてタイト。

 別の場所でクエストを受けていたらしく、その帰りだそうだ。


「……」


 俺は戸惑いながらも、タイトの顔を見る。

 見た感じ、不機嫌ではなさそうだ。

 タイトと目が合った。

 

「タイト……」


「――――」


 タイトの目を見る。

 正直、目を逸らしたい。

 どことなく、気まずさがある。

 今すぐ、この場から離れたいとすら思ってしまう。

 でも、俺はタイトに言わないといけないことがある。



「――俺、弱かったよ」



「――――」


「雑魚だった。ゴブリン、殺せなかった」


「……そうか」


「俺は強くなんてなかった。

 特別なチカラなんて、一つも無かった」


「そうか」


「でも、こんな俺でも、パーティに入れたんだ。パーティに入れてくれたんだ。

 俺は、足手纏いにはなりたくない。

 守って守られる――そんな関係を築きたい。

 だから――」


「――いいって。言わなくていい」


 俺の言葉を遮って、タイトがそう言った。


「オレは悪かったなんて思ってねえ。オマエを助けなかったこと」


「……」


「けど、次は助ける。今のオマエには、それだけの価値がある」


「……」


「自分の弱さを認めるってのは、結構勇気がいるんだぜ?」


「……ああ。俺は雑魚で、凡人以下で、クソ野郎だ」


「クソ野郎は、取り消していい。今のオマエには相応しくない」


「……そうかな。いや、そうだな」


 タイトはニコリと笑うと、


「風呂行こーぜ!汗かいちまった!」


 そう言って俺の肩を軽く叩き、ウドル達と銭湯へ向かっていく。

 オルティス達も一緒に行くようで、タイト達としゃべりながら歩いていく。

 俺も後ろからゆっくりとついていく。


 大通りを歩く。

 辺りには、俺が夢見た世界が広がっていた。

 中世ヨーロッパ風の街並み。

 剣があって、魔法があって、魔物がいて、冒険があって、仲間がいて、友達がいる。


「これが、異世界か……」


 街を見ていたら、なぜだか涙が出てきた。

 こっちに来るまで、こんな景色を見ることは一生ないと思っていた。

 人が大勢いて、楽しく笑っている。そんな光景を見る日が再び来るなんて、思いもしなかった。

 ただヒトリ、六畳の部屋で余生を過ごすと思っていたが――、


「――人生、何があるかわからないよな」


 正解なんて無い。

 プレイ時間も果てしなく長い。

 無限に広がるマップ。

 数え切れない程の登場人物。

 やり込み要素は無限大。


 それが、人生という名のゲーム。


 と、誰かが言っていた。

 そして俺は、一人だけ本来いるべき場所とは違う別のマップにいる。


「……やれるだけ、やってみるよ」


 前とは違うんだ、何もかもが。

 あり得ないことが起きる――それが異世界だ。


 こんな俺でも、楽しんで、笑って、幸せになれるように生きたっていいじゃないか。


 だって、俺は俺の物語の主人公なんだから。


 必死に生きてみるよ。

 悔いが残らないように。

 死ぬ時、少しでも良い人生だったと胸を張って言えるように。


 第二の俺として――。



第1章 異世界到来編〈終〉

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