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第Ⅱの俺に栄光あれ  作者: Og
第1章 異世界到来編
10/13

第10話 凡人以下



 ゆっくりと、意識が戻っていく。

 五感が目を覚ます。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚、ありとあらゆる感覚が目を覚ます。

 闇に覆われた世界に光が差し、真っ白な世界へと変貌を遂げる。

 そして――、


「……アーユーマイヒロイン?」


 開口一番、俺は視界に映った美女に向かってそう尋ねた。


「はい?なんて?」


 なぜか俺から距離を取る女性。

 ……というか、なんで人が?


 目を開けると、そこには俺を見下ろす四人の男女がいた。


 ロングソードを持つ茶髪に茶色い眼の高身長の短髪男性。

 弓を持つ青髪に碧眼の男性。

 杖を持つ濃い茶髪にオレンジ色の眼の女性。

 ステッキを持つ薄茶色の髪に水色の眼の女性。


「あれ、俺……ゴブリンに襲われて……」


 ゆっくりと起き上がる。

 その途中、一瞬だけ頭が悲鳴を上げたように痛んだ。

 一瞬止まるも、上体を起こす。


「……ええっと、あなた達は?」


「オレ達は、冒険者」


 青髪の男性がそう答えた。


「そう、ですか……。なんで俺裸なの?」


 スウスウするなと思い自分の身体を見ると、服が一枚も無かった。下半身には大きな葉っぱが一枚置いてある。

 多分、この人達が掛けてくれたのだろう。……見られてないよね?


「さあ。オレ達が見つけた時にはうつ伏せで全裸だったぞ」


 うつ伏せか。ならいいや。


「俺の服は?」


「オレ達が聞きてぇよ。なんでオマエ、こんな所で全裸で寝てんだよ。頭にはでっけぇたんこぶあるしよ」


 自分の頭に手をやると、そこには大きなたんこぶがあった。

 こんなにでかいのは初めてだ。

 触ると痛い。

 血は出ていないようなので、ひとまず安心する。


「……ゴブリンにやられて……それで気絶してた」


 頭の中で、思い出せる限りの記憶を再生させる。

 俺の記憶だと、ゴブリンに頭を棍棒で叩かれたところまでだ。


「え、オマエ、ゴブリンにやられたのか?」


 茶髪の男性が「あり得ない」とでも言いたそうな目を向けてくる。


「あれは強敵でしたね。多分この区域のボスクラスですよ。身長は1メートルくらいで、抹茶色の肌と鋭く尖った八重歯がありました。協会に報告しといた方がいいですよ」


 あれはきっと、この森の主だ。

 この森に住むゴブリンを束ねている――言わば、王様的な存在に違いない。

 これは協会に報告しなければ。


「……それ、ただのゴブリンだから。1メートルのゴブリンって、成体の中でも一番弱いやつだから」


 あ、そうなのか。

 そう言えば、俺、ゴブリンに負けたのか。

 ……負けた?俺が?ゴブリンに?最弱に?

 ハハッ、何かの間違いだろ……。


「……あなたたちは、なんでここに?」


 クエストでこの森に来たのだろうか。

 初心者には見えないが……。

 普通に強そうだ。

 それとも、俺を助けに来てくれたのだろうか。


「近くを通りかかってな。森でゴブリンどもが騒いでたから見に来たんだよ。そしたら、ゴブリン達が気絶してるオマエを囲んで騒いでたんだ」


 ゴブリンに頭を叩かれたところまでは覚えている。

 あの後、多分気絶した。

 気絶した俺を、ゴブリンがここまで運んで何かしたってことか?


「……ご、ゴブリンって、人を犯したりしないですよね?」


「何言ってんだ。するわけねえだろ」


 ならよかった。

 俺の知るラノベや漫画では、ゴブリンは女を犯すという若干興奮する設定があった。

 男の場合もあり得るのかなと思っていたが……どうやら杞憂のようだ。


 そう言えば、ゴブリンは?

 俺を囲んでいたというゴブリン達の姿が……いや、あった。

 俺の周りには、黒焦げになった小屋と斬り殺されたゴブリンの死骸があった。ついでに、破り捨てられた俺の服も。

 三十匹くらいは死んでおり、青い液体が辺りに飛び散っている。

 多分、この人たちがやったのだろう。

 気持ち悪い。血肉の匂いがする。あまり見ないようにしよう。


「すいません、助けてもらっちゃって」


「なんか期待して損したな。お宝でもあるのかと思ったのに」


 青髪の男性が悪態をつく。

 俺はこの世界の誰よりもお宝的な価値があると思う。

 だって俺、異世界人だし。


「ま、てなわけで帰るか」


「帰って飯にするぞー」


 そう言って、彼らは踵を返した。

 そのまま去っていくのだろうと思っていたら――、


 ――なぜか、茶髪の男性が鞘から剣を抜いた。


「まだ残ってたか」


 そう言って、剣を構える。


「ちっ、めんどくせぇ」


 青髪の男性が舌打ちし、弓を構える。


「今度はちゃんと土にするぞ」


 濃い茶髪をした女性が、杖を構える。


「私は後ろに下がってますね」


 そう言って、薄い茶髪の女性は後ろに下がる。


「え、どうしたんすか?」


 見た感じ、敵が来たのだろう。

 だが、気配は一切感じないし、そんな音も聞こえない。

 ……俺が鈍いだけか。


「今度は誰がやる?」


「わたしはもういいぞ。また燃やしたら嫌だし」


「なら、オレがやる」


 そう言って、青髪の男性が前に出た。

 構えていた弓を元の位置に戻し、腰に添えていたナイフを手に取る。


「どちら様からご案内いたしましょうか……」


 そう言うと、茂みに向かって勢いよく走り出した。

 茂みに入ると、ゴブリンの呻き声が聞こえ、茂みから死体となったゴブリンが出てきた。

 一体ずつ、死体の数が増えていく。

 十体、二十体、三十体、と死体の山ができていく。

 死体の数が五十を超えたところで、それは止まった。


 茂みから青髪の男性が顔を出す。


「終わったぞー」


「よーし、なら帰――」


「――上位種がいた」


「……上位種ですか?この森に?」


「そう上位種だよ。あの上位種」


 どうやら、上位種とかいうのがいたらしい。

 彼らは、その言葉を聞くと少し黙り込んで、移動し始めた。

 何となく、俺もついていく。

 しばらくすると、開けた場所になった。


「あれ……」


 俺は、それを見て腰が抜けそうになった。

 あんなものが、この世界には存在するのか。

 地球では、過去の――もうあり得ないようなものが。

 俺は恐る恐る、指を差す。


「――上位種だな」


 そこには、三メートルを超える巨体のゴブリンがいた。

 容姿は、ゴブリンをそのまま大きくした感じだ。

 いや、一つだけ普通のゴブリンと違う部分がある。


 目が一つしかない。


 一つ目なのだ。

 顔の上半分が大きな一つ目をしている。

 上位種のゴブリンは、その場で座って何かやっていた。

 手を見る限り……何かを作っている?


「次はオレが行く」


 そう言って、茶髪の男性が前に出た。

 剣を両手で持ち、構える。


 先手は上位ゴブリンからだった。

 茶髪の男性に気付いた上位ゴブリンは、謎の咆哮を上げると、右手に持っていた太く長い棍棒を茶髪の男性に向けて振った。

 茶髪の男性はしゃがんで躱し、振り下ろされた上位ゴブリンの右手を剣で――、


 ――上位ゴブリンが、回避行動を取った。


 茶髪の男性が剣を振る前に、後ろに下がったのだ。

 そして上位ゴブリンは、自身の隣に立っていた木々を引っこ抜き、茶髪の男性に投げた。

 茶髪の男性は迫り来る木々を華麗に躱す。

 だが、最後の一個を躱した瞬間、茶髪の男性の背後から上位ゴブリンの棍棒が振るわれた。

 茶髪の男性は振り下ろされた棍棒を剣で受け止め、横に流す。


「チッ。安物の剣なんだから、折れるだろうが」


 ブツブツと文句を言いながら、次々と棍棒を受け流す。


「なんか寄ってきたぞ」


 と、ここで茶髪の男性を茂みから観戦していた俺たちの周りに、ゴブリンの群れが現れた。


「咆哮のせいか」


 咆哮のせい。

 どうやら、上位種とかいうゴブリンが先程上げた咆哮のせいで、このゴブリンたちが寄ってきたとか。

 俺は青髪の男性の背に隠れる。

 一方、女性二人は魔法でゴブリンを退ける。


「おい、邪魔だ!」


「だって一人じゃ俺死ぬ!」


「勝手に死んだろよ」


 青髪の男性が蔑むかのような目でそう言った。

 酷くね?

 いくらなんでも、それは言い過ぎだ。

 だが、俺は彼の背に隠れなければ死んでしまう。

 文句を一つ言われたくらいで、離れるなんて絶対にしない。

 あっちの美女たちの背に隠れるのもいいけど、攻撃されそうだからやめておこう。


 青髪の男性はナイフや弓を使い次々とゴブリンを一撃で仕留める。

 ゴブリンは左右前後からどんどん湧いてくる。

 だが、彼らは難なく対処している。

 やはり、この人たちは相当な手練れではないだろうか。

 普通のゴブリンは一瞬で倒しているし、上位種とか言われていたゴブリンも気付けば瀕死状態。


 と、ここで青髪の男性がゴブリンに向かって突っ走っていった。

 当然俺が着いていけるわけもなく、一人取り残される。


 ……まあ、ここにいてもいいか。


 といわけで、俺はしばらくの間、目を瞑ってその場に伏せるようにしゃがんだ。


 ――数分後。


「ちっ、剣が欠けた」


 文句を言いながら、茶髪の男性がこちらにやって来た。


「こっちも片付いた。たく、そこの雑魚はなにやってんだか」


「もう終わったぞー?」


 濃い茶髪の女性が、俺の顔を覗いてくる。

 どうやら、俺が目を瞑っていた間に全部片付いたようだ。


 上位種とか言われていたゴブリンは完全に死んでいた。

 上半身と下半身を綺麗に真っ二つにされている。

 俺たちの周りを囲んでいたゴブリンは全滅。

 この森にいるゴブリン、全員死んだのではないだろうか。


「ほら、ナイフ貸すからやっといてくれ」


 突然そう言われ、渡されたナイフを手に持つ。


「何をですか?」


「ゴブリンにとどめを刺すに決まってるだろ?

 まだ息がある奴がいるかも知れねえからな。

 オレたちは疲れてんだ。だからさっさと帰りてえんだよ。

 少しは手伝え」


「……ほっといていいんじゃないですか?そのうち死ぬでしょうし」


「それがダメなんだよ。生きたままだと変なのが湧いてくるから」


 変なの?


「この森は下位のゴブリンだけって決まってんだよ。それ以外はダメなんだ」


「……なるほど」


 そう言い、俺はゆっくりと、倒れているゴブリンに近づく。

 ただのゴブリンだ。上位種でも何でもない。

 ゴブリンはうつ伏せの状態で何か言っていた。

 足を切られて身動きが取れないようだ。

 手を伸ばし、声を出して、必死になって逃げようとしている。


 ナイフを右手に持ち、ゴブリンに刃を向け、止まる。


「どうした?早くやれよ」


「……あ、ああ」


 両手でナイフを持ち、再び刃をゴブリンに向ける。


「……」

 

 刺そうとしたその時、ゴブリンの瞳が俺を視た。


「……」


 これは、どんな眼だろうか。

 死にたくない――そんな感情のこもった眼だろうか。

 それとも、どうして自分を殺すのか、と問い掛けるような眼だろうか。


 ゴブリンって、泣くんだな。

 痛そうに、辛そうに、悲しそうに、涙を流すんだな。


「……どうした?」


 いつまで経ってもゴブリンにとどめを刺さない俺を見て、茶髪の男性は不思議そうに尋ねてきた。


「……いや、その……」


「……?」


「…………なんか、できないや」


「できない?何言ってんだ?」


「……すいません。……こっちはお願いします。ナイフは返します」


 そう言って、ナイフを返す。


 ……無理だ。

 俺に殺せるわけがない。

 虫も殺せない俺に、魔物なんて殺せるわけがない。


「優しさか……。気持ち悪いな」


 そう言って、青髪の男性はナイフを受け取ると、ゴブリンにとどめを刺した。

 俺はゴブリンから目を逸らす。

 こんなもの、見てられるか。

 臭い。

 血肉の匂いがする。

 吐きそうだ。

 グロい。

 気持ちが悪い。

 こんなのを、平然と、淡々とやる。それが異世界(ここ)では当たり前なのか。


「おい、オマエ、初心者か?」


 ゴブリンの死体から離れた場所にいると、茶髪の男性にそう訊かれた。


「はい、最近なったばかりです……」


 最近と言っても、冒険者登録をしてからすでに一ヶ月ほど経っている。

 だが、クエストを受けたのは初めてだし、初心者と言ってもいいだろう。


「クエストでこの森に来たんだよな?」


「……はい。薬草採取のクエストで」


「なら、今回の依頼は中止だな」


「中止?」


「本来、この森には弱っちい下位のゴブリンだけが生息している。だが、今見たようにこの森には上位のゴブリンがいた。それは協会に報告すべきだ。中止だから、協会側もお前に中断料取ったりしねえよ」


 茶髪の男性は倒れたゴブリンに近寄ると、首に下げていたネックレスのようなものを取り、俺に渡してきた。


「これを協会の受付嬢に渡せ。そしたら納得してくれる」


「……はい。わかりました……」


 渡されたゴブリンの首飾りを見る。

 縄でできており、尖った歯のようなものが幾つも付いている。

 これが、上位種の証なのだろうか。


「じゃ、これで」


 そう言って、彼らは再び踵を返して歩き始めた。


 ……。……。……。


 ……俺も、帰――、


「――うわっあぁ!」


 街に帰ろうと踵を返した瞬間、突如、背後からゴブリンが俺の背中に飛びついてきた。

 一匹だけだ。生き残りだろう。それに、背丈も低い。

 子どもか?

 体長は八十センチくらいだ。

 隠れていたのだろうか。


 ゴブリンは俺の上に跨ると、首を絞め始めた。

 

 やばい。やばい。やばい。やばい。やばい。


「じ、死ぬ!誰か……!」


 息ができない。

 目の前がチカチカして、今にも気絶しそうだ。

 抵抗を試みるも、ゴブリンの手は離れてくれない。

 死ぬ。死ぬ?死ぬの?

 嫌だ。嫌だ。死ぬ?

 俺が?ここで?


「だず、げ……てぇ……」


 締め上げられた喉から、掠れた声が出る。

 彼らには聞こえただろうか。

 それとも、もうどこかへ行ってしまっただろうか。

 

「オマエ、ほんとにゴブリンに負けたんだな……」


 そんな声が聞こえ、首に掛かっていた圧力が一気に消えた。

 それと同時に、何か液体のようなものが、俺の身体に付着した。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 先程まで締められていた首に手を当て、荒く呼吸する。

 苦しくない。

 もう、あの手はない。

 また、また助けられた。

 お礼を言わないと。

 そう思い、顔を上げ――、


「――おえッ!」


 顔を上げた瞬間、俺は吐いた。

 口の中から、吐瀉物を吐き出した。

 目の前には、上半身を斜めに切り落とされたゴブリンの死体があった。

 俺の身体には、ゴブリンの血と思われる青い液体が全身に掛かっていた。


 ずっと、吐きそうになるのを堪えていた。

 初めにゴブリンの死体を見た時点で、吐いていてもおかしくなかった。だが、なんとか耐えた。

 けど流石に、こうも目の前で内臓をぶちまけて死なれると、俺も耐えられなかった。


「なに吐いてんだよ。そんなに苦しかったのか?」


 返答しようにも、呼吸をするので精一杯。

 数秒間を置き、荒い息遣いで俺は答える。


「す、すいません。また……助けて、もらって」


 ゲホゲホと咳をする。

 すると、口から少しだけ血が出た。


「大丈夫か?治癒魔法かけとくか?」


「い、いえ……。こ、このくらい、大丈夫……」


 そう言ったが、濃い茶髪の女性が水魔法で俺の身体を洗ってくれた。

 これ以上迷惑は掛けられない。

 そう思いながら、俺は薄い痣のできた首を手で触る。


「よし。オッケーだな。……それじゃあな」


 そう言って、彼らは踵を返し去っていく。

 去りゆく彼らの背を見て、俺は――、


「あ、あの……!」


 気付けば、呼び止めていた。

 茶髪の男性は振り返る。

 残りの三人も、同時に振り返った。


「……?」


「おれ……俺を、パーティに入れてください……!」


 自分でもよくわからなかった。

 こんな事を言うつもりはなかった。

 お礼します、とかなんでもいいから言おうと思ったのに。

 こんな事を言うなんて。


「――嫌だ」


 即答だった。

 俺が言葉を言い終えた瞬間、その言葉は発せられた。

 返ってきた返事は、否。


「え……?」


「魔物も殺せん、ゴブリンに負けるような奴は要らん」


「……です……よね……」


 そうだよな。そうなるよな。

 断れることは……わかっていた。

 でも、断れるとわかっていても、心のどこかで可能性を感じていた。

 もしかしたら、受け入れてくれるかな……とは思っていた。

 魔物も殺せない、最弱のゴブリンに負けるような奴は要らない、か……。


「……」


 何かを言おうにも、何も言葉が出なかった。

 懇願する気も起きず、特にやる事もなかった俺は、一人大人しくオルダムへ帰った。



 ********************



「あいつ、なんであんなにへこんでんだ?機嫌も悪そうだし」


 冒険者協会にあるテーブルで縮こまっていたマヒトを見て、ウドルがそう言った。


「しかも裸だよ?」


 葉っぱ一枚で大事な部分を隠しているマヒトを見て、ファールがそう言った。


「ゴブリンに負けたらしいよ」


 今にも泣きそうなマヒトの顔を見てセラがそう言った。


「「「それはやばい」」」


 ウドルとファール、セラは口を合わせてそう言った。



 ********************



 バルカムの森から無事帰還した俺は、冒険者協会で依頼の中断――ではなく、中止の報告をした。


 中止というのは、依頼場所に予期せぬ魔物やその他敵がいた場合に使うものである。

 中断と似たようなものだが、中断と中止の大きな違いは中断料を取られるか取られないかだ。

 中断の場合は中断料を取られるが、中止の場合は中断料は取られない。


 危なかった。

 もし中断料が取られていたら、俺はその場で払うことができなかった。その場で払えなければ、警察に捕まる。

 依頼中止の条件である、魔物の痕跡を持っていてよかった。

 上位ゴブリンの首飾りをくれた彼らに感謝しなければならない。

 1ミリンでも売れなかったが……。


 バルカムの森では、すぐにでも魔物の調査が行われるそうだ。

 あの森は新米冒険者くらいしか行かない。そんな人が上位種に出遭えば、死んでしまう。

 この世界の冒険者は何かと重宝されることがあるため、協会側としても人数が減るのは避けたいとか。

 

「……どうしよう」


 深くため息を吐き、俺はテーブルに顔を伏せる。


 ゴブリンに負けた。

 それがどうしても、納得ならない。

 俺が、俺がだぞ?

 異世界人である、俺がだぞ?

 おかしいだろ。あり得ない。

 しかも、一撃で。

 魔法は使えないままだし、覚醒はしない。

 何がどうなってるんだ……。


「――マヒト、頭大丈夫?」


 と、ここで先程からウドルたちと俺を見てコソコソ話していたセラがやってきた。


「ゴブリンに負けたんだって?」


「……負けてねぇよ」


 てか誰だよ。そんな細かい部分まで知ってる奴。

 ……あの人たちだな。

 言いそうな人は……青髪の人か?


「でっかいたんこぶ作っちゃって」


 そう言って、俺の頭を撫でるセラ。


「頭の腫れ、大丈夫?」


「痛い。誰かヒールで治して」


 この世界には治癒魔法というものが存在する。

 文字通り、治癒する魔法だ。

 傷口に手をかざし、〈治癒あれ(ヒール)〉と唱えるだけで、深い傷もあっという間に癒える。

 だから、この大きなたんこぶも――、


「――君、治癒魔法効かないよ?」


「……え?なんて?」


 聞き間違いだろうか。

 今、セラが俺に治癒魔法は効かないと聞こえたんだが……。

 多分、聞き間違いだ。


「だから君、治癒魔法効かないよ?」


 聞き間違えではなかったらしい。


「……なんで?」


「そこからか……。

 なら、まずは魔力について話さないといけないね」


「魔力について……?」


 セラは俺の向かいの席に腰を下ろすと、説明を始めた。


「魔力というのは、変換するための力だ」


「――――」


「魔法を使うには、体内にある魔力を炎や水、風などに変換する必要がある。その際に呪文を唱えることで、魔力の変換をスムーズにするんだ」


「……じゃあ、魔力自体に力は無いってこと?」


「うん、全くないよ。

 魔法を使うには魔力がいるから、魔力無しの君は魔法を使えない。治癒魔法だって同じさ。

 体内の自然治癒力を魔法でより向上させる。体内の細胞を増幅させたり強力にすることで、あっという間に傷を癒す。それが、治癒魔法の原理。

 ここまで言えば、わかるでしょ?」


「……魔力が無い俺は、細胞を強化したりはできない。だから、傷は癒えない」


「そういうこと。

 ……正直、激しい戦闘は避けた方がいいね。

 骨折だけでも、自然治癒には三ヶ月は掛かる。魔法なら一瞬だけどね。

 それに加えて、君は身体は……か弱過ぎる。

 それはステータスを見ればわかることだ。

 できることなら、冒険者はやめて、落ち着いた職にでも就くのがおすすめだよ」


 冒険者ライフ否定された。

 おいおい、どこの主人公だよ。

 商人にでもなれってか。


「……魔力無しって珍しいの?」


「僕は初めて聞いたよ。多分、制約の一種だろうけど……」


「制約?」


 「そんな事も知らないの?」と呆れた顔で言うと、セラは再び説明を始めた。


「例えば、目が視えないとか耳が聞こえないとか、腕が無いとか足が無いとか。魔力はあるのに魔法が使えない人とか。そういうものを持つ人を制約持ちと呼んでいるんだ。

 生まれつきのものだ。

 いろんなものがある。

 制約は運によって与えられる。無い人の方が多いけどね。レアっぽいけど、レアじゃない。一種の制限だから。不自由な生活を強いられる。

 君の魔力に関しても、制約の一種だと思うよ」


 魔力無しはそういう部類に入るのか……。

 いや、俺はいずれ魔力に覚醒するのだ。

 だから、魔力無しだと断定するのはまだ早い。


「よぉ、マヒト!ゴブリンに負けたんだって?」


「やぁ、マヒト!ゴブリンにやられたんだって?」


 と、ここで先程から俺を見て笑っていたウドルとファールがやってきた。

 くそ。余計は奴らが来てしまった。

 この二人は面倒だぞ。

 ゴブリンにやられた時の話をやらされるに違いない。

 どうにかして話題を変えなければ……。


「……魔物が、殺せなかった」


 とりあえず、そう言ってみた。

 嘘ではないから問題ない。


「魔物が殺せない?それはヤバいぜ、マヒト」


「わかってる。でも、できないんだよ」


「珍しいね、そんな優しい人」


「優しい……とかじゃない。ただ、そういう機会がなかったから、抵抗があるんだよ」


「家にずっといたって言ってたもんなぁ」


「……逆に、なんでみんなは平然と殺せるんだ?」


「なんでって言われてもな……。日常だしな」


「自分を殺そうとしてくる。殺さないと自分が死ぬ。それはわかる。けど、やっぱなぁ……」


「魔物殺せねえ冒険者って何すんだよ」


 ウドルがファールにそう訊いた。


「誰でもできるようなつまらないクエストとかじゃないの?

 迷い猫探しとか」


 折角冒険者になったのに、迷い猫探しなんて……。

 絶対に嫌だな。


「殺せないねえ……。ならさ、間接的にやればいいじゃん」


「……間接的。弓とかでってこと?」


「そうそう。

 オマエ、罠士だろ。だから罠でも張って、掛かったら死ぬようにすれば、直接殺さなくてもやれるだろ?」


「罠ねぇ。落とし穴は作るのに時間かかるんだよなぁ。

 たった一匹のために時間を割いて穴掘れるほど時間ないしな……。爆弾的なのは、俺には発動できない……。

 魔力があれば遠くから無線で発動できるのに……」


 この世界の罠士について、少し調べてわかったことがある。

 まず、この世界に罠士はほぼいないらしい。

 名前すら忘れられている職業だ。


 罠士は基本的に罠を張るが、罠の発動には魔法を用いることがある。

 基本的には、遠隔からの罠の発動だ。

 爆弾を爆破させたり、落とし穴に引っ掛けたり。

 魔法を使うにはもちろん魔力が必要だから、俺にはそんな真似はできない。

 弓を使って攻撃するにしても、そんな能力はない。弓を持ったことすらない。

 殺傷性のある爆弾はかなり高価だ。

 ただでさえ生活は苦労している上に、借金まで抱えている俺にそんな物は買えない。

 というわけで、俺はできる事がない。

 だから、チートを使って――。


「で、ゴブリンにどうやられたんだ?」


 ウドルが興味津々そうに尋ねてくる。

 そんなに聞きたいか、俺の黒歴史が。


「……言うわけねぇだろ」


「えー。教えてくれてもいいだろー?

 目瞑ってても倒せるゴブリンに一体どうやって負けたのか。知りたくて知りたくてしょうがねえんだよ」


 目を瞑ってても倒せる……。


「なあ、タイトはどこだ?」


「……用事でちょっとな。ちなみに、今日は会わない方がいい」


「今日はやめといた方がいいよ」


 会わない方がいい?

 なんで?

 いや、そんな事を言われても、俺は今すぐにでもタイトに会わなければならない。

 なぜなら――、


 ――バンッ!


 と、勢いよく扉が開いた。

 俺たちは音の方へと顔を向ける。


 そこにはタイトの姿があった。

 タイトを見た途端、俺はタイトの元まで歩み寄った。

 目の前に立つと、タイトの胸ぐらを勢いよく掴み、


「おい、なにがゴブリンは目瞑ってても勝てるだ!

 俺がどんな目に遭ったと思ってる!?」


 そう怒鳴りつけた。


 俺は怒ってる。そう、怒っているのだ。

 こいつは嘘をついた。

 ゴブリンなんて朝飯前だとか、目を瞑ってでも倒せるとか。

 その嘘のおかげで、俺は死にかけた。

 彼らが助けてくれなければ、俺は今頃ゴブリンの胃袋にいたんだ。

 死ぬ寸前だった。

 俺には怒る権利がある。


 タイトは俺の顔を嘲笑うかのように見ると、


「負けたんだろ?ゴブリン(雑魚)に。

 雑魚に負けたオマエは雑魚未満じゃねえか。

 だいたい、オマエ基準で話してたら話進まねえんだよ」


 そう言って嘲笑した。

 ……なんだろう。タイトの様子がおかしい。

 いつもはヘラヘラして抜けてる奴なのに、今は別人のように雰囲気が違う。

 俺を見た時のタイトの顔、俺の知るタイトじゃない。

 俺の知るタイトは、こんな顔をしない。


「誰が雑魚だ!俺は雑魚なんかじゃねえよ!!」


 だが、そんな事は関係ない。

 タイトの雰囲気なんてどうでもいい。

 今は俺の怒りを――、


「――じゃあ証明しようじゃねえか」


 明らかに不機嫌そうな声と顔で、タイトはそう言ってきた。



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