第1話 降り臨む
「――は?」
最初の一言は「は?」だった。
気付けば、商店街のような場所にいた。
辺りには、二階建ての家が建ち並んでおり、間に挟まれた大通りには、大きな荷台を連結させた馬車が通り、金属の鎧を着た人や、黒いローブに杖のような棒を持った人たちが歩いている。
屋台のような物も見られ、先程とは明らかに違う景色だった。
ついさっきまで、本屋で手に入れたラノベの新巻を持って、家に帰っている途中だった。
そして、気付けば知らない道を歩いていた。
――アリエナイ。
――これは夢なのか?
まず、そう疑った。
夢は最近よく見ていた。
強敵を打ち倒し英雄になるとか、超絶美少女とあんな事やそんな事をしたり、意味のわからない不思議な夢など。
夢はいつも、断片的であり平面的でもある。
急に場面が変わったり、長く感じるようで短かったり。
けど、今回は明らかにおかしかった。
まず、時間の流れだ。
場面が変わらない。
たくさんの人が、この大通りを歩いて行く――という場面だけが長々と続いている。
たまたまだろ、なんて思うかもしれないが、ここまで長いのはおかしい。
二つ目、立体的すぎる。
いつもなら一部だけが立体的だが、今は全てが立体的だった。
街ゆく人々の服や腰に付けている装備が、あまりにも立体的すぎる。
綺麗な曲線の入った鞘。
何かのマークが描かれた服や鎧。
実際に触れることもできた。
勝手に触って怒られたのは置いておこう。
三つ目、感覚がある。
夢では、いつも身体が勝手に動いていて、走っていても地面を踏んでいる感覚は無い。無意識に動いている。
なのになぜか、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚があった。
目はよく見えている。中世風と思われる街並みが、目の前に広がっている。重装備をした巨漢が歩いている。それに、ヤバいくらい顔の整った美女も。
街の人の話し声や、商人と思われる人の声が聞こえてくる。
飲食店から漏れ出たのであろう、おいしそうな何かの匂いもする。
身体に異常がないか調べるが、目立った外傷は無く、体調も悪くない。
本来、何も感じないはずの気温も感じ、暑すぎず寒すぎずで丁度いい。
服はいつも着ているフード付きのジャージと黒のスニーカー。
ポケットには、ミュージックプレイヤーとイヤホンが入っていた。
味覚は、自分の唾の味がわかる時点で確定だ。
このように、五感があった。
いくつもの点から、俺の脳は、
『念願の異世界に来た』という結論を導き出した。
「……まじ?……え、マジなやつ?」
困惑していた。
なぜ、自分はこんな所にいるのかと。
ドッキリか何かではないかと。
でも、それはないとはっきり言い切れるほど、細かくできていた。
わからない事だらけの中、今は喜ぶことだけを考え――、
「やったああぁぁあああああああああああ!!」
初めて異世界モノの作品を観てから、24時間365日願っていた異世界に遂に来たのだと、泣きながら叫ぶ。
「来た!ついに来たぞ!
俺は到頭、異世界に来たぞ!
これであのクソみたいな日々と世界にさよならだ!」
両腕を天に突き上げ、力一杯声を張り上げる。
「何が勉強だ!受験だ!仕事だ!ふざけんなああぁ!」
おっと、いけないいけない。
喜びすぎて、つい、いろいろと聞かれたくない事を言ってしまった。
実際、通行人に痛い目で見られている。
落ち着け、俺。
興奮状態の自分を一度落ち着かせ、俺は思考を働かせる。
「ところで、俺を召喚した人はいないのか?
大魔法使いとか魔王とか、女神とか。
あなたは勇者です。どうかこの世界をお救いくださいとかないの?」
――――。
「……ないのか。もしかしたら、俺を召喚するための生贄になった可能性もある。……いや、そもそも、こんな人目の付く場所でやるわけないか」
異世界人がいるのは常識です、とか言われたら最悪だからな。
迷い人的なのだろうか。歩いていた時、地面に魔法陣とかも見えなかったし。
念のため三時間ほど待ったが、誰も向かいに来てくれたりはしなかった。(三十分くらいしか待ってない)
俺は気持ちを切り替える。
「よしっ。まずは、衣食住の確保だな。
『衣』は今着ているジャージで問題なし。
最優先は『食』だな。
『住』は最悪外でも……良くないな」
まあ、とりあえずは『食』だ。
異世界に来たらまずやることは、昔、何度も脳内シュミレーションで確認した。
あとは行動するだけだ。
そして異世界と言ったら、絶対に欠かせないものがある。
「――冒険者ギルド、あるかな?」
冒険者ギルド。
それは、異世界では多くの人が利用する施設である。
依頼を受けて日銭を稼いだり、一攫千金を狙って大型モンスターの討伐に挑んだり。
逆に依頼を頼み、冒険者に助けてもらう。
そんなギブアンドテイクな素晴らしい場所。
俺にとっては聖域だ。
この世界に冒険者ギルドがあるのかどうかはわからない。
とりあえず、あると仮定して誰かに訊いてみよう。
「すいません。この辺りに、冒険者ギルドってありますか?」
これも、何度もシュミレーションしていたため問題無い。
ニートだからって、誰もがコミュ障というわけじゃないのだ。まあ、人見知りなのは否めないが。
話し掛けたのは、果物屋の店番をしていた三十代くらいのいかついおじさんだ。
「ん?冒険者……ギルド?そんな名前のもんは知らんよ」
「え……?無いの?冒険者ギルド」
「ああ。……けど、冒険者協会ならこの先にあるぞ」
「冒険者協会……。何ですか?それ」
「うーん。口で説明するには、時間が掛かるな。
まっ、行ってみりゃあわかるよ。
それにしても、冒険者協会を知らないなんて、オマエさん、余程の田舎者だなぁ」
おじさんは、不思議そうに俺の顔を覗いてきた。
「え、ええ、そんなところです。だから、都会には疎くって……」
田舎者ではないが、この世界のことを田舎者よりも知らないのは事実だ。
ここは適当に嘘をついておく。
「この街を都会と言うとは。帝都に行ったら、そん時は腰が抜けるなっ」
「この街より大きな場所なんて、想像がつかないっすね」
「大きさだけじゃねぇぞ。建物も気持ち悪いくらい違う。帝城なんてもっとシャレになんねぇ。……まあ、貴族以外は滅多に入れんがね」
「へぇ、そうなんすか。
冒険者協会に行けば、冒険者登録的なのできますかね?」
「ああ、できるぞ」
「おー。どうも、ありがとうございました」
そう言って、教えてもらった方に向かい俺は歩き始める。
このまま大通りを真っ直ぐに行った所にあるらしい。
俺の中の知識だと、冒険者になればいろいろと支援的なのが受けられるはずだ。
宿屋や飲食店で支払いが安くなる、などといったお得なことがあるかも知れない。
一刻も早く冒険者になり、お金を稼いで生活の基盤を整えるのだ。
それと、自分のステータスが気になって仕方がない。
きっと、とんでもないチカラを持ってたりするんだろうなぁ。最強の魔法とか、並外れた身体能力とか、特殊能力とか。
それにしても、冒険者ギルドじゃなくて冒険者協会なんだ。
教会じゃないよね?
宗教にはあまり関わりたくない。
いろいろ面倒そうだし……。
そして、あっという間に冒険者協会に辿り着いた。
「ここが、冒険者協会……。結構でかいな」
思っていたよりも大きさがあった。
街にあった民家とは比べ物にならないほどの高さと幅がある。
天辺には何かのマークが描かれた旗が挙げられている。冒険者の証的なものだろうか。
「ヤバい、興奮しすぎて死にそう。ああ、冒険者。どんなことが俺を待っているのやら」
期待と緊張と興奮で全身が潰れそうになりながらも、扉に手を出す。
「スゥ〜、ハァ〜」と深く呼吸し、
「……し、失礼しまーす」
扉を開ける。
扉を開けると、真っ先に眼前にあった壁画に目がいった。
よくわからないが、目が引き寄せられた。
白髪の男性が、剣で何かを倒すシーン?倒されているのは、ドラゴンか?
いや、今はそんな事よりも――。
俺は首を振ると、辺りを見回す。
まずは、冒険者登録からだ。
カウンターにいる人に話し掛ければできるはずだ。
時折、こちらを見てくる視線を無視しながら、奥の方にあったカウンターに向かって進む。
駆け出しの最初の試練は、建物に入った後の他冒険者から向けられる視線に耐えることだ。
中には威圧なんてしてくるおっかない奴もいるって言うし……。
威圧のようなものを感じることはなく、ひとまず最初の試練は突破したと、安堵の息を吐く。
そして、カウンターにいた女性に話し掛ける。めっちゃ美人だな。
「すいません。冒険者登録をしたいんですけど……」
「はい、冒険者登録ですね。では、登録手数料として、1万ミリンが必要となります」
「……て、手数料?」
「はい、1万ミリンとなります」
ヤバい、お金なんて持ってない。持ってるわけがない。
ついさっき、この世界に来たばっかりなんだぞ。
それに、ミリンってなんだ?
お金の単位だろうか。
まずこの世界の1万ミリンとやらは、日本円に換算すると、どれくらいなんだ?
「…………あー、旅の途中、襲われまして、その時、金銭を奪われてしまったんですが、立て替えとかってできないですかね?」
咄嗟に思いついた嘘で誤魔化す。
本当のことを言うと、いろいろと説明が面倒だ。異世界から来ましたとか言っても、誰も信じてくれないだろうし。
早く冒険者登録ができるよう、相手の心を揺さぶることが肝心だ。
「そうですか、それは災難でしたね。
…………では、特例で認めましょう。その代わり、この書類に名前などの記入をお願いします」
「はい、わかりました」
そう言って、紙――書類とペンを受け取ると、内容を確認する。
「…………ええっと、すいません。その……、字、書けない、です……」
「え?」
呆気にとられたような声を出す女性。
この世界に来て、まず店の看板を見た時に字が読めないのはわかっていた。
日本語ではない。英語でも、フランス語でも、中国語でも、韓国語でも、アラビア語でも、ポルトガル語でも、ドイツ語でも、スペイン語でもないと思う。
少なくとも、見たことのない文字だった。
けれど、数字?だけは、日本と変わらず同じだった。
「そう、ですか……。でしたら、私が質問をするので、それに答えてもらっていいですか?」
「……はい、わかりました」
「では、まず名前から――」
それから、いくつかの質問に答えた。
名前や年齢、住所、職業など。
といっても、答えられたのはほんの少しだったが。
「はい、ありがとうございます。
では、只今より、ステータス確認のため、こちらの魔道具を使用します。
血を一滴、この中に入れてください」
来ました。待ってました。
伝説が生まれる瞬間です!
血を入れるのか。手をかざして終わりかと思っていた。
ていうか、魔道具って本当にあったんだ。かっけぇ。
手渡されたナイフで指先を少し切り、血を一滴、魔道具の穴が空いている部分に落とす。
すると、魔道具が淡い光を放ち、機械のように動き出すと、下に置いてあった紙にスタータスが表示された。
「こちらが、貴方のステータスとなります。身体能力を数値化したものです。ご覧下さい」
「はい。ええっと、俺のステータスは……」
「――え?」
自分のステータスを見た瞬間、俺の顔は驚き――というより、疑問に染まった。
頭の中が真っ白になった。
「ど、どうかされましたか?」
引き攣った顔をする俺を見た女性は、心配した様子で尋ねてくる。
「……あ、あの、筋力値って大体、どのくらいが平均なんですかね?」
このステータスを見て、疑問に思ったことを質問する。
「基本的には、平均で250ほどですね。多くても、初めての方だと300ぐらいだと思いますよ」
「そ、そうですか。他にも、平均値が知りたいんですけど……」
「それでしたら、あちらにある掲示板の右側に記載されております」
そう言って、お姉さんは左手にある大きな掲示板の方向に手を向ける。
俺は急いでその掲示板に向かい、残りのステータス値を確認する。
【筋力100〜600 平均250
知力90〜400 平均200
精神力100〜500 平均240
耐久力180〜850 平均360
経験250〜950 平均460
魔力100〜700 平均300】
これが、冒険者のおおよそのステータスをまとめたものだ。
基本的には、この数値の中にほとんどの冒険者が含まれているらしい。
中には、数値が四桁以上の超凄腕冒険者もいるとか。
文字はさっぱりだったが、数字だけわかる俺には、自身のステータスが理解できた。
【筋力39
知力47
精神力60
耐久力55
経験49
魔力0】
うん、これって要するに――、
「――雑魚ってこと?」
え、雑魚じゃん。
この数値、紛れもなく雑魚じゃん。
え、なんなのこれ?
どういうこと?これ。
壊れてんじゃないの?この魔道具。
待て待て待て、ツッコミどころが多すぎる。
まず、全体的に数値が低すぎる。
何だよこの数値。二桁ばっかりじゃねぇか。
次に、なんで精神力が一番高いんだ?
俺、元の世界で精神力鍛えたりとか一切してないんだけど。
部屋に引きこもってたニートのどこにそんな精神力があるんだ?中学の勉強が嫌で逃げるようなやつだぞ。
最後に、これは一番疑問に思ったことだ。
「――魔力ゼロって、嘘だろ?」
え、魔力ゼロってことは、魔法使えないってことじゃないの?
異世界に来て、俺、魔法使えないの?
異世界人だからか?異世界人だからこそ、魔力量が多いんじゃないの?
異世界と言えば、魔法みたいなもんだろ?
なのに、魔力ゼロって……。
「こ、これ、ステータスって修行とかすれば、上がったりするんですよね?」
震えた声で、女性に訊く。
この問いの答えが、俺にとって救いになると信じて。
「はい。ステータスは鍛錬などを頑張れば、上がりますよ。ですが……」
女性は一度、沈んだ顔になると――、
「――魔力は天性のものなので、上がることはまずありません」
え……。
魔力は一生上がらない。
つまり、俺は一生、魔法を使うことはできない。
そ、そんな、そんなことって……。
そんな俺の悲しい語りを遮り、女性は説明を続けた。
「ステータスを確認しましたら、次は職業選択となります」
「……。……じょぶ?……職業のことですか?」
「はい、職業のことです。
職業はステータスが高ければ高いほど選べる数が多くなりますが……ハヤミさんの場合、こちらの職業しか選べませんね」
その職は、職業欄の最下層であり、最下位であり、最も下に位置する場所に書いてあった。
その名は――、
――罠士。
ステータス雑魚の俺がなれる職業は、これしかないらしい。
他にもたくさんの職業があるが、ステータスや等級が一定の数値を超えなければなれないとのこと。
魔術士や回復術士、剣士などの職の中にある弱職――罠士。
なることのできる職がこれしかないため、渋々選択。
「……こ、これで、いいです……」
それから、冒険者協会でのルールや依頼の受け方についてなど、小一時間ほど説明を受け――、
「はい、10級冒険者〈罠士〉ハヤミ・マヒトさん、冒険者登録完了です。これから頑張ってください!」
冒険者カードを受け取る。
カードには、自身のステータスや等級、名前や年齢などが書かれていた。
……。
「……なんか、違くね?」
こうして、異世界到来一日目。
伝説になりました。
夢の捉え方は人それぞれだと思うので、気にしないでください。
夢オチとかじゃないです。
題名〈だいにのおれにえいこうあれ〉(念のためです)
誤字脱字、矛盾点などありましたら、教えてくれると助かります。