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エピローグ 死がふたりを分かつまで

 ――場所は小さな教会。

 身内や親しい友人以外を呼ばないようにしたこの場所で、僕たちは時間を待っていた。

 白石さんはとっくに着替えを済ませていて、美しい白いドレスを身にまとっている。


「……どう?」


 白石さんはそれだけつぶやいて、そのまま視線を逸らしてしまった。

 彼女の頬はかすかに赤く染まっていて、それだけで今なにを思っているのかが手に取るようにわかる。

 そしてそれは白石さんの側も同じだ。

 だからきっと、僕がどう答えるかなんてとっくの昔に理解しているのだろう。


「とっても似合ってる。綺麗だよ」


 だからと言って、頭で理解できていても心の準備が間に合っているかというとそうとも限らない訳で。

 白石さんは恥ずかしそうに顔を膝へと埋めてしまった。

 うぅ~となにやら困ったようにうなる彼女の姿がとても愛らしくて、思わず頬が緩んでしまう。


「そんな顔してたら、後輩に示しがつかないよ?」


 困った彼女の顔がどうしてももったいなくて、つい意地悪なことを言ってしまう。

 ついこの前ギャラクシーズ! が昔の事務所から離れて――ちなみに事務所は倒産した。社長の余罪を調べていたところ、粉飾決算を行っていた事実が見つかったのだという――はじめて後輩が入ってきたのだ。

 彼女たちの名前は『CoSMoS』。まだまだ見習いではあるものの、実力は確かでブレイク間違いなしとのことだ。

 今白石さんは、アイドル活動の傍らで彼女たちの指導を行ってる。

 どんな立ち振る舞いをするべきか、自分にあったキャラクターはどうなのか、最終的に何をやりたいのかなどなど……。

 交際騒動のあとも変わらずアイドルらしい彼女から、ただずっとアイドルをやれと言わないといった言葉が出たことを意外に思った子も多いらしいけど、そういった子も含めてほとんどの子が真剣に聞いてくれているらしい。

 それ自体は喜ばしいことなのだけど、最近締まった表情をしていることが増えていたので内心寂しく思っていたのだ。


「……もう。黒木くん最近意地悪じゃない?」


 白石さんが頬を膨らませた。


「もしかしたら白石さんと一緒にいるからかもね」


 にやりと笑ってそう返すと、彼女もつられて「かもね」と笑った。

 ――そんなことをやっていると「時間です」とスタッフの人がドアを叩く。

 それにうなずいて席を立って、真っ白なドレスを身にまとった白石さんへと手を差し伸べた。

 長いスカートにも関わらず平然と進む彼女にちょっと心を折られかけながら、控室を出て会場へと向かっていく。

 ――今日は僕たちの結婚式だ。


◇ ◇ ◇


 会場は小さな教会ではあるものの、隠れた人気スポットらしく装飾も凝っている。

 木製の柱に細かく掘られた彫刻は宗教画の代わりだろうか。

 入り口側に取り付けられた窓から漏れる光が、まるで木漏れ日のように教会内部を照らしていた。

 真ん中には赤い絨毯が敷かれていて、左右に小さいベンチが整然と並べられている。

 赤い絨毯から鈍い靴音を鳴らしながら、僕たちはゆっくりと牧師の元まで向かっていく。


「おめでとー!」


 明るい声で叫ぶのは赤城さんだ。

 その運動能力の高さからソロで運動系の番組にも出るようになった彼女は、傍らに爐さんを連れながら僕たちを祝福していた。

 僕が海外へと向かった辺りで本格的に付き合いだしていたらしく、今では公式に発表もしている。

 彼女たちも彼女たちでいろいろと苦労があったらしいけれど、今はとても幸せそうだ。


「こんなに立派になって……」


 ハンカチがぐしょぐしょになるくらい涙を流しているのは母さんだ。

 その横で父さんが母さんを抱きしめているけど、彼の目にも涙が浮かんでいる。

 すぐそばには大地さんと天さん夫妻がいて、彼らも泣きそうになりながら僕たちのほうをしっかりと見つめていた。

 あんなことがあった後も、母さんたちも大地さん夫妻も僕を大切にしてくれた。

 「黒木くんが海を大切に思っているのは知っているよ」なんて大地さんから言われたときは、うれしく思うと同時に気を引き締めたものだ。

 母さんは「玉の輿よ玉の輿!」なんておどけていたけど、本当は白石さんのことをとても大切に思っていることを知っている。

 それは有名なアイドルだからではなく、小さいころに我が子と遊んでくれた幼馴染だからだろう。

 僕のことを大切に思っているからといって、そう簡単に交際を許したわけではないはずだ。

 それでも結婚まで許してくれたということは、きっと僕が独り立ちできたのだと信頼してくれた、そういうことに違いなかった。


 説教台のあたりまでたどり着き、牧師のうなずきに合わせて僕たちもうなずく。

 牧師の口が、ゆっくりと開かれた。


「新郎黒木晃。病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、死がふたりを分かつまで妻である白石海を愛し、敬い、共に歩むことを誓いますか?」

「誓います」

「新婦白石海。病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、死がふたりを分かつまで夫である黒木晃を愛し、敬い、共に歩むことを誓いますか?」

「誓います」


 誓いの言葉を終えて、差し出された結婚指輪を互いの指に通す。

 静かな、そしてどこまでも幸せな時間をかみしめながら、僕は彼女の指にキスをした。

 白石さんが息をのむのがわかる。


「……あまり自信がないし、もしかしたら不幸せにしてしまうかもしれないけど、あなたをずっと愛し、共に歩めるよう努力し続けることを誓います」


 虚を突かれた白石さんがきょとんとこちらを見る。

 やがてふっ、と表情を和らげると、


「私も」


 と柔らかい声で答えた。

最後まで読んでくださり、まことにありがとうございました

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