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第21話 卵焼き、リベンジ

「ところで、ダメだったのはどんな料理なの?」


 料理の準備をしながら、樹さんが白石さんへと尋ねた。


「その、卵焼きを……」

「あー、卵焼きはキレイに巻くの大変だもんね」

「いや、焼き方とかを間違えちゃって……」

「……あー、それはまた」


 樹さんが苦笑いする。

 その間にも料理器具をテキパキと出していく。


「卵焼きは難しいけど、いざコツをつかむととっても簡単なんだよ?」

「え、そうなの?」

「そうそう。それにほかの料理だって同じだよ。ちゃんとレシピ通りにやれば、簡単にできるようになるんだ」


 樹さんはそう言うと、上の棚からなにやら本を取り出した。

 それがレシピ本なのだろうか。


「……ほら、これこれ」


 樹さんがパラパラとページをめくり、そしてとあるページで指をさした。

 それに従って、白石さんも顔を近づける。


「ほら、この卵の割り方。こんな風にすればうまくいくんだよ」

「え、でもこんな上手になんて……」

「大丈夫。うまくいきやすいようになってるし、うまくいかなくたって初心者なんだから心配しなくていいよ」


 ほら、一緒にやってみよう? と樹さんが白石さんに呼び掛けた。

 それを聞くと、白石さんはゆっくりとうなずいて、少しずつ料理をしはじめた……。


◇ ◇ ◇


 樹さんとあれやこれや話し合いながら、白石さんが料理を進めていく。

 彼女の教え方が上手なのか、この前とはまったく違う手つきだ。

 ぐしゃぐしゃになっていた卵は美しく割れ、調味料のバランスは適切。ぐだぐだだった卵の入れ方も溶いた卵が垂れないように工夫している。

 焼き加減はこちらからは見えないけれど、少なくとも昨日みたいになることはないと言っても構わないだろう。

 じゅうじゅうとおいしそうな音が鳴り続けて数分――


「――よし、できた!」


 白石さんのその言葉で、彼女と樹さんの料理会は終わった。


「うみうみ、すごいじゃない!」


 白石さんの作った卵焼きを見つめた樹さんが、いつになく興奮した様子で言う。

 もっとも、僕は番組やSNSとかでしか彼女のことを知らないのだけれど……。

 それでも、いつもと比べて上機嫌だと思ってしまうような声色だった。


「そんなにしっかりと教えれたわけじゃないのに、こんなキレイに作れるだなんて、うみうみは絶対才能あるよ!」

「え、そ、そうかな……」

「そうそう! また今度、一緒にお料理作ろ!」


 いつものほんわかとした様子とは違い、かなり押せ押せな樹さんの様子に白石さんもタジタジだ。

 珍しくうろたえた様子の白石さんを見るに、樹さんがここまで興奮するのはやっぱり珍しいことなのかもしれない。


「……それじゃあさ、これ食べてもらお?」

「……え、えっ!? いやいやいや、まだおいしいか心配――」

「大丈夫だって、調味料の入れ方も適切だったしね」


 必死で止めようとする白石さんを無視して、樹さんが僕の方へと卵焼きを持ってくる。

 この前のそれとはまるで違い、黄金色のふわふわした、とてもおいしそうな卵焼きだ。

 いつの間にか盛り付けも終わっていたみたいで、雪のように白い大根おろしと一緒に皿へ乗せられている。

 卵焼きから上がる湯気が光を乱反射して、まるで卵焼きが輝いているみたいだ。


「……おいしそうですね……」

「でしょう? 私もびっくりしちゃった」


 そう言う割にあまり驚いた様子はなかったけど。

 ……まあ、ここらへんは個人差があるし、僕が気づけなかっただけで実は本当にそうだったのかもしれない。

 さて、近くに置かれていた箸を手に取り、卵焼きへと近づける。

 卵焼きへと箸を入れると、まるで紙みたいにすんなりと入っていった。

 次に箸を広げて、中身を見てみる。

 中もボリュームがたっぷりで、でも決して笠増ししたような様子はない。

 表面と同じように金色に光る断面に、まだら模様の白身が美しく混ざっていた。

 大根おろしを上にのせて、舌をやけどしないよう気をつけて口へと運ぶ。

 卵焼きはふわふわとしていて、まるで羽毛のような食感だった。

 でも決して食べた気がしないというわけではなくて、しっかりと食感は存在している。

 それがシャキシャキとかすかに、でも確かな存在感を見せる大根おろしと相まって、なんとも楽しい感覚になっていた。

 暖かい卵焼きと、冷たい大根おろしの温度差もこれまた楽しい。

 そして、味のほうはといえば――


「――おいしい」


 思わず言葉がこぼれる。

 そのつぶやきを聞いた白石さんは、ほっとした様子で胸をなでおろした。


「おいしい……これ、おいしいよ白石さん!」


 本当に、本当においしいのだ。

 卵焼きは一見シンプルに見えたのだけど、実は出汁を混ぜていたらしい。

 かつおだしや昆布のものと思われる複雑なうま味が、卵の風味と合わさって食感とは真逆の重厚な味わいを生み出していた。

 噛めば噛むほど味が出て、後味もしっかりしているくせにしつこくない。

 何回食べても飽きがこなさそうな素晴らしい味だった。

 ……とはいえ、こう言った味はだんだん口で強くなっていってしまうものである。

 最初は素晴らしい味でも、たまっていくとしつこくなってしまうことも珍しくはない。

 そこで大根おろしが活躍してくれるのだ。

 シャキシャキとして辛い、そしてあっさりとした大根おろしがうまく口の中をリフレッシュしてくれる。

 卵焼きにスパイシーなおいしさを加えてくれるだけでなく、いつも新鮮な気持ちで味わえるようにもしてくれているのだ。


「……ごちそうさま」


 手を合わせて、すっかり空になったお皿へとお礼をした。

 本当においしかった。一気に食べきってしまったくらいだ。

 さて、これを作った張本人である白石さんはというと、信じられないといわんばかりに僕を凝視している。


「……え、ほ、本当に……?」

「うん、本当だよ。白石さんすごいんだね」

「……そ、そう……」


 白石さんがぷいとそっぽを向いてしまう。

 でも、その頬は真っ赤にそまって、口は嬉しそうにほころんでいるのが、しっかりと見えたのだった。

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