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第2話 私には好きな人がいる(白石視点)

 私、白石海には好きな人がいる。

 同じ私立薄野高校に通う黒木晃くんだ。

 クラスでは目立たない位置にいて、放課後も教室の隅でいつの間にか消えているような存在。

 ――でも私は知っている。

 彼には裏の顔があるってことを。


 事務所へ向かう車の中でスマートフォンのアプリを開く。

 検索はとくに使わない。お気に入りのチャンネルからは通知が届くようにしていて、お目当ての配信をすぐ見つけられるようにしているからだ。

 ――ほら、今日もやっていた。


『――あー! ナンデ!? スナイパーナンデ!?』


 画面の右下でゴシックなドレスを着た女の子が絶叫している。

 しかし声はまぎれもない変声期を迎えた男のそれ。

 あいかわらずの光景にクスリと笑いながら、フリップパネルでコメントを打つ。


「こんばんは! 今日もやってるんですね!」


 私のコメントに反応した人たちが『こんばんは』と挨拶を返す姿が見えた。

 それに合わせて右下の女性も『こんばんは』と言葉を返す。

 コメント欄にいる人数は少ない。

 視聴者数も私を含めてギリギリ二桁といったところだ。

 では隠れた名チャンネルなのかといえばそうでもない。

 すごいスキルがあるわけでも、すぐれた話術があるわけでもない。凡庸なありふれたチャンネルだ。

 けれど私は、このチャンネルをI-Tubeでいっとう気に入っていた。

 ――だって、ほかでもない黒木くんのチャンネルなのだから。


◇ ◇ ◇


 私と黒木くんは幼馴染だ。

 ……とはいっても、今の状況を思えば幼馴染だった(・・・)、と形容してしまったほうが正しいのかもしれない。

 まだ私が小学校にも入っていないころ、偶然にも、本当に偶然にも同じ保育園に通っていたのだ。

 保育園はその地区で特に有名で、しっかりと職員の人々が面倒を見つつ幼児教育も受けさせてくれることで有名だった。

 特別裕福な子女に向けた施設というわけでもなかったので、それが理由でたまたま同じ保育園へと通うことになったのだろう。

 私の父は有名な映画監督で、母はかつて世界を股にかけ、現在も家庭を優先しながらも仕事の絶えることのない、実力と名声を兼ね備えた名女優。

 一方彼の両親はサラリーマンとパートのよく見受けられる共働き夫婦で、本来であればすれ違うことすらなかっただろう。

 しかし私たちは仲良くなった。

 理由は簡単だ。思わず拍子抜けしてしまうほどに。

 もともと引っ込み思案だった私は、強引に輪へと連れ込もうとする子どもたちではなく、ひっそりと輪の中に招いてくれる黒木くんのほうに懐いたのだ。

 そして私はどんどん黒木くんにひっつくようになっていき、黒木くんもそんな私とよく行動するようになっていった。

 あんまりにも仲が良かったからか、数回ほど周りの子どもたちにからかわれたこともあるほどだ。

 異性間でお泊りをする仲というのもそうそう聞かないので、そういった特異性が彼らを刺激したのだろう。

 ――そして、彼らのからかいは(一部ではあるが)現実となった。

 私は黒木くんのことが好きになってしまったのだ。

 それからの私は、自分で言うのもなんだがいじらしいもので、おもちゃの指輪を買ったり、母親の要らなくなったレースをまとってはウエディングドレスに見立てたりしていた。

 いつか私は彼のお嫁さんになるのだと当たり前のように考えていた。

 ――しかし幸せな日々とは突然崩れ去るものだ。

 忘れもしない小学二年生の夏。

 父親の映画が海外で評判となり、向こうでの撮影が増えた関係で家族総出でアメリカへと引っ越すことになったのだ。

 空港へと向かう車の中から見た、泣きながら必死に手を振る黒木くんの姿。

 それが高校に入学するまでの間に最後に見た彼の姿だった。


 それが理由だったのかはわからないが、私は数年ほど経ってホームシックにかかった。

 父親は仕事よりも私のほうを大切にしてくれたようで、少なくとも大学までは続くのだろうと思われたアメリカ生活は、ジュニアハイスクールに進学する辺りで終わった。

 しかし一度別たれてしまった縁とは結ばれづらいものなのか、彼と私が再会することはなかった。

 そしてずっと会えないのかと子供心に絶望し――気が付いたら、私は芸能界の門をたたいていた。

 小学二年生のころ、彼がモニター越しのアイドルに夢中だったことを思い出したからだ。

 高尚な理由があるわけでも、純粋な憧れがあったわけでもない。

 ただただ、テレビの中で笑顔を振りまいていれば、いつか彼に出会える気がした。


◇ ◇ ◇


 さてこの戦略はうまくいったのかどうか、それは判別がつかないが、ともかく私たちは再会した。

 ――彼が私のことを覚えていないという悲しい事実を突きつけられたうえでだが。

 本当に、本当に小さい頃のこと。仕方のないことだ。

 そんなことはわかっている、当たり前なのだと理解できる程度には成長しているつもりだ。

 それでも心のどこかで、許せないのだ、納得できないのだと幼い自分が泣き叫んでいた。

 だからといって彼を責めることもできず、しかし諦めることもできず――

 ――そんなときだ、Vtuber特集への参加が決定したのは。


 アイドルたるものトレンドには敏感でなければと名前そのものは知っていたものの、私はVtuberのことを詳しく知らなかった。

 とはいえ本番でそのような状態では相手にも失礼なため、I-tubeかで配信を見ることにしたのだ。

 適当なゲームの名前を検索窓に入れてVtuberと付け加える。

 ずらりと並ぶ配信のサムネを前に、まずはどれから見始めようかと吟味して――

 ――誤タップしてしまったのだ。


「あっ」


 すぐにバックしようと思った。

 しかし、すぐに関連動画から跳べば良いと考えを変え、一度動画を見てみることにした。


「――はい、それではですね、今日はこのゲームを――」


 ――最初聞いたときはなにかの間違いではないかと思った。

 スピーカーから流れた声は、まぎれもない黒木くんのものだったのだ。

 ――きっとこれはみんなに秘密にしているんだ。

 高校で再会したとき見た、目立たない彼の姿を思い出してそう結論づけた。

 だからすぐに消さなければ。

 彼も現実で関わりのある人間に知られたくはないだろうし――


「…………」


 そう必死に思いながらも、配信を見続けている自分がいた。

 ――きっとこれはチャンスだ。

 心の中でもうひとりの自分がささやく。

 これを知っているのはきっと自分だけ。こんなチャンス利用しないでどうするんだい?

 配信を見ながら私は思う。


「……そうだ。これはチャンスなんだ。彼のことだから、きっとVtuberも好きだからやっているはず……」


 それから私が初のコメントを投下するまで、そう時間はかからなかった。


◇ ◇ ◇


 それからというもの、私は彼の配信を見続けている。

 一方で、現実の彼とはまだ友達とも呼べないような関係が続いたままだ。


「……けど、それも明日まで」


 そう、明日までだ。

 車のバックミラーには、不敵に笑う私の姿が映されていた……。

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