81話 地下牢にあらわれた聖女【ワーグ視点】
ふいに、外から聞こえる誰かが言い争い合う声で目をさました。
ここは王城の地下牢。
城で捕まえた罪人を一時的に入れておく場所だ。
「私の処分のことで揉めているのかな。こんなバケモノ、どうなってもいいけど」
私は鱗だらけの手を見て、またため息を出した。
こんな体じゃ外に出られてもどこにも行けない。
いっそ処刑されてしまった方がいいのかな。
でも、死ぬのは恐い。
こんなのが少し前まで『勇者』と呼ばれていたのだから笑えるよ。
ガチャン
「え?」
ふいに、牢の鍵が開けられ、一人の綺麗な貴族のお嬢様が入ってきた。
護衛もつけず本当にただ一人、私の前に立っているのだ。
仮にも罪人の前に、こんなお嬢様をただ一人行かせるなんていいのかしら?
「そういえば居ましたね。シーザの後ろでうつむいて立っていた近所の女の子が。カズスの洗脳の解けたその顔で、ようやく思い出しました」
…………?
「冒険者などという荒くれ稼業の者にとっては、おとなしくて臆病な女の子などは苦手の類。なので、すっかり忘れていましたよ」
「何の話でしょう?」
「何の話でもありません。ただその顔が、少し懐かしく思っただけの話です」
やっぱりわからない。
でもそのお嬢様は、私のことを本当に懐かしそうに、いつくしむように見ている。
「本題に入りましょう。ワーグ、間もなく魔王カズスと魔物の大群がこの王都に攻めてきます。それを迎撃、討伐するのに、あなたの力を貸してほしいのです」
「いいんですか? 私は、その……カズス……の下で働いてて、こうなった事態にした者の仲間だったのに。処刑されるんだとばかり思ってました」
「ええ。まぁ、そうならないために根回しはしました。もっとも、ここでカズスとの決別と王家への忠誠を示さなければ、いずれはそうなるでしょうね」
「……やります。でも、今の私が役に立てるかなんて……」
「たしかに、その様ではクエストに連れていけませんね。それに、あなたのことをシーザはずいぶん気にかけていました。だから、こんな脅すような真似で参加を強制はしたくありません」
ますます分からない。
こんな綺麗で立派な貴族女性の方が、どうして私やシーザのことをこんなに思ってくれるのだろう?
「そうですね……やっぱり、わたしらしく誘ってみましょうか」
いきなり彼女は少々乱暴な調子で私の横に座った。
(え? 近い⁉)
そして私の首に手をまわしてギュッと体を押し付けた。
「ワーグ、いっしょにクエストに行こう!」
……おどろいた。
育ちの良い淑女に見える彼女が、こんな荒くれ冒険者のような挨拶をするなんて。
それに安全とか考えないのだろうか?
私の力なら、彼女の体なんて簡単に引き裂いてしまえるのに。
「あ、あの、だから行きますって。こんな体にされて、リッチに操られていた私が、生きてて良い事あるのか分からないけど。でも、まだ死にたくないし」
「まちがってますよ、ワーグ。クエストは、やらされて行くんじゃありません。でっかい夢をかなえに行くのです。せっかく、そんな強いからだになったのです。シーザと同じ景色を見てごらんなさい」
そっか。シーザといっしょに戦えるんだ。
だったら、悪くないかもね。
「やっとクエストに行けそうな顔になりましたね。それなら大丈夫でしょう」
「はい。あの……お嬢様のお名前を教えてください」
「ああ、そういえば名乗っていませんでしたね。わたしはエルフィリア・ノルデン。魔王討伐パーティー【駆ける疾風】のメンバーです。つまり同じクエストにおもむく仲間ですね」
「え、お嬢様も魔王討伐に? それって無茶なんじゃ……」
「ああ、この姿では分かりませんか。でもカズスは、この姿でもわたしと一目で見抜きましたよ。ほら、これなら分かるでしょう」
彼女はその指にはめてある指輪を外した。
すると、その背が縮んで小さな女の子になった。
「あなたは……あの時の小さな聖女?」
まだ私がカズスの僕にされていた頃。
私の警戒をすり抜け、カズスを討とうとした幼い聖女がいた。
あの手際には、洗脳されていた自我でも驚くべきものだった。
「こちらが本当の姿です。王城内では様々な問題があって、大人の姿でいなければならないのですが」
彼女はふたたび指輪をはめ、大人の姿のになった。
「行きましょうワーグ。魔王討伐。そんなクエストを達成したら、どのような夢もかないますよ」
彼女は人懐っこい笑みを浮かべて私に手を差し出した。
その笑顔は、まるで十数年来の友人に向けるようなそれだった。
「…………あっ」
ふいに思い出した。
昔、こんな笑顔で意気揚々とクエストに出かけていった人がいたことを。
それはシーザのお兄さん。
彼の周りにいる仲間や友人は、いつも楽しそうで眩しかった。
「はい、お嬢さま」
「『お嬢さま』ではありません。『エルフィリア』です。ちゃんと名を呼びなさいワーグ」
「はい、エルフィリアさま」
「『さま』もいりませんよ」
「む、無理です! 貴族の方を呼び捨てになんてできません!」
「そういえば、そういう事にうるさい場所にいるんでしたね。じゃ、それでよろしいです。行きましょう」
彼女は私の手をグイッとにぎる。
弱い力だ。
本当にこんな頼りない力で、あの魔王となったカズス様に挑むつもりだろうか。
「恐くないんですか? 相手は魔王なのに、そんな細い体で挑むなんて」
「ええ。ちょっと危ない場所へシーザと飛び込まなければならないので、少し怖いですね。だから、あなたの役割は、わたし達を守っていただきたいのです」
「シーザも⁉ わ、わかりました! しっかり守ります‼」
「ふふっ、頼もしいですね。じゃ、行きましょうか」
驚いたことに、エルフィリアさまは私と手をつないだまま牢を出ようとした。
「だ、ダメです! 罪人と手をつないで出ていくなんて! 貴族の方の名に傷がついてしまいます!」
「もう罪人ではありません。わたし達の仲間です」
「でも……」
「大丈夫、ここはわたしが守ってみせます。これから一緒にクエストをやる大事な仲間ですもの」
彼女は本当に眩しい笑顔を私に向けた。
「はい……私、ぜったい守ってみせます。シーザも、エルフィリアさまのことも」
私たちは親友のように手をつないで牢を出た。
私はいま、あの人の仲間のように楽しそうな顔をしているのだろうか。




