71話 雲のシュウザ
「おのれい! ジャウギ殿下にたいする無礼! あの男を生かしてはおけん! 八つ裂きにするぞぉ!」
暴虐で有名なジャウギ一派としちゃ、こうでも言わなきゃ恰好がつかない。
ともかく通行人のみなさんが不自然さを感じる前に、俺達はあの男を追いながらその場を離れた。
そして俺達はいつの間にか裏通りの片隅に来ていた。
妙に色っぽい姉さんがたくさんいることから、娼館の裏手らしい。
そしてそこのお姉さんの一人に、「どうぞこちらへ。シュウザ様がお待ちです」と言われてどこぞへ案内された。
「どうやら誘い込まれたようだな。さっきのあからさまな不敬、あれは呼び水だったらしい」
「なるほど。チ〇コ丸出しでションベンひっかけたのは、貴公子様流の招待というわけか。貴族の礼儀には疎いが、大した招待状もあったものだ」
「そんな招待あるわけないでしょ。貴公子様からのご招待って、女の子が夢見る素敵なものなんだからね。あんな乙女の尊厳を破壊するようなものであってたまるもんですか。……シュウザ様におしっこ引っ掛けられた。もう立ち直れないかもしれない……」
俺達が通されたのは、裏通りよりさらに奥まった区画。
そこにあのシュウザという貴公子が「ゴロン」と寝転がっていたが、先客もいた。
身なりの良い年配の貴族かと思ったが、説明によるとあれは執事の服だという。
どうやらあのシュウザの家の者で、連れ戻す説得に来ているらしい。
「シュウザ様、旦那様や奥様も心配しておられます。それにシュウザ様のこのような様を見たなら、亡きエルフィリア様も……」
「やめろ。エルフィリアは死んだ。心配も悲しみもねぇよ。もう俺はノルデンは捨てた。今のおれは、いわばあの雲。雲のシュウザだ」
「し、しかし嫡男であらせられるシュウザ様なくば、我が主家ノルデン家は……!」
「弟のビューイに継がせろ。それかヒュレンでもいい。二人ともケンカっぱやいから、相当教育が必要だろうがな」
「そ、それがお二人とも早々に家を出られました。ビューイ様は『わが悲しみは千里を渡る風となる』とおっしゃられて、探しようもないほど遠くへ旅立たれました」
「ビューイは風になったか。ヒュレンは?」
「ヒュレン様は『兄者が風ならおれは炎! エルフィリアを失った悔しみは、おれの心に死ぬまで果てぬ炎を燈した!』とおっしゃられて、武術修行の旅に出られました。危険な魔物の跳梁する場所に行かれたとか」
「フッわれら三人、存外似た者どうしだったらしい。伴侶とすべき令嬢ひとり見つけず、これほどまで妹に心奪われていたとはな」
……やべぇな。
シュウザと執事の話を聞いて、あまりに大事になっていることに唖然とした。
エルフィリアが死んだことになっているせいで、エルフィリアの実家が崩壊しそうになっているとは。
「さて、客人をあまり待たせるわけにもいかねぇ。リヴァク、さっさと引っこみな。勇者ジャウギ殿下一行が、おれにご用がお有りだ」
ふいに俺達のことをふられて、仕方なくシュウザの前に出る。
執事は会釈をして下がった。
「勇者ジャウギ殿下……いや、そのニセ者殿だな。暴虐で有名なジャウギ殿下にしちゃ、こっちの話が終わるまでおとなしく待っててくれるなんざ行儀がいい」
この若様、頭は良いようだ。
体つきもよく鍛えられていて、ついでに顔も声もとんでもなく良い。
ちゃんと貴公子やってりゃ、女なら誰しも惚れる絶世のイケメンだったろう。
しかしこんな退廃的な姿すらサマになってるんだから、男の敵だな。
「このことは黙っていてくれ。こんなことをしているには理由があって……」
「あーあ、いい、いい。茶番の理由なんざどうでもいいし、誰かに話す気もねえよ。おれの心は、あの雲さ。流されるまま飛ぶだけよ」
そうか。だったら、もうこの男に用はない。
跡取りがこれじゃ、エルフィリアの実家が大変そうなのは気になるが。
しかし、それどころじゃない大仕事が控えている身だしな。
「感謝する。事が終わったら、一杯おごらせてもらうよ」
そう言って立ち去ろうとする俺達だったが、奴にも呼び寄せた用件があった。
「だが、ひとうだけ聞きてぇことがある。あんたら、『勇者の試練』に関わってんだろ? 知っているなら教えてほしい」
「何だ? 俺らの知っていることなら良いが」
道を聞かれたときのように軽く促す俺。
だが、その質問を聞いたときに凍りついた。
「エルフィリアはなぜ死んだ」
終始投げやりな態度のシュウザだったが、この言葉だけは真剣で、剣を突き付けられたような重みがあった。
「あ、あの……エルフィリアは……」
ヤバイ! クージーQが余計なことをしゃべろうとしている!
俺は慌てて口をふさぐ。
「ちょっと、何すんのよ! ご家族には話さないわけにはいかないでしょ。ご実家も大変なことになっているようだし」
「い、いやその……そうだ! 俺達にションベンかけた奴に話す舌など持たん! 永遠に謎に苦しめられろ、腐れイケメンめ!」
「ほぉ……」
シュウザはニヤリと笑って立ち上がった。
「おれがこの最終試練をやる街に来たのは、エルフィリアが死んだ理由を知っている奴がいるかもしれねぇと思ってのことだったがな。見事、大当たりを引いちまったぜ」
幾度かの修羅場で、こういうやり合う前の気配が分かるようになっている。
それに相手の強さも大体分かる。この若様、かなり強そうだ。
「こりゃ一戦避けられないな」と、俺も上半身を脱力、下半身にタメを作って迎撃態勢をとった。
「フッ坊主、ただのチンピラじゃねぇな。こりゃ口を割らせるにに苦労しそうだ」
口とは裏腹に楽しそうなシュウザ。
されど、一戦始まることはなかった。
「やめるんだ二人とも。エルフィリアの死の真相は僕が話そう」
ジョイスロウ殿下は俺達の間に入り、シュウザの前に立った。
「ニセ殿下どのか。意外に親切だな」
「いいや。兄さんではないが、『殿下』はニセじゃない」
ジョイスロウ殿下はその仮面を外した。
「……あんただったのか。勇者の使命放っぽり出してどこぞへ行ったと聞いたが、どうしてジャウギ殿下に?」
「ノルデン家嫡男シュウザ。エルフィリアの兄である君には、すべての真実を話そう。僕が愛した彼女のために」
ジョイスロウ殿下の口とかふさげないし黙ってるしかない。
それ以前に殿下が知る真実って、あさっての方向に間違ったものだから何言われてもいいんだけど。
「……そうか。エルフィリアはアカラチア山に果てたか。そしてその仇のリッチがここにいる!」
あ、ヤバイ! そこにはエルフィリアも向かっている!
何言われても良くはなかった!!
「風が吹いた。雲はその糞リッチを殺しに流れていくぜ」
流れるなーーッ!!
俺はシュウザを止めようと、あらんかぎり舌を回した。
「い、いや、あのリッチはAA級の危険な奴です。大事な身に何かあってはいけません。そこに向かった討伐隊が確実にリッチを葬りますから、ご嫡男様はここでゆるりと報告だけ待っているべきかと……」
「ほう、いきなり優しくなったな坊主。そんなにおれの身が心配か?」
「ニヤリ」と嗤うその顔は、俺から秘密を嗅ぎとった顔だ。
「え、ええ。そりゃあのエルフィリア様の家族ですし? 万一のことがあって死んだら申し訳ないですから……ゴニョゴニョ」
「男を誘ったことはないが……ぜひとも、お前にはおれの茶会に誘いたくなったぜ。そこでいろいろお話しようか。だが、今はそのリッチだ」
最悪だ。エルフィリア、何とか上手くやりすごしてくれ!
だが立ち去る前に、シュウザは置き土産を残して行った。
「ああ、ジョイスロウ殿下。話の礼におれからも一つ教えとく。エルフィリアはじつは8歳だったんだ。あんたが見ていた姿は、魔導具の力で未来の姿になったものなんだ」
最悪は二重底になっていた!
なに最悪なことぶっちゃけてんの⁉
「な、なんだって……ハッ! まさか、あのリンという少女が?」
「エルフィリアが8歳……じゃあ、あの姿が本当の?」
バレたぁぁぁぁぁ! どどどどどどうしよう⁉




