59話 ジャウギ殿下完全体
「この傷がうずくたびに、きさまへの憎悪を燃やしてきたぜ」
「うっ!?」「な、なにっ!?」
仮面を取りさったその顔は、無数のキズ跡で無残に引き裂かれていた。
その無残な顔の中にある目は異様にギラつき、まるで魔物のようであった。
「……いったい、どうなされたのです? 手ごわい魔物にでも遭遇なさいましたか。いえ、車からは一歩も外に出られた記憶はありませんが」
「自分でやった。そこの小僧如きに不覚をとった自分が許せなくてな。あの光景が頭にチラつくたび、自分を幾度も殺したくなったわ!」」
自分で自分の顔をここまで破壊できるものなのか?
糞ッ! この先の糞展開が予想できちまったぜ!
「どうしたシーザよ。まるで死にたそうな顔をしているな」
ジャウギは仮面を被り直し、まるで親しい友人に話しかけるように言った。
「ご賢察です。一度死んで、さっきまでの記憶を、きれいに消し去りたい気分ですよ」
「そうかそうか、オレはきさまを殺したい。じつに気が合うなぁフハハハハ」
「じつに奇遇。まさに奇跡的な一致ですね。あははははははは」
「フハハハハハ。ウワァッハハハハハ」
「あははははははははは」
ジャウギは笑いながら、あの【勇者羅漢撃】を放ってきた。
それは目にも止まらぬ超瞬速の拳。
されどこんな不意打ちも、すでに”死の臭い”をかぎつけた俺に読むのはたやすい。
この魔拳を余裕をもって迎える。
ビュオオオッ
シャボン・バリアーを纏いながら、臭いを避けるべく体を移動させ………
――えっ? ”死の臭い”が振り切れない?
「シーザ! それを避けてはいけません! 当たりなさい!!」
―――??!!!!
エルフィリアの叫びのまま、”回避”から”突撃”に動きを変えた。
「うおおおおおっ!! ちっくしょおおおおおっ!!」
グシャアアアッ
奴の拳に飛び込んだ瞬間、回転しながら吹っ飛ばされた。
ドウムッ
されど自ら当たりに行ったので体の芯への被弾は避け、さらに後ろでエルフィリアが光の幕を張って受け止めてくれた。
「あ、ありがとう、エル……いやリン」
この感謝は、受け止めてくれたことより叫んだ忠告に対しての方が大きい。
奴の拳は周囲に激しい圧力が渦を巻いていたのだ。
それはまさに小台風!
あのまま避けようとしたなら、渦の力で体が引き裂かれていただろう。
「フッフッフ生き残ったか。そうでなくてはな。あれで死んでは興ざめだったぞ、シーザ」
「死にたくなっても本当に死なないのが、『まともな人間』ってやつですから」
軽口たたいて立ち上がったが、奴の”破壊の拳”に当たった代償はある。
シャボン・バリアーでしっかりガードしたはずの胸がズキズキ痛むのだ。
されど『アンタの攻撃なんてまるで効いてないよ』みたいな顔を崩さない。
「それに娘。きさまもやるな。オレの新たな拳を初見で見切り、あの勢いの男を受け止めるとはな」
やべぇな。エルフィリアが目をつけられたか?
「ありがとうございます。では、ここで宴を催すなら、わたしも参加させていただけますか?」
「いや、この場はこれまでとしておこう。まずは試練をかたずけんとな。その後、きさまらの顔をオレより醜く破壊し、地獄へ送ってくれるわ。ハハハハ」
「ヒヒヒ。ジャウギ殿下が試練に行っている間はオレたちが遊んでやるからよ。退屈させねぇぜ」
「逃がさねぇからな。殿下が処刑するのをおとなしく待っていろよ」
「残り少ねぇ人生、せいぜい恐怖で楽しむんだなぁ」
ジャウギとその手下は上機嫌で去っていった。
「ふうっ」
奴が完全に去っていくと、俺はやせ我慢を解除してその場にしゃがんだ。
やはりS級戦闘スキルをまともに受けたダメージは大きい。
エルフィリアが拳を受けた場所を丹念に見て、回復魔法をかけてくれる。
「ジャウギ殿下のスキルが変わっていましたね。進化したというべきでしょうか。この短期間でああも発展させるとは、恐るべきお方です」
そんな彼女にポルマレフは感心したように言った。
「スキードさんがお嬢ちゃんのことを『タダ者じゃない』と評価していたが……本当に何者だよ。ジャウギ殿下のそれを、初見でおれより早く見抜いて最善を導き出すなんざ、達人だぜ」
「さあ? わたしも言えない過去はありますから」
「いい女の過去ってなミステリアスなもんだがよ。まさか、お嬢ちゃんの年でそんなもん持っているとは思わなかったぜ。マジどんな過去か気になる!」
聖女様のノゾキで無礼打ちにされて転生した過去です。
「それよりジャウギ殿下のあの技です。ポルマレフさん、剣士としてどう見ます?」
「そうだな。こんな短期間で進化させちまうなんて前代未聞だが……あの敗北でよっぽど精神的に追い詰められちまったんだろうな。ありゃあ厄介だ。間合いに入らず、拳を当てずとも、必殺の拳。シーザの回避術じゃ回避不可能だぜ」
「…………そうですか」
あんなにがんばって身につけた回避術が、もう破られてしまったのか。
「さすがはS級戦闘スキル。どれだけ汎用性が高くとも、こと戦闘においては、シーザのC級に太刀打ちできるものではありませんね」
「そうかよ」
若干、乱暴な言い方になってしまった気がする。
『C級はS級に勝てない』
たしかに当たり前の道理だが、これは王族貴族と俺の身分差にも当てはまるような気がしたのだ。
平民の俺がどんなにがんばっても、最終的には貴族のエルフィリアと結ばれることはない。
そんな未来を思わされた気がした。
「ですが、それを覆すのが面白いのです。シーザ。殿上の王子殿下が、わざわざあなたに挑戦してきてくださったのです。どうどう返り討ちにしてさしあげましょう!」
―――え?
「いつまでも座ってないで立ちなさい。ヤバイ立場に立った時ほど余裕でいるのです。虚勢であろうと『この程度、俺には何でもないぜ』ってフリをして笑ってなさい」
「あ、ああ」
俺はエルフィリアの差し出した手をとって立ち上がった。
「わたしの前世はこんな戦いばかりでしたよ。あなたに格上との戦い方を教えてさしあげます」
天真爛漫に笑う彼女につられて俺も笑った。
そしてまた、彼女を好きになった。




