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たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
第1章 創造者の血を引き継ぐ人々
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7話 社会の成り立ち

第3次世界大戦から現在の社会がどう成立したかについてですが、歴史は今後の物語の中でも重要な位置を占めていきます!

 隼人が父に歴史の話を尋ねたのは、授業で習ったことを詳しく知りたかったことが理由だった。

両親とも戦争経験者であるが、父の彰は日本軍の科学技術部にいたこともあり、よりリアルな体験を聞けると思ったのだ。


「今日の授業で、第3次世界大戦をやったんだけど……」


該当する電子ノートのページを開き、これだと言って見せる。


「父さんも戦争経験してるよね?詳しい話聞かせてよ」


彰にとって戦争は決して良い記憶ではなかったが、この経験を伝えていく義務を感じていたし、何よりも息子の興味を無下にはできなかった。


「じゃあ順を追って話すか」


彰は記憶を遡る。


***


 2075年、第3次世界大戦が勃発した。

中国とアメリカの対立が激化していき、やがてロシアやヨーロッパ諸国も巻き込む戦争になった。

この頃は昔の戦争と異なり、人間は戦地で直接戦うことは少なく、人工知能を搭載したロボットや兵器を後方から操作していた。

それによってむしろ破壊の規模は大きくなっていった。

大量のロボット兵器を殲滅(せんめつ)するためという理由だけで、核爆弾が投下された。

人々は予め、戦地から遠くの地域に避難していたが、それでも死者は無数にいた。

後方から兵器を操作する兵士と遭遇することもあった。

そういった場合は、兵士がロボットなり、手持ちの武器なりで、国民を殺していった。


 彰が日本軍の科学技術部に配属されたのは2080年、16歳になって間もないときであった。

彰は幼いときから頭角を現していた。

多くの科学者が徴集されたが、才能を買われた彰もそのひとりであった。

彰は科学に携わる者が、その知識を戦争に用いるなど言語道断、全くあってはならないことだと思っていた。

しかし、日本は中国とアメリカの間にあるという地理的な要因で、最も激しい戦場のひとつとなっていた。

このときの日本軍は、防衛に大方の軍力を割き、際限なく降りかかる爆弾や、攻めて来るロボットから国民を守ることに徹していた。

他国を攻める余裕などない。

自分の知識で少しでも多くの国民の命が救えるならと、軍に協力することにしたのだ。

だから彰は防衛のためだけの機械や施設作りを主に担当した。


 そこに宮松(みやまつ)大河(たいが)もいた。

当時まだ50歳に満たないという大河だが、その大きな体と髭、そして太い眉の下の鋭く光る目には、誰もが威厳を感じた。

大河は戦争開始直後から関わっていて、科学技術部のリーダーになっていた。

あらゆる可能性から、最も適切と思われる判断を、瞬時に下していった。

その姿は戦国時代の武将を思わせる。


 長く戦争が続く中、問題になったのは物資不足だった。

特に日本は他国よりも面積が小さく、食糧やロボットの生産に利用できる土地が少なかった。

そんな中開発されたのが、その後発展を遂げて<MiKO>と呼ばれる存在になる、量子コンピューター搭載型人工知能である。

大河は戦前からこの研究に尽力していたのだが、そのプロトタイプが完成したのがこの時だった。

この人工知能によって最適な戦略を立てることができ、少ない物資での持久戦を可能にした。

しかし、日本各地が火の海に包まれ、ロボットや核兵器によって人口がそれまでの3分の2程度までに減少するという事態を防ぐには遅すぎた。


 戦争の終盤では、政府は守りを東京近辺に集中させることにした。

関東圏は、より強固な防衛体制を作り上げた。

地方の人々は、この安全地帯を求めて移ってきた。

母の真澄も移住して来たひとりである。


 やがて戦争は終わりを迎えた。

兵器を強力にしていった先に行き着いたのは、破滅だった。

どこの国も被害が甚大で、これ以上続くと自国の存続が危ういと悟ったのだ。

戦争終結の宣言がなされると、どの国も復興に専念した。

そんな中、東京近辺は被害が少なく、その後の復興までに時間はかからなかった。

同時に、この戦争を生き残った人々の間に、科学至上主義が広まり始めた。

そして宮松大河は、多くの人の命を救った人物として称賛された。


 戦争が終結して2年後の2082年、宮松大河の研究グループは<MiKO>を完成させた。

名前の由来は巫女である。

<MiKO>に入力するデータが多ければ多いほど多くのことを学習し、その予測や適性判断能力はより強力になった。

気温や湿度など自然環境に関わるものから、人の言動に至るまでの様々なデータを集めるため、監視ドローンやパトロボットが導入されたのもこの時期である。

これらの機械が集めたデータが<MiKO>のもとへ送信され、自ら学習すると共に解析が行われる。

その解析結果から、将来に起こると推測されることや、現状の最適な提案が出力される。


 始めは気象予報などから試験的に運用されたが、1年後には政治にも応用された。

<MiKO>が提示する政策は非常に優れていて、当時の政治家はその提案通りに政治を取り行うだけになっていた。

このことは国民も認知していて、<MiKO>の提言はまさしく神のお告げを思わせた。

そしていつしか<神託>と呼ばれるようになった。


 もちろん最初はこの<神託>の正当性の調査が行われた。

本当にそれに従っていて良いのか、どこか欠陥はないかと。

しかし調査をすればするほど、この<MiKO>の優れた部分が明らかになるばかりであった。

そして宮松大河はこの年、ノーベル物理学賞にも輝いた。

そのカリスマ的な性質も相まって、日本の英雄という扱いを受け、大河は研究の舞台から政治に舞台へと身の置き場を移していた。

この<神託>の人知を超えた能力は、政界から徐々に国民へと波及してゆく。


 やがて裁判までもが<神託>の通り行われた。

当初は人が介在せずに判決を下して良いものか、という意見もあった。

しかし<神託>に従った裁判では、冤罪はなくなり、被告人に適した罰が与えられた。

それから間もなく、裁判官や弁護士、検事などの職業はなくなった。

全ての裁きも<神託>の右に出るものはいないと考えられた。

これを機に監視ドローンやパトロボットに武器が搭載された。

というのも、<神託>で「罰すべき」とされた時点でその罰を与えることが確定しているのだから、監視ドローンやパトロボットがそのような対象を見つけた時に、その場で刑を執行してしまえばよい、と考えられたのである。

今までは<神託>の内容を精査して、警官や特殊部隊が動き出すまでに間が空いてしまったので、手遅れになることも少なくなかった。

しかし、監視ドローンやパトロボットがその役割を担うことで、現行犯逮捕や犯罪そのものを未然に防ぐことが可能になったのだ。

そして犯罪はその数を大幅に減らしていった。


 <MiKO>の能力の一部は、国民も利用することができるようになっていた。

かつて戦争で開発されたインターネットが一般にも普及したのと同じように、この第3次世界大戦中に開発された<MiKO>の能力も、国民に公開されたのだ。

どんな食事や運動をすればうまくダイエットができるか、患者に合った治療法は何かなども<神託>は的確だった。

<神託>の通りにすれば全てがうまくいくと、多くの国民が思い始めていた。

それは結果的に非科学的なものや宗教団体に対する差別につながった。

何かを信仰しているという発言は、周りから冷たい視線をその人に向けさせた。


 <MiKO>が完成してから3年経つ頃には、ほとんどの町に監視ドローンやパトロボットが配備されていた。

家の中やトイレなどのプライベートな空間は監視の対象外である。

そういった場所まで監視を行うと、国民のストレスが大きくなり、監視するメリットに対してリスクが大きいと判断されたのだ。

また<神託>により、宮松大河を王とする王政が誕生し、王城の建設が始まった。

かつての天皇制は廃止され、元号が「理成」になった。

(ことわり)で成す、という意味である。

この時点で政治を執り行う仕事は消えた。

<MiKO>を管理する者、つまり宮松家と一部の研究者、それに<神託>の言葉を解釈する専門家だけで十分だった。

<神託>には様々な分野の単語が登場するので、それの内容を熟知している専門家は必要だった。


 例えば<MiKO>が作るべきとした法律も、法律に詳しい専門家がいないと、それを公布することができない。

法律やルールをいくら<MiKO>が考え出しても、それを普及させる人が必要だったのだ。


 それから間もなく、<神託>に「宗教団体を弾圧せよ」というものが出力されると、各地で宗教団体に制裁が下された。

弾圧や制裁、処刑などは<MiKO>から直接各地の監視ドローンやパトロボットに送られるので、速やかに実行された。

このような過激な措置に対しても、ほとんどの国民が賛同するほどに、科学至上主義が人々の心に根付いていた。

<魔女裁判>や<魔女狩り>という言葉は、この時期頻繁に見られた。

<魔女>といっても女性のみが対象な訳ではない。

非科学的なもの、あるいは宗教に関連する人がみな、魔女と呼ばれた。

そして信仰を持つ人々は姿を消していき、中には関東圏外へ逃亡を試みた者もいた。

戦争の名残で人口は関東圏内に集中し、監視もその範囲で行われていたからである。


 しかし、その多くは関東圏と郊外の境界にある関所の警備ロボに止められるは、処刑されるかである。

まれに上手く逃亡する者もいたようだが、郊外は戦争の爪痕を残したまま荒廃した土地と化しており、放射性物質が残留したままの土地で生き残れることなど考えられなかった。

郊外で暮らすことは、すなわち自殺にも等しい。

ほどなくして教会やお寺、神社の類は、歴史上の建築という学術的興味の対象に成り下がった。


 そこから現在の科学技術社会になるまでには時間がかからなかった。

科学教育や研究に多くの予算が使われた。

名前に「王立」とつくもののほとんどは、こうした科学発展に根差した施設で、日ノ谷高校もそのひとつだった。


***


 話を終えた後、彰は冷めきったコーヒーをすすった。

父が間近で見て、体験してきた出来事は、教科書の字面だけ得た知識とはまるっきり深みが違っていた。

隼人は壮大な物語の映画を観終わった後の脱力感に似たものに襲われる。

ふうと息を吐くと同時に、ふと父に問うてみたいことが浮かんだ。


「父さんは、今の社会の在り方が正しいと思う?」


自分でも驚いた。

現在の社会の在り方に疑問を持つなど、狂人でもない限りあり得なかった。

公共の場でこんなこと呟いたら、「<魔女>だ」と後ろ指をさされるかもしれない。

ところが彰は驚く様子はなかった。

そして遠くに視線を向けていた。


「そうだね……。それは、隼人、お前が自分で考えてみなさい。父さんがどう思うかではなくて、隼人自身がどう思うか」


***


 遠い過去の記憶。

もう永遠に戻らない日常。

父はなぜ、現在の社会を「正しい」と言わなかったのか、隼人には分からなかった。

読みにくい箇所などありましたらご指摘お願いいたします。

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