6話 悲劇
ここから物語が動き出します!
続きをもっと読みたいと思う方が増えれば嬉しいです。
駅に着くと、仕事帰りの人で混み合っていた。
(少し遅くなりすぎたな……)
両親が共働きのため、夕飯は隼人が担当することが多い。
家に帰ったら最短で料理ができるよう、頭の中で献立とそれを作る手順をシミュレーションした。
最近は調理ロボットに食材を設置しておけば、普段の食事習慣や健康状態から<MiKO>が適切な料理を診断し、勝手に作ってくれるものもあったが、隼人は自分の手で何かを作る方が好きだった。
(よし、これでいこう)
電車が到着するまでには、完全に再現できる状態になっていた。
駅に着くと、すたすたと早歩きで家に帰った。
お風呂では頭と体を洗ったが、湯船には浸からなかった。
そして最も効率の良い順序で料理に取り掛かった。
***
隼人の作った料理は、家族には好評だった。
これは「自分たちの息子が作ったから」という偏見なしに、である。
むしろ美味しくない時は、「塩味が足りない」だの、「出汁が薄い」だの遠慮なく言う。
このことが結果的に隼人を料理上手にした。
夕飯を食べ終わると、母の真澄が片付け始めた。
真澄が食器を洗っている間、隼人と彰は食卓に着いたままくつろいでいた。
少し時間が経ってから、隼人はふぅと息を吐いた。
ずっとあの傷跡と夢の内容について聞くか迷っていたのだ。
しかし隼人にとって、好奇心に勝るものは無い。
「あのさぁ……頭の傷のことなんだけど……」
そう切り出すと、両親の表情が一瞬、ぴくりと動いたように見えた。
が、平然を装っていた。
「それは昔も話したと思うけど、遊具から落ちた……」
「それって本当なの?」
真澄の返答に覆い被せるように隼人が聞き返した。
「今朝また悪夢を見たって言ったよね?実はその一部を思い出したんだ。俺、昔何か……何かは分からないけど、大事なものをなくしたんじゃない?それが、この傷跡と何か関係あるんだよね?」
早口になった。
両親が自分に何か隠している、そう確信したからだ。
少しの間をおいて口を切ったのは、彰だった。
「もう、ごまかせないか……」
「あなた、ちょっと……」
母の言葉を手で優しく制して、もういいだろうという視線を送った。
「隼人、もうお前は自分で物事を考えられる立派な人間だ。それを信じている。だから今から言うことをしっかり聞いてくれ」
「……分かった」
ゆっくりと隼人が頷いたのを見て、彰は話し始めた。
「家の2階にはお前の部屋と、もうひとつ部屋があるよな?今は物置になっているが、実はあの部屋はお前の……」
――突然、窓が割れるような凄まじい音が響き渡ったかと思うと、当たり一面真っ暗になった。
間髪入れずに何かが侵入してくる音が聞こえる。
――パンッ……ズダダダッ
1つ目の大きな破裂音に続き、銃声のような音が聞こえる。
隼人には訳が分からない。
咄嗟に机の下に隠れる。
ガシャンと食器や家具が壊れる音の中に、母の唸るような叫び声が聞こえる。
(母さん……!?)
早く母を助けなければと思いつつも、恐怖で体に全く力が入らない。
震える。
怖い。
逃げたい。
それでも隼人はその場から1ミリたりとも動けなかった。
ほどなくして音は静まり、暗さに目が慣れてくる。
その瞬間、隼人は全身の血がさーっと下がり、冷汗の噴き出すのを感じた。
そこには頭の上がえぐられ、脳が飛び出した父の姿がある。
鉄臭い血の匂いが鼻を突いた。
自分の顔にもその飛散したものがべっとりと付着していたのだと気付き、胃の中身が上がってくるのを感じる。
おえっと声は出るが何も出てこず、飲み込めない唾液だけが口に溜まっていく。
過呼吸で息がうまく吸えず、だんだん手足の先が痺れ始めた。
その時、かすかに母の声が聞こえた。
(そうだ、母さんを助けないと!)
ふらっとよろめきながらも、キッチンの方へ向かった。
そこには何か大きな塊が横たわっている。
それが無残な母の姿であると気付くのに、時間がかかった。
手や足の一部は筋肉がむき出しになっており、目を覆いたくなるような姿だった。
父と異なり、即死ではなかった。
最初の大きな音が彰を仕留めたのだと、焦る隼人の頭は理解した。
そしてその後の連続した銃声は、真澄の体に無数の穴を空けたのだ。
生きていられるのが不思議なくらいだったが、それがむしろ真澄を苦しめる原因となっている。
口だけは辛うじて動いた。
「はや……と……。お願い……、私を殺して……」
ぜぇぜぇと息をする度に、胸のあたりから笛が鳴るような音がした。
肺に穴が開き、そこから息と共に血が流れ出ていた。
銃弾の中には、切り傷を与えるものがあるようだった。
真澄の胸元はすぱっと刃物で切られたようになっている。
隼人は呆然と立ち尽くした。
自分の母親をこの手で殺めるなど、できるはずがなかった。
しかし母は遅かれ早かれ、息を引き取る。
早くその苦しみから解放させたいという思いもあった。
――分からない。
分からなかった。
(悪い夢なら早く覚めてくれ……)
しかし紛れもなく、それは現実だった。
自分の脳が破裂してもいい、何か助ける方法はないのかと必死に模索する。
全く思い当たらない。
焦る。
焦るほどに頭が回らない。
誰か、誰かいないのか、自分を助けてくれる誰か。
こうして考えようとすればするほど、母が苦しむ時間が長くなる。
自分のは何もできない、そう悟った。
「……」
隼人は無言のまま、よろよろと母親の身体にまたがる。
震える手を母の首に当てがった。
血の気が引いて冷たい手足とは対照的に、隼人の鼓動は速く打つ。
その手に力を込めようとすると、余計に手が震える。
(思い切らないと……余計に母さんを……)
躊躇した。
ここにいたってまだ、迷った。
人を殺めるなどできない。
沈黙。
隼人は決心した。
この決心は誇れるものでもない。
そしてその罪はずっと背負っていくことになる。
しかしそれでも、母を苦しみから解放する。
全ての自分の迷いを振り切るかのように声を振り絞った。
「母さん……今まで本当に……本当にありがとう……」
あらゆるものが、体から吹き出そうになる。
涙で母の姿がよく見えない。
そしてぐっと手に力を込めた。
ありったけの力を。
真澄は苦しみの声を漏らしつつも、ずっと隼人を見つめていた。
――が、やがて白目を向く。
手に感じていた脈打つ血流が消失した。
母の命の灯が消えたその時であった。
ごーっと激しいめまいに似た感覚が隼人を襲う。
何かが頭にものすごい勢いで入ってくる。
言語ではない。
しかし概念そのものが直接、ものすごい速さで、脳に焼き付けられているような気がした。
隼人は気を失って倒れた。
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