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たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
序章 悲劇
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4話 部活

 その日の授業が終わると、隼人は更衣室に向かった。

汗臭い更衣室では既に何人かの生徒が着替えている。

隼人はすぐに着替えを終え、体育館に入った。


 バドミントンは隼人が物理の次に好きなものである。

シャトルをラケットで打つ感覚、相手との駆け引き、いかに最短時間でシャトルを迎え打つか。

特に相手との駆け引きが楽しかった。

まず自分がシャトルを打ち返した時に、相手がどの位置にどんな体勢でいるかを把握する。

そこからいくつかの返球の候補を同時に思い浮かべておき、相手がシャトルを打った瞬間のラケットの向きや動きを見てすぐに反応する。

予測をしておくことで、返球への反応の速さがまるっきり異なるのだ。


 練習の休憩中、隼人を呼ぶ声があった。


「赤羽先輩!」


隼人が声の方へ目を向けると、水原(みずはら)紗那(さな)がコートでサーブの練習をしていた。


「先輩、このサーブがなかなか上手く打てないんですけど、どうしたらいいですか?」


紗那が放ったサーブはふわっとした弧を描き相手のコートへ落ちた。

今、紗那が打とうとしているショートサーブの場合、ネットすれすれをかすめるように相手コートの決まった領域に入らなくてはいけないのだ。


「もう1回打ってみて」


シャトルはさっきと同じように高く弧を描いた。


「うーん、ラケットをもう少しこうやって持ってみて」


隼人は紗那の小さな手の上に自分の手を添えた。

紗那は隼人の温もりと不快でない汗と洗剤の混ざった匂いに、鼓動が速くなる。

それから隼人はフォームを再現した。

いつものことだが、隼人はこの方法が一番相手に分かりやすいと思っているだけで、深い意図はない。

紗那はフォームになかなか集中できない。


 紗那が隼人に好意を持っていることは、周りの誰から見ても明らかだった。

にも関わらず、隼人には全くそのことに気付く気配がない。

紗那の恋愛相談にのった友人の間でも、「赤羽先輩は相当鈍い」と噂になっている。

それでも紗那は、隼人に出会った時からずっと好意を抱いていた。



――紗那にはその理由がはっきりと分かっていた。




 隼人に言われたようにサーブを打つと、今度はネットの上すれすれを頂点にするようにシャトルがネットの向こう側へ。


「あ……」


思わず声がもれた。

やや間をおいて、紗那の心に歓喜が湧いてくる。


「――さなの今のサーブ、見ました?うまくいきました!ありがとうございます!こういう感覚なんですねぇ……」


紗那は教わったフォームを確認するようにもう一度サーブを打つ。

初めて自転車に乗れた子どものような表情。

それから間もなく、くるっと隼人の方に向き直る。


「それと別の話なんですが……」


紗那は隼人の目を見上げた。

その目はどこか小動物のそれと似た愛くるしさがある。


「今度、さなに物理の勉強教えてくれないですか?今授業でやっている部分が理解できなくて」


 今までずっと隼人のことを傍らから見つめるので精いっぱいだった紗那は、バドミントンのアドバイスを求めて隼人に声をかけられるようになるまでに半年かかった。

そして今度は、もう一歩その先へ踏み出そうとしている。

その経緯をずっと見てきた紗那の友達は、紗那のその外見からは想像できない内に秘めた強さに、感心させられていた。


 恥ずかしさが頂点に達した紗那は、うっすらと紅潮している。

勉強を教わるだけなのに、それがまるで告白であるかのような錯覚に陥っていたのだ。

しかし紗那の緊張をよそに、隼人はいつもと変わらぬ態度である。


「うん、いいよ。来週の月曜の放課後なら時間あるから、その時でいいかな?場所は喋れるどっかの喫茶店で」


「は、はいっ」


紗那は思わず、内容をしっかり聞かずに返事をしてしまった。

それから『喫茶店で』という言葉の意味がゆっくりと認識される。

紗那の想定では、図書室か自習室だったが、喫茶店と聞いて「デート」を意識せずにはいられなかった。

しかし、紗那は隼人の性格を考えて深い意図はないのだと、自分に言い聞かせた。

それでも嬉しいことには変わりない。


「ふぅ……ありがとうございます!じゃあ放課後、校門で待ってますね!」


ほっとした紗那は喜びながら、水筒を取りに行く。

隼人は紗那がなぜそこまで嬉しそうなのかが不思議だったが、考えて見ればそれが当然だと思えた。

物理の話ができることほど嬉しいことはない、それが隼人の考えであった。


 隼人は年下の面倒見が良い。

というよりも、何かを教えるということが好きのだ。

何かを教えるとき、教える側はそれがしっかり理解できている必要があるし、それを相手に伝わるように、相手の知識や考えを考慮した論理的な説明が必要となる。

そして実際に教えていると、その中で自分の理解が深まったり、新たな発見をしたりできる。

過去の偉大な物理学者も言っているように、隼人は、それを本当に理解できているかどうかを、他人に分かりやすく伝えられるかを基準に判断していた。

だから、今回の紗那の誘いは隼人にとっても嬉しいのだ。


***


 帰り道、隼人は家路にはつかなかった。

駅に向かわず、元国会議事堂前を通り、そして王城の方へと向かった。

「たとえ世界が壊れても」をお読みいただきありがとうございます!

今回までは日常メインの話でしたが、次回からだんだんシリアスな展開へと向かっていく予定です。

続きを早く書きたくてウズウズしています(笑)


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまでが日常編なんですね(*^^*) それにしても隼人くん、鈍い‥‥鈍すぎる(゜゜;)(。。;) 真正の物理バカって感じですね(笑) タイトルの『たとえ世界が壊れても』、気になりますね…
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