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たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
序章 悲劇
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3話 天音雫

これからいくつかの話で、高校の様子やそれぞれの登場人物の話が続きますが、隼人たちが普段どんな生活を送っているのか、それが少しでも伝われば嬉しいです。世界観をより鮮明にイメージできていると、後のストーリーの重みが変わってくるはずなので。

 同級生の女子の多くは3人程度の仲良しグループに分かれている場合がほとんどである。

隼人のクラスも例外なく、休み時間なんかはいくつかの集まりができる。

ところがこの天音雫という女子生徒には、全くそういう(たぐい)の関係が見受けられない。

これは彼女自身の性格の問題ではない。

話しかけて来る同級生に対して冷たくあしらうこともなく、授業内でグループになって議論する場合も、積極的に発言をしているし、理解に苦しむ同級生にアドバイスをすることも少なくなかった。


 それにも関わらず、雫が一種の孤独な存在であるのは、彼女の独特な雰囲気によるものである。

ここにいて、ここにあらず。

人を寄せ付けない。

孤独というより、孤高というべきかもしれない。


 先程の藤田の質問に隼人が答えていた。


「中心力ポテンシャルの場合、空間の等方性から角運動量が保存します。そのため方程式の角度成分を、角運動量演算子を用いて表せば……」


隼人は、他の生徒がこの短い返答ですぐには理解できないことも、藤田通が簡潔な返答を望んでいることも両方把握していた。

結局、同級生は後で自分に質問に来るのだから、今は藤田通の望む返答が相応しいと判断して言葉を選んだ。

今こうやって隼人が教師の質問に答える時にも、雫は窓際の後ろの席から外を眺めている。


 隼人は誰よりも好奇心が強く、そして偏見を嫌う男であった。

この天音雫という存在にも、少なからず関心を持っていた。

その関心が大きくなったのは、授業内容が難しくなる後期からであった。

多くの生徒が勉強会を行う中、雫は変わらず一人であった。


(もしかして、ほとんど話したことがなかったから分からなかったけれど、想像以上に物理ができるのかもしれない)


そう思った隼人は、物理の話し相手になるかもしれないという期待を抱いていたのだ。

もちろん異性としての魅力――知性のあるという自分のタイプに合致するという意味で――というのもあったが、それに増して、隼人は近寄りがたい雰囲気という偏見の先にあるものに興味を抱いていた。



***



 雫はあまり男子生徒と話すことはなかったが、その容姿から告白されることは何度かあった。

そういうときは決まって、「ごめんなさい」とだけ言う。

突き放すでもなく、かといって再び機会があるとは思わせない口ぶりで返すのだ。

短い黒髪から覗くうなじ、少しつりあがった目。

小柄な体はどこか幼さを感じるが、洗練された大人のような妖艶さも持ち合わせている。

ミステリアスな雰囲気も相まって、それに惑わされる男がいても全く不思議ではない。

たとえ言葉を交わしたことがなくとも。


 授業後、隼人は後ろの雫の方へと歩いていった。


「天音……さん?君は物理が得意みたいだけど、物理は好きなの?」


突然の声に、雫は顔を上げたまま黙って隼人を見続ける。

明らかに怪訝そうな表情をした。


「あ、ごめん。突然声かけて驚かせちゃったかな。物理の面白い話できそうなの、君ぐらいしか思い当たらなくて」


意図を理解した雫は、(わず)かに表情を緩ませた。


「ええ、物理は好きよ」


それを聞いた隼人の顔は、少年のような笑みを浮かべていた。

雫がまた少し怪しがっているのに気付く。


「ああ、ごめん。俺、物理のことってなるとワクワクしすぎちゃうんだ、昔から……」


少し照れている隼人に、つい雫も笑みがこぼれた。

そしてとっさにそれを隠そうとした。

が、それはもう遅い。


(やっぱり、天音さんは面白い人かもしれないぞ!)


隼人は嬉しくなった。


「天音さんがそんな風に笑っているとこ、初めて見たよ!そうやって笑った方が可愛いと思うよ?」


隼人の悪い癖である。

歯に(きぬ)着せぬことを平気で言ってのける。

このときも隼人に下心がある訳ではなく、ただ事実をそのまま言ったつもりだった。

隼人はただただ、純粋に物理の話し相手が見つかったこと自体を喜んでいた。


 隼人の純粋な言動を真に受けてしまう女子は少なくなかった。

なぜか相手の(ふところ)にひょいと入れてしまう。

容姿も中性的で密かに人気な男子であったが、何せ疎い。

他者のそういった好意に鈍感な上に、物理バカである。

周囲の女子たちの隼人に対する評価はいつも「一見、良さそうなんだけどねぇ……」であった。


「じゃあ、連絡先教えてよ。今度、相対性理論とかの話しない?」


隼人は新しいおもちゃを買い与えられた子どものように目を輝かせていた。


「私はとっくに特殊相対論の勉強は終えて、一般相対論の勉強してるけど、大丈夫かしら?」


雫は、どこか挑発するような、それでいて当然あなたも勉強しているでしょと言わんばかりの表情で、隼人に目を向けていた。



***



 昼休みを告げる鐘が鳴り終わると共に、隼人と聖也は購買部に向かった。


「なぁなぁ、天音さんと何の話してたんだ?教えてくれよ」


聖也は雫のことが気になっていた。

これは隼人と違って、「異性として」である。

聖也自身は雫と話したことはほとんどなかったが、その容姿や雰囲気に惹かれていたのだ。


「何って、特別なことは何にもなかったよ」


隼人は聖也が誰に好意があるかなど、全く知らななかった。

というよりも、そういうことには疎い。


「ただ、物理が好きなの?って声かけたら、好きだって言うから連絡先交換しただけだよ。ちょうど相対論の話をしたいと思ってたとこだったし」


――ゴツンッ。

頭に衝撃が走った。

頭突きをしたのは聖也だった。


「あっ、いってーな!何すんだよ!」


隼人は少し声を張った。


「お前……。お前、連絡先交換した『だけ』ってなんだよ?『だけ』って」


何がいけなかったのか全く理解できない隼人を前に、聖也は言い返すのを諦めた。

それよりも大事な次の計画に移った。


「まぁ悪かったよ。それよりもさ……お、俺にも、天音さんの連絡先……教えてくれないか?なんか、いや、万が一連絡とることになるかもしれないし。というか、あ!そうそう、天音さんに物理の話を聞こうと思ってたんだー」


隼人は聖也の言ったことに疑問が生じた。


「物理のことならいつも俺に聞いてるじゃん。なんでわざわざ天音さんなの?」


聖也は自分の心中を全て吐かされる思いで、顔が熱くなるのが分かった。

それでも本人に告白するよりはましだと思って、自分の気持ちを隼人に教えることにした。


「俺実は……天音さんのことがずっと気になってたんだよな……」


そういった聖也の言葉に隼人は驚いた。


「本当?それなら俺と一緒だな」


「え?お前、天音さんのこと……」


「気になってたよ。後期に入ってからからなぁ……」


「いや、でも今朝、好きな人はいないって言ってなかったか?」


「ん?それはいないよ?」


 しばらくしてお互いが「気になる」の意味を誤解していたことが分かった。

聖也はほっと安心していたが、隼人は少し不満だった。


「なんで『気になる』なんて分かりにくい表現使うんだよ。好きなら『好き』と、最初からそう言えばいいのに」


隼人はいたって真面目に言っているのだ。

その発言に自分の気持ちをより意識した聖也は、照れくさそうに目をそっぽに向けた。


 しかし隼人は悩んだ。

勝手に人の連絡先を教えるのは悪いことだと思ったのだ。

いけないことはやらないという正義感のある隼人はある提案をすることにした。


「本人の承諾もなしに連絡先教えるのはまずいからなぁ。というか、聖也、自分で後で天音さんに直接聞いてみたらいいんじゃない?」


「それができるなら苦労しねーって……」


聖也はこの全く疎い隼人から、連絡先を聞き出すことを諦めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章力が素晴らしいのは褒めるまでもなく、終始リズムが一定していて途中で詰まることもなかったです。 作者様はきっとあの世界の主人公のように頭脳明晰なのでしょう。ディストピアのにおわせ方や家族…
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