29話 温泉と計画
すっと忙しい期間が続き、数か月ぶりの投稿になります。
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ロボットの運転するタクシーは、目的地までのルートも最短で、乗り心地も良いのだが、無機質。
窓から見える美しい自然は、単調に後方へ流れる。
隼人たちは観光地をタクシーで回る計画をしていた。
色々な場所を巡ろうと考えていたのだが、調べてみると班のメンバー5人でも乗れるタクシーがあることが分かり、それはいいと3日目はタクシーを主な移動手段と決めた。
人間が運転していた時よりも安全かつ、安くなっている。
特に都会から離れたこの土地は、旅館と同様に、ロボットが様々なサービスを担っているのだ。
「えっと今日はまずここに向かって……」
雄介がパンフレットを見ながら、今日向かう観光地の「見どころ」を確認している。
「ねー、やっすー、ちゃんと美味しいものもあるとこに行くんだよね?」
前の席から後ろの方に身を乗り出しながら、澤井日菜が雄介にきく。
日菜は計画の段階からとにもかくにも、美味しいものが食べられる場所を巡りたいと強く主張していた。
「もちろん、美味しいものあるよ」
雄介は日菜に笑顔を向ける。
日菜は満面の笑みを浮かべた。
日菜は誰に対しても変わらず、純粋な子どものような態度で接する。
大抵の人間にはある裏表というのが、感じられない。
そのためかクラスの誰とでも仲良くでき、周囲からも好感が持たれている――というより、可愛がられている。
「犬のようだ」と言われることもあるが、確かにぴたりと合っている。
あまり他人とは親密にならない雫も、はじめは距離があったが、しつこく関わってくる日菜に根負けしたかのように、少しずつ親しくなっていた。
今となっては、それは日菜の純粋な優しさであったことを理解している雫にとって、クラスでは一番の友達とも言える。
今回の班決めの際も、日菜は色々なグループに誘いを受けていたが、教室の端にぽつんと座っていた雫の方にスタスタと歩いて行くと、「一緒に美味しいもの食べよ!」と声をかけたのだ。
「ねぇ見て、雫!あそこに人が立ってる!あんなとこにいて大丈夫なのかな?」
日菜の指差した方に目をちらと向けた。
遠くの今にも崩れそうな崖の上に木が何本も生えている。
日菜が言うにはその木の、太い分け目の部分に人が立っているというのだが、よく見えなかった。
「曲がった木が、人に見えただけじゃない?」
雫は全く別のことで頭がいっぱいだったのだ。
修学旅行の行きのバスから今に至るまで、ほとんど隼人と会話ができていない。
ぎこちない隼人の雰囲気が雫にも感じられていたのだ。
何となく、距離をとられているようにも思える。
その原因が雫には全く見当がつかない。
かといって自分から声をかけるような勇気もなかった。
***
観光地を巡って美味しいものを食べ、5人は充実した時間を過ごした。
そして日もだいぶ傾いた頃、最後に向かったのは鬼怒川温泉である。
色々と歩いて疲労も溜まる頃だろうからと、最後に温泉に入る計画をしていたのだ。
しかし疲れを癒すだけがこの温泉の目的ではなかった。
ここで隼人が夜の自由時間に雫を誘う、というのが聖也の考えた案だった。
温泉から出た時、雄介がのぼせたふりをする。
聖也と日菜は様子を見ているから、雫には水を買いにいってもらうように頼む。
そして少ししてから、女の子ひとりだと危ないからということで、隼人が雫の後を追う形で一緒に買いに行く流れを作るというものだ。
こうして2人だけの時間を作る。
計画の内容を隼人たちは温泉に浸かりながら確認する。
それからはゆっくりと体を癒した。
都心から離れる機会などほとんどなく、温泉を模した浴場は経験があるものの、3人とも本物の温泉に入るのは初めてだった。
「温泉ってこんなにも癒されるものなんだな」
聖也が呟くように言った。
隼人も雄介もこくりとうなずいたまま黙っていた。
とても心地が良い。
少し熱いくらいの温度。
体の芯までほぐれる。
「もうそろそろ上がる?」
隼人が2人に聞くと、雄介はもう少しだけ残ると言った。
のぼせたふりを成功させるためには、後から出た方が「それっぽい」というのだ。
そこまでしてくれる雄介に、隼人は何だか申し訳なくなったが、
「まぁ、実はもう少しだけ浸かっていたいというのもあってね。だから気にせず2人は上がってよ」
と言って、雄介はふうと息を吐きながら、また一人の世界に入るように肩のあたりまで湯船に沈めた。
更衣室を出ると、雫と日菜は長椅子に腰かけて待っていた。
「お待たせー」
聖也は手を振りながら2人の方へ歩み寄った。
「あれ?やっすーは?」
日菜の問いに隼人は、
「やっすーはもう少しだけ長くいるみたい」
と、やはり少し申し訳ない気持ちになりつつも答えた。
「じゃあここで待っていればいいかな」
雫は日菜の方を向いて言った。
意識的に隼人の方を見ないようにしていた。
しばらくして聖也が雄介の様子を見に行くと、聖也だけがまた更衣室から出てきた。
「やっすーがのぼせちゃったみたい」
雫と日菜は「大丈夫?」と心配そうな顔を浮かべる。
「天音さん、悪いけど近くのお店で、冷たい飲み物買ってきてもらえる?」
「いいけど、温泉の施設内に自販機があったような……そこで買ってきた方が早いんじゃない?」
雫の言う通り、自販機は施設内にもあるのだった。
そのこと忘れていた聖也は焦った。
「えっとー……、氷、そう、冷やすように氷もほしいから」
どうにか説得して、雫に買ってきてもらうことにした。
しばらくして聖也に促された隼人が、雫を追ってかけていく。
「雫!」
いきなり自分の名前を呼ばれて、どきっとした顔で振り返る。
隼人は少し息を切らしながら、
「もう暗くなってきて、一人だと危ないから……」
恥ずかしさから、言葉が濁る。
隼人が自分を避けているのではないかと、不安になっていた雫の心に、少しの安堵が生まれる。
「ありがとう……」
やや長い沈黙の後、雫は言葉を続けた。
「修学旅行始まってからずっと、隼人がなんとなくぎこちない感じで……その……私、何か悪いことしたかな……?」
隼人は自分の行動で雫を不安にさせてしまっていたことに気付いた。
「ごめん……別に避けてたとかじゃなくて……」
鼓動が速くなるのが分かる。
「その、今日の自由時間、2人で散歩しない?」
雫は一瞬、目を見開いた。
それからそっと笑顔になって、
「うん!」
とだけ言った。




