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たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
序章 悲劇
3/31

2話 日常

 自宅から駅までは、そこまで遠くはない。

道中は仕事や学校に向かう人の他に、監視用の飛行型ドローンや、パトロボットもいる。


 飛行型ドローンは、UFOのような形状をしていて滑らかに空中を飛んでいる。

プロペラがついていないため、夜中でも静かなのだ。

パトロボットは、円柱型の体に球状の頭部が埋め込まれていて、その頭部はぐるりと周囲を見渡すことができるようになっている。

足の代わりに複数の車輪のようなものが付いていて、それによって移動するのだ。

隼人は昔の有名なSF映画で、同じような形をしたロボットを見たことがあって、パトロボットを見るといつもそれを思い出す。


 これらのロボットの中には、様々な装置が内蔵されている。

センサーによって得られた温度や気圧、人の移動の仕方などの様々なデータが、量子コンピュータ搭載型人工知能――<MiKO>に送られ、その解析結果をもとに<神託>が下されるようになっていた。

天気予報は当たらないことがなかった。

それから防犯用の武器も搭載されている。

隼人はその武器を見たことがなかったが、あらゆる犯罪にも適応できるようになっていると聞いたことがあった。


 <MiKO>やロボットの登場をきっかけに、かつてあった職業の多くはなくなったが、そういった人々も<神託>に従って新たな仕事を行っている。

むしろそちらの仕事の方が合っていると思う人がほとんどだった。


 王立日ノ谷高校までは、地下鉄1本で通うことができる。

日ノ谷高校は<神託>により適正と判断された高校のひとつだったが、<神託>の診断以前に、隼人自身が通いたいと思っていた高校である。

なんと言っても科学、特に物理に力を入れいてる日本一のエリート高校で、教師も優秀な人ばかりだったからだ。

隼人は毎日通うのが楽しみで、いつも早歩きで駅に向かった。

地下鉄では近年の都市部の人口密度の上昇もあって、なかなか座ることはできない。

しかし乗り換えがなく、集中して本を読めるので、隼人にはそこまでのストレスとならなかった。



***



 校門の目の前は正面の平坦な道と、学校に沿った急勾配の坂道がある。

隼人は最寄りの駅から平坦な道を通れば校門に着けるのだが、今、坂の下から自分を呼んでいる黒崎(くろさき)聖也(せいや)は、毎日このきつい坂を上り降りしなければならない。


「おーい、隼人ー!」


「おう、今日も大変だな」


「こんな坂、大したことないぜ!」


聖也はサッカー部に所属していることもあり、いつも教科書を入れるリュックサックに加え、部活用具入れを肩に掛けているにも関わらず、急勾配の坂でも全く息を切らすことがない。


「なぁ、聞いてくれよ!」


聖也は友人に会うなり、愚痴を始める癖がある。

今日も例外なくそれが始める。

隼人はいつもその愚痴をどうしたら上手くあしらえるのかだけを考えていた。


「今日、電車の中でよ、目の前にイチャイチャしたカップルが座ってやがったんだ。こっちは重い荷物持ってるっつーのに、立ちっぱだぜ?まじリア充爆破しろ!な、そう思うだろ?」


この黒崎聖也という男は、特別にモテたいという意識が強い。

中学まで運動はほとんどしたことがなかったのにも関わらず、高校からはサッカー部に入った。

理由は隼人には明白だった。


 日ノ谷高校は行事も活発に行われているのだが、そのひとつに球技大会がある。

大会で行われる球技はいくつかあり、生徒はそのいずれかの球技を選択する。

そのひとつがサッカーであった。

クラスが一丸となって行う試合である。

当然クラスの注目が集まる。

聖也はそこで活躍して良い所を――特に女子に対してだが――見せようという魂胆があった。

このスポーツに適した短くつんとした金髪も高校からだ。

高校入学したての頃はひどく驚いたが、今となっては不思議なことは何もなかった。


「俺は別にカップルがイチャイチャしていようが、していまいとどっちでもいいけどな」


「本当か?強がるんじゃねーよ」


「強がってるとかじゃなくて、今のところ好きな人いないし。もちろん、好きな人がいたら付き合いたいって思うけど、『付き合いたいから』誰かを好きになる、とはならないよ」


隼人は別に恋愛に興味がない訳でもなかった。

ただ、自分が本当に好きだと思える異性に出会ったことがなかった。


「そうかもしれないけどさぁ」


聖也はつまらなそうに言い返す。


「でもお前、理想が高いんじゃないの?前に、タイプが頭がいい人だか、知性のある人って言ってたけど、隼人より頭のいい奴なんかそうそういないだろ」


「うーん、どうかなー。世の中には俺よりも頭のいい人はたくさんいるよ?例えば……」


「それは隼人が物理学者の人ばっかを見てきてるからだよ!だからそう思うだけだって。なかなかいないよ、そんなに頭いい人なんて」


「まー、それよりさ、今日の1限は量子力学じゃん?楽しみでうずうずするよな!」


隼人の頭の中は今日の物理の授業のことでいっぱいになり始めていたのだ。

聖也はやれやれという表情をした。

目を輝かせている隼人を見ると、聖也は自分の中にある闇をより鮮明に意識せずにはいられなかった。


 聖也と教室に向かうと、朝から勉強していた生徒や、部活の朝練を終えたばかりの生徒がいた。

日ノ谷高校は勉強面で優秀な生徒ばかりだが、所謂(いわゆる)、文武両道で運動も得意な生徒が大多数を占めている。


 隼人も長くバドミントンを続けていて、大会でもそれなりの成績を修めている。

聖也の方はというと、中学時代にほとんど運動に関わってこなかったにも関わらず、そのセンスの良さで、サッカー部でも経験年数の長い同年代を差し置いて、レギュラーを勝ち取った。

周りからは「努力もしないで、羨ましい」とよく言われ、聖也も「そうだろ?」という具合なのだが、聖也は他人には見せないだけで、陰では一生懸命な部分もあることを、隼人は知っていた。

ただ、その努力を抜きにしても、聖也の運動能力は抜群なのだ。


「おーっす、聖也。今日さぁ……」


聖也は女子よりも男子に好かれる人である。

教室に入るとすぐにサッカー部仲間に呼びかけられ、そのままサッカー部の何人かと話し始めるのだ。


 隼人は自分の席に着くなり、「量子力学」と書かれた300ページほどの本をバックから取り出し、机の上に広げた。

今では電子版を端末で読む方が主流だが、隼人には紙の本というのが性に合っていた。

その本には数式がびっちりと書かれていて、一般の人が見たら何やら奇怪な暗号のように見えるかもしれないが、隼人にとって、それは深遠な世界の(ことわり)以外の何物でもなかった。



***



 チャイムと同時に、すらっとした眼鏡の男教師が教室に入ってくる。

その鋭く細い眼光でぐるっと教室を見回した。


「今日は球対称ポテンシャル中のシュレディンガー方程式について授業する」


前置きもなくそう呟くと、板書を始めた。

この藤田(ふじた)(とおる)という男は、いかにも「無駄」と付くものを嫌うような男だ。

話す言葉も必要最小限で、電子黒板に写される記述も、非常に簡潔なのだ。

このような雰囲気をまとっているからか、一部の生徒には怖い先生という印象を持たれているようだが、その説明のシンプルさに、隼人はいつも胸が躍る。


(この人はすごく賢いんだろう)


そう思ったのは藤田の書いた教科書を読んだときだった。

非常に簡潔な論理で、重要な結果を導いている。

何が本質なのかが分かる、そんな記述だった。


 藤田はある数式を書き終えると同時に質問をした。


「ではこの方程式を解くにはどうアプローチしたら良いか。そうだな、赤羽、どうだ?」


生徒が2年生になる頃には、教師は誰がどれくらいできるかについては大体把握している。

特にこの藤田通という教師は、当てた生徒が口ごもっている時間がもったいないと考えているので、答えられそうな生徒にしか当てない。

ただ同じ生徒にばかり当てると不公平だということもあって、形式的にではあるがまんべんなく当てる。

簡単な質問の場合や既に習ったことの復習であれば、たとえ通常は大学2年生で習う内容を高校2年の後期にやったとしても、この学校に通う生徒の多くは答えることができた。


 しかしまだ習っていないことや、教科書に書かれていないような発展的な内容についてもすぐさま答えることができたのは、赤羽隼人を除いて天音(あまね)(しずく)ぐらいしかいなかった。

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