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たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
第4章 修学旅行
28/31

27話 出発のバス

以前は「郊外へは自由に出入りできる」ような表現になっていましたが、設定を変更して「郊外へは許可がないと出られない」としました。これに伴って、7話の「社会の成り立ち」における表現にも修正があります。


その話を除けば、今回の設定によって話が大きく変わることはないと思います。

何かあれば、ご指摘いただけると嬉しいです!

 日ノ谷高校の修学旅行は2年生の2月末に行われる。

3年生からは大学受験に向けて集中できるように、部活や行事は基本的に2年生までということになっているのだ。


「先輩たちが修学旅行に行っている間、さながその分、鍛錬を積みますから!」


紗那はやる気に満ちた顔でそう言うと、桜は微笑んだ。

それから皆の方に向き直ると、夕飯を食べていくかを聞いたが、聖也と紗那は家に用意されているからと帰ることにした。

桜は少し残念そうな表情を浮かべたが、また修学旅行が終わったらみっちり鍛えるからねと伝えると、2人を見送った。


 その日の夜も、隼人と雫は同じ部屋で寝る準備をしていた。

この状況は流石の隼人も慣れ始めていたが、今日だけは以前のような緊張があった。

それは帰り際、紗那と聖也にこっそり言われた言葉に原因がある。


 修学旅行の4泊5日の内、3日目の夜は自由行動の時間が設けられている。

部活やクラスの友達と夜ごはんを食べたり、散策したりが大半だが、そういったグループに混ざらない人たちがいて、そういう人たちは2人の「甘い」ひと時を楽しんでいるのだ。

だから、自由行動の時間に一緒に出掛けようと誘われた時に断る人は、彼氏彼女がいるのだろうと勘繰られる。

あるいは、この自由時間に想いを打ち明けるというのも少なくない。

高校のイベントでしかも夜に、となるとどうも特別な感じがあるようだ。


 隼人はその3日目に、雫に自分の想いを伝えるんだぞ、と2人から、ほとんど脅しのように言われたのだ。

隼人にはなぜそこまでして告白をさせたがるのか不思議だったが、ずっとこのままでいるのは意気地がないようにも思っていた。

紗那は自分の告白を――もはや自虐のように――引き合いに出して迫った。

当然、紗那も聖也も成功する確信があるのだ。

しかし、隼人自身は雫が自分に好意があるなど、少しも思ったことがない。


 そんなやりとりを思い出すと、今すぐそばにいる雫の白い肌や輪郭が、いつにも増して(なま)めかしく、繊細な芸術作品のように感じられる。


「雫は、修学旅行楽しみにしてる?」


「日光は初めてだし、楽しみよ。東照宮なんかは前から興味あったから」


「そうなの?なんで?」


「東照宮の逆さ柱って知ってる?あれは魔除けの意味があるらしいんだけど、完全なものは後は崩れ去るのみだから、敢えて不完全にしたそうよ。なんかそれって対称性の破れみたいじゃない?」


「結局物理か」


隼人は笑いながら聞いていた。

それから雫が好きなのは物理の話であって、隼人自身ではないという考えを再確認させた。


 消灯と共に、いつもと変わらず眠りに落ちた。



***



 当日の朝は集合が早かったため、隼人はいつもの朝のトレーニングはせずに学校に向かった。

雫は、桜の家が高校から遠いこともあって、修学旅行前日に自分の家に帰っていた。

修学旅行に持っていく物も少なくはないから、そういった準備のことも考慮したのだ。


 隼人が着く頃には、クラス毎に校庭に列を作り始めていた。

そしてそれぞれの学級委員が、名簿を片手に誰が来ているのかを確認している。


「おはよう、赤羽君」


学級委員の安田(やすだ)雄介(ゆうすけ)は、名簿の「赤羽隼人」と書かれた欄に丸印を付けながら隼人に声をかけてきた。

それから「ちょっと」と手招きした。


「頑張ってね。応援しているよ!」


雄介はひっそりと囁いた。

隼人には何のことだか分からなかった。


「え?何のこと?」


「3日目の夜のことだよ。黒崎君から聞いたんだけど……」


 雄介によると、聖也はクラスのみんなに、陰で「告白計画」のことを伝えていたのだった。

隼人が3日目に雫に告白するらしいから、それを邪魔しないように、ということらしい。


(聖也のやろうめ……)


これでは隼人も告白しない訳にはいかない流れである。

隼人はつくづく、聖也はそういった戦略、特に情報のやり取りが上手いと思った。

家族が襲撃された時も、クラスのみんなを説得してくれたのだが、これは聖也の情報の広め方や見せ方の秀逸さのおかげである。


「赤羽君と天音さんはお似合いだなって、僕も見てて思うよ」


丸い眼鏡の向こうの目には、優しい笑みが浮かんでいる。


 雄介は学級委員長だけでなく、生徒会の書記もこなす、いわゆる「真面目君」なのだが、規則に縛られるだけの堅苦しい、そういう類の人間ではない。

非常に滑らかな雰囲気がある。

清潔感があり、顔立ちも整った好青年。

「誠実」という言葉の方が適切かもしれない。

クラスのリーダー的存在であるが、全く強引でない。

にも関わらず、やっすーが言うなら、と自然と人が付いてくる。

それは雄介がクラスの様子をよく観察し、それぞれの生徒の個性を把握していることがひとつの理由である。

合唱祭や体育祭、文化祭のようなクラスで団結するような行事では、その真価を発揮してスムーズに物事が運ぶ。

当然、クラスのみんなからの人望も厚い。


 雄介は人をからかう時でも柔らかな雰囲気を(まと)っていて、あまりからかわれているように感じさせる。


「やっすーまで、止めてくれよ」


隼人は苦笑いした。

そうは言いつつも、雄介とのやり取りで、どことなく3日目の夜に自分の気持ちを打ち明けるのだろうという気が隼人に宿った。

本当に雄介の言葉には、何か魔物でも潜んでいるのではないかと思えて来る。


 校長の挨拶が終わると、校庭に到着していたバスにぞろぞろと乗り始めた。

隼人もバスに乗り込むと、予め決まっている自分の席に向かった。

いつもと違い、今日はみんな私服だったため、新鮮な気分である。


 聖也を見付けるのは苦労しなかった。

そこまで派手な色ではないものの、金髪はやはり目立った。

隼人はいたずらっ子の顔をした聖也の隣の席に座る。


「おはよーう、隼人ぉー」


わざと変な抑揚をつけている。


「3日目の夜、楽しみだなー。何しようかなー?な?」


動揺を見せてはいけない、そういう意識を持ったまま


「そうだなー」


と、どうにか誤魔化す。

隼人の席の様子は、真ん中の通路を挟んで斜め後方の席の雫から良く見える位置にある。

ここで挙動不審になる訳にはいかないのだ。


 バスが出発すると、担任からの形式的な挨拶があった。

それから今度は雄介に代わって、今日一日の予定や注意をざっと説明した。

このクラスの担任の役目はほとんど雄介が行っているに等しい。


 雄介の説明を聞きながら、隼人は手元の端末でアップロードされている修学旅行のしおりを見た。

一日の行動スケジュールが時間と共に掲載されていて、行程の内容の部分に触れると、詳細が表示されるようになっている。

画面をスクロールすると、地図のページがある。

その地図の部分も触れると詳細が見られて、中には短い動画が流れるものもあった。


 その中でひとつ気になったものがある。

4日目に「郊外見学」というものがあるのだ。


「なぁ、聖也。この『郊外見学』って、本当に郊外に行くんだっけ?」


「そうらしいぜ。もちろん、普通は郊外に出るには特別な許可が必要なんだけど、俺らの高校は毎年郊外見学に行くことになっているから、政府から許可も出てるんだって。まぁ戦争の歴史について学ぶってことが目的らしいけどな」


 修学旅行先である日光は、現在王政が統治できる土地と郊外の境界近くにあった。

第3次世界大戦前の関東の高校の場合、修学旅行地として京都や奈良、大阪が多かったらしいが、現在の主流は、日光や箱根、伊豆などになっていた。

かつての美しい寺社や風景が、現在どのような姿になっているか知っている者は少ない。

第3次世界大戦において、人工衛星の類は残骸と化し、既に大気圏に呑まれ消滅していた。

現在の王政も関東圏内の統治に徹しているため、ほとんど郊外の情報を必要としていないようである。

人工衛星のようなものを打ち上げることもなく、地図の作成は飛行ドローンの記録で行われていた。


 あっという間に窓の外は都心の無機質な建物から山々の緑に変わっていた。

空が広く、浮かぶ雲は伸び伸びとしている。

ドローンやロボットの数も、日光に向かうに連れて少なくなっている。

戦後にインフラの整備が行われたこと、そしてほどんどの人口が都心に集中していたことで、日光までの道は全く混雑しておらず、バスのスピードもだいぶ速かった。


「もうすぐ到着なので、降りる準備をしといてね」


雄介が全体にアナウンスする。

それから5分も経たない内に旅館に着いた。

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