1話 悪夢
初めての投稿です。
以前からディストピア的な世界観を妄想するのが好きだったのですが、とうとう妄想が暴走して眠れなくなったので、小説という形にしてみました。
「くそっ、なんでだよ……。どうして……。返せ……返せよ……***を……」
既に日は沈み、雨が少年に容赦なく降り注ぐ。
この時期の大粒の雨は冷たいのに、鼓動と呼吸は熱く感じられる。
ぬかるんだ道に倒れたまま、少年の意識は遠のいていく……。
***
目を開けると見慣れた天井があった。
まだぼやっとしている頭を働かせようとしても、底知れぬ脱力感に抵抗はできなかった。
カーテンの隙間から差し込む朝日が隼人の顔を撫でた。
――ふと、自分の頬に涙の乾いた跡があるのに気付く。
そして布団の中は汗の湿気が立ち込めている。
(そうか、また悪い夢でも見ていたんだな)
隼人はもともと朝が苦手だったが、今日は悪夢のせいでいつもの倦怠感に、嫌な疲労感が体に残る。
しばらくベッドから起き上がることができなかったが、それでも、このまま何もしない訳にはいかないので、体を起こして洗面所へと向かう。
鏡の中の自分はやつれていた。
心なしか、目の下にもうっすらと隈もある。
冷たい水で顔を洗うと、気持ちがすっきりしたように誤魔化す。
いつもと同じ足取りを心掛けて1階へ降りると、父も母も既に起きていた。
母は台所で食器を洗っている。
父は朝食を食べ終えて、カジュアルな恰好で――この姿で仕事に行くのだ――コーヒーを飲んでいる。
ふあーと隼人はあくびをしながらリビングに入っていった。
母の真澄は作業をしばし中段して、隼人の顔を見た。
「隼人、あまり眠れなかったの?」
「まぁねー。大丈夫だよ。ちょっと変な夢見ただけ」
隼人は心配性な母に色々と問い詰められことが好きではなかった。
「それよりも母さん、コーヒー」
そう聞くや真澄はコーヒー入りのポットを持ってきて、テーブルの上に準備してあったカップに注ぎ始める。
「どんな夢だったの?」
「はっきり覚えてないんだけど、何かを『返せ』って言ってて、なぜか分からないけど、すごく悲しい気がした」
一瞬の沈黙の後、真澄はコーヒーをこぼしていることに気付く。
母がそんなことをするのは珍しかった。
「母さんこそ大丈夫?ぼーっとして」
隼人はコーヒーを拭くのを手伝いながら、真澄の表情を伺った。
隼人はいつも朝食を食べない。
これはダイエットとかではなく、むしろ食べられないに近い。
基本的にコーヒーを飲むだけか、食べるとしてもちょっとした果物である。
<MiKO>が提唱する健康的な食事は1日3食が適切らしいのだが、どうも朝食を食べる気にはなれなかった。
今の時代、多くの人がそのほとんどの選択や判断を<MiKO>の機能を利用した結果に委ねている。
服装や医療的なもの、食事の内容、場合によっては職業までも、それに従うのだ。
そしてそれは確かに多くの人々を幸福にしていたし、実際に経済成長や病気の減少という結果にも表れていた。
しかし隼人は疑問に思ったことには、しっかり思考を巡らす。
むしろ「考える」という行為そのもが好きだった。
考えることを大切にする習慣は、物理学者である父、彰によるところも大きかった。
「じゃあ、行ってくる。隼人、しっかり生活リズムを整えないと、勉強も捗らんぞ。それとこの前話していた量子力学のことなんだが……」
彰はいつも隼人に助言をする。
というよりも助言がしたいのだ。
彰が頭の良い人物であることは隼人も認めていた。
しかしその知識や頭の回転の良さを――おそらく無意識に――ひけらかそうとする嫌いがある。
「あぁ、勉強ならできてるから大丈夫だって!」
隼人は手を自分の顔の前まで挙げて父の言葉を遮った。
「それよりも早く研究所行かないと!」
父に早く仕事に行くように促した。
彰は生意気になった息子をどこか責めるような、それでいてどこか嬉しいような笑みを浮かべながらドアを閉めた。
「それじゃ、今度こそ行ってくる」
(全く、いつもああやって自分はすごいんだという顔をしやがる……)
隼人は心の中で彰をなじりつつも、やはりどこか憎めない。
むしろ優秀な物理学者としての尊敬の念があった。
少し冷めたコーヒーをすすっていると、真澄も食器を洗い終え、仕事に行く準備をしているところであった。
手際よく荷物をまとめると、あっという間に玄関に向かった。
「それじゃ、隼人、戸締りをしっかりしていくんだよ。それと夢は夢。あまり気にしないのよ」
そう言って家を出た母には、どこか不安な表情が浮かんでいた。
両親が出発した後の家はしんと静まり返っていた。
この赤羽家の何の変哲もない日常は隼人にはとても心地よく染み付いている。
ただ、いつものように仕事や学校に向かう家族。
特別に贅沢な暮らしでもなく、ただそれぞれがやるべきこと、やりたいことをやれる環境がある。
それだけで隼人は十分に恵まれた人間であると思っていた。
コーヒーを飲み干してから2階に戻ると、自分の部屋には向かわなかった。
2階には自分の部屋の他に、広めの部屋がもうひとつあり、そこは物置きと化している。
大体は物理学の専門書やら論文やらを積みあげたものや、もう使わなくなった家具などでいっぱいで、足場も見つからないほど散らかっていた。
その山の中から、表紙に「Akira Akabane」と書かれている論文を取り上げる。
それからパラパラとめくって目を通すが、隼人には全く理解できない。
英語を読むのにはある程度慣れていたが、その内容を理解するにはまだまだ勉強が足りなかった。
隼人が物理に熱中したのも物理学者である彰の影響が大きいが、もともと宇宙や自然に興味があった。
小さい頃はよく博物館や科学館にも通っていた。
それからいつだったか隼人自身も覚えていないが、そういった宇宙や自然を理解するものが物理学であると知る。
隼人が初めてそれを聞いたとき、人間という小さな生命体がこの世界や宇宙の真理を、論理と数式で解明できることにひどく感銘を受けた。
それは隼人が人生の主軸に物理を置くのには、十分なきっかけだった。
(いずれは父さんと対等に議論できるようになりたいな……)
自分が物理学に興味があると父に言ったとき、彰はすごく驚きつつも嬉しそうだった。
彰自ら、隼人に「物理をやれ」と言うようなことはなかったし、むしろ息子には好きなこと、好きな道を歩んでほしいと願っていたのだが、結果として彰自身と同じく物理学の道を歩むことに決めたのだ。
そして隼人は、本気で父と物理の議論をすることが目標のひとつにもなっていた。
(――あっ、まずい!)
ふと時計を見たとき、自分が遅刻しそうなことに気付き、急いで準備を始めた。
――そして今日、その目標が儚くも永遠に失われることになる……
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