表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ世界が壊れても  作者: 霧島 奏
第3章 神の設計図を書き変える能力
18/31

17話 訓練の前に

第3章突入です!

ここからだんだん物理の話題が増えていきます。こういった物理の話は、この小説のひとつの特徴ですので、できるだけ質を落とさず、それでも読者の皆さんに伝わるように書きたいと思います!

 隼人は帰り――もちろん桜の家に帰るのだが――の電車の中で、雫の話を思い返していた。

この王政の謎を暴き、それを壊して新たな日本を創る。

それだけ大きなことをするには準備が必要だ。


 雫と話し合って決めたのは、まず改変の力を十分に使えるようになること。

これは桜との話にもあったが、訓練次第ではその精度を上げることができる。

王政を倒したいという隼人の漠然とした望みが、雫と話したことで、少しではあるが現実味を帯びてきた。

そのことがさらに、改変の力を早く使いこなせるようになりたいという想いを強くさせた。


 最初は自分の家族を恣意的な理由で殺された恨みが強かった。

自分の家族を奪った王に復讐したい、そう願った。

しかし隼人は今日、改めて大切な友人や仲間の存在に気付かされた。

事件の後、自分は<魔女>の子というレッテルを貼られたまま過ごすことを覚悟していた。

孤独に生きるのだと。

ところが、聖也や紗那のような、今までと変わらずに接してくれる人たちがいる。

彼らを偽りの王政から解放したいという想いの方が強くなっていた。


 隼人が電車を降りる頃には、混雑していた電車はだいぶ()いていて、1つの車両に数人しかいなかった。

駅を出ると、都会の灯りと比べれば、ないに等しいほどのぽつんとした街灯がひっそりと並んでいる。

想像以上の暗さに隼人は少しぞっとした。


(そうか……前ここに来たときはまだ日が沈む前だったからな)


桜の家が都心部から離れていることを改めて実感した。

そしてその先にある郊外というのは、ここよりももっと暗く、荒廃しているのだと思うと、確かにそんな場所で生きていくのは無謀に思えた。


 隼人は桜の家の鍵をガチャリと開けた。

まだ生体認証でない家に入るのは慣れない。

家に入ると夕食のいい匂いがする。

隼人は友人と話して来るから帰りが遅くなると連絡をしていたので、桜は遅めに夕食の準備をした。


「ただいまー」


「おかえり。遅かったわねぇ。もしかして、彼女ー?」


隼人にとって事件後の祖母は、家族を亡くした不安もあってとても優しく温かい人物に思えていた。

ところが数日を経てかつての親しさを取り戻すと、元々の性格が露見し始めた。

事あるごとに彼女はできないのかだの、昔の自分はすごくモテただの、隼人をからかう。


「はっ?そ、そんなんじゃないし!」


雫の匂い、そして柔らかい手の感触が蘇る。


「その焦る様子が怪しいんだけど。まぁそのあたりは隼人の自由よ。私は干渉しないわ」


「いやだからそういうのじゃないって」


 隼人は別の話で誤魔化そうと考えた。


「――あのさ、おばあちゃんの家は監視対策してるの?」


隼人は桜の家で既に<創造者の血を引き継ぐ者>の話を聞いている。

しかし監視ドローンに襲われることはなかった。

ということは、桜も雫と同様に<創造者の血を引き継ぐ者>を隠す技術を使っているはずなのだ。


「それは当然よ。この社会で私たちが生き抜くために、最低下限身に付けておくべきものよ」


(やっぱりそうだよな……)


「まさか、隼人そんなことも分からなかったの?」


桜はわざと大げさに驚いて見せた。

隼人はむっとしたが、もう少し<創造者の血を引き継ぐ者>の自覚を持つべきだと反省した。


「ただこの辺りは見ても分かるように、都心に比べれば監視の目は少ない。もちろん注意するに越したことはないけど」


 隼人が風呂に浸かると今日一日の疲れがどんどん消えていくようだった。

疲れと言っても、身体の疲労が溜まっていたわけではない。

学校へ行くときの不安や、雫の話を聞いている間の緊張というものが一気にほぐれる、そんな感覚である。


(今日はだいぶ濃い日を過ごしたな……)


 風呂から上がった隼人は、忘れていた空腹に急に襲われたように夕食にありついた。

そして腹が満たされると、雫と交わした話の内容を桜に伝えた。

桜は全く驚くそぶりを見せなかったが、宮松家が<創造者の血を引き継ぐ者>であるという、自分の悪い予想が当たってしまったことが分かったときには表情を曇らせた。


「それでおばあちゃん。改変の力の訓練なんだけど、いつから始めるの?」


隼人は焦る気持ちが抑えられなかった。

1日でも早く、改変の力が使いこなせるようになりたいと。


「そうね……訓練もそうだけど、まずはこの力について知る必要があるわ。もちろん、この力がどんな原理に基づいているのかは分からない。でも経験上ある程度の制約や法則があると思うの。だから最初はそれについて教えるわ。訓練はその後ね」


「制限……?」


「例えば、これは前にも話したけど、操作できる規模には限界がある。他には時間を巻き戻すことはできないみたいね……。正直こういうのはやってみるしかないわね。前に隼人も実感したと思うけど、この力を発動させようとしたときに、直感的にそれが可能か否かが分かるから、色々と試してみるしかないの」


「ならもう早速訓練を開始した方がいいんじゃない?」


「まぁその点に関してはそうね。ただ、さっきも言ったように法則もあるわ。『法則』と言えるほど分かっている訳ではないんだけど、同じ現象を起こすのでもできる場合とそうでない場合があるわ」


そう言いながら桜は紙とペンを持ってきた。


「例えば隼人がこの前やった物体を重くするというものを考えてみましょう」


そう言いながら、桜は2つの数式をすらすらと紙に書き始めた。


挿絵(By みてみん)


「こっちが地表付近での重力の式で、もうひとつが万有引力の式。この前隼人はこの地表付近の重力の式で質量を2倍にしたよね?今度はこっちの万有引力の式で考える。こっちの場合、ペンの質量を2倍にする以外に地球の質量を2倍にしてもペンに働く力の大きさは2倍になる。けれど地球の質量を大きくするのは規模が大きくてほぼ不可能よ」


「つまり、改変の度合いが小さいように工夫する必要があるんだね?」


「ええ、そうよ。まぁプログラミングみたいなものね。同じ計算させるにも、コードの書き方次第では容量が少なくて済む」


「でもどれくらいの改変が『小規模』な改変なのか分からないな。これもやっぱり発動させようと思ったときの感覚?」


「これに関してもその通りね。質量を変えるがいいか、はたまた物理定数を変えるがいいか。でもこれは感覚的に定着させていくしかない。でも隼人は物理をよく勉強している。それは大きなアドバンテージだわ」


 改変の力はまさしく「この世界の設計図を書き換える」イメージそのものだった。

この能力の使い手は別の物理を知らなくても扱うことができる。

しかし桜の言うように、その効力が発動されるかどうかは、その規模に依存する。

そういう意味で言えば、物理法則について多くを知っていれば効率的に大きな効果を発揮することができるということになる。


「じゃあ今まで学んできた物理は無駄にならないんだね……」


物理法則を改変できる能力は、今までの自分の努力を否定するものだと思っていた隼人には救いの言葉だった。


「むしろ訓練のひとつは物理をしっかり勉強することよ。この改変の力のことは分からないことが多いわ。でも物理についてなら先人たちの知恵がある。それをしっかり学んでいくことが、その能力を使いこなすことにもつながるのよ」


「物理の勉強なら言われなくてもやるよ!それで、学んだものをどう改変できるか自分なりに考察もすればいいだよね?だから後は、実践的な訓練だね。これはいつやるの?」


 隼人はまた好奇心旺盛な子どものように張り切り出していた。

物理を学んでそれをできるだけ効率的に変化させる方法を自分で考えるというのは、隼人にとって非常に胸躍るものである。


「今日はもう遅いから、明日からだね。まずは監視対策しないと、そもそも訓練できないから、その訓練から始めようか」


 この日、隼人はあまり眠れなかった。

最終的な目的は王政を倒すことだと分かってはいるが、それでも物理を学び、それを操る毎日を想像しただけでうずうずしてしまい、目が冴えてしまう。

それでも布団の入ってからしばらくすると、ぐっすりと心地よい眠りに落ちたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ