9話 悪夢の意味
あの悪夢の意味が遂に……
桜は慣れた手つきで急須からお茶を注いだ。
隼人はその茶飲みに触れて温度を確かめると、そのまま手を離した。
「そんなに熱かったかい?」
桜は美味しそうにお茶をすすった。
桜の家は、郊外近くの閑散とした場所にあった。
現在では珍しい瓦屋根の家は、木造の柔らかな温かみがあった。
「おばあちゃんは、この家に1人で住んでいて怖くないの?」
隼人が心配したのは防犯であった。
今の時代、生体認証がない家など考えられない。
いくら<MiKO>が発展しているからと言って、犯罪が全くない訳ではなかった。
都市から離れた土地なら、なおさらである。
「私はあの戦争を生き抜いたんだよ?腕には自信があるさ」
そう言って腕を叩いて見せた。
快活な人間である。
母の真澄とは全く対照的な快活さを持っていた。
「それで、聞きたいことは何だい?」
隼人は両親との最後の会話を思い出していた。
遂に聞くことができなかった悪夢と自分の頭の傷跡のことが気になっていた。
「あの事件が起きる直前、父さんは俺の家の2階の部屋の話をしたんだ。物置きになってる部屋の。それが悪夢とか傷跡に関係あるの?」
「あの部屋はねぇ……」
桜は意識してゆっくりと話し始めた。
「隼人、お前の家は3人で住むには広すぎると思わなかったかい?」
隼人は一瞬、呼吸が止まった。
祖母の言葉はまさしく、他にも家族がいるかのような口ぶりである。
「え……それって……」
「……そう。お前にはね、妹がいたんだ。あの2階の部屋はお前の妹、柑奈の部屋だったんだ」
耳鳴りがした。
記憶が波のように蘇る。
(あの夢は……そうだ、あの夢はあの時の……)
隼人は夢の内容がはっきり思い出せた。
***
それは隼人が小学1年生の梅雨の出来事だった。
妹の柑奈が<神託>により、監視ロボットに連れ去られたのだ。
神託に逆らうことは許されない。
しかし隼人はそれを必死に追いかけた。
(柑奈が何をしたって言うんだ……)
別の監視ロボットが隼人の動きを阻止した。
そのときに頭を棒のような武器で殴られたのである。
隼人はその場に倒れた。
意識がだんだん消失する中、自分の無力さを嘆いた。
「くそっ、なんでだよ……。どうして……。返せよ俺の……俺の柑奈を……」
既に日は沈み、雨が少年に容赦なく降り注ぐ。
この時期の大粒の雨は冷たいのに、鼓動と呼吸は熱く感じられる。
ぬかるんだ道に倒れたまま、地面を力なく叩くことしかできなかった。
殴られた衝撃と逃避願望が重なって、隼人の頭から妹に関する記憶が抜け落ちた。
両親はそれに気付き、妹に関わるものを全て処分したのだ。
***
隼人は目が熱くなるのを感じた。
そして震える声で聞いた。
「柑奈はその後どうなったの……?」
「死んだよ……。殺されたんだ」
予想はしていたが、その事実はいくら心の準備をしていても、受け入れられるものではなかった。
「隼人も、あの事件で分かっただろう?<神託>とはそういうものなんだ。『処分せよ』という事実は、何があっても遂行される」
両親の死、妹の死、次々と家族を失った隼人は、神託というものがどれほど恐ろしいものなのかを思い知った。
それと同時に、なぜ魔女でもない家族が殺されなければならなかったのか、隼人には疑問だった。
隼人は憤りを感じた。
「父さんも母さんも、それに柑奈……。何か悪いことをしたっていうの?どうしてなの?説明してよ!」
桜は何も言わず、怒りに燃える隼人の目をただじっと見ていた。
それが、何もできなかった、何も知らなかった隼人自身に対する怒りでもあることを、桜は分かっていた。
少しの沈黙の後、隼人は丁度よい温度になったお茶を一口飲んだ。
「……ごめん」
当たってしまった自分の態度を謝った。
「俺、これからどうしたら……」
隼人はこの先、自分がどう人生を歩んでいくのか、全く想像ができなかった。
というより、もう嫌になっていた。
一生、この自分の家族を殺した社会の中で生きていくなど、無理だった。
「隼人はどうしたいの?」
「今のこの社会を変えたい。<神託>なんてものに支配されているこの日本を……。でもそんなことできるはずがないよ……。母さんだって救えなかったんだ……。それどころか、この手で……」
母の首を絞めた感覚が蘇る。
桜は隼人の隣に座り、震える手をぎゅっと握った。
「隼人……。この日本を変える覚悟はある?」
隼人はゆっくり顔を上げた。
まっすぐとした瞳が隼人を見ている。
「もし、日本を変えることのできる可能性が少しでもあるなら、政府と戦う気はある?」
「それって、どういう……」
「いいから答えてちょうだい!命を賭してでも戦う覚悟はある?」
隼人は手に込められている桜の力強さに驚いた。
そして隼人は何も言わずに頷いた。
「分かったわ……。その覚悟、信じるわよ」
そう言うと、もともと座っていた席に戻った。
一呼吸おいて話始めた。
「今から話すことは、全て事実よ。心して聞いてちょうだい」