愛
全部。私の見ていた夢なんだと思う。
一人閉じこもり、心がとどまらない。
そもそも、私に「心」とか「魂」なんてあるのかすらわからない。
そもそも、世界とか化身とか人間とか、存在したのかもわからない。
きっと、私は寂しかったのだ。
だから変な夢をみた。
私が証明できるのは「私」だけ。
寂しくて夢をみた私か、寂しくて人間になってみた私か。
ここで、こうしているのだから、きっとどっちかはあるはずだ。
私がはじめて「私」としてあったその時のまま。
ただただ何も変わらず、あるがまま。
誰かが私を「神」と呼んだけど、その意味を私は知らない。
誰かが私を「時の化身」と呼んだけど、その意味も私にはわからない。
私はある時「ナナ」と名乗った気がするが。
たいした意味なんて、そこにはなかった。
でも、そう呼んでもらえるのは嬉しかった気がする。
きっと、呼び方なんてどうでもよくて、ただ、私は触れたかったのだ。
そんな私が、思い描いた。ただの夢――。
もういいや。と思ってしまった。
意味も、目的も、見失っていいくらい経った気がする。
人の私では全てがわからなかったように、猫の私では、葉っぱの私では、雫の私では、もう保てなくなっていた。
たった一つの想いすら。
だから夢だという事にしよう。
大事に。大事に。握りしめてきたコレを、そろそろ手放して世界に返してあげる時が来た。
そんな夢を見ていた。
でも、もうちょっとだけ続けてみよう。
もしかしたら、もしかするかもしれないじゃないか。
――その繰り返し。
何度も。
何度も。
何度も。
「私と出会ったことまで、うやむやにする気か?」
「えっ……?」
懐かしい音がした。
何度もくり返し、思い返し、やがて幻になったあの人の声。
そうだ、こんな声をしていた。
「幻聴扱いでも構わんが、私はここにいるぞ?」
私の頭を誰かが撫でた。
とても、懐かしい感覚だ。
でも、私に頭部なんて部位があったのは遥か昔の話なはず。
「嘘だ……」
「嘘だ、幻だ、と言われてもな……私にもわからんが、なら今ここにいる私はなんだと言うんだ?」
きっと、おかしくなったのだ。
こんなことがあればいいなって、いっぱい馬鹿みたいに願っていたから。
「別にそれでも構わんぞ?お前が夢見た「理想の相手」が私ということだ!……ずいぶんと懐いたものだな。ナナ」
額に、柔らかいものが当たった。
私の大好きな唇の感触が。
「そろそろ目を開けろお姫様。お前が私をかき集めたのだろう?」
目を開けるのが怖かった。
誰もいなかったらどうしよう。そんな夢を何度も見た気がする。
開かなかったらどうしよう、彼女が存在するか確認できない。
諦め、手放してしまっていたら、どうしよう。
何度も何度も手放しかけた……それでも、私は目を開くのを我慢できなかった。
目を開くと、目が開いた。
私はいつからか、見ることができる体を持っていたらしい。
だとしたら、声が聞こえる耳を持っていたっておかしくはない。
撫でられる頭も。
キスされるおでこだって。
「またせたな」
「……奇跡?」
目の前には、タチが居た。
あの時となんにも変わらない、愛しい人が。
「かもしれんな!なにせナナは元神だしな。しかしそんなことはどうでも良い。――今までよく耐え忍んだぞ。私への愛だけで」
よく見ると、ココは青空の下だった。
生い茂る緑の絨毯の上。ひどく美しいあの人はお別れする前の姿、私は出会った最初の体でココにいた。
なんでか二人とも、裸のまま。
まるで、今、生まれ落ちたかのように。
「信じられんのも無理はない。だがな、私がお前の中の幻だったとしても何の不都合はない」
そう言うとタチは両手を広げ、私を抱きしめた。
「この感覚が、再び味わえるならな」
「タチ……!タチ…!!!」
私も全力で抱きしめ返した。
タチの体を感じる。温かさも、湿り気も、骨も、筋肉も、呼吸も、匂いも。
返る間隔で、自分の体も感じ取る、骨も、肉も、皮膚も、ある事を。
抱きしめられているという事を。
「ハッハッハ!愛しいな!愛しいなぁ!心配するな、もう死なん」
「絶対に離さない!!!」
全力で、殺すつもりで、抱きしめる。
幻でも、本物でも、なんでもいい。もう絶対に離さない。
「ナナ。ナナ。そんなに力を込めたら、お前の体が心配だ」
「ヤダ!ヤダーーーー!!!」
私の顔を見ようと、距離を作りたがるタチと、決して離すもんかと、抱きしめ続ける私。
いいから黙って私の涙で、ぐちゃぐちゃに濡れててよ!
「本気を出せば、ナナを引っぺがすなんて簡単なんだぞ」
「知ってる……!知ってるよ!知ってるもん!」
知ってるし!知ってるし!知ってるし!
脳みそがぐちゃぐちゃなので、馬鹿みたいに言葉を繰り返してしまう。
「ナナ。ナナ。キスがしたい。少し緩めろ」
「ヤダ!」
抱き寄せて、抱きしめて、絞り上げる。
タチの骨も、肉も、私はずっと感じていたい。
もう勝手に死なせない。私が殺してやる。絶対に死なせないからな!
「ハッハッハ!愛しいな!いいのか?無理やり引きはがすことになるぞ?」
「私のタチはそんなことしない!」
って言った矢先に、両腕を引っぺがされて、キスをされた。
もちろん、いつもの、濃いめのキスを。
いいさ。
いいさ!
キスで繋がろうってんなら、今度はこのまま一生、死ぬまで繋がってやる。
逃がすもんか、離すもんか。
覚悟しろよ!!!
今度こそ、仕留めてやる。
いっぱい抱きしめて、いっぱい舌を絡めて、いっぱい唾液を吸い尽くして。
「――ぷっは!!!離すにしたって早すぎるよ!!!タチのバカ!まだ!もう一回!!!」
「窒息しそうになっておいて、何を言ってる。――この私だぞ?ご褒美をキスだけで終わらせると思うのか?それに……」
タチが私以外に視線を向けちゃう。
許せない、むかつく、腹が立つ。
こっち見ろ!
私は瞬きするのだって怖いんだぞ!
その一瞬であんたが居なくなっちゃわないかって泣きそうなんだぞ!!!
けど、でも、タチがよそ見をした理由はわかった。
いつの間にか、私たちは懐かしい「祝福」に取り囲まれていた。
それも結構な数の。
よくよく見ると、一見昔と変わらない青空だが、朝?なのに星が輝いていた。
生い茂ってる草も、茶色の地面上じゃなく、真っ白で平らな床を突き破って生えている。
あれから、何年たったのだろう?
「まぁいい。どうなっているのは後で確かめるとして、今はナナを確かめんとな」
そう言うと、私のふとももと開き、体を押し重ねるタチ。
うん。
うん?
嬉しいけど。嬉しいけれど。
「まって!まって!……ここでするの?」
祝福ちゃん達が、思いっきりこっちを見ている。遠くの方まで合わせると百人以上はいそうだ。
みな一様に虚ろな目をしていて、少し寂しそうに見える。
私達に興味はあるようだけど、警戒してか気味悪がってか、距離はそんなに縮めてこない。
「我慢できん。あと、死ぬ前に言えなかったことも、さっさと言っておきたい」
「タチが?私に言えなかったこと???」
嘘。そんなことあるの?あのタチが言い出せなかったこと?
「いやな。正直、長生きする気も、子を残すつもりも当然なかったのだが……自分がもう死ぬと知ると、少し考えてしまってな。もし、私が孕めたら……と」
「私との子?」
タチが?そういう可能性を考えたの?
もしかして、引き換えに健康な体を手に入れたことを後悔したり?
「あぁ。どちらにしても、雌×雌なうえ、私もナナも、そもそも能力がないから無意味な思考なんだが……なぜか、口にだせなかった」
小さく、上からのキスを続けながら、会話を続けるタチさん。
うん。ちょっとこの体制でのおしゃべりは、恥ずかしい。
「なぜなのだろうな。自分でもわからんがナナに言えなかった。残りの時間に、少しでも後悔を挟みたくなかったのかもしれん……くだらないことをしてしまった。だから、先に言っておく」
「ヤダ!!!」
「何がだ?」
「嬉しい告白な気はするけど、まるでまたお別れしちゃうみたいでイヤ!」
「そうか……そうだな。すまん。あまり後悔をしたことがないものでな」
人間っぽいこと、思うんだな。タチも。
私の知らなかったタチを知れただけで、頑張ったかいがあるというものである。
いや、絶対に離さないけど。
「それでな、今この状況になって、いい案を思い付いたのだ。――養子だ」
「養子……人間って居るのかな?」
さっきまでは、周りが見えないぐらい近くで、タチ・おぶ・タチのみの世界で生きていたから大丈夫だったけど、周りの状況しっちゃったし、タチとの距離が少しだけ離れてるしで、少し恥ずかしい。
地面に押し倒され、両太ももを抱え上げての裸、キス。
どこかの宿屋、せめて木陰の中なら最高だけど、今は完全見世物状態。
うん。だいぶ恥ずかしい。
「人間はダメだろう」
「じゃあ……まさか動物!?」
ポチ君のことが頭をよぎり、キスする唇を止めてしまう。
人を犬にしたタチならあり得る。犬を養子に向かえいれることも。
「奴らだ」
タチは私の耳と首筋の匂いを嗅ぎながら、そう言った。
「……祝福ちゃん?」
確かに人型だけど。
っていうか、その触り方、懐かしい。
好き。
「なぜ、こうして暇をしている?」
「んっ……仕える人が、居なくなったから……?」
情事がなんとなく始まってしまった。
私だってしたいし、離れるつもりも、離すつもりもない。
なら早かれ遅かれ始まるにきまっている。
恥ずかしくっても、恋人どうしだもん。
きっと周りに居るのが「祝福」じゃなく「人間」だとしたって、止まらなかった。
「そうだ。私達に惹かれたのだ。それが奴らの中にはある」
「あっ……ん……。それは――、私たちが……」
「私達は人間じゃないぞ。――というか、呼び方などどうでもいい」
タチの息遣いが荒くなる。
彼女の中に渦巻く情動が、私には確かに感じ取れた。
私と一緒だって。
「すまん。下らん話はあとだ」
「うん」
私達は二人。
青空の下、真昼間から、まぐわった。
みんなに見られながら。
体があると、触れ合うことができる。
人と人は。
タチの体は、ユニちゃんが保存してくれていた。
でも、私の体はどうやってもどったんだろう?
まるで「奇跡」だ。
そう。神様だから起こせた「奇跡」
もしくは、頑張ったから起きた「奇跡」
どうだっていいや。
いっぱい。いっぱい。触れ合おう。
今まで一人で、寂しかった分。
ずっと。
ただただ、互いを求めあう時間が満ちた。
「ありがとうタチ」
「突然だな。そんなに気持ちよかったか?」
彼女の腕に抱かれながら、心臓の鼓動に耳を澄ます。
そんな単純な感想じゃなくて、色々含めてに決まってるじゃん?
でも、いちいち突っ込まない。
タチも私も、わかっているから。
「――さっきの話の続きをしてよ」
「どうもこうもない。見せつけてやろう。という話だ」
たぶん、日が落ちてるから半日ほどシテたのだろう。色々とひと段落。
私の寂しさが埋まりきったかというと別だけど、体力がもたない。
肉体がある証拠だ。
気づけば観客の距離は縮まり、演者の私達に、毛布と果物を用意してくれていた。
何も発せず。一言もしゃべらないが、じーっと私達を見つめている。
もしかしたら、人間がいなくなってだいぶたつのかもしれない。
なんのために生み出されたのか、わからなくなるほどに。
「えっちを……?」
「当然それもあるが、ちがう」
渡された毛布に、二人で身を包み、肩を寄せる。
この時間に見る夜空は、格別だった。
私の知っている星空の、十倍は星が輝いている。
もし、真っ暗な空だとしても、横にいるのがタチだったら、それはもう素晴らしい景色になるけれど。
それでも、やっぱり。目の前の星空は美しかった。
「誰かを愛する喜びだ!そしたら奴らも欲しくなる。「相手」をな」
「……なるほど、タチらしい」
昔の私だったら、そんなのただの肉欲じゃん!って言ってだろう。
でも、今、この瞬間。この時、タチを感じていられる喜びをしっている。
体が生きてるありがたさも、心が触れ合える温かさも。
「前々から思っていたが。どう考えたって、ナナより私の方が神っぽいだろ?」
「それは……まぁ」
そうだと思うけど、ここまできたら、神でも化身でも悪魔でも大した意味なんてないだろう。
歪んた空の煌めきは、きっとイトラが言っていた乱れた世界の片鱗だ。
そのせいで、星の数も増えているのだろう。
どう考えても、異質な光景。
きっと、この世界はもう長くない。
でも、私にとってその方が都合が良かった。
消える時は、二人一緒が一番いい。
「愛の素晴らしさを伝えるのは、私たちの役目だろう?なにせ私はナナの可愛らしさを誰よりしっているからな!」
「でも、結局やることは見せびらかしエッチでしょ?……いつも通りな気しかしません」
さんざんタチがお披露目してきた、酒場の猥談。その一つと大して変わらないじゃない。
相も変わらず自分勝手な、愛しい人に頬をすり寄せる。
いつでも、どこでも、タチはこうだった。出会った時から、正直で変態で。
こんな状態でも、受け入れ、やりたい事を見つけ出す。
「なにを言う!神がみんなの生みの親なら、私達でこいつら全員の親になろうという、壮大な計画だぞ?世界中を歩き回り、私とナナの愛を見せつけ、感化させる。――「タチナナまぐ愛の神になる」作戦だ!!!」
「……相変わらず、タチは勝手なコト言ってるね」
なんかまた変なコト言い始めたよ、この人。
すごく安心しちゃうじゃん。
たしか、最初は養子の話じゃありませんでしたっけ?
絶対に埋まらないと思っていた寂しさが、タチさんにかかるとドンドン埋め立てられていく。
「くだらない」とか「しょうもない」とか「みだらな」とか、ばっかりでだけど。
振り返るとなぜか、大切な宝物になっている。
「楽しみが増えただろう?」
「うん!」
これが、私の追い求めた人だから。
世界がどうなろうと、誰がどう言おうと、当然。添い遂げるに決まっていた。




