なぜ、どうして、と、言われても。
「どちらにせよ、深い深い水の底に埋もれておるんじゃ。気軽に持ってかれたりはせんよ」
水の化身いわく。みんなの旗印みたいになっている「神殺しの剣」だけど、気軽に拾いに行けちゃうわけじゃないらしい。
言葉として乱用されてはいるが、実物を目にしたものはほとんど居ないそうだ。
神殺し――その響きだけで私は鳥肌が立つんだけれども。
「お前なら水の中も自由自在に動けるだろう?」
タチが、頭巾の中に視線をうつし目を細める。
ズーミちゃんの服をいじくて材質なのか、加工方法なのかを探りながら。
「おどしても無駄じゃよ。わらわだって剣をこっそり移動させようとしたことがあった」
「だめだったの?」
「近寄れてもな、触れることができんかったんじゃ。人々の神への恨みが練りこまれておっての」
なるほど……ズーミちゃんも手を打とうと行動をしたってことは、ただの噂話ってわけではなくて本当に実在はするのか。
化身がさわれないほどの私への恨みで作られた剣――やっぱりいい気はしない。
「やはり、自分でどうにかするしかないか」
タチはあっさりズーミちゃんに詰め寄るのを止め、伸びを一つ。
どうにかしなければならないのは、私の方!!……と口に出そうになるのをグッと我慢。
「あ~!それわらわが買ったのに~!」
ズーミちゃんの手に持ったもちもちお菓子を、タチが勝手に奪い取り一口ほおばった。
やっぱり。誰に対しても、自分勝手な行動は変わらない。
「もちもちとしてうまいな」
やっぱり美味しいんだ……!ずるい!タチだけ!
私の方が昔から求めていて、私の方が欲していて、私の方が愛せるもちもちなのに!
なんでいつも、身勝手な人が全てを手にして得する世界なんだ!ずるいぞ世界!!なんでだ神様!!
「ナナも食べ見ろ」
不意打ちで差し出された魅惑の食べ物。。。今の私の生きる目的――!
なんでそういう事するんだろうか、素直に悪役でいてくれればいいのに、こういうことを……!
ひと串六つのテラリと光るもち玉は残り半分、一口で三つも食べたの…!?他人のもちもちを!?
なんとも罰当たりな所業である。
私なら一玉づつ味わって食べるのに……・美味しそうなもちもち――食べたい!
でも、そもそもこれはズーミちゃんのもちもちだし、タチに譲渡の権利なんてないわけで……つまり、つまり、これは私を地に堕とそうとする邪悪な誘惑であり、甘々な魅惑であり――
きゅるる。
理性で必死に我慢を続ける私のお腹から、恥ずかしい音した。
今朝タチとご飯は頂いて、腹持ちもしている。お腹が減って出た音ではない。
甘いもの対する求愛の鳴き声だ――お腹さんの。
「よいよい。やるよ。哀れな人の子よ」
「うぅ……ありがとう」
私神だけど、、、情けなくてごめんね水の化身。
眷属のすっごい見下した顔も、もちもちに隠れて今は見えない。
これは正統なる譲渡、なにも恥ずかしがることなんてないじゃない!!
……浅ましい気持ちは湧いて出るけど!
「おいしい!!あまい!!もちもちしてる!!」
複雑な感情のまま、口にしたもちもち。
半透明な皮の部分と別に、中に二種類――いや三種類の甘い果肉のようなものが包み込まれている。
もちもちの弾力、触感、甘い甘い三種類の中身……!
恥を忍んで施しを受けて正解だった!美味しい!生きてて良かった!もう死んでもいい!!
どうせ生まれ変わるし!
「追加が欲しければ自腹での。あっちの群青色のでかい旗が[もちもち殺し]の店じゃ」
私のがっつき様をみて、ズーミちゃんが店の場所を教えてくれる。
あなたの目には、私がそんなにも浅ましく映りましたか?呆れを通り越し、慈しみの色を発しております。
幸せな時間はあっという間に過ぎてしまうが、まだ頬張ったほっぺの内側が甘い。
こんなに喜びをくれたのだ、商品名には目をつぶろう。
「ありがとう!買ってくる!」
ズーミちゃんの手を両手で握り込み感謝の気持ちを返す。
もちもち殺し――まだちゃんと味わえた気がしない。
あと二串は食べないと!
タチとズーミをその場に置いて、速足でお店へと向かう。
「……それで?」
「ここではやらんよ。わらわの民に傷がつく」
二人の短いやりとりは、もちもちの事しか頭にない私の耳に届くことはなかった。
* * *
人混みをかき分け目的地へと向かう途中。何かを囲むような人垣が目についた。
「うぉおお!我が亡き妻!我が亡き子供!なぜ奪った!なぜだ!」
どうやら人形劇のようだ。雑多な声を貫き、よく通る演者の声が聞こえる。
「毎日あなたに祈りをささげいた!どうしてなのだ!生かすべきは彼女たちだった!」
劇の途中のほんの一部、それでも誰についての物語か理解できた。
私が楽しむことのできない視座の物語。
お祭りごとには付きものだ。
「……」
お店にたどり着き、もちもち待ちの列にならぶ。
劇を囲む人垣はここからでも見えるが、幸い演者の声は聞こえてこない。
はずだった。
「そして、あなたは落ちていった……唯一のモノ、けっして触れえぬ存在だったのに――」
なぜか、ここまで声が届く。人形劇のある場所をもう一度見たが、私の頭に響く落ち着いた声と、目に見える人垣の盛り上がりは一致していない。
その妙なズレが、私を不思議な気持ちにさせる。
遠くを見ているような、近くを聴いているような、遠近感の壊れた感触。
「もうこの世に奇跡は起きない。私たち全て、尊きこの刹那は存在するはずかない……あなたがいないのだから」
懐かしい感触を思い出す。初めて人と出会ったとき、そんな事を思った。
なぜみんな私の話をするの?私は一度だって望んでいない。ただそこにあっただけなのに。
懐かしい。懐かしい。
皮で覆い、骨で支え、肉で動く私には、内包でききれないはずの、昔の感想。
「だから無限に増えたのだ。世界と可能性が……。でなければありえないのだから――今という奇跡は――」
この声……私ににている。私が最初に生んだ分身……光の――。
「おい。嬢ちゃん!」
ふっと我に返る。ぼーっとしていた頭に、果実の煮込まれた甘い香りとおじちゃんの野太い声が響き、焦点が合う。
いつの間にか、もちもち待ちの列は消化され私の番へと回っていた。
「あ……はい。」
「いくつ食べるんだい?」
列の最後尾から店の前まで、歩いた記憶がない。
気づけばここにいて、おいしそうなもちもちが目の前に並ぶ。
焦点はあっている。もちもちもしっかり見えている。でも、なんとなく意識が追いついていない。
「えっと、――みっつください」
「あいよ!」
とりあえず、とりあえず一人一つ。私とタチとズーミの分で。三つ。とりあえず。まずそれで。
ここまできて、くいっぱぐれるわけにはいかない。
* * *
「どうしたナナ?腹でも下したか?」
合流するなりデリカシーたっぷり山盛りの一言だけど、行きと帰りで露骨にテンションが違うのだから指摘されても仕方がない。
「顔色がわるいの、わらわみたいじゃ」
初めて聞いた。スライムジョークだ。
「大丈夫か?抱いてやろうか?」
何度も聞いた。性欲魔人だ。
心配してくれているんだか、からかわれているのか分からないけど、少し気が晴れる。
しかし、二人仲良く私を取り囲んでるけど、昨日殺し合いをしていた記憶は残ってないのだろうか?
傍から見るとただの仲良しさんだ。
「ちょっと考え事しちゃっただけ大丈夫……って言うか、ちょいちょい私をつまみ食いしようとするのやめて欲しいんですけど!」
すぐに体に触ってくるタチに文句を言いながらも、二人に一本ずつもちもち殺しを手渡す。
あれ?今気づいたけれど、どの串にも玉が五個しか刺さってない。
最初に出会ったズーミのもちもち殺しは、確かひと串六つだったはず……。
無意識に一個づつ食べたのか私?他人の分を食べちゃうほど意地汚かったか私!
「おぉ!まともの奴じゃのお主。タチのそばに居れているから、アレな奴かとおもっとった」
「アレってなに!?」
ただのヒモジイ哀れな人間じゃないんだぞズーミちゃん!
みんなの串から一個づつ盗んだ、セコイ人間な疑いはあるけれども……こんなんでも私あなたの元締めだよ?
「奢られた分は体で返すからな」
ニコニコ笑顔でもちもちを頬張るタチが、ちっとも嬉しくないお返しの提案をする。
どこからくるのさ、その自信。
「コレがアレじゃよ」
「一緒にしないでください」
ズーミの言いたいことは十分理解している。
こんなタチと一緒にいれる人間は「同類」疑惑がかかっても仕方がない。
それは大変不名誉なことなので、ちゃんと否定はしておかないと!
少し元気が減ってたけど、三人並んで食べる「もちもち殺し」が私を癒してくれる。
まだ昼日中、ほかにも美味しそうな出店は沢山ある、色々食べ歩いて楽しむのだ。
今回の人生を。
当然ながら、今の私に神であったころの記憶は殆どない。
そんなものがあったら人としての生を楽しめないし、そもそも「人間」という器に収まりきるものでもない。
時がたつほど昔のことは忘れるし、ご飯を食べないと体が動かない。
肉体を得た初めの頃は、もっと記憶力は良かったし、殆ど食べなくても活動できた。
神だったころの名残で、空も飛べた。
……はずだ。
なにせ六百年近く前の話なので、うろ覚えのうろ覚え。
それでいいのだ。だって、人間になってみたかったんだろうし。私。
それに「戻る方法」だけは忘れていない。それだけはいつも鮮明に記憶の片隅から引っ張り出せる。どの人生を楽しんでいる時でも――。
ゴゴゴゴゴ
もちもちを食べ終え、胃袋殺し(魚の塩焼き)を一口かじったタミングで地面が揺れた。
それも結構激しく。
「なんだ!?地震か!」
「店をささえろ!くずれるぞ!」
「火消せ!火!!」
止まらない地響きに、あたふたと駆け巡る人々。まるで戦場さながらに怒声や罵声――悲鳴が次々と巻き起こる。
余りにも激しい揺れに、私もバランスを崩しかけるがタチが支えてくれた。
もちろん腰に手を回し、胸を触るかたちで。
無意識でコレなんだろうか……咄嗟の行動でよくもまぁ。
「助けられた」という文句のつけにくい状態がまたいやらしい。
ニッコリ。
私に向かって立ててる親指と笑顔は「大丈夫だ安心しろ」なのか、ムニムニ練りこんでいる手の感触への感想なのか。
「やはり触り心地がいいな」
答え合わせは本人がしてくれた。
タチの悪気はどこへお散歩してるんだろう?
理性というご主人が首輪をし忘れたせいで、だいぶ遠くまでお出かけしてそうだけど――
そんなくだらない思いを抱いていると、急にボコリと地面がせりあがった。七メートルほど。
「お主……なぜここに!?」
ズーミちゃんの頭巾がはだけ、もりあがった土の塊に話しかけた。
あんなに激しかった揺れがゆっくりと収まる。
「土の化身!」
ズーミちゃんの怒り交じりの声。
揺れが止まても絡みついたタチの腕。
全力で変態の手をつねる私。
とっても面倒なことがまた始まりそうである。