ぎゅっとね!
(私の眷属が――!私のために――!私を殺そうとする女を倒そうとしている……!)
主語は全部「私」なのに、何が何やらわからないこの状況、それでも「私」の体は行動していた。
ズーミの中にズップと入った両の手でギュッっと核を握りこむ。
「なっ!!」
私の突然の行動への驚き――というより、的確に急所をつかまれたことの方にびっくりしたのだろう、大きなお目目が見開かれている。
「タチさん倒してほしいとかっ……!そもそも頼んでないし!!」
ズーミちゃんの中で核となる部分を、強く強く握りしめる。
昔々、私のモノだったはずの源の輝きを。
「ひゃうぅう!」
ビクン!
ズーミの体全体が波打ち、ぶるぶると震える。もどかしそうに、むずがゆそうに。
「にゃっ――!?にゃぜ!わらわの……源のいちぉ…!」
「ホントごめん!ごめんね!」
ギュウウゥ。
人間でいうと内臓を直接握られるようなモノだ……さぞ気色が悪い感覚だろう。
しかも突然、対戦相手でもない「普通の人間」に触れられるなんて夢にも思うまい。
「やめっ!――ひゃうぅうぅ!!!」
ぼちゃ。ぼちゃ。
ズーミの体が少しづつ崩れ落ち、タチを捕えていた大きな水の玉も地面に落下する。
私たちの周りは、まるで大雨の後のように濡れた地面が広がった。
「殺しはしないから……!ごめんね!」
ぎゅうぅぅうう。
可愛らしい見た目だが、相手は水の化身。
もうちょっとだけダメージを与えておかないと、すぐ元気にもどってしまうだろう。
だから一応、強めに、ギュっと締め上げる。
可愛そうだけど……!
「ひゃうぅううぅうううぅうぅぅ!!!」
ズーミはついに人型を維持していられなくなり、ぱちゃぱちゃと弾けて小さな水たまりを作り出す。
べちゃ!
水の玉が破裂しタチさんが水の牢獄から開放された。
「タチさん……!」
粘度の高い雨に打たれたような、びちょびちょに濡れ崩れ落ちるタチを抱き上げる。
だいぶ水を飲みこんでいたみたいで、げほげほと咳き込むタチさん。
「よかった…生きてた……」
「よく…やった……」
安堵の息をついた私を見上げ、微笑むタチ。
意外と優しい笑顔である。
――弱っているからかもしれないけど。
「私の胸は……どうだ?」
「へ?」
ドヤ顔で微笑むタチの言葉につられ、自分の左手を見てみる。
水に濡れた彼女抱き上げるため使用された私の腕は、確かにタチの胸に埋もれていた。
「いや!これは完全に不可抗力です!!」
こっちが必至で頑張ったのに、どこに意識を割いているんだこの女!
だってあなたでっかいんだから!体を支えようとしたらそんなこともあるさ!
それとも何か?あんたが触ってたのも不可抗力だとでも言う気ですか!?
「照れるな。愛いやつだ……耳まで赤いぞ?」
「いいから!!逃げるよ!!」
こいつ。助けなきゃよかった。ホントこいつ。
もうちょっと頭が回っていたら、絶対助けなかったのに――!
激闘を繰り広げた後のような雰囲気を漂わせ、キメ顔をするタチ。
いや――まぁ実際、大変な戦いではあったのだけれど、最後にズーミを絞めたの私だからね?
なんでか知らないけど、胸を触らせようとしてくるし……
「どうせだ楽しめ。よくやったご褒美だ」
ホントコイツ!こいつ!
なんだこの上から目線!びしょ濡れで死にかけてたクセに!!
恥ずかしさと腹立たしい気持ちで、頬と耳が赤くなる。
こんな奴放置して一人で逃げてやろうかとも思ったが、せっかく助けたのに見殺しにしたら無駄骨もいい所だ。
私はタチに肩をかし、この場を離れる事にした。
水の化身ズーミが、元気を取り戻す前に。
* * *
残された無数の水たまりの中の一つ。
手のひらサイズに縮んたズーミは、二人の背中を見送るしかできなかった。
飛び散った彼女の体は、まだ所々でパチャパチャと弾けており、当分一つにまとまる事すらできそうにない。
なにより、今すぐ追いかけようという気持ちがズーミには無いのだから。
(あやつ何者じゃ……?なぜワラワが授かった源を――)
敗北したことや取り逃がした悔しさより、興味もなかった少女への疑問で小さな体は埋め尽くされていた。