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かみてん。  作者: あゆみのり
港へ。
18/89

怒られとうない。

 水の大陸に王はいない。

 各地方に総督が存在し、合議によって国政方針がきまる。

 大きな国は三つあるが、その全てがそうだ。


 なぜこの形になったのか――

 さかのぼるコト三百年ほど前、ちょうどズーミが水の化身になったのと同じ時期だ。


 世界の東の方で、火と土の化身が大ゲンカをした。

 大地が揺れ、山が爆発するほどの殴り合いだ。

 その激しい戦闘の余波は、海をつたい大波となって風や水の大陸をも襲った。

 

 風の化身は、暴風で大陸を覆うことで自らの土地を護った。

 自らの片腕を失うことになっても。


 しかし、水の化身「テラロック」と「ペタロック」二対一体の水の化身は、水の大陸を護らなかった。

 互いが傷つくのを恐れ、互いを最優先に行動したから。


 結果、水の大陸は大波に飲まれ、人も、建物も、魔物も、木々も、流されてしまった。

 

 特に大陸東側の被害は甚大で、人も自然も、生活を立て直すには長い月日が必要となる。

 

 壊れてしまった日常を取り戻すため、人々は体を動かし、言葉を重ね、力を合わせて月日を積み重ねた。

 ――気付けば、王も、化身も、神の存在も必要としない人々が増えるのは必然だった。


 テラロックとペタロックは自らの行いを恥、神から授かった力を一匹のスライムに受け渡した。

 

 迫りくる大波に、小さい体をできるだけ広げ、同族のみならず、動物も人間も、できうるかぎり守ろうとした若いスライムに――。


 「お前の誠実さこそが、この力を持つにふさわしい」

 今でもズーミはこの言葉を思い出す。

 結局大した助けにもなれず、体中に木くずや泥、突き刺さった不純物のせいで死にかけていたあの時……神の力を受け継いだことを――。



   *    *    *    *    *


 ナナの言う「聖地」に一番近い場所は、風の大陸である。

 だから今は、水の大陸を離れるためにピチョン港を目指している所だ。


 アルケー湖を出て七日。静かに過ごすのは久しぶりだ。

 ナナとタチは、ピチョン行きの馬車を調べるためオインの街に入っていった。


 わらわは一人、雑木林の中で昔を思い出す。


 スライムにとっても三百年は遠い過去。

 本当ならあの日わらわは死んでいた。


「わらわが街中を歩き回るのは、あぶないじゃろう」

 全身を隠せる服は持ってきているが、ここはアルケー湖しゃない。

 何かあったら逃げ込む場所も、頼れる人もいないのだ。

 迂闊な行動を取るわけにはいかない。


 ナナとタチとは別行動でのお外待機。

 ふたりは道中消費した身の回り品の補充と、乗合馬車の予定を調べに行った。


 体も疲れているだろうし、一日ぐらいベッドで寝て来い。とも言ってある。


 (わらわだって、ピチョンを練り歩きたいけどの……)

 一人で居たい理由が他にもあるからしょうがない。


「おまたせしたですじゃ」

 わらわの前に、薄い姿見のようなものが浮かぶ。

 鏡の部分に移るのは、わらわの姿ではなく、他の化身タチの姿じゃけど。


 ライトネット。光の化身イトラ様の能力だ。

 光の粒子を飛ばし、離れた所の映像や音声をやりとりできる「情報伝達の力」

 百年に一度、化身同士の話し合いで使われる光の繋がり。


(こんなタイミングでお呼び出しとは…間がわるいのじゃ……)

 神殺しの剣を持ち出され、人間と楽しく旅道中――もしバレたら、怒られる要素しかない。


 体内の気泡がぷるぷる振動をはじめてしまう。

 情けはないが無意識の動きなので自分ではどうにもできない。


「もう百年もたったのか?」

 目の前にある光の鏡から声がした。威圧的で攻撃的な声。火の化身アチャだ。

 大きな鏡の中に映し出されるのは、三つの鏡とイトラ様。

 それぞれの鏡には地・火・風の化身が見える。


「定期的な話合いを――とかのたまってるが、別にしゃべる事なんてねぇーんだよ」

 イライラと口を開いた火の化身が、真っ赤で豪華な椅子に肩肘をつく。

 炎のような……というか、実際炎な赤い髪がメラメラと燃え、手も、足も、体も真っ赤に輝いている。

 体の表面に一部、ゆっくりと流れる黒い塊があり、まるで溶岩を見ているようだ。

 

 遠い火の大陸の暑さを、視覚情報だけで感じてしまう。

 

 今はイトラの能力で各大陸の化身と繋がっている状態、鏡に居ないのは影の化身ヤウだけ。

 神に反旗を翻し、自らを悪魔と名乗る彼だ、当然顔を出すわけはない。


 世界の始まり神様も、長いコト誰も姿を見ていないという。

 それも不思議はない、なにせ相手は神様だから。


「未だ、人間に生贄を求めるような野蛮な化身。口のきき方も意地の悪さが滲んでいるようで」

 風の化身ナビが、チクリと嫌味でアチャを刺す。


 長い黄緑の髪にゆったりとした衣裳、失われた右腕は服で覆われ隠されている。

 アチャにはいつも手厳しい彼女だが、わらわにはいつも優しく接してくれる、一番頼れる先輩化身だ。


「だまれよナビ。奴らはすぐ忘れるし、つけあがる。きちんと力の差をみせつけねーと、水の大陸みてーになるんだよ」

 なぁ?とアチャはズーミの方を見た。口元が意地悪く歪んでいる。

 百年忘れていた苦手意識も、この表情一つで全て戻ってきた。


挿絵(By みてみん)



「わ……わらわの所の人間は良い奴ばかりじゃよ…。ちょっと信仰心は薄いかもじゃけど……」

 甘いもちもちとか作れるし。

 つい、そう言いそうになったが、今の話し相手はタチやナナではない。

 思いなおって口を紡ぐ。


「新参いびりはおやめなさい。力ある者として、少しは大きく構えられないのかしら?」

 過去二度、この話し合いに参加しているけど、いつも火と風が口喧嘩をしていた。

 お題は「新参化身」な時もあるし、「人間への対応」なこともある。


 始めからアチャはわらわに攻撃的だったし、ナビは言い返せないわらわの事を毎回助けてくれた。

 結局いつも二人の間での口論が加速し、わらわは置いてけぼり。

 あまり口を開かないダッドと、大人しく言い合いを眺めている。



「そんなこと抜かしてやがるから、お前の所じゃ米粒にまで神が宿るとかほざく馬鹿がでてくるんだろう?」

「その考えもまた、神を想ってのコトです。好きにさせればいいのです」

「いいのかね~!神から力をもらった俺たちが「米に神様」を見過ごしちまって!」

 もっぱら話題は人についてだ、人間は意志を持ち、願う。


 それは信仰心となって、化身達の力になる。いわばご飯のようなもの。

 人間は他の生命と違い、想いの密度が濃いのだ。


 平坦な循環ではなくムラがある……そこがまた良い。


 毎週、毎日想う者もいれば、存在を忘れた人もいる。

 神を想って集まり、建物まで作り上げるかと思いきや、憎んだり、殺そうとする者もいる。

 人間故の、主観、主体、意識の強さ。そして統一性のなさ。


 アチャは否定するだろうが、今や人間こそがわらわ達化身の話題の中心。

 

 だからかもしれない。ダッドがこんなにもしゃべらないのは。

 三百年前の大ゲンカで土の大陸には人間がほとんど存在しない。よく上がるお題「人」について、口を出す材料がないのだから。

 

「俺の地でどうしようが俺の勝手だ。気に食わねー奴らは殺すし、根絶やしにしてやる」

「勝手ではない」

 静かだが、存在感のある声がした。

 どこまでも透き通っているのに、遠くに伝わる声。

 光の化身イトラだ。


「節度を持ちなさい。――世界には調和が必要です」

 神が作った最初の化身。

 彼の力は絶大で、地水火風四人の化身を合わせたよりも大きい。

 

 出会ったことはないが、影の化身ヤウもきっと同じくらい強力なのだろう。


「……それは神のご意志かよ?」

 さすがのアチャも、単純な力比べで勝てない相手には強く出れないようだ。

 先ほどまでの勢いを殺し、低い落ち着いた声で尋ねた。

 

「ナビもです。寛大すぎる心は人々を迷わせます。彼らのタメになりません。他神や多神まで許すのは違うでしょう」

「……お許しを」

 ナビが深々と頭を垂れる。

 わらわには出来ない、手慣れた美しい動作だった。


「しかし、どうにも腑に落ちねーな。最近になってやたらと口だすじゃねーか――我らが主は」

 言わずには言られないと、アチャが赤い椅子から立ち上がり続けた。

 今までの集まりでは、押さなかったもう一押し――、胸に秘めた疑問を口にする。


「ヤツときたら「あるがままに。」「全て良し。」ぐらいしか言わなかったのに、それを今更、節度に調和……人間を導けだと?」 

「私も少し疑問があります。もとよりなにをお考えか計れぬお方でしたが、なぜ今更、人が想い作った聖地の場所を変えたのでしょう?」

「だいたい、節度だと言っちゃーいるが、あんただって翼ある者を――」

 先ほどまで口喧嘩していた火と風が、ここ数百年で沸き起こった疑念を次々に口にする。

 わらわが存在しなかった、はるか昔から存在する化身達。

 そのもっと前から「あった」神様。

 

 新参者のわらわに変化などわかるはずもないが、二人の見幕を見るに、ここ数百年でおそらく変化があったのだろう。

 はるか昔と比べて。


「全て神のご意志だ」

 イトラの一言は、それ以上の疑問を許さない拒絶が含まれていた――


 まだまだ口を開きたかったであろう火と風の化身が口を紡ぐ。

 そもそもしゃべる気のない土の化身と、何を言っていいのかもわからないわらわも黙り、少しだけ気まずい空気が流れた。

   

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