水洗い。
アルケー湖を出て三日がたった。
港行きの乗合馬車が出ている街まで、徒歩七日。
ズミナナ組の「剣、奪っちゃおう作戦」はずっと迷走中だ。
タチの腰、水の剣と交差する形で身に付けられた「神殺し」になかなか手を出せずにいる。
タチが起きている時に奪うのは難しいけど、寝ている時なら――と行動を起こしたこともあったが、そこは戦士。
気配にとっても敏感で、すぐに目覚め「どうした?寂しいのか?」と抱きしめられて、そのまま添い寝。
ズーミちゃんがこっそり遠くから手を伸ばす作戦でもダメだった。
「ナナお主の出番じゃ!」
二日目の夜、つまり昨日。ズーミちゃんの予定どおり、囮作戦が発令された。
もちろん囮は私である。
「タ――タチ。……鳴き声が怖いから傍で寝てもいい?」
オイン港へと伸びる街道端での野営。
開けた道が続いているけど、街道を逸れれば木々の生い茂る森。
日の光が落ちれば、どこからともなく野生動物の鳴き声がする。
女性の悲鳴にしか聞こえないような高い声とか、くぐもり重なる濁音交じりの合唱とか。
長い旅で聞きなれると意識もしなくなるけれど、大きな町で静かな夜をすごした後だったりすると、やはり不気味な感じはする。
そもそも夜は視界も悪く、危険も多い時間帯だし。
まぁ……そこらの野生動物なんかより、はるかに危ない生き物に、すり寄っている所なんだけれども。
これがエサの役目だ。
「いいのか!?」
私の申し出に驚くタチ。頬に赤みがさしているのが、光の乏しい視界の中でもわかる。
今夜、きっと私は無事では帰れないだろう……しかし、神殺しの剣で斬り殺されるよりはマシなはずだ。
一時の恥を忍べば、後は相棒がどうにかしてくれると信じ……
決死の覚悟で、開かれた腕枕に身投げした――
――次の瞬間朝だった。
「ふぁえ!?」
「良く寝れたか?とても可愛い寝顔だったぞ」
いつの間に!?
タチとのすったもんだをしている間に、こっそりズーミちゃんが剣を奪う――という作戦なのに、気づいたら爽やかに小鳥がさえずっている。
ひと悶着どころか、一言さえ口にした記憶がない。
この機会に、今まで思っていた文句も口にしてやろうと準備してたのに!
「寝かせ上手だろう?今夜も一緒に寝ような」
頭を優しく撫でられる。もはや事後のような振る舞いで、微笑むタチ。
――事後じゃないよね?
自分の体を軽く確かめてみるが、衣服の乱れもなく変わった様子は特に無い。
「おふぁようじゃ~……」
私はタチの右腕枕で心地よく目覚めた。
空き部屋だったはずの左の腕枕では、同じく気持ちよさそうにスライムが朝を迎えている。
「なんで!?」
自分の事は棚に置いて、仰天する私。
壮大な計画は闇夜に消え、心地の良い朝風が一日の始まりを教えてくれた。
「いったい何があったらこうなるの??あんなに意気込んで立ち向かったのに……!!」
簡易テントをたたみ、移動の準備を進めながら、ズーミちゃんとこっそりお話しする。
「す…すまぬ…。お主が身を投げた後「お前もどうだ?」と言われ……、一度誘いに乗り油断させて……と思ったのじゃが――」
「思ったけど?」
「寝とった」
ぐぬぬぬ……。不甲斐ない。
前日。ちょっとわくわくしながら、こっそり二人で作戦を決めてたのに……!
気づけば仲良く、朝日を拝むことになろうとは。
とっても心地よくスヤスヤしてしまった……なぜか体の調子も凄く良いし。
あの女、手慣れている。
いったい今まで何人に心地よい朝を……!
「両腕がふさがっていなければ、可愛がってやれたのだがな…!」
そんな私たちの背中の向こうで、タチは悔しそうに寝袋を畳んでいた。
こんな二日間だ。
「どうしよう……」
オイン港まではまだあるが…。
時間はあれど、策が浮かばない。
あの変態をどう攻略したものか……。
「小さいが、綺麗な川じゃないか」
三日目の昼、街道を少し離れた森の中に足を運ぶ。
体を洗いたい二人と、水分補給が必要なズーミちゃんの意向である。
旅の最中、体が汚れることは仕方がないにしても、できるだけ清潔でいることが、病気や怪我の事前対策だ。
なにより、サッパリとして気分良くなりたいし。
「奥に水だまりがある。あそこなら体を洗いやすいじゃろう」
川の中へと一番乗りしたズーミちゃんが、ひっそりと目で訴えかけてくる。
――チャンスが来たと。
「よしナナ!洗いっこするぞ!」
周囲の確認も警戒もせず、鼻息荒くタチがズボンのベルトを外した。
そんな急がないでも……。
街道沿いの川なんて、きっと旅人たちの大人気スポットだよ?
どうするの先客とかいたら?……いや、気にもしないだろうけどさ。
「うぅ……っ」
アンズゥの花の香りがするお気に入りの石鹸を鞄から取り出し、心を落ち着かせる。
背に腹は――と言うものの、タチの前で肌をさらすのには少し抵抗が……普段からおへそは出してるけどさ。
「まかせろ!隅々まで、きもちよ――綺麗にしてやるからな!」
エサとしての覚悟は持っていたつもりだけど、さすがに裸ともなると、迷いが生じる……。
躊躇いの視線を同盟者に向けたが、水分補給をした水色でキラキラの仲間は「まかせたぞ」と頷くだけだった。
(体を洗いたいのは事実だし――頑張れ私…!)
普段から薄着なのは、肌で風を感じるのが大好きなのと、ヘソを隠すと体調が悪くなるから。
いつも露出の多めの服装だけれど、裸は別物。
川横の大きな岩に身を隠し、スカートとインナーを脱ぐ。
電大ナマズの皮製の上下インナーは、なめらかで肌触りがよく、温かさにも寒さにも強い。
私が身に着けている服の中で一番高価な物だ。
「ナナーまだかー!」
岩向こうからタチの声が聞こえる。
エサ代表として余りグズグズしているわけにはいかない。
彼女を水場に引き留めるのが私の役目……!
冒険者のお供、キヌ布のタオルと石鹸を手にして川に入る。
(もっと大きな布地のにすれば良かったな…。)
体の半分ほどしか覆えないタオルで体を隠し、転ばない様に気を付けて足先をつける。
ひんやりとした水の流れが心地よい。
早く全身の汗や汚れを落としたい所だけど、今の第一目的をはたしてからだ……。
「早く来い!ナナ!」
腰までギリギリ届かないぐらいの水位。
全裸で両腕を広げたお迎えがまっている。
水の高さがまた絶妙で、下腹部の淫紋全開。紙一重で全部が見えているタチさんの笑顔の眩しいことよ。
……嬉しくない。
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「自分で洗うからね!」
タチの脱ぎ散らかした服と装備から注意をそらすため、私も水溜まりの方にチャプチャプと入っていく。
流れは緩やかだとは言え、川の底には大小様々な石ころがゴロゴロ。
いつもみたいにタチと言い争いするにしても、気を付けないと怪我をしちゃう。
つまり……全裸で、かつ、逃げられない環境ということだ。……全裸で。
後は頼んだよズーミちゃん。
私の犠牲を無駄にしないでね…!!
「これから一緒の長旅だぞ。仲良くしよう!ナナ!!」
「まって!――待ってってば!心の準備が――!!」
裸でも、いつもと変わらず平気で抱き着いてくる。
そうだろうけど、そうだと思ったけど、直接肌のあたる面積が多いとやっぱり動揺してしまう。
引き締まった体と大きな胸が、ギュムギュムと音を立て押し付けられた。
恥じらいとかッ!乙女心とかッ!!――持ち合わせてないのは知っていますけど!!
こんな良い体してるから、自信満々で大胆な行動ができるのかもしれない。
「こんな布いらん!私の手の方が丁寧に優し、く隅々まで撫でまわせるぞ!」
「体を洗いにきたの!!撫でまわすってなにさ!」
暴れられない環境でも、ばちゃばちゃと水飛沫があがる昼下がり。
肌を打つ水の流れは、冷たくて気持ちよかった――
「うぐはぁ!!」
抵抗をあきらめた私の体を、石鹸でヌルヌルの手で撫でまわしていたタチが突然叫ぶ。
助かった……じゃない、何事だろう?
タチがわき腹を押さえている。
痛みでうずくまっている所など初めて見た。
その傍にちっこくて二頭身の生き物がいる。
「……ユニコーン?」
白く幼い子供姿。薄桃色のふんわりとした髪に、なにより額にはとんがった角。
たぶんそうだ、知識としては知っていたが実物は初めて見る。
清純と潔癖の象徴。
とても可愛らしい見た目に、柔らかな雰囲気。
見ているだけで、こちらまでも清らかな存在になったような錯覚におちいる尊い存在。
――できれば裸で体を撫でまわされてる時じゃなく、服を着ているときに会いたかったけど。