同盟。
「こむすめ!」
「……ふぁぃ?」
木の根を椅子代わりにして、アルケー湖を眺め朝食を食べていたら、ズーミちゃんに声を掛けられた。
「ちょっと話がある」
大変真面目なお顔での声掛け。改まってなんだろう?
クルミの入った黒パンをよく噛んで飲み込む。
「まだ、タチ帰ってないけどいいの?」
旅支度をしてくる。
そう言って昨日の夜出かけてから、まだ帰らない。
「いないほうが都合がよいのじゃ」
確かに。いた方が都合のいいのは、戦闘の時ぐらいで、残りの全ての時間、タイミングでいない方が平和に時を過ごせる。
不意に触ってきたり、勝手に触ってたり、故意に触ってきたりするから。
「お主、古い聖地の場所を知っている事といい…源を見切れ掴める事といい――」
……困った。そういうお話か。
最後の一口様にとって置いたバターを、パンにつけかじる。
美味しく食べれるように残した一口が、話題のせいでちょっとだけ味気ない。
「そうとう信心深いパンテ教信者じゃろう?なぜタチと一緒におる?」
「えっ…え~っと……」
クルミの触感と広がるバターの濃厚感……あと私の動揺!
ズーミちゃん察しが悪くって助かった。
私の事を、信仰心の強い人だと思ってくれたみたい。
「出会ってしまった。というか――二人の喧嘩に巻き込まれてずるずると……」
そもそも、ズーミちゃんとタチの戦闘時に偶然居合わせてしまっただけなのだ。
友人なわけでも、目的を共にする旅仲間でもない。
もちもちが目的で旅をしていたので、もしかしたらズーミちゃんとはアルケー湖で出会う運命だっだかもしれないけれど、なぜかこんな事になってしまった。
「タチはお主をそうとう気に入っとる」
「手元寂しさで、胸触りたいだけだと思うよ?」
何かにつけて体を触るタチ。
出会ってからまだ数日だが、今の所毎日「お触り」されている。
それも一日十回以上。
「それでもお気に入りはお気に入りじゃ。……お主は神殺しを願っているわけじゃあらんだろう?」
「まったく!全然!」
むしろ御免こうむりたい。
死ぬのはまだしも、痛いのは絶対に嫌なんだから。あんな物騒な剣で――しかもタチに斬られるとなったら……。
ただで済む気がしない。
「そこでお主にお願いじゃ。タチからあの剣を奪う手伝いをしてもらえんか?」
「!」
急な申し出に、素直にびっくり。
タチの手に「神殺し」がある事を、ズーミちゃんもまだ受け入れていなかったみたい。
「パンテオンに向かうという事は、ここから北へ向かい港から船で風の大陸へ渡るのじゃろう?」
「たぶん?ごめんね。私、地理とか国とか詳しくなくって……」
覚えたいのだけど、すぐ忘れてしまう。地名とか国名とか。食べ物の名前は覚えられるんだけど。
基本食べ物以外の固有名詞に弱いのである。
なんか記憶がごちゃ混ぜになっちゃって……。
「風の大陸に入られると、わらわにはどうにもできん。――わらわは……他の化身に剣を取られた事がバレて怒られるのは嫌じゃ!」
嫌だよね。怒られるの。殺されるのも嫌だけど。主に痛いのが。
けど建前だけでいいから「神(私)のタメにも剣は渡せない!」とか言ってくれると嬉しかったな!水の化身!
「奪うってどうするの?」
「具体案はまだないが……港までの間、エサと一緒の旅だ、隙の一つもできよう」
「エサって――……私?」
手伝いという名の囮作戦。
考えているコトがつい口から洩れてしまったのだろう、ズーミちゃんの策が透けて見えた。
「み……水の大陸にいるうちは、わらわがついておるから!時にナナ、お主はそもそもなんで旅をしておったのじゃ?聖地巡礼じゃなかったのじゃろう?なにが目的だったのじゃ?」
下心がバレ慌てるズーミちゃん。
露骨な話題変化をさせられたけど、なんか可哀想なので指摘しないでおこう。
あまり指摘するとまたプルプルしちゃうだろうし。
「食べ歩き」
「……そうか。……――良い目的じゃの」
あっ……ちょっと見下された。すっごい充実して、新しい出会いに、驚きや幸せを感じる旅なんだぞ!
食べ物の記憶しか、殆ど残ってないけど。
「いいよ。協力しようズーミちゃん」
スッと私は手を差し出した。
このまま聖地についても、神に戻った瞬間、グアァァーやられたー!ってなるのはごめんだ。
なんならコッソリ一人で抜け出そうか?とすら今朝方考えていた所だし。
「助かる!これで一抹の光が見えてきた…!」
すがる様に両手で私の手を握り返してくるズーミちゃん。
そうとう怒られるの嫌だったんだろうな……。つらいね、二代目水の化身。
「水の大陸にいるうちに尻拭いして、他の化身達……いや。神様にバレんようにせんと!まずはナナを使って――」
ブツブツとつぶやきながら、計画を練る気弱なスライム。
可哀そうに……もうお母さんにはばれてるのよ…。
小さな背中に言葉をかけたい気持ちは抑え、青く大きなアルケー湖を眺める。
どうしたものか……。私も策の一つぐらい練らないと。
すべてをズーミちゃん任せというわけにもいかない。
「なんだ、私を除けてピクニックか」
私達の背後にいつの間にかタチがいた。
背負った大きな鞄に、目一杯荷物が詰め込まれている。
「い――いつの間に!?」
なんの気配も感じなかった。
口から出た私の声は上ずっているし、ズーミちゃんは体内をプルプル震わせ、スライムリアクションをかましている。
「今さっきだが?なんだ内緒話でもしてたのか?」
どうやら会話は聞かれてなかったようだが……野生の感で嗅ぎつけられそうで怖い。
このままだとちょっとしたきっかけでボロが出そうだし。
「な、な、な、なんでもあらんよ!ナナと日向ぼっこしとったんじゃよ!!日光浴じゃよ!!」
だめだ、ズーミちゃんから絶対そのうちボロボロする――というか既にしている。
全身をプルプルさせながら、必死に取り繕おうと言葉をつなげる。
「朝帰りとは思ってなかったけど、何を買ってきたの?」
ここは私が、同盟者としてカバーしないと。
「あぁ。普通に二人分の旅支度と……」
テラリ。あれ?なんかタチの肌質が妙に良い……?
「それと夜の店で――」
「ありがとー!ありがとー!荷物たくさんで大変だったでしょ?どうして一人で行くって言ったかも良くわかった!」
なんとなく察していたけど……このダメ人間め!
さんざん私の体触っておいて、結局それか!
「安心しろ味見だけだ、今私はナナに興味津々だぞ!」
「だいじょーぶ!だいじょーぶだから!もうこの話はここまで!」
「なにをそんなに動揺している?もしかして――、一緒に来たかったのか!!」
激烈に勘違いをしている。行きたくないし!別にタチがどこでナニしてても関係ないし!
タチの興味がズーミちゃんから私に移ったのは助かったけど、とってもとっても、うっとおしい!!
「すまないな。ナナ。だがお前の事はじっくり一対一で楽しみたいのだ……いきなり複数人では――」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるタチ。
違う違う!まったく期待してませんからエッチなことなんて。
「謝罪はいらないから、もうこの話はおしまい!」
未だ、ちょっと苦手なのである。その手の話題が。
人間に転生するぐらいだから、生命の営みとして、興味はあるんだけど……。
なにぶん、神の在りようとは程遠い行為。動物的というか生物的というか……。
十三回も人間してると嫌悪は殆ど消えたものの、まだ恥ずかしいさはある。
そもそも、別に子供が産めるわけでもないので、私にとってはとても奇妙な行為でしかない。
「ズーミちゃんも一緒に来てくれるんだって。旅支度品ちょっと増やさないとかもね」
これからタチと旅をするというのに、いちいち気にしていたら「神殺し」で斬られる前に、心労で死んでしまう。
流そう流そう。
こちらから話題を変えればいいだけの話だ。
「わらわもおるよ!」
精いっぱい気丈に手を挙げ、存在をアピールするズーミちゃん。
プルプルはもう治まっている。
「ズーミも来るのか?」
「わらわの大陸じゃ!わらわがついていれば大安心じゃろう!」
「……構わんが、覗くなら気を使えよ?」
根に持ってたんだ。ズーミちゃんの部屋での事。
気をつかえ、じゃなくて覗かないで欲しいし、そもそもあんな間違い二度と起きない。
タチと、ちょっとだけいい雰囲気になっちゃうなんて。
「わかっとる!ひっそりとじゃろ」
わかってないよズーミちゃん。その人、一応敵だよね?そしてあなたは水の化身。
「違う!覗かない!っていうかそもそもナニもしないの!!」
タチが整えてくれた荷物を確認しつつ、くだらない話に花を咲かせる……。
こうして「神殺しの剣奪取」&「聖地に向かう」目的の旅が始まった。
不安しかないけど。