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かみてん。  作者: あゆみのり
出会い。
11/89

タチの選択。

 連れられたのは、ズーミちゃんの部屋。

 白くて真ん丸の室内にはポツポツと小さな窓が開いている。

 外に見えるは魚と綺麗な青。そう、ここはひと悶着した地上の傍にある湖の中だ。


「ひとまず、わらわの家で休んでおれ」

 と、ズーミちゃんに水の玉で運ばれここにいる。


 当の部屋主はというと、地上の後片付けを手伝いにいった。

 協力をもうしでたのだが、これ以上よそ者まかせは申し訳ないそうだ。

 地主の尊厳と言ったところか。


「スライムなのに、わざわざ空気のある空間を作るとはな」

 タチがそう言った理由は、室内にならぶ数々の品のせいだろう。

 私の背より大きな本棚が三つ、クローゼットも二つある。

 ここにお出かけ用の服が収納されているのだろう。


 それと、ぬいぐるみもいくつかある。


「これ、上でみた」

 地上であった射的の景品、笑顔のカエルぬいぐるみだ。

 確かお店の名前は「神落し」

 

 なぜその店名にした、人の子よ。そしてなぜ、そんなにニコニコなんだいカエル君。

 嘲笑われている気がして、腹がたつので頬をつねってやる。

 

 ……柔らかくて触り心地が良い。

 案外悪いヤツじゃないのかもしれない、このカエル。


「ヤツもたいがい人好きだな」

「だね。綺麗に整理されてる」

 物は多いが、整頓された室内。

 律儀な性格してそうだもんね、ズーミちゃん。


「さすがに、少し疲れた」

 部屋を一通り物色したタチが、本棚の横にあるソファーに腰かけ、結い上げている髪を下した。

 長い黒髪が流れるように広がる。



挿絵(By みてみん)



「……体大丈夫?」

 美しい黒色に一瞬目を惹かれたが、それ以上に気になるのは髪をかき上げた右腕だ。

 ダッドの攻撃を受け、紫色に腫れていたはずの。


「少し休めば、回復するさ」

 私の心配を察してか、タチがこちらに右腕を差し出す。


 腫れがだいぶ引いてた。

 色も黒に近い紫だったのが、明るい赤色に変わっている。


「もう治り始めてる?」

「丈夫な体だろう」

 常人では考えられない回復の速さだ。

 放置していたら治るようなケガではなかった。


「そっか……悪魔と契約したんだよね」

「いいだろう?」

 隣に座った私に、ズボンを開き自慢げに印をみせてくる。

 下腹部にあるピンク色でハート型の卑猥なブツを。

 

 今すぐ隠しなさい!と反応しようとも思ったが、戦いに疲れたタチの横で五月蠅くするのはちょっと申し訳ない。


「何を差し出したの?」

 契約には代償が必要だ。

 まして悪魔と交わすなら相応のモノを求められる。

 

 タチもすべからく、何かを渡したはずのだ。


「寿命の半分」

「――!……人生なんて短いのに」

 短い人の生、それをさらに折りたたむとは……。

 にわかには信じられない言葉に驚いていると、もう一つ驚きが追加された。


「それと、子を宿す権利だ」

「……」

 まったく理解できなかった、自らの生を縮め、その上子孫も残せない――。

 人間にとって、いや生き物にとって重要であろう、その二つを捧げてまで得たいものなんて……。


「難しい顔をするな。「おいた」をしたい私にとって都合のいい体質でもある」

 子供を産めない事が――ということなんだろうけど。

 でも、だからって、個として種族として、天秤が釣り合うとは思えない。

 丈夫な体を得るために、差し出したものが大きすぎる――っと、神な私は感じてしまう。


「満足してる……?」

「大満足だ。条件を示されたときも、迷わなかった」


 後悔してないの?とは聞けなかった。


 私も子を作れない。

 そもそも親もないし子孫もいない。


 だけど、それは神だから。 

 今回は能力も才能もなかったにしろ、十歳前後の健康な体で目覚め、もう六年生きている。

 

 例えこの体を失ったとしても、新たに肉体を得て私はこの地に目覚める、その繰り返しだ。

 死んだらそこで一区切りというだけ。


 他の生き物のような繋ぎ方ではないが、私という主体がずっとつづく。

 だから寿命が尽きることもなければ、生命が途絶えることもない。 


 でも、タチは違う。

 限りある寿命を縮め、繋がりを自ら断った。


「なかなか理解されないがな。私にとっては明瞭めいりょうだ」

 そう口にするタチに一切の陰りはない。

 

 ――ない様に見える。

 短い付き合いの私には、表情からも、言葉からもいつも通りのタチにしか見えない。


「強靭で健康な体。今を楽しむには最高の状態だ。何を迷うことがある?」

「私には難しいかも……」

 私が人ならわかったのだろうか?

 どうしても、釣り合っていないというか、損してない?っと言いたくなってしまう。

 

 しょせんニセだから「なんでそうあるのだろう?」と思ってしまうのだろうか。

 タチは真っ直ぐ返してくれてると、感じる。


「今。今この時。この瞬間だ。全身で感じ、楽しみたい」

 自身の中にある熱――その熱に浮かされるようにしゃべるタチ。

 素直に。本気で。本当なのだろう……理解はできないが、そうとしか感じられない。


「わからないのだろうな。私は全てを愛したいんだ」

 彼女の赤い瞳がグイっと寄ってくる。

 私に何かを伝えるように、瞳から意志がほとばしっていた。


(これが私が憧れた……人間……)

 人として生まれたのは十三回目、そもそもの始まりは「焦がれ」だった――感じを思い出す。


 全てがあるがままの私と違い、短い生、狭い視野でしか存在できない人間。

 その彼らの、理不尽と不条理に嘆く姿をみて、焦がれたのだ。

 神に不条理が降り注ぐことなどないから。


(懐かしい……この騒めき)

 今となっては神であったときの事をちゃんと思い出せない。

 なぜなら、人の形をしているから。

 短い生、狭い視野。なにも見渡せない不自由な生――

 

 それを求めてこうあるのだ。

 

「タチは――人間……」

 つい口にしてしまった。これが人……というよりこれも人か。

 久しく忘れていた、人間への興味を思い出した気がする。


「私は私だ。化け物にでも見えるか?呼ばれ慣れてはいるがな」

 不思議だ。彼女のありようが分かってみたい。


 彼女の頬に触れてしまう。

 無意識の行動だった。

 

 だって手の届くところに、理解不能で不思議なモノがいたのだから。

 

「惚れたか?そっちの方が慣れてる」

「不思議な――生き物……」

 なんだろうこの感じ……「なんだろうこの気持ち」と言いたくなる、この感じ。

 タチの深い瞳から目を離せない。当然向こうは、そらすタイプじゃない。


 見えない力で彼女に吸い寄せられていく――――

 

 そこに交わる視線がもう一つ。


ぶくぶく。

 窓の外からズーミがみてる、食い入るように。

 

「あぶなっ!」

「なんだ急に!今キスをする雰囲気だったろう!!」

 浮ついた世界から、我に返る。

 何ボーっとしてたんだろう私。

 そもそも、神様が見えない力を感じてるってなんだ?


「違うよ!ちょっと懐かしんでたの!……こう――内から沸く感覚を!」

「今更照れるな!惚れた女の顔をしていた!可愛かったぞ!!」

 私の両腕を掴み、グイグイ迫るタチ。

 まだ右腕赤紫色だけど痛くないの?

 

「すまん……わらわがじゃまをしてしまったか?」

 小さな丸窓から、そのままニュルっとズーミちゃんが入って来た。

 その窓出入口でもあるんだ……私やタチでは通り抜けられないサイズだけど。


「のぞきをするならバレないようにだろう!スライム!!」

 下ろした長い髪を乱し、タチの説教がはじまる。

 いや、そもそも覗かないで欲しい――いやいや覗いてくれたから助かったのか?


「もしかして……ズーミちゃんが見てるの気づいてた?」

「あたりまえだ。私がメスの視線に気づかぬわけないだろう。お前のメス顔を見逃さないようにな!」

「なら言ってよ!変な所みられちゃったじゃない!っていうかそんな顔してないし!!!」


 私としては、化身にこんな所見られるのだいぶイヤだし、恥ずかしい。

 人間が子供に浮気現場見つかるとかそういう感じ……?


 違うか。


「私は見られてするのも好きだ!!見せびらかせるのが大好きだ!!」

「わかった。わかったから。もうこの話ここまで!勝手に盛り上がらないでよ!」

 見られて「する」ってなにさ!何するつもりさ!

 一番ダメージのある体で、なんで一番元気に盛り上がるかな!

 そんな乗りだから怪我したんじゃないんですかね?


「大丈夫わらわなーんにもみとらんよ。だから好きにするがよい」

 カエルのぬいぐるを抱きしめ、興味津々で私たちを見つめるズーミちゃん。

 見世物じゃないぞ?

 

 美しく幻想的な水の中で、場違いな騒がしさを私たちは続けていた。


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