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つまらないもの

作者: 山波榎帆

朝の電車は全員が眠たそうでいて、だけど静かな熱気で満ちているように思う。

これから自分が捌いて行くであろう課題に思いを馳せ、頭の中でスケジュールを組み、その後子供と遊ぼうだとか、一杯飲んで行こうだとか、そんな他愛もないことまでしっかり計画して。

わたしはそんな彼らを横目で見ながら、つまらないものを指折り数える。三位はラッシュ時の電車で、二位は痴漢。そして一位は間違いなく、通り魔。何が「誰でも良かった」ですって?どうせ稚拙な罪を犯すくらいなら、目標を持ちなさいよ。どんより暗く濁った瞳を隠して、背中を真ん丸に縮めて、やるせなく腕を垂らして――あんたそれでも若者なの!?思わず叫んでやりたくなる。しかもそう言った馬鹿なことをするのはたいがいが若者で、普通にやって行けば未来ある輝かしい青年だったはずなのに。せめて復讐だかなんだか知らないけれど、並じゃ耐えきれない思いを包丁に籠めるくらいの勢いを見せなさい!

わたしはそんなつまらないものたちを、全部ひっくるめて「人生」と呼ぶ。人生なんて、しょせんスポットライトを浴びるスリルたっぷりの時間への、待ち時間に過ぎないのだ。

「死」は人生の中で一番輝かしく、スリル満点の時だと思う。今まで平均80年くらいの歳月をかけ、ようやく辿り着く場。人間は辿り着けたことに、嬉々として顔を輝かせ、それから静かに消えて行くのだ。

喩えるならジェットコースター。アリさんの行列のような長い列にくらくらして、スタッフの「あと三時間待ちです」なんて言葉に脱力して、順番飛ばししちゃおうかなんて悪だくみを密かにして――そんな感じ。順番飛ばしはいわゆる、自殺というやつだろうか。

人間には、ジェットコースターの列に並ぶさい、二種類に分かれる。一つ目は、早く乗りたいんだけれど、でもちょっと怖くて、二つの思いの狭間でそわそわしているやつと、二つ目は、もうとにかく乗りたくて乗りたくてしょうがなくて、前者とは別の意味でそわそわしているやつの、二種類だ。

わたしはそうなると絶対に後者で、けれど断じて順番飛ばしなんて卑怯なことはせず、従順に乗れる時を心待ちにしている。

そんなことをうだうだと考えていたら、車内に気だるいアナウンスが響いた。「間もなく○

○駅です。○○線でお乗換の方は、○○駅でお降り下さい……」

わたしは立ちあがって、荷物置きに置いてあった鞄を肩に引っかけた。

ふと、通り魔のやるせない青年を銃で撃った時の感触が手に蘇った。パーンだったかバーンだったかは忘れてしまったけれど、あの時の体にかかる負荷や、青年が頭からだらだら血を流して、ついでに壁や机に血をなすりつけて倒れて行く姿は鮮明に思い出せる。汚いな、と顔をしかめたことも。

彼は言った。「誰でも良かった」――と。その瞬間、頭に血がのぼって、ポケットに仕舞ってあった拳銃を取り出して、躊躇なんて一切なく、彼を撃った。つまらない、って。つまらないものなんて全て消えてしまえ、と。ちょうど、長すぎる列に痺れを切らして、前の人の頭を撃った感じだった。

警察って大変。あんなやるせない若者を取り調べしなきゃいけないなんて。

わたしは、ジェットコースターに乗るにはあと何時間待ちかな、なんて考えながら、白けたホームに降り立った。

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― 新着の感想 ―
[一言]    最初の部分を読んだときはエッセイでは?と思っていましたが、後半でその感覚をぶっ壊しにされて、良い意味でやられました。 構成は気に入りました。  恥ずかしくも、これは自分の読解力…
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